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ゴッドラム・アリウス

この作品は完全オリジナルで、実在する国、宗教は関係ありません。


イラストは山吹様からいただきました。

 戴冠式はゴットラムの教会で行われた。

 教会は壁というよりも石の骨組みで全てを造り上げられており、窓にはバラをモチーフにしたステンドグラスがはめこまれている。大理石は磨き上げられ、アカンサスの葉を飾った華麗な柱頭には船を模ったゴットラムの紋章が掲げられていた。

 偉大なるゴットラム、と人々は褒め称えるが、席に着いた参列者はどことなく落ち着かない。本来、戴冠式とは高僧が新君主の頭に聖油を注ぎ、神への奉仕を誓わせる儀式である。が、今回はそれが省略され、紋章相続のみが行われるためだ。戴冠というよりも、前王からの権限移行を知らしめる即位式だった。

 一部で聖油に毒を混ぜる者がいるからではと噂があるが、真偽は定かではない。



「出席状況はどうですか?」

 アリウスは襟元を正しながら侍従長に聞いた。

 姿見の鏡は彼の全身をあますこところなく映している。

「一名の欠席者を除けば、全員揃っております」

「え?」

 銀の縁取りをされた詰襟はアリウスの赤い目を際立たせている。華美な装飾はないがすらりとした立ち姿は一筋の光のようだ。事実、アリウスの髪はゴットラム人の中でも比較的色づいており、遠目では金色に見えた。

「失礼、聞き間違えでなければ、欠席者がいると?」

「ヤーウェの部族で、イスマイール代表です。理由は不明とのことです」

「いい度胸だね。で、奴らは?」

「今のところ動きは」

 その言葉を聞くとアリウスはすっと目を細めた。

「では、早いうちに始末した方が良いでしょうね。残党が何をするかわからない。式前に片付けましょう」

「はっ」

 アリウスは新鮮な朝の空気を吸い込むように伸びをひとつした。



 地下牢へ向かう通路は薄暗く、水が染み出したような跡がある。急斜面で両脇から壁が迫っており、今にも押しつぶされそうだ。強い意志がないと通れないだろう。

 しれに周囲は冷えた空気とカビの匂いが充満している。一呼吸で肺の奥までが凍り付きそうだ。

 それでもランプを持つアリウスは薄く微笑んでいた。誰も教会の下にこんな場所があることなど気づくまい。そう思うと可笑しくてたまらない。

 アリウスは牢に着くと、ランプを壁に掛けた。

 教会が建てられたから地下牢が造られたのではない。地下牢を隠す為に教会が建てられたのだ。

 この冷たい石組みの牢は何百年と血の歴史があった。錆びた鉄の臭いはもう洗っても取れない。

「……ネストリウス伯父上」

 アリウスは一番奥の牢に向かって呼びかけた。

 牢に灯りはほとんどない。唯一、鯨の油で作った蝋燭が一本点っているだけだ。それが鉄柵を静かに映し出している。

「アリ、ウスか」

 鎖の音と、途切れ途切れの声が奥からした。

 奥の牢は蝋燭の光では輪郭がうっすらとわかる程度だ。

「お前がこんな人間、だったとはな。恐ろしい……悪魔めっ」

「お言葉ありがとうございます」

「兄に毒を盛り、わしに罪をきせ、投獄するとは。真実を知る側近が黙っていると思うのか!」

「真実とは作り出せるもの」

 アリウスは闇に向かって平然と言い放った。

「色々あった伯父上だから知っているでしょう。直接は毒だったけれど、長兄を暗殺しようとしたのはあなたも同じだ」

「兄コプトは粗暴だった。自分が一番でないと気にくわず、癇癪を起こし、無実の民を何人も殺している」

 馬車で横切られたと難癖をつけ死刑にしたり、振られた女性の家に火をつけたり、確かに長兄は人の上に立てる人物ではなかった。

 次兄はキツネ狩りの時に落石を起こしたり、階段で突き落とそうとしたりしたが、徒労に終わっている。たぶん嫌な人物とはいえ兄を〈殺す〉という行為には迷いがあったのだろう。その優しさが中途半端に足を引張り、結局アリウスがワインに持った毒が決め手となり、長兄は死んだ。

 そのワインは次兄である伯父が贈ったものだった。

 弟ネストリウスは兄コプトを殺したことになった。

「民衆はわかりやすいものを選びます。ただ民の為に殺害したのならヒーローになるでしょう。でも、国を牛耳ることが理由でだまし討ちにしたならば軽蔑されます」

「最初から計画的だったの……だな」

 牢の奥からの声は苦しそうだった。まるで手足を縛られ、喉はギリギリ喋れる程度に締め付けられているように。

「伯父上がいけないんですよ」

「なにっ」

「殺そうとした相手にワインなんて贈るから。確かに誕生日だったかも知れませんがね、そういう情けが身を滅ぼす元になるんです」

 アリウスはふふんと鼻で笑った。

「そうそう、今日は父の戴冠式なんです。お祝いに僕もワインを持って来ました。伯父上に飲んでもらおうと思ってね」

「……」

「あれ、どうしたのですか。いきなり無言になられましたね」

 アリウスは後ろから付いてきた侍従長を呼び、グラスにワインを注がせた。

 ランプの下のワインは血の染みと同じ色を揺らせている。

「どうです、一杯」

「……」

「そうそう、今回の戴冠式は伯父上の名代ということでお嬢様がお越しになっているんです。僕の従兄弟――ユグノー様は本当にお優しい人だ。父親が行方不明でも出席して下さる」

