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ヤーウェ・アリウス

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

 アリウスの国、ゴッドラムからの連絡は伝書鳩を使っている。しかし高すぎる山を越える翼は持っていない。山の頂上付近にまで人が上り、反対側に投げ降ろし飛ばさなければたどり着けない。

 ゆえにゴッドラムからの密書は時間がかかる。

「……届くまで四日かかっている。このタイムラグからすると、今ヤーウェでは次の段階に進んでいると考えた方が良いでしょうね」

 アリウスはドルーズの長に向かって微笑みかけた。特注の椅子に腰かけた彼は足を組み、ゆっくりと首を傾げている。無垢な少女のようであり、裏に精通している暗殺者のように見える。

「この話、どう読みます?」

 アリウスはドルーズの長の足元に書簡を投げつけた。床に敷いてある毛皮の上で転がり、止まる。

「これにはゴッドラムの反勢力組織がまた武器の受注をカルマト派に頼んだとあります。一度は失敗したのに奴らも懲りないですね……まあ」

 ここでアリウスは一息ついた。

「僕もまず武器を手に入れることを考えるでしょうね。一度殺せば甦りませんから、相手に死の制裁を加えるのが最善の策です。そのためには自身の兵を武装させ、攻め入ることが必要。その道具をカルマトに頼むのは自然ですね」

 アリウスの形の良い唇は何かを誘っているようにも見える。

 ドルーズの長は彼を直視しなかった。

「ところで今さらですが質問します。武器というのは各部族で造っているのですか?」

「……はい。私兵は部族に伝わる武器と防具を踏襲します。先人のものをそのまま受け継ぎますので各部族ご用達の鍛冶師がいます」

「その鍛冶の命令は部族長が?」

「それは専属ですから」

「……」

 さしずめ、ゴッドラムからもう注文しているといった所か。

 アリウスは目を細めた。

「確かイスマイールのカダルとカルマトのアーヒラの決闘が決まりましたね」

「……三日後です」

「ドルーズ派として決闘に参加しなかった訳は何ですか?」

「はあ。その、立場的には。我が息子達はあいにく既婚ですので」

「つまり決闘は第三者の立場にならざるをえない。むしろ第三者であるドルーズが実権をえるためには二つの部族が共倒れしてくれることが望ましい」

 ドルーズの長は額からの汗が首元まで流れた。図星なのか一言も発しない。指を揉むような仕草をしきりとしている。

「どちらかが勝てば珠洲の村はその部族の影響力が強くなる。持ち回りのイマームの制度が揺るぐでしょうね。ドルーズとしてはこの決闘そのものが厄介なこと」

 くくく、とアリウスの喉の奥から声がするとドルーズの長は膝を折り、へたりこむように座った。

「――つ、潰すのは可能なのでしょうか」

「さあね」

 アリウスは言葉を濁し、長を見下ろす。彼は知的ではあるが貪欲で、漁夫の利を狙っている目だ。ドルーズはこの国では使える。だが自分の手も汚さず国を手に入れようという者は信用が出来ない。簡単に寝返る。

