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ヤーウェ・疑惑

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

 カダルは剣を正眼に構え、目を閉じた。

 精神を集中させ、軸足がぶれないように気を張る。

 火竜の背びれを加工した剣は大人の腕ほどの長さで、緩いカーブを持っている。両端と先端は鋭く研ぎ澄まされ、切るのも突くのも得意とする実戦向きだ。

 横に払うと空気が切れる音がした。

 砂埃が舞う。

 風が乱れた。

 カダルは瞬時に後ろに飛び、構えの姿勢をとる。

「――ちっ」

 着地した時、左足が少し取られ、カダルは舌打ちをした。

 剣は大型なため、細かい動きができない。かといって力一杯振り抜くとぶれが生じる。

 なるべく加減をし、押すと引くを使い分けたい。無理矢理進めると長期戦になった場合不利だ。

「もう少し冷静に動きを考えないと」

 カダルは剣には自信があったが、つい熱くなるタイプだ。そうすると隙ができる。アーヒラはそれほど強いとは言えなかったが、ずる賢く、立ち回りが上手い。カダルが剛で進めばアーヒラは柔で返してくるだろう。

 とにかく今回はアーヒラに負けるわけにはいかないのだ。もっと腕力と脚力を鍛えなければ。集中力を高め、技に切れを持たせねば。

 やることは色々ある。

 カダルは照りつける太陽の中、汗を拭った。

「もう一回」

 再び構え、前を見据えた。

「――カダル様」

 その時、木陰から呼ぶ声がした。

「あれ、マラク」

 カダルを呼んだのはカルマトに所属するマラクという男だった。元もと色が黒く痩せて病的に見えるが、今日はそれが特に顕著だった。

 マラクは背を丸め、身体を折りたたむように縮めながらこっちに来てくださいと木陰に誘って来た。

「少し、内密でお話したいことが」

「ん?」

「イスマイールのキターブのことです」

 そういえばカダルは以前、リネから頼まれた手紙をキターブとマラクに手渡したことがあった。二人とも珠洲の村に娘が駆け落ちしたと聞いている。

「キターブの?」

 彼はこの前、デンジャーにやられて亡くなっている。砂嵐が治まった二日後、城壁の少し砂漠よりで見つかった。身体は半分以上も砂で埋まっていたが、刺し傷は目視できた。たぶん嵐が起こる前にやられたのだろうと見立てられた。

「そ、そのキターブが何か?」

「私は砂嵐の前に出会っているのです」

「……?」

「知っての通り、娘達の件でキターブと私は共通の苦しみや寂しさがあり、部族は違っていましたが交流は密でした。忘れもしませんあの日、私が風邪で臥せっているとキターブは果物を届けてくれたんです」

 果物は水分と栄養が得られると、見舞いや手土産によく使われている。

「私に見舞った後、家に帰るのかと聞いたら『シーア様の所に寄らなくちゃならないんだ』と。用事までは聞きませんでしたけれど『砂嵐が近いらしいから急げよ』と言った覚えがあります」

「でも発見されたのは城壁の外で――」

 カダルは言葉に詰まった。

 つまり砂嵐前にキターブはシーアに呼ばれて行った。その結果用事を言いつけられ城外に出たということか。

 いや、まて。

 砂嵐が来るとわかっているのに外になんて出すような用事があるのだろうか。それにキターブはイスマイールで部族が違う。違う部族に頼みごとをしないかといえば、そうではないが、やはり普通なら顔見知りに声を掛けるだろう。そんな特殊な仕事は本人ではなくイスマイールの長を通すのではないだろうか。

「……そういえばキターブは砂避けのターバンやマントを着ていなかった」

 カダルはふと疑問を思い出した。その時は口に出すほどではなかったが、よく考えると変だ。

 嵐で飛ばされてしまったこともあるかもしれないが、砂避けに普段よりきっちり着付けているであろう服がまるっとないなんて不自然だ。

「あの時からだ。城壁近くでデンジャーの犠牲者が出たのは」

 一週間で十二人の死者。そのうちにイス間スールでは七人。ドルーズ五人。カルマトは一人もいない。

 偶然だろうか。

 当たり前だ、そうでなければ。そうでなければ――

 カダルの背筋がざらりとした舌に舐めあげられた。

 おぞましさが走る。

「ありがとうマラク。俺に任せて欲しい。マラクはあまり顔を突っ込まない方がいい。危険だ」

 カルマトは〈勇者〉と呼ぶに相応しい人物ばかりではない。そのことをカダルは前から気がついていた気がした。たぶん他の者も、当事者さえも。ただ口にしないだけなのだ。事実は闇の中にあるのではなく、誰も見ようとしないがために隠れている場合もある。

 カダルは無言で手にした剣を握り締めた。

「カダル様」

「何だ?」

「シーア様の実力行使にお気をつけ下さいませ。カルマトの後妻である彼女は呪術師の家系にて、人をあやつるのが上手いと聞いています」

「呪術か」

 ヤーウェでは国に関しては神官が執り行っているが、一般的占いや呪い、予知は呪術師がやっていた。

「……ややこしくなりそうだな」

 カダルは眉間に皺を寄せた。元々、呪術師は表と裏で違う顔を持つとされている。中には信仰に近いほど敬われている者もいた。

 デンジャーの犠牲者を調べなおすか? サソリの数が増えていることは事実で、その毒に掛かる者もいるだろう。だが、すべてサソリに襲われたという証拠はない。殺されたという証拠もまたないように。

