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ゴッドラム・真の王

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

白い大理石の飾り棚の上に青磁の一輪挿しが置いてある。部屋の隅に位置しているのに匂いが鼻につく。

 アリウスは片足を組みながら、ソファーに身体をあずけていた。

 一輪挿しに活けてあるのはハイブリッドティーローズの一種で、〈コンラッドヘンケル〉という名前のバラだ。

 光沢のある濃い赤色。ビロードのような花弁と深い緑の葉のコントラストが気に入っていたのに、今はなんとなく煩い。自己主張が強すぎる。

 アリウスはかすみ草が見たいと思った。

 母が好きだった花だ。陽が射さない家にそっと咲いていた。花があった場所だけ霞がかり、こんもりと白く輝いて見えた。柔らか味のある白は母の後姿と似ている。

 確かユリも好きだった。大切にしていた手鏡に彫られていたっけ。

 母は白を好んでいたのだな、と今さらながら思う。

「――アリウス様」

 その時、扉がノックされた。

「どうぞ」

 窓のない小さな部屋だ。城の中でもわかりにくい位置にあり、先導がいなければたどり着けない。密談にはぴったりな場所だった。

「少し狭いけれど、気にしないで下さい。その椅子にどうぞ」

 アリウスが声をかけたのはターバンや砂避けロープ等はしていないが、黒髪と黒い目のれっきとしたヤーウェ人だった。

「お邪魔します」

「いつもの伝書鳩では無理だ。大切な話だからわざわざここまで足を運んだ、と解釈してよろしいのですね」

 招き入れたアリウスの紅い目は冷たい輝きに満ちていた。

 ヤーウェ人は一瞬たじろいだが、迷うことなく部屋に入って来た。そしてあきらめたように座る。

「う、ウホン。失礼、風邪気味でしてな。その……この椅子はとても座り心地が良いですな」

「表地にテラックスという植物の茎から作った原糸で織った最高級のものを使用しております――秘密は厳守しますよ。ドルーズの部族長」

「……」

 ドルーズの部族長は流れ出る汗を手でぬぐった。そして大きく息を吸い、吐いた。

「……今、我がヤーウェは真っ二つに割れようとしています」

 部族長の声は低く、苦々しかった。

「ほう」

「ご存知のようにわが国には三つの部族があります。そのひとつカルマトが例の毒の薬――万能薬を独占するために珠洲(すず)の村を襲いました」

「村を……?」

 アリウスは微かに眉を寄せた。

珠洲(すず)の村は神聖な山にあるため、中立だったはずです。その村ごと取り込もうとするなんて大きく出たものですね」

「勇者なるカルマトはかねてからの武闘派で……真に国を平定するということをしない。平和意識が――」

 ここでアリウスは言葉を遮った。

「まず現状を正確に説明して下さい」

「は、はい。デンジャーの毒サソリによる犠牲者が最近増えました。それで我が国民は慌ててしまい、毒消しを性急に求める声が高まりました。そこでカルマトの暴走です。武装したカルマト兵は話し合いと称して一部の村人を拉致して来ました。カルマトは山の頂上に研究所を造り、万能薬の研究と大量生産をもくろんでいます」

「なるほどね」

 微かに心が痛む。あの時、リネを珠洲の村に返したのは間違いではなかったか。

 たぶん彼女は巻き込まれている。

 たった一人、薬を創れると言っていた。黒い髪に紅い目のまっすぐな少女だった。

「……だけどカルマトも大きく出たものですね。ドルーズの君が、我がゴッドラムと通じているのを知られたのではないでしようか?」

「とんでもございません」

 アリウスがフッと笑うと、相手は頭を何度も振った。

「先ほども申しました通り、カルマトの暴走です。我が慈愛なるドルーズの調べではデンジャーというサソリはさほど増えていません。そこに何かしらの作為を感じます。カルマトは毒を万能薬と共に独占し、ヤーウェの政治を変えようとしているのではないかと」

