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珠洲の村・集会場

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

 珠洲(すず)の村の家は材質がほとんど木で出来ていた。柱となるものをいくつか建て、四方を板で囲んでいる。屋根はチガヤ、スゲなどを使った萱ふきだ。

 家の中は蔦の一種をなめし、編んだ絨毯が敷き詰められ、粗末ながら寒さと湿度に耐えられるよう作ってある。

 その中で村の入口に近い集会所は比較的広い部類だった。とはいっても二十人入れば一杯だろう。

「そのようなことを言われても理解しかねますな」

 長老は壁を背に立っていた。気丈にも脇に肩を竦めるお婆さんを庇っているが、大勢に押され、顔色は青い。

「まあまあ、座って話しましょうや。その方がわかってもらえると思うけどなあ」

 そう口にしているのはカルマトの次期部族長アーヒラだった。砂避けのターバンの代わりにラウマの皮と火竜の鱗を用いたものを頭に巻いている。同じく鱗で覆われた胸当と背びれで造った剣は、どう見ても戦闘態勢だ。

「そうそう。腹を割って話せばわかると思うわ」

 そして「うふふ」と横で赤い唇を舐め笑っているのはアーヒラの義理の母、シーアだった。彼女は火竜の剣は持っていない。しかし黒髪を頭の上でまとめているのは細く長くい、飾りというより短剣のようだ。

 二人の後ろには十人の勇者達。外にはその倍のヤーウェ人が集会所を取り巻くように立っている。

 どう見ても話し合いが前提とは思えない風景だ。

「あなた方は村の万能薬だけでは満足せぬとお言いなさっているようだが、それが珠洲(すず)の精一杯の誠意ですじゃ。前回、それで話がついたはずじゃが」

「前はねー」

 長老の言葉に、アーヒラは顎を突き出しながらヘラヘラと笑った。

「そりゃ、色々あったんだよヤーウェも。サソリの毒って怖いんだよ。そこん所、わかってもらえないかなあ」

 誰にも頭を下げたことがない男だろう。それなりに威圧感はあるが、軽く見えた。

「それで村に研究所を、と?」

「当たり~。デンジャーが大量発生しちゃってさ。無理だとは言わないよね。ヤーウェは国を上げて望んでいる。ところで珠洲(すず)の村って何人住んでいたんだっけ?」

「それは……人数にモノを言わせて強引に引き受けさせるという意味に取れるんじゃが」

 正確な所、長老もよく知らない。ラウマの放牧、野菜や魚を取るなど山の恵みに従事する者、薬師や交易に関わる者など色々の職業で、全員が顔を合わせるということはない。知っているとすれば、たぶん山だけだろう。

