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ヤーウェ・何かが

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。


「わたしは自分の目を信じます。カダルは理由なしに人は殺さない」

 リネは迷いなく口にした。

「あら、でも本当にアーヒラを殺したのよ」

「理由なしに、と言いました」

「じゃあ理由があればいいの?」

「正当防衛。いえ、何でも良いです」

「何でもとは随分とご都合主義な答えね。お嬢ちゃん」

「はい」

 リネはまったく揺るぎなかった。

 口から出る言葉に自信が満ち溢れる。それはなぜかリネにもわからない。でもカダルを疑うことは自分自身を疑うことだ。人を見る目がないと。リネはただカダルとカダルを信じた自分を誇りに思っている。

 初めて出会った時からカダルは純粋な正義感のある青年だった。次期部族長でもまるで偉ぶっていない。そして冤罪を掛けられて立場が悪くなる可能性があるのに脱出の手伝いをしてくれた。

 またキリトのふりをしてまで来てくれたアリウスも信じられる。好きだと差し伸べてくれた手を振り払ったのにそばに居てくれる。アリウスには感謝しかない。村はある意味、事なかれ主義だ。捨てられた民だと諦めていた所もある。冷静なアリウスと熱血漢なカダルがいなければヤーウェの前にバラバラに砕けていたかも知れない。

 だから。

 だから彼らに嫌われない人間にならなくちゃいけないと思う。彼らに相応しい人物になろう。なるんだ。

 リネはシーアから目を逸らさなかった。

「行商権利、いただきます」

「……」

「これから山経由での貿易はお断りします。でもゴッドラムの塩がなければヤーウェの皆さん困るでしょう。死者が出てしまう」

「同情してくださっているの?」

「より良き道を提案しているだけです。これから貿易の品は火竜が運びます」

「やり方を押し付けるの。山はヤーウェを敵に回すのね。すごい自信だこと」

「自信はありません」

「なのに山を完全封鎖するつもり?」

「そうですね……」

 ここでリネは一息ついた。

 目を瞑り、ゆっくりと答える。一番正しい言葉を選ぶ。

「個人にまでは無理でしょう。山は広いですから。我々が封鎖しても登る道によっては通行可能です」

「そうね。そうよね。そこまで規制できないわ」

「はい。でも見つかった場合はそれなりの代償はいただきます」

「それなりって何よ。どれだけ村が偉いと思っているのかしら」

 シーアは相変わらず上から目線で態度は崩していないが、不利は悟っているようだった。

 武器はある、力は強い。ヤーウェは砂漠の頂上に君臨している大国だ。が、山相手だと部が悪い。地震などが自由に起こせる力があるのなら勝ち目は薄いくらいは気づいているはず。

「ヤーウェは負けないつもりだけど」

「それなりはそれなりです。負けない『つもり』ということは勝つ自信がないということに取れますよ? それにあなた方は村の総力を知らないでしょう?」

 リネは曖昧に誤魔化し、反撃した。シーアのような賢い人間にはこうした〈曖昧〉が利く。勝手に想像してくれるだろう――勝てない理由を。村の力を。

 実際、村には力はない。地震も自由に起こすことは出来ないし、武器はない。だから誤魔化すのだ。

 全力で。

 

「すいません」

 後の扉が開き、侍女とおぼしき女性が入って来た。そしてシーアに駆け寄ると何かを話し出した。声が小さく何を話しているかは聞こえない。ただ短時間で終わった。

 リネは話を戻す。

「山はヤーウェを怒っています。聖地に無断で研究所を建てようとしました。そのため、惨事が起きた。これはご存じですよね」

「……そうね」

「ならば『それなり』もわかるはず。行商権利を譲れと言っているのは、ヤーウェを山の神から守る術でもあるのです」

「……」

「お分かりいただけましたか? これは山を守る村としての宣言です。入山拒否です」

 シーアは無言だった。

 腹立たしいのか、二の句が付けないからかは知らないが、一言も発しなかった。

 前回の交渉は決裂したそうだが、今回はこちらの言い分が通りそうだ。

 リネがそう思った時「いい気にならないでねカダル」と、シーアはいきなりカダルの方に向き直った。

「イスマイールの長はあなたのしでかしたことで寝込んでいるわ。カルマトの長もドルーズの長もね。わかる? 今のヤーウェは私のものなのよ」

 シーアの言葉には棘があった。同時にからかいと挑発の匂いがする。

 これに乗ったら、またこじれてしまうだろう。

 しまった、とリネはカダルに目をやった。カダルは最初こそ身体を強張らせていたが、今は落ち着いている。思ったよりもシーアの言葉に熱く反応していないようだ。

 いや。怒りや恐怖を通り越して、むしろ澄んだ眼差しをしていると言った方が正しい。カダルはひどく冷静だ。

 リネは心の中で大丈夫、と思った。

「アーヒラは今ごろ何と言っているかしら。独り生き残ったカダル。お父様もお嘆きよ。カルマトの民は許さないわ。あなたを殺すかもね。交渉にわざわざ出てくるなんてご苦労様なこと。そこまでしてこの地を踏みたかったのかしら。でもね」