「娘がいるのかっ!」

「はい。美しいですね、水晶で作られたビーズをあちこちに散りばめたピンクのドレス。伯父上が贈られたものでしたよね。この後の晩餐では話題になると思いますよ」

「卑怯なっ!」

 奥から鋭い罵倒が続いたが、アリウスは微動たりともしなかった。

「父のお祝いのワイン、伯父上も飲んでいただけますね」

「――娘は」

「あれだけお綺麗な方だ。すぐに結婚相手は決まるでしょう。僕も従兄弟として力をつくしますよ」

「………………」

 長い沈黙があった。

 もう言い返す気力がないのか黙ったままだ。

 時おり鎖の音が小さく響くが、すぐに飲み込まれるように消える。

「侍従長」

 代わってアリウスの声が地下牢に響いた。

「ワインを伯父上に」

「はっ」

 侍従長はうやうやしく銀の盆に載せたワイングラスを掲げ、奥の闇に消えた。

 これでいい。

 終わった。

 アリウスの顔には満足げな微笑みが浮かんだ。

「さようなら、伯父上――ネストリウス」

 これが最後の言葉だった。



 戴冠式は無事に何ごともなく進んだ。

 冠を受け、紋章の相続にサインをして正統とする。新王は緊張しているのか、サインの際に二度もペンを落とした。

 アリウスは紋章院総裁としてそれを見届けた。



 式が終わった晩餐会は王宮で行われた。無礼講で立食パーティになっている。

「素晴らしいお式でしたわ」

「ゴッドラムも安心だ」

 そこかしこに花が飾られ、保管されている秘蔵の絵も展示それており、まるでひとつの美術館だった。中央ではバイオリンが奏でられていたが、それに耳を傾ける者はおらず、あちらこちらからで、お世辞話が飛び交っている。

 アリウスがキャビアを勧めていたところ、一人のヤーウェ人がやって来た。

「おや、これはこれは」

「お世話になっております」

 形式上の挨拶を終えると、アリウスは立ち話も何ですので、と自室に誘った。

 ヤーウェ人は細い目と笑顔を絶やさずにうなずいた。

 誰もが怪しむことはなかった。

 アリウスの自室は、白いカーテンが天上まで届くかというような窓を覆っている。外は暗いが、中はシャンデリアがまばゆい光を放っていた。

 アリウスは身体が沈みそうなソファーに誘い、オレンジジュース二つを使用人に持って来させるように命令した。

「うまくゆきましたかな」

 誰も居なくなったのを確認してヤーウェ人が口を開いた。

「まあね。適当な時期を見計らって伯父を発見させますよ。長兄を殺した罪の意識で自殺したとしてね。もう遺書は用意させていますから」

「手抜かりはないようですな」

 アリウスは笑い、ヤーウェ人は感心したようにうなずいた。

「当たり前です。伯父の側近もボスが認めて自殺したとなると身動きできないでしょう。娘で僕の従兄弟の身柄はこの手にあることですしね」

「……アリウス様を敵にはまわしたくありませんねえ」

「だからヤーウェ人なのに協力してくれているんでしょう」

「あはは、かないませんなあ」

 ヤーウェ人はドルーズという部族の長だった。

 一応、保守的と呼ばれている部族だ。

 しょせんゴットラムに武力等では敵わない。ヤーウェのドルーズは恩を少しでも売って国そのものの存続に力を貸してもらおうと考えているようだった。国のことを最優先に考える。それが真の保守派だ、と。

「カルマト部族はいけませんな。自国を強くしようと色々画策している。イスマイールはどっち付かずで当面、敵になりませんが」

「そういえば、今度の戴冠式にイスマイール代表は来ていなかったようですが」

「ああ、長は足が悪くてね。名代になった息子――彼はちょっと雑でね。なんというか感情に流されやすい所があるんです。何かあったのでしょうなあ。ま、アリウス様が気になさることではありません」

 ドズールの長は言い切った。

「そうですか……ところで例のサソリの毒、デンジャーはまたいただけるでしょうね」

「もちろん」

「新種のサソリで解毒薬が存在しない。本当に魅力的な毒ですね」

 突然変異でできた猛毒はほんの数滴で現状を変えることができる。それを知った時、アリウスはこの革命を決心した。

 毒を手にするということは怖いものがなくなるということだ。

「そうですね、これからもお父上の政敵や残党を――ゴホゴホ」

 ノックの音が響く。ドズール代表は使用人が入ってきたので咳で誤魔化す。

「ああ、本当に今日は素敵な日です。乾杯しましよう。これはとても新鮮でしぼりたてなんですよ」

 アリウスは使用人からグラス受け取り、高く掲げた。

「誰にも手が出せないモノに乾杯」

「か、乾杯」

 二人の陽気な乾杯を、使用人は不思議そうな顔で見ていた。


挿絵(By みてみん)

読んでいただきありがとうございました。



名前、だんだんややこしくなりましたね。

・珠洲のリネ

・ヤーウェのカダル

・ゴットラムのアリウス

その三人を覚えていただければ、と思います。


次もよろしくお願いします。

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