「村の人数はヤーウェの十分の一にも、はるかに満たないじゃろうて」

 長老は威厳を持って口にした。

「だよね」

 アーヒラは腰の剣に軽く触れる。

「勇者なるカルマトは戦わずして勝つ、が心情でね。あんまり血を見るのは好きじゃないんだ。これ以上減らしたら研究所を建てるのに必要な人手もなくなるし。ね、義母上」

 アーヒラはシーアの方を見た。

「そうね。だから和議の提案をしたいの」

「和議、とな?」

 長老はとぼけた。

 おそらくカダルが言っていた、村をヤーウェに取り込むこと、リネの嫁入りだろう。

 珠洲(すず)の村は混血として忌み嫌われている。それを救ってやろうと一方的な押し付けだ。

 これは話し合いではない。聖地からみんなが戻って来るのを待つべきだ。

「和議――ならば珠洲(すず)の村ではなくゴッドラムとなされるがよかろうて」

 長老は窓の方に目を向け、コホンとひとつ咳をした。

「はあ? どうしてゴッドラムの名前が出てくるの」

 伝令を向かわせてから随分経つ。今ごろ、リネ達はこちらに向かっているだろう。

 あと少しの辛抱だ。

「ヤーウェと何やら協定を結ばれているようですしなあ。研究所なら珠洲(すず)の村より海に面し、文化の長けた国に置くのが良のではありませぬか?」

 長老は髭をゆっくりと撫でた。

「……」

 アーヒラは眉を寄せ、シーアは口を歪める。

 集会所は静まり返り、風がカタカタと戸を鳴らす音だけが響いていた。

「文化の長けた国だなんて誰が言ったのっ」

 シーアの掴みかかろうかとするような物言いはコンプレックスの塊のように思えた。砂で周囲を覆われている国が唯一交易を行えるのはゴッドラムだ。しかしゴッドラムは季節限定とはいえ、諸国と海を介して繋がっている。ヤーウェには文化に引け目があるのだろう。

 二国は言葉が共通している。遠い先祖が一緒だという証拠だ。なのに片や繁栄を誇り、もう一方は自然との共存に苦しめられている。この点もヤーウェが反発する理由かも知れない。

「とにかくあんな国に研究所は造れないわ。珠洲(すず)の村を我々の一員として認め、山の中だけど置いてあげる。これ以上の名誉はないでしょう」

「――しかしゴッドラムは……」

「その名前、聞きたくないわっ」

 長老が話を横に振ると、シーアは目を吊り上げ、口から泡を飛ばす。

「我々にはプライドがあるの」

「しかし、万能薬よりも効く薬が港にはあるかも知れませぬぞ」

「煩いわね!」

「まあまあ、義母上、いずれはゴッドラムも我がヤーウェに膝をつくでしょうから」

 アーヒラが薄ら笑いを浮かべながら、シーアの背中を撫でた。

「そ、そうね」

 シーアは思い出したように冷静になる。

 長老はその言葉を聞き逃さなかった。

「……ほう、それはどういう意味で?」

「今、ゴッドラムは新王が政権を握ったけれど内情は良くないみたいでね。この前、向こう方から内密に連絡があってさ。現王抹殺に力を貸して欲しいって。恩を売ればばヤーウェは優位になるでしょ」

 アーヒラは得意げに微笑んだ。

「そうよ。だから今のうちにヤーウェの村になっていれば得なのよ」

 二人の説明を聞いて長老は目を瞑った。彼らの言っていることとユグノーが説明したことは合っている。

 ユグノーの父、ネストリウスはアリウス側に殺された。側近は復讐としてアリウス暗殺を計画しているようだ。しかし立場としては弱く、力もない。そこで反乱の片棒をヤーウェに持ちかけたのだろう。

 これは初耳だった。

 長老は顔には出さなかったが、困ったことになったと内心焦った。ゴッドラムの内紛にヤーウェが絡むとその中間点に位置する珠洲(すず)の村は争いに巻き込まれる可能性がある。危険度は研究所の比ではない。

 おまけにユグノーは珠洲(すず)の村に亡命しているのだ。両国から攻められるだろう。

 問題はその攻めを山はどう見るか、だ。

 元もと山は聖地を抱え、人が深く踏み込むのを良しとしない。珠洲(すず)の村ですら選ばれた人間しか滝の近くに行けないのだ。二国が争えば珠洲の村でさえ存続が許されるかどうかわからなくなる。山は人間が居ることを是としないかも知れないのだ。