 一応、カダルは次期部族長だ。それなりの責任がある。ヘタに動いてカルマトとイスマイールの抗争にでもなれば大ごとだ。二部族が戦えば国の形が変わる。牽制し合って上手く行っているのに、カルマトが勝てばカルマトが。イスマイールが勝てばイスマイールが。そして共倒れになればドルーズが主導権を握るだろう。

「――リネ……」

「え、どうかされましたか」

「ああ、いや、なんでもない。気をつけるよ」

 カダルは曖昧に誤魔化した。

 黒い雲が空を覆うように、部族会のことが頭を掠める。

 もし、もしもカルマトがデンジャーの毒で民を煽っているのならば……部族統一。目的は部族統一しか考えられない。

 持ち回りでイマーム(指導者)を立てて合議制にしたのも昔、内紛があったせいだと聞いている。カルマトは当時、一番権力に近い立場だったらしい。そのために今だ〈勇者〉を名前の冠にしている。〈敬愛するイスマイール〉〈慈愛なるドルーズ〉と一線を引いているのだ。

 カルマトの復活、その第一歩が珠洲(すず)の村に研究所を立ち上げることだとしたら。中心になって解毒薬を手に入れることだとしたら。

「……」

 リネは重要な役目を担うかもしれない。まったく無関係だった彼女が。

 カダルはリネに逢わなければいけないと思った。今は何よりもリネが危険だ。カルマトがイマームの言うことを聞いて大人しく交渉するとは限らない。

「俺、ちょっと家へ戻って親父に相談してみる。マラクはなるべく外を出歩かないように」

「はい。この件はご内密にお願いします」

「当たり前だ。話してくれてありがとう」

 カダルは礼を言い、急いでその場を離れた。

 酷く嫌な予感がした。



 一方、リネは湖そばの屋敷でアリウスの怪我の治療をしていた。

 水を滝から器に移し彼に飲ませる。繰り返すと矢の傷は深く出血は激しかったが、やがて治まり顔色が戻って来た。

「……眠って下さい。その方が体力は早く回復すると思います」

「リネ、あなたは?」

「ここにいた方が良いですか?」

 リネは質問に質問で答えた。

 するとアリウスは泣きそうな笑いそうな、困った顔をした。

 リネもこのまま治療をし続けて良いとは思わない。アリウスの話ではクエーカーという人達を鎮圧したらこの屋敷に護衛兵が来るという。それまでに珠洲の村に()ちたいが、このまま放っても置けない。

 どうしてだろう。

 リネはアリウスに殺されかけたというのに。

 なぜだろう。

 リネはアリウスを信じられると思ったのは。

 金色で縁取られているような彼からは血の匂いがしている。

「ここにいた方がわたしを殺せますよ」

 リネは微笑んだ。

「あなたは見かけによらず意地悪だ」

「かもしれませんね」

 たぶんそれは事実なのだろう。リネは自分が聖女だと思ってはいない。村で薬師をやり人助けをしている〈つもり〉になっているだけ。カダルと出合った時に子供を救ったが、それは結果的に次の年の死者を増やすことに繋がっている。本当は良いことかどうかなんてわからない。ただそうして新しい命を入れなければ村が滅びる。

 ――カダル

 リネは彼のことを思い出した。

 子供が親と暮らせる国。

 それを真っ当と言い切ったカダル。

 彼には本当のことは伝えなかった。教えられなかった。自分が罪深すぎて。

『自由に行き来して自由に恋愛して自由に生きることが普通だろ。俺はそれできる場所にいつか変えてやる。いや、戻してやる。だってそれが真っ当なことだから』そうカダルは空を見つめて口にしていた。カダルはたぶん汚れていない。


「何を考えているんですか、リネ」

「え?」

「先ほど遠い目をしていましたね」

「……わ、わかるんですか」

「はい。なんとなく。意地悪だけど素直だから」

 リネが驚くと、アリウスは微笑んだ。

「帰って下さい」

 ぽつりとアリウスはつぶやいた。

「え?」

珠洲(すず)の村に。護衛兵が来たら僕が逃がしたと説明します。リネ、あなたは村に帰って下さい」

「……なぜ?」

 リネは戸惑った。急に出て行けというアリウスが理解できなかった。

「どうしてわたしを逃がすのですか?」

 わざわざ捕まえたというのに。

 リネはアリウスの瞳を見つめた。微笑んでいるのになぜか瞳は笑っていない。

「時間を下さい。僕に時間を。あなたを殺せると思える時間を――」

「アリウス、さん」

 本心ではないだろう。だけどアリウスはこういう言い方しかできない。そして心にもないことでも行動するのだろう。彼は。

 この時、リネは初めて切ないという感情を覚えた。




名前ネタ。


ゴッドラムは「ゴッド」がつくことからわかるようにキリスト教からの引用です。

キリスト教各派

古カトリック教会から325年にアリウス派

          431年にネストリウス派

          451年にコプト教会   と分かれています。

 ユグノーはプロテスタント教会カルヴァン派より分派

 クエーカーは英国国教会、ピューリタン諸派のひとつです。


ああ、ややこしい。だから打ちミスが多いんだっ(言い訳です、すみません)


ちなみに珠洲の村は直感で。

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