珠洲の村・共存共栄
この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。
「動物?」
カダルは首を傾げた。
「ポポロなら可愛いけれど怖いです」
リネが口にすると集会所の男達が「おぉ」と声を上げた。ざわつきが広がり「その手があったか」「身近すぎるとわからんものだな」という声も漏れ出て来る。どうやら珠洲の村ではメジャーな生き物らしい。
「なるほど。ポポロなら山の使いだしこちらの言うことがわかる。手伝ってくれるやもしれんのぅ」
長老が目を細め膝を叩いた。
カダルはキリトと「そういうことでしたら」というしかなかった。
「一度みたいものですね」
「ああ」
キリトの意見にカダルはうなずく。
もしその動物が珠洲の村を救ってくれるなら賭けてみたい。
「今から行きますか?」
リネが二人に微笑んだ。
「いま、から?」
「夕方には巣に居るでしょうし、往復しても夕食に間に合うと思います」
「え?」
「あはは。いいじゃないかキリト」
もうこうなっては断る選択肢はないようだった。
リネはどちらかというと華奢で小柄だ。体力もあるように見えない。だが山にあっては子リスのように軽く疲れ知らずに動き回る。真面目な顔なのにどこか微笑んでいるように見えるのも不思議だ。監禁されていたストレスが無くなったせいだろうか。
「元気だなリネは」
「負けますね」
「……認める」
カダルもキリトも肩で息をし、付いてゆくのがやっとだ。
五つ目の小川を超え、針葉樹の群生地を過ぎる。最後に半ば崖を這いつくばって登った。そしてようやくたどり着いたのは草原が広がっている場所だった。
野っ原に樹木はない。
どこまでも青い空から陽が斜めから差し込み、静かに風が吹いている。
遠くのに池があるらしく水面に光が反射していた。またその水が光と共に大気に溶け込み、周囲にまた柔らかな風を呼ぶ。
透明な媒質がそこにあるようだった。
「かなり山の上に来たのに不思議な風景だなあ」
「そうですね。登るほどに樹木は少なくなり岩が目立つと思っていました。酸素も薄くなるはずなのに……いやもむしろ呼吸がしやすい気が」
「ああ」
ここも山の聖地のひとつだろうか。
キリトは不思議そうに遠くの空を見つめている。カダルはただ足元の緑に目を落としていた。
「カダル、キリト」
「ん?」
「なんでしょう」
「むこうに茅野があるのが見えるでしょうか。あそこがポポロの巣です」
リネは微笑みながら前方を指さした。たぶん百五十メートルほど先にあるこんもりとした所だろう。
「巣の近くまで来たけれど危険はないのか?」
「こちらから攻撃しない限りは大丈夫です。少しですけど言葉も通じますし」
「……」
カダルは巣という場所を見て無言になった。
緑に覆われている草原でそこだけ柔らかい背の高い植物が生えている。いったいどんな生き物がそこに住んでいるのだろう。思ったよりもスケールがデカい。ここからだと正確にはわからないが直径百メートルほどの円形巣だ。
初めて出会うワクワク感――好奇心と畏怖の念が湧き上がる。彼らは山の外にニンゲンに慣れてくれるだろうか。
「あそこに卵がある時はそれなりに危険ですけれど今は大丈夫です。メス一匹、オスが三匹。それが群れの構成です。他にも居ますが一番近い巣がここなので」
リネがカダルの心を読んだように言った。
「あ。ああ、うん逆ハーレムの群れか」
「逆……何ですかそれ?」
「あ、いや。あはは」
カダルはリネの目があまりに綺麗だったので、思わず笑って誤魔化してしまった。横を見るとキリトも何かを我慢している口元になっている。
カダルが乾いた笑いを続けていると下草が音を立ててなびいた。
同時に頭に大きな影が通り過ぎる。少し遅れて来た風圧は空から叩きつけられるようで、身体が押さえつけられ息が出来ない。巣の住人が戻って来たのだろう。大きな羽ばたきと発せられる熱のようなものが周囲に満ちた。
「――ポポロ!」
リネが親しみを込めた声で叫ぶ。
カダルとキリトは固まった。
「リネ?」
「はい」
「あれが……」
ポポロ?
