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ゴッドラム・奇襲

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

 樹木の隙間をぬって鳥が飛び立つ。

 同時に風とは違う圧が頬に伝わる。

 地面を踏み込む音と気配。

 先に動いたのはアリウスだった。

「捕まって」

「は、はいっ」

 アリウスは馬の腹を蹴った。

そして湖に沿った小道に手綱をやる。馬は大きく(いなな)いた。

 リネは事情が飲み込めない。しかし張り詰めた空気が尋常ではないことくらいわかる。

「――アリウスだ!」

「奴がいたぞ」

 はっきりと声が聞こえた。

「いや、今回は珠洲(すず)の村のリネとかいう女性を救うのが先決だ」

「しかし、チャンスです」

「隊長、一気に片をつけましょう」

 リネは走り出した馬の首に捕まった。

 後ろから追いかけてくる馬のひずめの音、走る人間の息使い、怒声。

 アリウスは馬の扱いに慣れているようだった。が、湖を囲むようにある道は森と隣接しており、決して平坦ではない。石や下草で覆われて、むしろ人間の足の方が有利に思えた。

「――っ」

 リネは小さく叫びを上げた。

 空気を切り裂くように矢が飛んで来たのだ。それはリネの左肩付近を掠める。

 ぞくりと肌が粟立った。

「バカ。彼女に当たったらどうする」

「脚だ。馬の脚を狙え」

 誰かが叫ぶように指示を出している。

「え?」

 ここでリネは自分を狙っているのではないこと知った。むしろ助けようとしている。

 なぜ?

 誰から?

 リネはアリウスの方を見やった。表情はよくわからないが、冷静のようだ。馬を匠にあやつり、転倒を避けている。

 しかし森の樹木の枝は遠慮がなく、馬は時々立ち止まるような仕草をする。

 追いつかれるのは時間の問題のような気がした。

「……」

 リネに向かい風が痛いほど頬にぶつかる。髪が後ろに乱れなびき、馬から落ちそうだ。

 リネは必死で馬のタテガミにしがみ付き、引っ張ってしまった。

「きゃっ」

 馬が驚き後ろ脚で立ち上がる。

 その時、運悪く矢が飛んで来た。

 おそらく相手は馬の脚を狙ったのだろう。しかしバランスを崩したアリウスの膝に直撃した。

「アリウスさん!」

「大丈夫」

 アリウスは左手でそれを抜く。

 一連の動作は流れるように美しくさり気ない。しかしかなりの深手のようだ。抜いた傷から血が円を描くように滲み出して来る。

 リネは思った――自分のせいだ。

 自分が不用意に馬を刺激したせいで、矢はアリウスに命中してしまった。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 しかし今は謝っている場合ではなさそうだった。アリウスの負傷により、馬の速度が急激に落ちてゆく。

