ヤーウェ・野良の本能
この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。
「カダルを頼みますねっ」
背中からリネの叫ぶ声が聞こえる。
力強い何かに引っ張られた気がした。
リネはわかっているのだろうか。本当は離れがたいのだ。
「まったく……」
悔しいがカダルを捕まえて戻さなければ本当にどうなるかわからない。カルマトに見つかれば殺されるかも知れない。
そんなことになったら彼女が――リネが泣く。
せっかく成功した交渉も嬉しさが半分になる。
何もこんな時に走り出さなくていいのに、まるで野良猫のようだ。本能は押さえて欲しい。
「カダルっ! カダルはどこです!」
アリウスは何度も叫んだ。
しかし声は人混みにかき消され、遠くに届いていないようだ。たくさんの人が吐き出す息が渦巻いている。
「何しているんだか……」
アリウスはつぶやいて気がついた。カダルは何をしようとしているのだろうか。走り出した理由を考えればどこにいるかわかるだろう。
――何故か。
もちろんこの国に起きた異変だ。
それを知るには誰に聞く?
「……」
カダルは父に会いに行きたくないとは言っていたが、爺の後を追っているならば方向はイスマイールの屋敷。
そう考えたアリウスは方向を変え、イスマイール領に向かった。
見慣れたイスマイールの屋敷が見えて来た頃、私設兵らしき者がわらわらと出て来た。一瞬アリウスは身構えたが、どうも杞憂のようだった。彼らのすぐ後にカダルと爺が居た。
「どうしたんですかっ。いきなり走り出して。危ないでしょう」
アリウスはつい言葉が荒くなる。
「どんなに心配したかっ」
「いや、その」
「勝手な行動を取って良いとでも?」
「すまない」
「謝っても遅いでしょう」
「三人離ればなれになったらどうなるか」
「……すまん。つい」
カダルは俯いている。
考えもなしに行動する天然は責められない。いや、野良猫の本能だ。
アリウスは大きくため息をついた。
「もう少し配慮下さい。カダルに言っても仕方がないかも知れませんが」
「で、あの……リネ、は?」
まったく、心配するなら動くな。
カダルは本気でムカッと来た。
「彼女はポポロを制してもらうために分かれました。暴れる人々に興奮して怪我をさせるのも何ですから。で、人々はどういった理由でこうなったか分かったのですか?」
カダルは爺の方を見て、アリウスに視線を移した。
「どうやらデンジャーが出たらしい」
「あの尾が二本あるという?」
「そうだ」
「そんな報告は……あ、いえ。噂は聞いていませんが」
「ああ、俺も爺に初めて聞いて――」
「お二人が居なくなってから。最近なのです」
それから後はカダルの爺が言葉を続けた。
外の砂漠との境に門がある。城門は砂嵐を避けるためでもあるし、内と別けることによって国として存在を示したものだ。
その門が開くのは砂魚などの食料の調達と〈燃える水〉を取りに行く時だ。
部族が持ち回りをして、常時二名の門番はいるが、長年の慣例として、暑い太陽を避け、門横に建てられた詰所に半ば閉じこもっている。それゆえ城門の劣化に気付かなかったそうだ。
砂漠といえども雨季には雨も降る。紫外線も風も砂嵐もある。城門は時間と共に白く脆くなった。ひび割れは大きくなり、やがて穴となった。そこからあの突然変異のサソリが入って来たようだ。
「最初は数匹でしたから、なんとか若い衆が棒で叩き殺しました。だけどそれを来り返すうちに学んだのでしょうか。集団で不意打ちを掛けて来るようになったんで」
爺は手に大きな金づちを持っていた。年寄にはやや荷が勝ちすぎているように見える。
「情報が混乱しているみたいなんだ」カダルが言う「三度は大丈夫だったが、前回は七人。前々回は五人亡くなったそうだ。とにかく今デンジャーは〈恐怖〉と同意味なんだ」
「……五度の襲撃を受け、被害は増えているんですね」
タイミングからしてカルマトの研究所の名残が襲って来たというところだろうか。山に建築するということは、それ以前にデンジャーの個体を収集しているだろう。
山がああなったがために計画は倒れた。
そのために集められたデンジャーの個体は破棄された。おおかた砂漠に捨てられたのだろう。彼らにすればイキナリ捨てられたのだ。腹を空かしエサ等を探しに歩き回ったに違いない。本能的に食べ物を与えられた場所へと移動し、たどり着いたのがヤーウェの門だったではないだろうか。
確信はないが、そんな気がした。門の中にエサがあると信じての行動だ。
アリウスの知っているサソリは昆虫やトカゲなどを襲うが、このデンジャーは突然変異体なのでわからない。毒を専門に扱っているゴッドラムでも不明だ。
「もしかして先ほどの会見が早く終わったのは……」
アリウスは不意に思い出した。シーアの様子はどこか焦って切り上げたようだった。
「多分な……」
眉を顰めたカダルがつぶやいた。
ただでさえ統制の取れなくなった国に新種のサソリは痛いだろう。山を敵に回したヤーウェに取っては特に。
万能薬のことはリネに聞いてはいないが、残っていてもこの国に回してくれるとは思えない。少なくとも自分なら情けはかけないとアリウスは思う。
「カダル、これからどうします?」
「目的は達成したから出立することは出来るが、見捨てることは出来ない。サソリを殺しに行く」
「……だと思いました」
シーア一人しかいない国では統率も取れないだろう。カダルにしては見て見ぬふりは出来ないに違いない。
「じゃあ僕も行きます。人数は多い方が早く終わる」
「巻き込んで悪いな。キリト」
「構いませんよ」
キリトと呼ばれるのにも慣れた。アリウスはこの名で呼ばれる時はカダルを手伝ってもいいかと思える。
あきらめが入っているのかも知れないが、カダルといるとワクワクする気もする。危険を楽しんでいる自分に気がつく。
「ああ。それと一応、顔に布は巻きつけておいた方がいいですよ」
「暗殺を心配しているのか?」
「いいえ。布を巻き付けて戦っていることで〈山の代表〉であることを印象つけます。恩も売りやすい。今、我々は〈山〉の立場ですから」
「……咄嗟に知恵が回るんだなキリトは」
「今さら驚かないで下さい」
「武器を渡すよ」
「出来れば切ることに特化したものより刺すことを目的にしたものを下さい」
数のいるサソリ相手に大きく振りかぶる物は不利だろう。
「槍でいいか。ちょうど小動物用の手頃なものがある」
「ええ。そうして下さい」
「確かに小物を刺すにはゴッドラムの軽い武器みたいなものの方が有利か」
「はい。重くて野蛮な武器に繊細な使い方は出来ませんし」
「……だな」
「……ですよね」
槍を持って来た爺は見つめ合う二人に言葉を掛られなかったと後に愚痴ったらしい。
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