「はいっ」
カダルは自分の脳は名前を聞かなかったことにしたいようだと思った。
……古い陽に晒されたレンガ色の退紅色が全身を包んでいる。背びれウロコ、爪は透けたフォーンというダマジカというシカに似た色をしていた。そして目は金色、思ったより大きな羽はくすんだ紫みの赤――蘇芳の色だ。
あれは。
「……」
「どうしたんですか、カダル?」
「うん。火竜」
「は?」
「イスマイールで玄関に飾られている、火竜」
カダルはこの後、大きく咳き込んだ。
「火竜だ。うん火竜。イスマイールの屋敷にある飾り。いや骨。ど、ドラゴン……ドラゴンだ。砂漠の強さを象徴する――火竜、ひりゅう
「ああ、あれはポポロだったんですね」
「いや、あの……太陽神の使い、炎を吐き、爪と身体を緋色に染め戦う竜」
体長は十五メートル以上あるだろうか。こうして見ると前脚は小さいが後脚はしっかりとあり、飛ぶどころか走ることも出来そうだ。
「卵をぽろっぽろ産むんです。ぽろっぽろ。それでポポロ。お茶目でしょ。確かに怒ったり繁殖の時は朱というかもっと赤い色をしていますねっ」
「……」
確かに砂漠の国ヤーウェと山では随分生活も生態系も違う。が、まさかここまでとは思ってみなかった。
「寂しいとキューンと鳴くんです。大きいのがメス。小さいのがオス。オスが特に鳴きますね。僕を見てよと」
「……ゴッドラムでは見かけません。どうしてなんでしょう。こちらに来る理由がないんでしょうかね」
「ええとポポロは夕暮れに戻って来たから……ヤーウェ方向でエサを食べているのではないでしょうか」
「なるほど」
リネの意見にキリトが横で頷いている。
「どうです? カダル」
「え、ああ。うん」
急に振られてカダルは口籠った。
力の象徴と信じていた、ある意味理想像の粉砕に頭が付いて行かない。
慌ててエサというものについて考えてみる。
「そ、そういえば火竜は砂魚という一メートルくらいのものを食っていた気が」
「一メートルの獲物ですか。気が小さいと思っていましたが、やる時はポポロもやるのですね」
「あの身体と飛ぶエネルギーを考えると当然ではないですか。カダルはどう思います?」
「……何が」
「人間でも襲っていますか?」
「は? いや。そんなことは……」
カダルはキリトに尋ねられ言葉を濁した。そういえばそれほど火竜の生態については知らない。
ヤーウェの民との出会いは、たぶん砂漠にあるオアシスや燃える水の場、狩りなどでの鉢合わせだと思う。砂魚は人間も口にするから、頻繁でないにせよかち合うことはあったのだろう。
「カダルは出会っていたのですか」
「まあ、二度ほど」
カダル自身、遭遇は多くない。砂漠で泳ぐ砂魚を襲う姿を遠くから目にしただけだ。イスマイールの屋敷に置かれているものは行き倒れて半ば白骨化したものだと聞いている。実際、ヤーウェの国で火竜を倒したという者はいないはずだ。
誰も倒せない、空を飛ぶドラゴン。爪と牙、尾を使っての豪快な狩り方。
噂に尾ひれがついた。
尾ひれはやがて伝説となった。
そんな所だろうか。
カダルは大きくため息をついた。
「でもどうしてここに火竜の巣があるんだ?」
「水ではないですか」
意外にもキリトが即答した。
「食べ物は砂漠で取り、水場でもある山で眠る。実に合理的です。これでゴッドラムに姿を見せないのも理解できます。山を飛び越すことは出来ても、ゴッドラムまで行く必要性がないんです」
キリトの眉間に皴が寄った。
カダルには彼がまた何か考えている気がした。
「使えますね、竜は」
「はいぃ?」
「うん。良い。数も思ったより居るし」
カダルは少なからず不安はあるが、今は打てる手はすべて打ちたい。
「使えますよ、ポポロ」
キリトは独り言のように何度もつぶやいている。
「――では協力を頼んで来ます。お二人はここで待っていて下さいね」
リネは微笑むとカダル達に背を向け、歩き出した。
「だ、大丈夫なのか?」
「はい。あの群れはニャルガに襲われて怪我をしたのを助けたことがあるんです。だからわたしには優しくしてくれます」
「……」
カダルは〈ニャルガ〉という新しい名前に首を捻りつつリネの後姿を見ていた。
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