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ヤーウェ・夕日のある風景

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

 リネはカダルとユグノーが出て行った扉の方をずっと見ていた。

 すぐ横の窓からは斜めに陽が入り込み、空が朱で染まりかかっているのが見える。オレンジの雲があちらこちらに散らばっている。

 ここからは砂漠に落ちる太陽は見えないが時間を告げる色の移り変わりはわかった。

「カダル……」

 いつも気を使ってくれているが、今回は特にそうだった。

 ユグノーがとても気になる。

 たぶん彼女はたぶんカダルのことが好きなのだろう。いつも目は彼のことを追っていた。

「……カダル」

 リネは小さなため息をつき、目を伏せた。

 最初に出会った時、カダルは自分の無力を嘆き「自由に行き来をし、自由に恋愛できる自由の生き方」という理想をリネに教えてくれた。その言葉はまだリネの心の中にもある。

「……カダルは真っ直ぐだから、魅かれるでしょうね」

 砂漠の国ヤーウェで三部族のひとつイスマイール。カダルは次期首長だ。それでいて偉ぶらず弱い立場に立つ人間だ。ユグノーが好きになるのは無理もないと思えた。

 わかるだけに胸がざわざわと騒ぐ。

 リネは自分の中に沸き立つ感情に唇を噛んだ。

「彼は素晴らしい人だから」

 素晴らしいから、リネは今置かれている不安などをカダルにぶつけてみたい気持ちにかられる。

 だけどそれは彼を苦しめるだけだろう。

 カダルは自分が珠洲の村を巻き込んでしまったという後悔に包まれているようだった。監禁中に度々訪れるのはそのせいだろうと思う。

 カダルの理想に共鳴できるから、甘えてはいけない。

「わたしは薬師。山と繋がる者……」

 でもカダルは関係ない。

 長老から万能薬の責任者と言われたリネが選んだことなのだ。そもそもカダルに薬を渡したのも自分だ。

「……」

 罰があるとすれば自分だけに降りかかればいいとリネは思った。万能薬があれば欲しいのが人のサガだ。リネはそれに触れてしまった。

「――山は何を思っているのかしら」

 額から何かが引いて行くような気がした。冷たい汗だけが蒸した部屋に流れる。

 リネはイスから立ち上がる時に、空になったコップを手に取った。

「山の神よ聖なる泉よ――」

 水で満ちた大気、霧を纏い全てを拒む大地。清らかで汚れを嫌う山。

 リネは祈りを捧げながらコップを頭上に掲げ、胸の位置まで下ろした。そして額の高さに戻すということを繰り返す。

 以前にアリウスの館で怪我を負った彼に〈奇跡の水〉を出した方法だ。山に属する薬師で、今はリネだけができる技でもあった。

「――水よ聖なるものよ……」

 しかし今度は何も変化が起こらない。

 変だと見つめていたらコップの底から白く濁った液体が少しずつ満ちて来た。紗華の花弁を滝の水に浸すと白くなるが、そんな凛と涼やかな色ではない。同じ白でも泥の上澄みをすくい煮詰めたような色だ。

 匂いは甘いが毒々しい。

 リネは飲んでみようかと思ったが、本能がそれを止めた。これは祈りを宿した〈奇跡の水〉ではない。

 山の怒りだ。ニンゲンという者に対する憎しみかも知れない。聖地をないがしろにしてしまった民への感情の発露だ。それとも何か訴えているのだろうか。とらえようもないドロドロとした何かが否定しても湧き出てくる。

 いずれにせよこのままでは済むまい。

「……」

 リネは珠洲の村から持ってきた荷物に目をやった。

 中にはゴッドラムから持ってきた服が入っている。桜色のロングスカート、リリーホワイトの上着、襟元と袖口の淡い黄色のレース。村の色とは違う暖かな色合いを見せている。

 この服を着ていた時、アリウスは言った。「時間を下さい。あなたを殺せると思う時間を」と。

 アリウスは万能薬を創ることができるリネが邪魔なのだろう。解毒薬がふんだんにあるのならば、どんな「毒」でも脅威にならない。薬が広まるまでに創ることのできる人物を念のために殺すことは理にかなっている。

 リネはその言葉を聞いて切なくなり、またどこか安堵したことを思い出す。

 山の掟は残酷だった。捨てられた子の数だけ人が死ぬ。居る人数はいつも一定だ。人間は山で繁殖はできない。妊娠はできないし、妊婦で逃げて来た人ですら流産する。

 リネが捨てられた時も、きっと誰かが死んだのだろう。それを思うと心が痛い。

 かといって受け入れを拒否することもできない。そうしなければ珠洲の村は過疎で滅びるだろう。新しい血は外からでないと得られないのだ。

 村自体がなくなれば良いのにと思った時もある。しかしそれでは子供や赤ん坊が捨てられた時に育てる人間がいなくなる。

 掟に従い、仲間でただ生きるだけの村に希望を抱けない。薬師になって誰かを助けようとしたが、より死に近いものになった気がした。

「……わたしは、ある意味、あきらめていた」

 未来を。

 自分の未来を。

 そして自分の命を。

「でも今、わたしは強く思います。山の怒りを鎮めなければいけない。そうでなければ隣接するゴッドラムとヤーウェが滅びてしまう……わたしが、全てを掛けてでも」

 自分に言い聞かすようにリネはつぶやく。

 窓から入る夕日の色が濃くなったようだ。

「ごめんなさい、アリウス。あなたに殺されてあげられないかも知れない」

 ――アリウス。いえ、今はキリトね。

 リネは目を瞑り、寂しく笑った。




 その頃、アリウスはまだふらつくカダルに肩を貸し、歩いていた。

 中央大通りは夕方になりまた華やかな一面を見せている。陰りかけた太陽から解放された者達や仕事帰りの人々で道が埋め尽くされ、飲み物しか置いていない店からも夕食の匂いが漂って来る。

