事件は突然起こるものです
午前中はシェルベ先生とお茶を飲みながらまったりと過ごし、小間使いの青年が用意してくれたお昼ご飯をご馳走になりました。タレで味付けされた鶏肉とレタスを大きなバンズに挟んだバーガーとマッシュポテト。日本の味付けと違って大味だけれど、素材の味がしっかりとしていて美味しくいただきました。
さて、午後は医務室の掃除でも手伝いましょうか。そうシェルベ先生と話していた時でした。騎士の方が飛び込んで来たのは。
「先生!! 広場の櫓が倒れて街人が下敷きに! 街医者だけでは手が足りません!」
「分かった。重症な者からこちらに運びなさい」
「はい!」
連絡に来た若い騎士さんは直ぐに踵を返します。どうやら祭の為に城下街の広場に建てられた櫓が倒れてしまったようです。もしかしたら昨夜の積雪のせいかもしれません。どの位大きなものかは分かりませんが、街のお医者さんだけでは対応できないとなれば少なくとも十数人は怪我人が出ている筈です。先生はすぐに道具の準備を始めました。
「先生、私もお手伝いします」
「いや、しかし……」
「私、養護教諭なんです」
「ヨーゴ……?」
「主に学校のような人の集まる施設で健康診断とか応急処置を行う職業です。お医者様のような専門的な治療は出来ませんが、簡単な処置とかお手伝いなら出来ます」
「そうか。なら話は早い。助かるよ」
シェルベ先生はそれ以上追及せず、私に道具の場所や使い方をレクシャーしていきます。道具にそう違いは無いので、薬のラベルさえ間違えなければ問題はなさそうです。
そうこうしている内に慌しい足音が近付いてきて、患者受け入れの為に開けっ放しにしていたドアから騎士さん達が入ってきました。まずは担架に乗せられた壮年の男性を騎士さん達がベッドに移します。
「折れていますね」
「あぁ。そうだな」
破れたスボンの裾を捲り上げると、右足のすね部分が赤黒く腫れ上がっていました。レントゲンを撮らないと分かりませんが、どうやら骨が折れてしまっているようです。粉砕骨折ではないといいのですが。
その間にもどんどん患者は運ばれてきます。ここは病院ではなく、騎士団の詰所に併設された医務室。ベッドも五つしかなく、すぐに一杯になってしまいました。骨折の患者は先生にお任せして、私は隣のベッドを覗きます。そこでは十代半ばごろの少年が体を丸めていました。
「ちょっと体を見せてくださいね。服をまくりますから、痛かったら言ってください」
右上腕と背中が痣になっていますが、切り傷と打ち身だけのようです。左足首を捻挫していますね。まずは捻挫と打ち身のアイシング。そして捻挫患部を包帯で固定します。切り傷は軽いものなので消毒だけして次の患者へ。
優先順位の高い治療から始め、無駄のない処理を心かけたものの、患者はその後もどんどんやってきます。私と先生は決して広いとは言えない医務室を駆けずり回り、一段落した頃には陽が傾きかけていました。けれど、幸か不幸か重症患者は骨折していた男性一人だけ。せっかくのお祭が怪我して終わったのでは勿体無いですから。軽症の方達は今日一日安静にして、また明日から楽しんでもらえるといいですね。