こんな夢を観た「本当の真夜中」
図書館で、「宵っぱりよ、これが真夜中だ」という本をたまたま手に取った。
それによれば、0時は本当の真夜中ではないのだという。
「真の夜中と書いて『真夜中』と言う。それは何時のことを指すのだろうか? 0時? いや違う。では1時か? それも違う。本当の真夜中は、明け方のほんのちょっと前を言うのだ。地上の誰もが眠りについているそのわずかな時間、夜と昼とはドラマチックな変化を遂げる。それまで闇に包まれていた世界に光が差し、すべてがまた新しく生まれ変わる。それはまさに『夜の航海』である」
さわりの部分を読んで、内心、何をばかなことを、と思った。ふつう、深夜といえば0時のことに決まっている。1日がリセットされる瞬間であり、日没からも夜明けからも最も遠い時間だからだ。
けれど、この手のオカルト本というものは、どういうわけだか人を惹きつけるものがある。
友人の志茂田ともるではないけれど、「くだらない本に割く時間ほどむだなものはない」ことを承知で、つい読み返していた。
「本当の真夜中を見る者はごく少ない。0時よりも1時よりも、なお強烈な睡魔が次々と襲いかかってくる時間だからだ。と言うのも、そこには大いなる秘密が隠されているためである。宇宙の真理と言うべき答えがそこにある。それを人の目からそらそうとするのは神か、あるいは悪魔なのか。永遠の謎である」
この本に書かれていることが真実かどうか突き止めるのは簡単だ。試しに、一晩中起きていればいい。
「明日は休みだし、どうせ暇だから、見てやろうじゃない。その『本当の真夜中』ってやつをさっ」わたしは意気込んだ。
夕方から、ミルクも砂糖もなしの濃いコーヒーをガブガブと飲み、満腹感から来る眠気を警戒して、食事も軽めにする。
「ばっち来いだっ。いつもなら、どんなに遅くたって1時までには寝ちゃってるけど、今夜は頑張れそうな気がするぞっ」
0時を過ぎ、1時を回っても、ほとんど眠気を感じなかった。コーヒーが効いたのか、それとも気合いが入っているせいなのか。
「この調子なら、朝までなんて楽勝だね。深夜テレビでも見ながら、のんびり過ごそう」
古いB級ホラーは、自ら実験台になった科学者がおぞましい怪物となって、悲劇的な結末を迎えて幕を閉じる。お決まりのエンディングだ。
それが終わると、CMがしつこくだらだらと続く。いつまでもCMばかりが流れるので、だんだんと眠気を催してきた。
「ああ、いけない。外の空気でも吸ってこよう」
ベランダへ出て、手すりにもたれ掛かる。澄んだ空に、無数の星が輝いていた。
涼しい夜風が、ボーッとしかけた頭を現実に引き戻してくれる。
つけっぱなしのテレビから、4時を報せる音声が聞こえてきた。空は変わらず真っ暗だ。
空気がしんとして、いくらか肌寒く感じられてくる。無意識のうちにまぶたが降りてこようとするので、ぱちぱちと瞬きをして気を引き締める。
「さすがに眠くなってきたなぁ。暖かいコーヒーでも飲もうっと」わたしは部屋に戻った。
キッチンのテーブルにつき、昨日の夕方から数えて、5杯目の苦いコーヒーを飲む。
コーヒーは、もうほとんど効果がなかった。それどころか、体が温まった分、かえってだるくなってくる。
「このままベッドに倒れ込んだら、マットレスに沈みながら夢の世界だろうなぁ……」そんな独り言が漏れた。
テーブルに頬杖をついた状態で、はっと意識が戻った。どうやら、気が緩んで、眠ってしまったらしい。
「今何時だろうっ?」慌てて、壁掛け時計を見上げる。5時を回ったところだった。
夜明けの前って、何時だろう。5時ではもう遅いんだろうか?
わたしは、ベランダへと飛び出していった。墨をこぼしたような空に、より光を増した星々が貼り付いている。こんなに明るい煌めきを、わたしはかつて見たことがなかった。
「すごい……。まるで、今にも降ってきそう」
次の瞬間、信じられないことが起こった。
星が1つ、また1つ、と地上へ落ちてきたのだった。
それはちょうど、壁に貼ってあったシールが、接着剤の劣化と共に剥がれ落ちていくように見えた。ぱらり、ぱらり、と雪のように降る。
不思議なことに、星が剥がれるたび、空は少しずつ明るくなっていった。
「星は闇を照らしてたんじゃなく、闇そのものを生み出していたのかもしれない」わたしにはそう思えた。
最後の星がすっと落ちて、東の地平線にまぶしい光の筋が差す。
夜明けだった。
わたしは、とうとう「本当の真夜中」を体験した。夜と昼との境を、今、この目で見たのだ。
目を細くして光の筋を見つめていると、そこに人影が見える。
「あれは魔法使いだ」本当の真夜中を過ごしたわたしには、それがわかった。「あの人は、地上に散らばった星を拾い集め、人の目が眩んでいる日中に、空に貼り付けて歩くんだ。夜がまた暗くなるように。朝がまた訪れるように」