 山を敵にはできない。

「……」

 長老は黙った。

 額にじんわりと汗が浮いく。

「だから何度も言うけれど、珠洲(すず)の村は我々ヤーウェに付いた方が得なのよ。血の契りとしておたくにいる薬師のリネとかいう娘をこのアーヒラの嫁に――」

 勝ち誇った顔で言うシーアがしゃべっている時に外が騒がしくなった。

「何ごと?」

 言い争いと掴み合いの気配がする。剣は抜いていないようだが、怒鳴りあっている。

 そして突然、扉が荒々しく開いた。

「なんつーか、そんな話……聞いちゃいねーよ」

 扉にはカダルが立っていた。

 しかしどうみてもまだ完全に体力が戻ったといった感じではない。扉に上半身を縋るように立て掛け、辛うじて足を踏ん張っている。顔色は白い土気色で唇は紫に近い。

「カルマトは、陰で……ゴッドラムと通じて、いたのか?」

 震える声に責める色が混じっているが、アーヒラとシーアは平然としていた。むしろカダルが生きていることに驚いているようだった。

「しゃべれるの、カダル?」

「お陰様で、な。珠洲の村には……万能薬と、優秀な薬師が、い、る」

「あ、そ。運が良いわね」

 シーアの言い方で水筒に誰が毒を入れたかここにいる全員がわかったに違いない。

 だけど証拠はないでしょう、とシーアの目は自信に溢れている。

 確かに証拠を残すようなヘマはしていないだろう。

「運だけは、確かに、良いな。それより……イマーム(指導者)にそのことは確認取ったのか? 少なくとも、イスマイールは聞いていない。勇者なる、カルマトよ……お前らは勝手に、動き、ヤーウェを自分達のものに……」

 ここでカダルはがくりと膝をついた。

 リネは慌てて後ろから支える。

「――やあ、君がリネちゃん?」

 アーヒラが嬉しそうに声を上げた。緊張の中、あまりにも不釣合いな声だった。

「は、はい」

「噂には聞いていたけどさ、同じ黒髪でも目が紅いと神秘的だね。色も白くてヤーウェにはいないタイプだ。思ったより愛らしいね」

「あなたは?」

 黒髪に黒い瞳。ヤーウェ人に間違いないがカダルとは正反対のようだ。

「あ、オレ。名前はアーヒラ。よろしくお願いします、なんてね。村が合併する暁にオレと結婚するの」

「――お断りします」

 リネは即答した。

「ヤーウェのものにはなりません。もちろんゴッドラムとも。珠洲(すず)の村は中立を貫きます。よってあなたと結婚はありません」

 リネは怒りを極力抑えているが、全身から嫌悪感が漂っていた。

「おぉ怖い。困っちゃうな。じゃ、そこのカダルでも嫌?」

「……え?」

 リネはすぐ横にいるカダルに目をやった。カダルはリネから不自然なくらい顔を逸らしている。

「カダル……?」

「あらら、カダルは言ってないのか。ま、知らないようだから教えてあげる。オレとカダルは同じ立場なの。珠洲(すず)の村がヤーウェの支配下になった証にどちらかが嫁として君を貰うのさ」

「……」

 リネは無言でカダルを見つめた。カダルは黙ったままだ。

「ついでだからここで決めちゃう?」

 アーヒラが周囲を見回し、軽い口調で言った。

「どう、みんな?」

 アーヒラが尋ねると後ろにいた戦闘服姿のカルマト達が歓声をあげた。手を振り上げ、足を鳴らす。集会場は空気ごと揺れた。

「そうねアーヒラ。イマームも婚姻はしかるべき日に決闘を持って決定すると言っていたしね。今決めるのも悪くないわ」

 カダルは満身創痍だ。体力、気力もほとんどない。結果はわかりきっている。こんな時に戦えばやっと助かった命も無に帰す。

「話はよくわかりました。でも〈しかるべき日〉が今日にどうしてなるのでしょう?」

 リネはアーヒラを睨み、シーアやカルマト兵にも一歩も引かないと態度で示した。

 毒を盛られたカダル。会話からそれをやったのはこのカルマトという部族だということがわかる。カダルは邪魔なのだ。今、決闘をするということは彼を合法的に殺すためだろう。

「村で決闘をすることは認めません。それにわたしは薬師として患者であるカダルに争いごとはさせられません」

「あら、いいのよ」

 シーアは笑った。笑いながら言った。

「村やカダルの都合なんてどうでもいいの。カルマトが欲しいのは結果だけだから。やっておしまいなさい、アーヒラ」

 シーアの声が妖艶に響いた。


今欲しいもの。


体力、気力、時間。


そして文章の才能。

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