泣かないでください
泣き声が聞こえます。
そこに居るのは誰ですか? そんなに悲しい声で泣かないでください。
大丈夫ですよ。今、私が傍に行きますから――
* * *
温かいですね。やっぱりお布団の中は気持ちがいいです。あぁ、でもそろそろ起きなくてはいけません。月曜日の朝は毎週打ち合わせがあるのです。遅刻してはいけませんから。
緩慢な動作で重い瞼を持ち上げる。真っ先に視界に入ったのは、空色。
あぁ、優しい空色ですね。今日は良い天気のようです。あら? でもどうして空が見えるのでしょう? 私、昨日カーテンを開けたままで寝てしまったのでしょうか? それに今は真冬。この時間、まだ外は暗い筈――
(……髪の毛?)
ようやくはっきりした頭で認識したのは空ではなく、空色をした少し硬そうな短髪。どうやらこれを空と勘違いしてしまったようです。こんな奇抜な色に染めている人、初めて見ました。ミュージシャンとかアーティストとかそんな職業の方でしょうか?
少し目線を下げれば、髪の下にあるのは精悍な男性の顔。見た所、歳は三十前後。体は掛け布団で隠れていて良く分かりませんが、太い首下を見れば筋肉質の大きな体をしてそうです。もしかしたらプロレスラーかもしれません。
彼は目を閉じているのでまだ夢の中のよう。なら起こしてはいけませんね。彼の睡眠を邪魔しない様に静かに体を起こす事にしましょう。
(……あら?)
ベッドから抜け出そうとしても出来ません。どうやら彼に抱きかかえられるような形で寝ていたようです。少し布団を捲くって見れば私の腰に回っている腕は太く、日に焼けています。
さて、どうしましょう。せっかく気持ち良さそうに寝ているのに、起こすのは申し訳ないですよね。
そういえば、そもそも何故私は見ず知らずのこの方と同じベッドで、しかも抱きしめられて寝ているのでしょうか? もう一度寝顔を拝見しますが、やっぱり見覚えの無い方です。
えーと私、昨日は何をしていましたっけ? お買い物をして、新婚さんのお友達の新居にお邪魔して。翌日が月曜日なのでお酒を呑む事もせず、真っ直ぐ家に帰りました。帰ったら洗濯物を取り込んで、夕食を食べてお風呂に入って、勿論自分のベッドで寝ましたね。それなのに今は知らないベッドの中で知らない男性と共にいます。これってどういう事なのでしょう? もしかして、まだ夢の中なのでしょうか?
目の前の男性を眺めながらつらつらと考えていたら、ゆっくりと彼の瞼が持ち上がりました。
あ、髪の色と一緒で瞳の色も空色なのですね。優しくてとっても綺麗な色です。どうやら外人さんのようですよ。さてさて、私はどうしましょう? この状況について聞いてみるべきでしょうか? あぁ、それよりも先にやることがありました。朝の挨拶は基本ですから。
「おはようございます」
にっこり微笑んで声をかけたら、空色の彼は目を見開いて絶句してしまいました。
あら? 外国の方のようですし、もしかして日本語通じなかったでしょうか? 留学経験は無いので『グットモーニング』と声をかけるのは少々恥ずかしいのですが。どうしましょう。