地は天に辿り着く
(君は誰だ?)
腕の中の小さな存在に問いかける。何度目の問いだろうか。答えられないと分かっているのに問うてしまうのだから可笑しなものだ。
今、ミナミは穏やかな寝息を立てている。初めて出会った時と同じように俺の腕の中で。違う所を挙げるならここがリビングである事と、彼女を抱く俺の心境だろうか。
夕食後、リビングの暖炉の前で静かな時間を過ごしていたが、どうしても黙っている事ができなくて、今夜の事を訊いてしまった。何故、わざわざ手配していた騎士の送迎を断ってまで俺を待っていたのかと。
夜会を覗きに来ることは先生から聞いていた。大きなホールの最も奥に居た俺は、それでもメインではない小さな入口から顔を覗かせるミナミを見つけることが出来た。
俺が挨拶の為に姿を前に現すと、途端に口さがない連中が囁き始める。恐らくそれはミナミの下へも届いているだろう。彼女は俺の事をどう思っただろうか。そんな事を考えた時、彼女の琥珀色と目が合った気がしたのだ。互いの距離はとても離れていたから、勘違いだったかもしれない。けれど彼女は伝言を残した。医務室で俺の帰りを待っていると。それを聴いた瞬間、俺は悟ったのだ。やはり彼女の耳には俺の醜聞が届いていた。そしてそれを聞いても尚、彼女は俺を拒絶しなかった。
焼きたてのパンケーキのように柔らかく温かく甘いミナミ。どうして手放せるだろう。こうして抱きしめているだけで心満たされる存在を。
(見つけてしまった……)
愛しい存在。俺だけの天竜。
本当は最初から気づいていた。琥珀色の瞳を見た瞬間に、彼女だけが特別だと。けれどそんな訳が無いと自分に言い聞かせた。怖かったのだ。己を知られる事、期待する事が。
王族直系の血を引きながら竜化できない落ち零れ。唯一絶対の彼女にそんな情けない自分を見られたくなかった。周囲の貴族達と同様に彼女から侮蔑の眼差しを向けられたら、きっと俺は呼吸も出来ない。
けれど彼女は気づいてくれた。誰に何を言われてもひた隠しにしてきた、俺の涙に。心の中で泣き叫んでいる、幼い俺に。
(ミナミ。ミナミ、ミナミ……)
心の中で唱えながら、彼女の白い肌に唇で触れる。どうか目を覚まさないでくれ。今君が琥珀の目を開いたら、その目で見つめられたら、忽ち俺は夢中になるだろう。君を大切にしたいと思っているけれど、心の奥底では君を頭から丸呑みにしてしまいたいと叫んでいる。そうして髪の毛一本残さずに、俺の物にしてしまいたい。
これが竜の性なのだろうか。ならば竜が番を求める心はなんと残酷で、なんと激しいことだろう。
(けれど求めてはダメだ)
俺はまだミナミの話を聞いていない。彼女が何処から来たのか、ここに来るまで何をしていたのか。
冬節祭で忙しいとは言え、聞く時間ならいくらでもあった。けれどなんだかんだ自分に言い訳して聞かなかったのは、ワザと避けていたからだ。話を聞けば、彼女を故郷に帰す為に動かざるをえなくなる。彼女を手放さなくてはならなくなる。それが怖かったのだ。
前に進むのならば、この想いを封印して彼女の話を聞かなければ。その結果、彼女と離れ離れになろうとも。