「……」

「私は孫もおります。この国を戦火に巻き込むことなく平和のまま、次の世代に引き継がせたいと考えておりまする」

「……今のところ、敵は一致していますのでご安心下さい。ヤーウェが栄えるのはゴッドラムとして歓迎です」

 アリウスの棘を含む言葉にドルーズの長はとうとう頭を上げなかった。



「それにしてもあと三日で決闘ですか」

 アリウスはなぜかリネのことを思い出した。

 顔を思い出すと会いたくなる。

 今、彼女はどんな目をしているのだろう。

 自分の運命が他人に決められるなんて屈辱だろう。まして結婚相手だ。望まない奴の子供を産まされる可能性もある――母のように。白い背中。暗い顔。細い指。

「……そういえば誰かが決闘の日時が正式に張り出されたとか言っていたような」

 アリウスはふらりとドルーズと屋敷を出た。


 砂漠の陽は容赦なく打ち付けるような痛みを持って肌をいたぶって来る。道のあちらこちらに揺れる陽炎は炎と手を結んだ悪魔が見せているような気がした。

 息をするのも熱い。

 足元の影が黒々としていた。

「まったく国の違いはとは来てみないとわからないものですね」

 そうつぶやいた時にアリウスはカダルが襲われている場面に出会った。相手――は考えずともわかる。

「また彼とはね。随分とおモテになる……」

 助けようと思ったのは単に死なれては困るからだ。無条件にリネをカルマトにやりたくはない。誰にも渡したくはない。

 いや。

 アリウスは今浮かんだ考えを否定しながら敵を捕捉した。

 誰かと闘うことは慣れていた。

 殺すことも。

「ここに来たのはあなたの屋敷に行く途中でしたし、会えたのは幸いでした」

 終わった後、アリウスはカダルにその場しのぎに小さく嘘をついた。

 ドルーズの屋敷を出たのはリネに会いたいわけではないという自分に対しての嘘でもある。

 自分自身を偽るのは簡単だった。

「ちょっとね――ちょっと話さなければいけない事件が起こったようなのでね」

 アリウスが口にするとカダルが身を乗り出して来た。

「って、あの、カルマト関係か?」

「ええ。まあ。お察しの良いことで」

「そりゃ、最近、カルマトが野生剥き出しでさ、まるで発情期だよ。何かやるとすれば奴らだ」

「は……つじょう?」

 アリウスは一瞬戸惑った。

 もちろん顔には出さないが。

「キリトん所もいるだろ。やたら縄張り争いして喧嘩っ早くなる犬や猫」

 カダルはそれなりにイスマイール次期部族長としての責任と誇りを持っているようだが、元もとの性格が大らかでこだわらないのだろう。襲われても落ち着いている。

 それにしても動物の発情期に例えるなんてどんな神経なんだ。

「……」

「そんなに目をまん丸にしない方がいいぜ。赤い目は直射日光でやられちまう」

「そ、そうですね」

「リネの所に行くつもりだったけれど屋敷に戻る。また襲われないとも限らない。巻き込みかねないし」

 アリウスはこくりとうなずいた。

 感情が目に出たか? うなずきながらアリウスは額に手を置いた。

「あー、俺の伝言を彼女に頼めるかな。『決闘まで会えないかも知れない。でも心配するな。俺が勝つから』って」

「いいですけど」

「ありがとうキリト。持つべきものは友達だ」

 カダルは強引ともいえる形でアリウスの手を握りぶんぶんと振り回した。

「自分の国の仲間なのに信じられないことがある。言葉が通じているのに心が違う方を向いている。零れた水は仕方がないんだ……いつかは……だけど前を向くんだ。キリトに助けられて俺は『少なからずまだやれる』って気になった」

 カダルの言葉はどこか自分に言い聞かせている気がした。

 それにしても勝手に友人とされたアリウスは驚きを顔に出さないのが精一杯だ。ギラつく太陽と熱波で育つとこんなに脳天気に育つのだろうか。

 あの鬱屈とした屋敷に閉じ込められて育った自分とは違う。

 複雑な感情がよぎったが、今度は真顔を崩さなかった。

「リネさんには僕が伝えておきますよ」

 アリウスことキリトはそう言うのが精一杯だった。



 リネの監禁されている場所には門番がいたが、カダルの代理だと言えばすんなりと入れた。たぶん彼は部下からも信頼されているのだろう。

 ここは権威と恐怖で押さえつけているゴッドラムではないと改めて知らされる。

「……入ります」

 アリウスがノックして部屋に進むとリネは居なかった。中央に四角い机と四脚の椅子。隅にクローゼットにチェスト。粗末だがヤーウェの造りとは少し違う。すべて材料は木で、あきらかに珠洲の村を意識したであろう形だった。急いだのだろうが、リネにくつろいでもらおうという優しさが感じられる。

 チェストの上にはドルーズから謙譲された砂漠のバラが乗っていた。バラとはいっても鉱物で砂が花びらのように重なり、薔薇のように固まっただけのものだ。かなり珍しいと聞いた。

「こんなものを彼女は貰っていたのか」

 たぶんカダルだろう。

 そう思うと感情の底で何かが焦げたような気がした。わからないが、不快だ。

「……それより、彼女はどこに」

 アリウスは考えるのを止めた。リネを探す方が先だ。

 といってもそれほどの大きさはない。たぶん奥だろう。ここが居間ならば寝所があるはずだ。

 ヤーウェでは扉もあるが、布で各部屋を仕切っている。たぶんあそこだとすぐに予想がついた。

「リネ、いますか」

 アリウスは声を掛けた。

 二度掛けたが、答えはなかった。

 男が女の寝所に入ることは不作法だが、ためらいはなかった。ただそうしたかったから、そうした。


 部屋を隔てる布をくぐると、すぐにリネが目についた。

 リネは想像通りベッドで眠っていた。淡い桜色のロングスカート、リリーホワイトの上着を身に着けて。

時間軸ではなく感情軸を動かしました。

「恋愛ジャンル」にしたからには、そういうシーンを入れよう!(笑)


いや……


読んでいただきありがとうございました。

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