「アリウス、まさかお前が彼女を連れているとはな」

「やはりあなたでしたか、クエーカー」

 いつの間にか馬で横に並ばれていた。

 二人は顔見知りのようだった。

 リネは二人の顔を見比べる。

「安心して下さい、リネさん」

「え? わたしを知っているのですか」

「はい」

 クエーカーと呼ばれた男は腰に細身の剣を差している。しかしアリウスは見たところ武器はもっていないように見えた。

 何を安心すれば良いのか。どう見ても襲って来たのは彼らなのに。

「アリウス、彼女は返してもらう」

「おや、僕の命よりも優先するとは。ネストリウス伯父上の件ではないのですか?」

「うるさい」

「さすがにユグノー失踪から行動が早すぎるとは思っていましたが。今回は彼女を奪還するためでしたか。暗殺を後回しにするなんて意外ですね」

 アリウスは思い違いをしていました、と笑った。

「誰かに頼まれましたか? 断れない理由があったのかな。たとえばユグノーを頼むために珠洲(すず)の村と取引、とか」

「……」

「でも彼女を救いたいのなら、やはり僕を先に殺すべきでしたね。こういうこともできるんですから」

 馬が急に止められる。

 土埃が舞う。

 リネは首筋に冷たいものを感じた。

 何が起こったのかわからない。

「ア、リウス……さん」

「アリウス、お前という奴は!」

 クエーカーが苦々しい声をあげる。目は怒りではち切れそうだ。

 リネは小さく息を吸いこんだ。

 ――冷たいものは小刀だった。

 おそらくアリウスは隠し持っていたのだろう。的確に動脈に押し当てられている。

 リネは驚きすぎて怖いという感覚が湧かなかった。

「引きなさい。それともあなたの剣が僕の心臓を貫くのが早いか、それともこの小刀で細首をえぐるのが早いか競争しますか?」

「ぐぅ……」

 クエーカーは喉の奥から搾り出すようなうめき声を上げた。

「それに僕が一人でこんな場所に来ると思いますか? 今ごろはこちらに護衛兵が向かっていますよ」

 この言葉が決めてとなったようだ。

 クエーカーはくるりと後ろを向き「撤退」と怒鳴った。



 リネが連れて行かれたのはアリウスが暮らしていたという屋敷だった。

 屋敷をぐるりと一周している門は空を突くかと思われるほど高い。そして灰色だ。まるで監獄のように見える。その証拠に出入り口には鉄格子には大きな錠前が付いていた。

 この屋敷は住むためではなく閉じ込めるためにある。リネはそう直感した。

「この鍵で……開けて」

 アリウスはリネに命令した。

 リネは素直にその手から鍵を受け取る。

 アリウスの矢傷は深いのだろう。その眉が微かにしかめられている。たぶん全力を出せば逃げ切れるだろう。しかしリネはそんな気にはなれなかった。

「あの、アリウスさん、痛いですか?」

「……」

 リネは鍵を開けるとアリウスが歩きやすいように彼の肩を下から支えた。

 薬師の本能みたいなものかも知れないと思う。怪我をしたアリウスを放り出すことはできない。リネはアリウスの血がついたが、嫌だと思わなかった。

 門の中は小さな庭らしきものがあったが、何も植えられてはいない。門が高くほとんど陽が差さないせいかも知れない。

 屋敷はそれなりに手入れがしてあるが、くすんだ壁と鉄錆色の屋根は重く沈んでいる。

「ベッドのある部屋はどこですか?」

「二階……」

「わかりました。あとは適当に探しますけど良いですね」

「……」

 アリウスはかなり出血をしている。唇は土気色だ。

 リネはアリウスをベッドに寝かせた後、他の部屋で見つけたタオルで足の付け根を縛り、止血した。そしてどこかに使えるものがないか、また部屋を出る。

「薬があればいいのだけれど」

 山なら薬草が使えるが、ここにはない。

 リネは早足で階段を降りる。

 屋敷は窓も小さく、まだ昼前だというのに薄暗い。冷たく凍えるような空気が取り巻いている。動き回ると重い何かがのし掛かって来るような圧迫感を感じた。

 しかし一階の一番北の部屋だけは違っていた。

 一番寒く暗い場所だろうに、扉を開くと別世界のように安らぎが広がっていた。

「きれい……」

 薄桃色の花が咲きほこる草原、明るい陽光の下の湖、微笑む少年の顔、それらの点描画が所狭しと並んでいる。

 リネは目を細めた。

「この少年、アリウスさんなのかしら」

 金髪の利発そうな少年は恥ずかしそうに白いぬいぐるみを抱いていた。他にも積み木で遊ぶ姿や幸せそうに眠っている姿があった。どれも呼吸をしているように生き生きと描かれている。

 描いている者と描かれている子は強い信頼で結ばれている。そうでなければ、こんな無邪気な顔は残せないだろう。

 たぶん――たぶんここは彼の母の部屋だ。

 クローゼットに飾り棚、さりげなく置かれた手鏡はかすみ草の花飾りで縁取られていた。

「優しい人だったんだろうな」

 リネはつぶやいた。

 小さなテーブルには何か飲みかけだったのか飲もうとしたのか、グラスが出されていた。

 まるでまだそこに住んでいるようだ。

「聞こえますか、わたしの声が」

 リネは目をつぶった。そして祈った。アリウスの傷が治るようにと。

「どうか薬の場所を教えて下さい。彼を助けたいんです」

 このままやみくもに探しても見つからないだろう。リネに焦りが生じている。

「どうか、どうか」

 するとどこからか声が聞こえた気がした。棚に薬箱が、と。

「わかりました、棚ですね」

 リネは顔を上げた。

 部屋には持ち主の愛がまだ宿っている。それに賭けたのは正しかったようだ。

「早くしなきゃ」

 リネは急いで棚に駆け寄る。と、その時。

 ――クローゼットを

「え?」

 ――私の服を着て

 声なき声はリネにそう告げた。


読んでいただきありがとうございました。


千里の道も一歩から、で書きぬこうとない根性集めてやっています。


本当に読んでいただきありがとうございましたっ。

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