 部族長は滑稽(こっけい)なほど早口でまくしたてた。

「確かヤーウェは三部族合議、ですね」

「はい。カルマトが望むのは永遠に指導者という地位、イマームを望んでいるのです」

「……毒ね、毒」

 アリウスはつぶやくように口にした。

 目立たないが絶対的力。暗殺もたやすい。

 それは今のゴッドラムには必要だった。

 前王の三人息子、コプトは乱暴でネストリウスは悪になりきれない我がままな男だった。そしてアリウスの父である現王は蚊が横切るだけで飛び上がるような小心者だ。

「カルマトに独占されると困りますね……」

 ゴッドラムの政治は血塗られている。

 人間は信頼など簡単に裏切る生き物だ。しかし身に染み付いた恐怖はなかなか抜けない。ゴッドラム王家は独裁政治の方法として、その恐怖を最大限利用した。武力に物をいわせ、長い年月をかけて国民に無力感を植え付けたのだ。

 もちろん都合の悪い者は身内であろうとも容赦なく葬った。味方でない者は敵だ。教会の地下には限りない闇がまだ横たわっている。

 だが、現王が現王としてやって行くのには、絶対的力が足りない。恐怖がない。つまり闇を操る力がないということだ。アリウスはそれを補うために解毒できない毒薬を選んだ。

「あのう、それとカルマトはゴッドラムの反勢力と組むようです」

「……彼らが?」

 たぶんネストリウス派の残党だろう。以前、襲われた。あの時に全滅させることが出来なかったのは最大の失敗だった。

 ネストリウス派と政治に不満を持つ者と結びついたという話は密偵から聞いた。が、ヤーウェの国にまで手を回しているとは初耳だ。

「窮鼠ネコを噛む、ですか」

 少しやっかいなことになったとアリウスは眉を寄せた。そして自らの指を髪に絡める。

「……なるほど」

 アリウスの中にやっかいなことだと思う気持ちと面白くなったという感情が拮抗している。自分でもよくわからない。まるで冷たく凍えた炎が燃えているようだ。

 警護を増やすか、それとも隙を見せ、敵をおびき出すか。どう根絶やしにするかは自由だ。好きにしていい。

「そ、それとカルマトは……何と言ったか、ええとユグノーとかいう娘を連れて来ています」

 部族長は考え込むアリウスを見、慌てて付け加えた。

「ほう、彼女は村からヤーウェに移りましたか」

 アリウスは口元を押さえ、笑いをかみ殺した。

 ネストリウス派も大胆なことをしたものだ。

 確かに村は何の武力も持たないため、安全ではない。しかし中立ゆえゴッドラムは手を出しにくい。表面上は仲良く見えるが、反目しているヤーウェにユグノーを置くとは彼らも危険な賭けに出たものだ。

「面白いですね。ドルーズの部族長、あなたのお陰でデンジャーの毒の備蓄もかなりできました。これをヤーウェの水源地に入れたらひとたまりもないでしょうね。神聖なる村を襲いユグノーを拉致したという名目ならば、いつでも可能です」