 シーアはうふふと含み笑いをした。

「ヤーウェにあなたの居場所はなくてよ」

「――だから?」

 カダルは低くつぶやくように答えた。

 リネが知る限りではこの上なく冷たい、突き放したような声だった。

「そろそろ書状にサインを頂けませんか。内容は前回送ったのと同じです」

「……ふん」

 キリトが書状を渡すと、シーアにサインは忌々しそうにペンを走らせた。本来、イマームの仕事だがここに誰も来ない以上、彼女のサインで十分だろう。

「では失礼します」

 三人は、足早に会議場を出た。

 出口で切り付けられるかと思ったが、そんなことはなかった。むしろ廊下は静寂に包まれている。

「あの……」

「何ですか、リネ」

「今回は上手く行きすぎたような気がして不安です」

 リネは正直に答えた。

「シーアは自分達が村より上の立場だと信じていた。でも急に間違いだと気がついたのでしょうか。そんなに人って考えが変わりますか?」

「なぜリネはそう思うんだ?」

 カダルは今回の主役であるリネが、やたら不安がっているのをわかったようだ。

「だって……カダルにしゃべり掛けて来た後は驚くほど静かだったし。わたしはもう少し揉めると思っていたんです。だって行商権利って国の生命を左右するでしょう」

「まあな。ここを握られていたら痛いだろうな」

 確かにシーアは最初に場に入って来たのと途中からではテンションが違った。後半、カダルに脅し文句を重ねていた時には、険しい顔で別のことを考えているようだった。

 何を考えているかは、わからないが。

「僕も拍子抜けしました」

 アリウスがぼそりと言った。

「リネの迫力に押されたんだろ。俺達が必要ないくらい力強かったし」

「キリトもカダルもやめて下さい。わたし怖かったんですからっ」

 やはり女性としても場数としてもシーアの方が上だとリネは思った。ただ座って命令するのではなく、自分の信念でやっている。何か事情があるのかも知れないが、リネにはわからない。

 わかるのは村と対立していることだ。

 それだから急に態度を変えたのが理解できない。素直にサインしたのは火竜の脅しが効いたのだろうか。

「……そういえば耳ともで侍女が何かしゃべってなかったか?」

「後から入って来た人ですね。確かに一言ふたことは口にしていましたが」

 あの侍女はそれからシーアの髪の毛を少し直して消えた。

「ほんの少しの時間ですよ」

「じゃあ、気のせいか」

 カダルが、思い出したように言い出した。

 確かにそんなことがあったが、リネは気にしなかった。他の来られない部族長からの伝言みたいなものかなと思ったが、短かったし、たいしたことではないと判断した。また、そんな短時間でシーアが態度を変えるとも考えていない。

 だけど言われてみれば無言が続き、攻撃相手をカダルに変えたのはその時だった気もする。

 最後は早々に終わりたいようにも見えた。


 


建物の外に出ると殺伐とした視線が襲い掛かって来た。砂埃と黙り込んだ多くの民の目。村人として軽蔑している、アーヒラの仇と知り怒りを込めている――そんな視線だ。

 しかしそんな中にも種類がある。殺気立っているのはカルマト、お会いできて嬉しいはイスマイール。ドズールは火竜に恐れているか拝んでいるか。そして共通するのは村への偏見と軽蔑だ。これは山が地震を起こし死者を大勢出したためと思われる。

「冤罪……晴れるかな」

 ぽつりとカダルが言っているのが聞こえた。

「証明は難しいですね」

 アリウスはさり気なく現実を口にしている。

 確かにリネが考えても〈やっていないこと〉の説明は難しそうだった。でも説明しなければ、民にわかってもらえない。シーアが証拠(?)である懐剣を持っている限り、何を言っても信じてはもらえないだろう。そしていかにヤーウェが山を無残に荒らしたかという過程ではなく、地震という結果を見てしまう。

 民衆とはわかりやすいことを選ぶのだ。

 ここは黙って通り過ぎよう。

 今は。

「……カダル、お父様の所へ寄る?」

「いや。村に戻る。案を飲ませた報告をしたい」

「そう。そうね」

 リネはどこかカダルが寂しげに見えたが、それ以上は言わなかった。体面上は会えないだろう。でも屋敷の窓からでも顔は覗ける。カダルはきっとそれも拒否するだろうけれど。

「余計なこと……ごめんなさい」

 変なことを言わなければ良かった。

 リネは少し自分を恥じた。

「いいや、リネが謝ることないよ。まだ会えないってことじゃない。冤罪が晴れたら玄関から入って挨拶できるだろ、それを待つ」

 カダルの目は笑っていた。

 リネはそれが救いのように思えた。



「みんな逃げろ。まただ!」

 誰かが鋭い声で叫んだ。

 するとそれまで静かに睨んでいた者も含め皆、慌て始める。

 ある者はつんのめり、転び、そして震え、泣き、走り出す。

 もう少しで火竜の待つ広場という所だったので、リネ達も慌てた。何が起こったというのだろう。まさかポポロが暴れたのか? でも彼ら彼女らは本来大人しいはず。

 リネは周囲を見渡した。

 たくさんの人の波が行き過ぎる。家に帰るのか? 違う。一貫性なく、めったやたらに逃げている。

 誰かが「こっちじゃ駄目だ」というと波の流れが変わり、「向こうが安全」と叫べば、一斉に走り出す。

 あきらかにパニックを起こしている。

 指示だけが飛んでいた。「あっちだ、そっちだ、向こうが」


「――カダル様、逃げて下さい!」

 どこからか声がした。

「爺、か?」

 色々な人とぶつかる。今まで火竜や三人を見に来ていた人々だ。かなりの数の民が居るのでわからない。

「カダル様、あの火竜で取りあえず空にっ」

 また絞り出すような叫びが聞こえた。

「爺だな。何が起きたんだ、爺っ!」

 カダルはこの騒ぎの中、年老いた爺を一人置いておけないと思ったのか走り出す。

 リネもカダルの背中を追おうとした。

 しかし「火竜が暴徒となった人間を恐れています。リネは早く彼女達の元へ!」というアリウスの声で断念した。

「あなたは、一時的に空へ。カダルは僕が追います」

 アリウスはそう言いながら人の塊の中へ身を投じて行った。

 彼らは人に揉まれてすぐに見えなくなった。

読んでいただきありがとうございます。

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