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ヤーウェ・部族会議

この作品は完全オリジナルで、特定の宗教、国は関係ありません。

ヤーウェではこのところデンジャーによる死者が目立って多くなった。

 元々サソリは肉食で昆虫やトカゲなどをエサにする。なかでもデンジャーは砂ネズミなど比較的大きなモノを主食としていた。人間はその繁殖地に入らなければ害がないのだが、最近勢力が拡大したのか、砂避けの城壁近くにも犠牲者が出始めた。

 今日も一人、砂嵐が去った後、倒れていた。

「デンジャーは他のサソリより強い毒を持っているため、天敵がいないのでしょう」

「イタチや鳥なども期待できない。むしろ返り討ちにしてエサにしてしまうようだ」

 人々は嘆き、どうしようもない無力さを感じている。ヤーウェでは国をあげて解毒薬の研究をしているが、良い結果はでない。もともと研究施設はお世辞にも設備が整っているとはいえなかった。

「新しいデンジャーを生け捕った。前のでは何かわかったか?」

 カダルは鉄の檻を持ち上げて見せた。五十センチ四方の大きさに二匹入っている。

「あ、カダル様。いえ、まだまだ。どこから手をつけていいのかわからないのが現状です」

 研究施設も住居と同じくレンガ造りで、違う所はといえばやたら机が置かれていることだった。ここはデンジャー出現以前は家畜の病気を治す薬を主に開発していた場所で、施設の横には動物を収容できる小屋がある。

 人間の薬は先祖代々の作り方を伝統的に守っているため、新薬は創られていない。今回、デンジャーのせいで急遽、研究施設が入れ替わった。

「いくら捕って来てもまだまだ、か」

 研究対象のデンジャーを生け捕ることは簡単だった。鉄製の檻にエサとなる砂ネズミを入れておけばいい。ネズミ捕り器の要領で、エサに食いつくと扉が閉まるようになっている。数が増えて来たのか一日仕掛けて置くと一、二匹引っかかっていた。

 サソリは陸生甲虫類と間違われそうな姿をしているが、クモ類の仲間であり、身体はそれほど硬くない。毒の袋は二本ある尾に付随しているため、取り出すのも楽だ。

「薬の方向性としてではですね、人体における毒の中和と排出の両方で考えているんですけれど」

 研究員は言葉を濁らせた。そして「神経と呼吸中枢をマヒさせるため、並の毒消しでは手遅れになってしまって」と首を振る。

「ふう……視点を変えて、デンジャーの駆除方法を考えた方が早いか」

 カダルはため息をつきつつ、持って来た鉄の檻を机に置いた。

 机の上にはデンジャーから取り出した毒が小瓶に入れられ、いくつも置いてある。

 他に薬草やわからない粉、ビーカーに実験検体となるネズミが無雑作にガラスケースに入れられてあった。

 イスマイールでこれだから他の部族でも似たり寄ったりだろう。

「本当にリネの万能薬頼みなのが情けないなあ」

 カダルはもう一度ため息をついた。

 ヤーウェの主要産業でもある〈燃える水〉は城外にある。その関連施設も同じく城壁の外だ。そこは砂漠を通らなければいけない場所だった。

「以前は火竜対策だけで良かったのに。なあ、デンジャーが嫌いな匂いとかない?」

「あいにく嗅覚は鈍いようで」

 話をしているといきなり爺が飛び込んで来た。

「カダル様、緊急部族会議が開かれることになりました。出席下さい」

「どこの部族が言い出しっぺだ?」

「カルマトです」

「……何か有効な薬でも出来たのか? そんな噂聞かないけど」

 カダルは首を捻った。



「イマーム(指導者)の名の元に部族会を開催する」

 始まりの言葉が重々しく述べられた。車座になった部族代表達はお互いを見合うようにしてざわついている。議題を述べなくともデンジャーに関してだと想像がつく。緊急事態にみんな不安が隠せないのだ。

 そんな中、カルマトの部族長が手を上げた。

「今回集まっていただいたのは〈勇者なるカルマト〉が一丸となって考え抜いた案を検討していただくためです」

 長の隣にはなぜか妻のシーアと息子のアーヒラが座っている。

「案、か」

 どうやら薬関係ではないらしい。

 カダルはデンジャー討伐隊だろうか、と考えを巡らせた。デンジャーは火竜の生息域と重なっている部分があり、危険だ。それなりの集団が必要だろう。捕獲の檻を仕掛けるにしても人数がいる。

「巣に足を踏み入れたらヤバいしな……」

 カダルは腕を組み、つぶやいた。

 カルマトの長はカダルなどに構わず言葉を続ける。

「ご存知の通り、ここ一週間で十二人もの民がデンジャーの犠牲になりました。解毒剤開発は後手後手です。もう珠洲(すず)の村の温情を待ってはいられません。我々が直接村に出向き、そこに研究所を立ち上げ、薬を創りましょう」

「え?」

 カルマトの長の発言に皆はざわついた。

 デンジャーの解毒薬がヤーウェで出来るまで、珠洲()の村が万能薬を分けてくれるという話がまとまったのではなかったのかと。

「ち、ちょっと、研究所の立ち上げなんて勝手に決めて良いのかよ」

 カダルは思わず声を上げた。

「そんな話、しなかったじゃねーか」

珠洲(すず)の村の人数と我々ヤーウェの国とは比較にならない。緊急性から考えて万能薬が作れる場所で薬を開発し創るのが理想だ」

「勝手なことを……」

 約束が違う、とカダルは口にしたが、どうやら会議に参加している他部族は賛同しそうだった。約束よりもデンジャーへの恐怖が勝ってしまったのだろう。「それもそうだ」と言い合っている。