「い、いいえ。それはご勘弁を」

 部族長は慌てて、アリウスを止めた。もはや汗は滝のように流れ、首筋を伝っている。

「わかっていますよ。ヤーウェは資源が豊富ですからね。〈燃える水〉がなければ、うちの経済も製造業も廻りません。ことは隠密に運びましょう」

「ふぅ」

 部族長は安心したかのように胸を撫でおろし、大きく息を吸った。彼の目にはアリウスの微笑みが天上界に描かれるどの天使の笑顔よりも清らかに映ったことだろう。

「――ところで、先ほど村人をヤーウェに連れて来たように言われましたが」

 だがアリウスの笑みは絶対服従を誓わしている。それがわかったのか、

ドルーズの部族長はぶるっと身体を震わせた。

「は、はい。村の長と薬師代表者としてリネとかいう娘を。彼女はカルマトが村の吸収合併に使う予定のようです」

「そうですか」

 やはり、ね。

 アリウスは小さくつぶやき、ワインでもいかがですか、と部族長に勧めた。




 ゴッドラム国王の執務室は城の中央、謁見室の隣にあった。磨きぬかれた大理石に赤い絨毯が敷かれ、ゴッドラムの紋章がタペストリーとして壁に飾られている。

 中央に置かれた机はアラベスク模様を彫られた紫檀で出来ている。やや暗赤色が大理石と相まって重厚に見えた。

 ただ部屋の大きさに比べ、調度品が極端に少ない。だだっ広い部屋に机ひとつがぽつんと置かれている。

 王はその机にしがみつくように座っていた。

 広い机の上にはまだ手をつけていない書類が散らばっている。

「相変わらずですね、王よ」

 アリウスは自分の父ではあるが、〈王〉と呼ぶ。

「あ、アリウスか。怪我をしたとかいう噂を聞いたが大丈夫なのか?」

「……噂?」

 アリウスは穏やかな笑みを浮かべた。

「そんなことはありません。僕はこの通り元気です。心配は御無用」

「良かった……」

 王は大きなため息と共に言葉を吐き出した。

 これが父としての心配ならばまだ許せよう。しかしアリウスはこの〈父〉は一番自分が可愛いということを知っていた。

「だから安心して業務を遂行なさって下さい」

「でも、でも余を狙っているという刺客が潜んでいると――」

「それもただの噂でしょう」

 執務室の出入り口はおろか窓辺にも兵が在中している。元もと小心者だったが、国王という地位についた途端、ますます疑心暗鬼を生じてしまった。今も小刻みに足を揺らし、爪を噛んでいる。

「王よ。戴冠式以来、忙しくて気病みをされているのではありませんか?」

 アリウスは優しく優しく諭すように言った。

「そ、そうかも」

「内密で祖父の元屋敷に行かれてはいかがですか? あそこは海に近いですし新鮮な魚が食べ放題ですよ」

「う……うん」

 王は歩くよりも転んだほうが早いのではないかと思われるほど太っていた。特注の椅子で身体を包み込んでいるが、普通の椅子ならば入りきれないような体型だ。

 そしてその身体と比例するように食欲もある。

「だけど――仕事は……」

「書類は副官にでも任せればいいでしょう。それから影武者を用意しておきます。他国の謁見の儀は終わりました。後は休日にバルコニーで国民に手を振るくらいですからばれませんよ」

 元もと王の仕事というのは少ない。必要書類の署名くらいだ。国の警護は兵がやるし、政治は専門家がそれぞれいる。ゴッドラムは歴史が長いため、各部所がそれぞれ独立して機能している。

 それを統括する権限を持つのは、アリウスが総裁を務める紋章院だった。

 紋章院は代々王に与える紋章を管理している。すなわちゴッドラムの歴史と言っても良かった。

 その証拠に戴冠式を仕切っている。それは王の任命権を持つということでもあった。つまり王よりも権力があるいうことだ。

 あえて言えば王の仕事は自分の〈王座〉を守ること――正確にはそのひとつだけだった。もっとも真の王は紋章院総裁を兼ねているが。

「アリウス、お前は本当に頼りになるね」

 現王は頬を赤く染め、嬉しそうにアリウスを見上げる。

「恐れ入ります」

 アリウスは王に深く静かに礼をした。



 廊下に出ると、侍従長が音もなくアリウスに近づいて来た。

「やれやれ海辺の別荘を勧めたら、ご機嫌が良くなったよ」

 アリウスは真っ直ぐ歩く。そして顔色一つ変えずに口にする。

「で、反政府組織のアジトの目星は?」

「……それは、まだ」

 近寄って来た侍従長は横に並び、小さな声で耳打ちをする。

「個人輸入を探ってみて下さい。武器は国が管理統制しているからね。彼らは無理矢理それを得ようとするでしょう」

「御意」

 侍従長は胸に手を当て、頭を軽く下げた。

 廊下に開かれた窓から陽が降り注ぐ。アリウスの横顔は金色で縁取られた聖画のようだった。

「それ、と――」

 アリウスは光が目に入ったのか、少し眩しそうに目を細めた。

「髪の染め粉。黒を至急用意して下さい」

 侍従長は意味が分からないと首を少し傾げたが、「御意」と短く答えた。


「……荒れそうですね」

 窓から樹木を揺らす風が見える。そこには雨独特の湿った匂いが混じっていた。

 重く鉛色の雲が垂れさがっており、いつ降ってもおかしくないだろう。雲はいつもなら見える山々の峰を覆い、空との狭間(はざま)を曖昧にしている。

 神聖であり死に近い村――珠洲(すず)

 アリウスは少しの間立ち止まり動かなかった。




読んでいただきありがとうございました。


早く三人を絡ませたいです。

(おかしい……予定ではもうとっくに○○してるのに……)

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