 老若男女の騒めきに、今からが本来の街の顔になるのだろうとアリウスは思った。

「あー、なんかゴメンな。キリト。迷惑かけて」

「いいですよ。送っていくくらい。たまたまですけれど、前を通りかかった良かった。敬愛するイスマイール次期部族長が酔っぱらって動けないなんて……仕事もあるでしょうにね」

「うーん。何故かなあ」

 アリウスはキリトの顔をして微笑み、カダルの目をのぞき込んだ。

 背も肩幅もカダルの方が大きい。歩幅もでかいし手の指も長い。砂漠の民らしく整った顔だが、力強さの方が勝っている。

 カダルは元もと素直な性格のせいか、まるで今回の事件を疑っていないようだった。単に酔い、怒ってユグノーが帰ったと思っているらしく、「悪かったな」とか「謝らなきゃ」などしきりにつぶやいている。ひどく単純だ。

 このままではイスマイールは飲み込まれるだろう。ユグノーすら味方につけたカルマトに勝てるように思えない。

 だとすると、当面の敵はカルマトか。

 ドルーズという部族に通じているアリウスは内心思った。ヤーウェという国を抑えるには三部族支配を一部族独裁にすればいい。そしてその部族を牛耳ってしまえば良いのだ。

「キリト、あんた良い奴だな」

「――は?」

 違うことを考えていたアリウスは一瞬驚いた。そして珍しく抜けた返事をしてしまった。

「良い奴?」

「珠洲の村の長老が酷い目に遭っているのを知っている。何もできなくてごめん。これも俺が万能薬を使ったからだ。それにまた研究所がどうの、嫁がどうのって一方的に決めている。どれほど謝ってもすまないのに、キリトは俺を責めないんだな」

「あ、はい。まあ」

「なんとかする。ちっぽけな力しかないけれど、俺のできることは何でもやる。珠洲の村やリネを不幸にしたくない」

 そう。ストレートすぎる物言いに、ある意味驚いたのだろうと、アリウスは自分を分析した。だから返事がおかしくなったのだ。

 そんなアリウスにカダルは言葉を続ける。

「なあ、キリト。みんなが幸せになるって考えるのは無理なのかな」

「は?」

「幸せって片寄っても幸せじゃない気がするんだ。すっごく美味しいものを独りで食べても物足らないだろ。量は減ってもみんなで口にする方法とかないかって」

「――あなたは馬鹿ですか?」

「うん。よく言われる。理想主義の馬鹿だって。あはは俺って細かいこと気が付かないし気がつけないからな。すぐ行動する馬鹿だって」

「……」

「以前、キリトは『ヤーウェの崩壊をこの目で見たくて来たんです』とか言ってただろ。俺はちょっと怖いと思ったんだ。でも考えたらそうだよな。このままではヤーウェは崩壊する。きちんとそれを口にして教えてくれるのは勇気が必要だし、やっぱりキリト良い奴だよ。うん」

「誤解ですね」

 アリウスは眉を顰めたが、カダルは笑っている。

 まだ香の影響が残っているのかも知れない。妙に饒舌でテンションが高い。そうでなければ初対面に近いのにこれほど馴れ馴れしくはならないだろう。

「カダル、あなたはどういう育ち方をしたのか知りませんが、人を信じすぎませんか。一応、次期部族長でしょうそれでは――」

 アリウスがそう言いかけると、通りから言い争う声がした。それも一人ではない。何人かが絡み合っている。


「アーヒラ様は強いんだぜ。ヤーウェ一番だ」

「じゃあ、カダル様は砂漠一だ。火竜だってかなうものか」

「どっちに賭ける? 嫁取りの試合」

「それより珠洲の村と仲間は嫌だな」


 話からすると、カルマト派、イスマイール派、そして単にそれを煽る者達。

 最初は小さな火種だが、大きく燃え広がりそうな可能性が読める。ほんの少しの風を起こせばよいだけだ。アリウスは唇の端を上げた。

「――おい、そこの、待てっ」

 その時、横のカダルが慌てて止めに入った。

 誰かが「カダル様」と言うと、たちどころに煽る者が引き、言い争いが止んだ。そしてざわめきが静寂に変わり、元の日常へと流れてゆく。

「今は、ね」

 アリウスは小さくつぶやいた。

 言葉の争いはいつか炎となるだろう。種火はあちこちにある。カルマトとイスマイールが共倒れしてくれればありがたい。

「人は案外脆いのですよ、カダル」

 どろどろに溶け落ちる砂漠の夕日を背にアリウスは微笑んだ。

読んでいただきありがとうございました。

次はアクションででっかい花火をブッぱしたいです。

あくまで予定ですが(笑)

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