 確かに万能薬の地で研究し創薬するのが望ましいのはわかる。

 しかし――

「順番が違うだろ。まず珠洲(すず)の村に協力を願い出てそれからだ」

 カダルが意見すると、カダルの父であるイスマイールの長がその袖を引いた。

「まあカダル。我々もキターブを始め七人も被害者が出ている。この案を前向きに考えねばならぬのかも知れん」

「……親父」

 カダルは足元をすくわれた気がした。自分の父――イスマイールの部族長まで同じことを言い出すなんて。

「デンジャーが増え、エサがなくなったらどうなる。このままでは奴らは人間を襲うようになるかも知れん」

「……っ」

 カダルは唇を噛む。

 デンジャーは肉食だ。

 他の者もそれに気がついたようで、お互いに顔を見合わせている。

「ちょうどいいから珠洲の村を我がヤーウェの仲間に入れてあげたらどうかしら。そうすれば協力しやすくなると思うわぁ」

 急にシーアが声を上げた。

「そうだな。元々どこにも属さない貧しい村だ。捨てられた者の集まりだが、我が〈勇者なるカルマト〉の一員にしてやってもいい」

 カルマトの長がシーアの髪を撫で、いかにも善いことを思いついたといった風に笑った。

「一員? 一員って何だよ」

 カダルは怒りが込み上げた。

「リネとかいったな。あの万能薬が作れる娘。その娘を息子アーヒラの嫁にしよう。そうすれば晴れて村は我が部族になる」

「ばっ」

 カダルは次の言葉が出ないほど頭に血が上った。

「あー、オレは別にいいですよ。それでヤーウェの危機が去るならね」

 アーヒラが薄笑いを浮かべている。

「ば、馬鹿かっ!」

 ここでカダルはやっと声が出せた。

「珠洲の村の意見を無視して、あげくリネをアーヒラなんかの嫁にだと。ヘラヘラしていつも強きに付く優柔不断アーヒラのっ」

「カダル、言葉がすぎないかね」

 カルマトの長は(にら)んできた。

「そうそう。オレは〈勇者なるカルマト〉の次期部族長だからね。心外だよ。あ、もしかしてリネって娘のこと好きなの? 嫉妬はみっともないよー」

「う、うるせえ」

 カダルは怒鳴った。

 頭に上った血が耳までまわったように真っ赤になる。

「あはは、図星?」

 アーヒラは愉快そうに指をさしてくる。

 カダルは言い返せなかった。

 リネ。

 珠洲の村の薬師。

 腰までの黒髪と紅い目を持ち、優しさの中に凛とした強さを秘めている。真剣にカダルの夢を聞いてくれて万能薬をくれた。微笑むと空気が柔らかくなり、カダルの心は温かくなる。

 リネは渡せない。

 カダルは強く思った。アーヒラなんかに渡せない、と。

「〈勇者なるカルマト〉よ。その案は魅力的で我がイスマイール賛同する。しかしリネという娘は万能薬を作れる唯一の人間。カルマトの独占はいかがなものか」

 その時、カダルの父が声を上げた。

「独占? 言葉が悪いですな。カルマトはヤーウェのために身を投げ打ち動くのですぞ」

「それがそもそもおかしい。イマームの許可なく先走りすぎている」

 さすがに一方的な意見にイスマイールの長は腹を立てているようだった。

珠洲(すず)の村を統合するためになら我が愚息、カダルの嫁にしてもいいはず」

「……親父」

 カダルは自分の父を見た。父はわかっていると言いたげにうなずいている。

「それは我がカルマトに対する挑戦かな」

「どう取っていただいても結構」

 どうやらカルマトとイスマイールは完全に対立してしまったようだ。お互いプライドを賭けて譲れないという顔をしている。

「まあまあ、落ち着け」

 イマームが場を取り成した。

 もうひとつの部族ドルーズは黙っている。争いが好きではないのか、巻き込まれるのが嫌なのかわからない。

 カダルはちらりとドルーズの長の方を見たが、何も読み取れなかった。

「皆の意見はわかった。珠洲(すず)の村に研究所を立ち上げるよう交渉する。婚姻はしかるべき日に決闘を持って決定する」

 イマームのひと言で部族会は終わった。

 日時は指示されなかったが、リネに関しては守れる、守ることができるとカダルは希望を持った。

「絶対にアーヒラの嫁になんかさせない」

 思わず拳を握る。


「邪魔ね、彼は……」

 力強く前を見つめるカダルは、シーアのつぶやきを知らない。



ちょっと裏ネタ(?)


ヤーウェは主にイスラム教、コーラン関係から名前をつけています。

主人公カダルは〈天命〉の意味。

他にアーヒラ〈来世〉、マラク〈天使〉、キターブ〈聖典・啓示の書〉、イマーム〈指導者〉


そしてシーア、イスマイール、カルマト、ドルーズはそれぞれの派。


ただ、イスラム教の神は「アッラー」なんですが、さすがに国名にアッラーは目立つのでユダヤ教の神「ヤーウェ」にしました。


手に余るので絶対宗教関係の話にしないと誓っています。

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