珠洲の村へ・カダル
この作品は完全オリジナルです。特定の国、宗教は関係ありません。
イラストは山吹様からいただきました。
戴冠式が無事に終った。カダルは部族長達からの叱責を覚悟していたが、ヤーウェに戻った重鎮達から咎める言葉は聞かなかった。
他国の行事出席より〈カルマトと所の息子を救った〉という事実を認められたようだった。
「よくやった」とイマーム(指導者)よりの評価を得た。
しかしカダルはあまり嬉しくはない。
すべては薬がやったことだ。手にしていたのはまったくの偶然だった。砂漠で砂嵐に遭遇したようなものだ。
それよりもシーアの表情が気になっている。
あの万能薬を喉から手が出そうなほど欲しがっていた。たぶん、他の部族から賛同する声もあがるだろう。
そうすればどうなるか。
カダルは自分の想像していたものと違う展開が怖かった。
「リネ……すまない」
なぜか詫びる言葉が口を突いて出る。
カダルは部屋に閉じこもったまま膝を抱えていた。
「カダル、緊急部族会になった。お前も特別に呼ばれている」
扉の前で父の声がした。
「何の用が……いえ、敬愛するイスマイールの長、何か用があるのですか?」
「わからん。使者によるとカルマトが召集をかけたらしい。珍しいな。戴冠式の報告なら指導者であるイマームの名の元にあるだろうに」
父は不思議がっていたが、カダルにはなんとなくわかった。
「お前は絶対出席しろ、らしい」
「……」
聞かれることは想像できたが、部族間で波風を立てるのもはばかられた。カダルは無言で部屋を出た。
「さて、勇者なるカルマトの――我が末の息子のことですが」
会議室はレンガが円形に組まれており、風抜けの小窓がいくつもあった。壁には各部族の旗、ヤーウェ人の力の象徴でもある火竜の絵が掲げられている。
出席者は紅い絨毯の上に車座になっている。
座る順番は変わるが、上座はイマームと決められていた。
「もうみなさんご存知のように私の留守にデンジャーの毒にやられ、瀕死となりました」
話を先導しているのは革新派といわれるカルマトの長だ。
「ご存知の通り、あの新種の毒サソリに特効薬はありません。少なくとも我がヤーウェには。それが薬で九死に一生を得ました。そう、その薬はあの珠洲の村でつくられたというのです」
ここでカルマトの長はカダルの方を見た。
「――その発見をしたのは、敬愛するイスマイール次期部族長のカダルです」
カダルは笑ったらいいのか、後悔すればいいのかわからなかった。
何度も言っているが、カダルが偉いのではない。あの薬はリネという娘が苦労して創った大切な物だ。それをここで言い出すということは末弟の母、シーアの差し金だろう。
とすると、この会議の目的は〈いかに珠洲の村から薬を差し出させるか〉ということになる。
「別に発見なんかしていない。万能薬だから効くかな、という軽い気持ちで試しただけです。それが効いたのは偶然なんです」
「その偶然が発見なんだよ、わかるかねカダル」
「……わかんねーよ」
「は?」
「あれは珠洲の村のだ。これまでやって来た通り、各部族でデンジャーの解毒剤開発に力を入れるべきだ」
カダルが唇を真一文字に結ぶと、横の父であるイスマイールの長が横腹をつついた。
カダルはそれを無視した。
「この部族会議で何を話し合う気だ? 他国への干渉か、交易の強要か?」
「珠洲は村であって国ではない」
「同じことだろっ!」
珠洲の村は小規模な村ながら自給自足ができている。山越えで宿を提供したり、ヤーウェやゴットラムに薬の行商に来たりするのは、助け合いの精神が強い――故郷として懐かしむ意味合いがあるためだと言われている。
なお、タブーとなっている珠洲の村だが、どちらの国にも利益になると交易は暗黙のうちに了解されていた。
「そうだな、理想を言えば自らが薬を開発すべきだ。しかしその前に噛まれた者はどうする?」
「カダル、珠洲の村と交渉する余地があるのでは?」
三つの部族のうち、カルマトとイスマイールが前向きに検討すべきだと主張している。
唯一、ドルーズだけが考えがあってか、沈黙していた。
「と、いうことで明日、薬とその創り方を指導してもらえるように師団を珠洲の村に送る」
カダルは最後まで抵抗したが、結局師団に同行させられることになった。
どこか釈然としない。あのリネに部族長達が剣を持って話し合いを強制することを考えたら、いても立ってもいられなかった。
ヤーウェで荷物を運ぶのはラクダだ。ゴットラムでは馬がそれに当たる。
山の急斜面を平気で登り、自分の体重の二倍以上を運べるのは珠洲の村産のラウマと呼ばれる動物しかなかった。平地では繁殖しないため、主に珠洲の村が育てている。それは薬以外の収入源になっている。
ラウマは細い道を切り立った崖を雲の上でもあるくように進む。
ヤーウェの者達がちょうど昼間――出発してから半日経ち、街道沿いの宿屋や休憩場の一角に出た。ここ旅人には飲み物も提供されるオアシス的存在の場所で、珠洲の民が経営している。
木で組み立てられた家は通気性が良く、春涼しく、冬か暖かいとされていた。
ヤーウェ一行はそこに着くと中に入って行った。もちろん腰には火竜の背びれで造った剣が挿されている。盾を持ってないのは珠洲の村に武器らしい武器がないためだ。
「ちょっと、カダル」
家の前で困っているとドルーズ派の長が近づいて来た。
「あの毒消しのことなんだけどねえ。あれは完璧な毒薬と言われたデンジャーに本当に効くのだね」
「慈愛あるドズールの長、それはこの目で見ました」
「ちょっと信じられないなぁ……あの無敵と言われた毒が、だよ」
絡むような物言いをするドルーズ派の長。カダルは温厚といわれているが、このドルーズ派はあまり好きではない。
「何でも上には上があるってことでしょう。ここは神の山です。デンジャーを治す薬があってもおかしくない」
「そうだね、うんそうだね」
ドルーズ派はまだ信じられていないようだ。
確かにこの目で皆ければ、カダルも信じられないだろうが。
「慈愛あるドルーズの長、本当だから珠洲の村まで来ているんではないですか」
「つまり本当に解毒剤としての薬があるんだね」
「さっきから言っているじゃないですか! 珠洲の村の薬師は優秀なんですっ」
さすがにカダルもムッとした。
ドルーズの長はそれを聞くと眉を寄せ、家の中に入っていった。
しばらくして部族長達が珠洲の村の長老とリネを連れて外に出てきた。
カダルは咄嗟に下を向く。
「カダル、お前からも説明してやってくれ。どうも交渉が上手く行かない」
カルマトの長が言った。
当たり前だ。珠洲の村も上から命令されては、納得できないだろう。
「――俺……俺は」
「カダル、頼んだよ」
カルマトの長は微笑みながら、ただし目は笑っていない状態でカダルの肩を叩いた。
脅せと言うのか、俺に。
カダルは唇を噛んだ。
丸腰で何の力も持たない村人とどう話せばいいのだ。一方的に要求を飲めというには酷すぎる。
「二人っきりにしてくれ、リネと」
カダルはそう口にするのが精一杯だった。
読んでいただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
ファンタジーは不慣れなもので、わかりにくかったらすみません。
自分に負けないで頑張ります。