67:移民爆発
人口流入。
雪解けが始まっていた。
朝。
辺境都市クルザード。
東門。
門前に。
人。
人。
人。
荷車。
家族。
獣人。
老人。
子供。
職人。
冒険者。
商人。
列が終わらない。
「……また増えたな」
門の上からティグリスが呟く。
虎獣人の耳が風を拾う。
ざわめき。
期待。
不安。
全部混ざっていた。
門下。
受付机。
マチルダが淡々と書類を整理している。
「本日午前だけで百八十七人」
「昨日の倍ね」
ヴァレリアが苦笑する。
「もう“移住”じゃないわ」
「民族移動よ」
実際そうだった。
噂が広がりすぎた。
『冬でも餓死者ゼロ』
『盗賊消滅』
『仕事保証』
『温浴施設あり』
『治療無料』
『子供教育あり』
『税が軽い』
『飯が美味い』
最後が強かった。
本当に強かった。
辺境では。
食は生存だ。
その生存が。
快適に変わる。
それだけで。
人は動く。
東門前。
一台の荷車。
疲れ切った家族がいた。
父。
母。
子供二人。
痩せている。
靴も壊れかけ。
でも。
目だけは死んでいない。
「……本当に入れるんですか」
受付担当の女性が頷く。
「犯罪歴確認後、問題なければ」
「仕事も住居も斡旋されます」
父親が呆然とする。
「……本当に?」
「はい」
「子供は学校へ」
「医療もあります」
男の目が潤む。
後ろでは。
獣人一家。
さらに。
エルフの集団。
その奥。
鍛冶師ドワーフ達まで並んでいた。
街道を見張っていた兵士が呟く。
「……もう王都より人来てないか?」
「下手するとそうだ」
理由は単純。
暮らし。
普通の国家は。
税を取る。
徴兵する。
腐敗する。
でも。
ここは違う。
まず。
生きられる。
それが大きすぎた。
都市中央区。
巨大鍋。
湯気。
味噌。
肉。
野菜。
香りが街へ広がる。
「列整理!」
「孤児優先!」
「病人こっち!」
デニーゼが回復魔法を使っている。
ジェシカは薬草を配布。
孤児達へ温かいスープ。
焼きたてパン。
子供達が泣きながら食べていた。
「……あったけぇ」
「うま……」
その光景を。
クルザードは静かに見ていた。
隣。
エリザベス。
「止まらないわね」
「ああ」
「想定以上だ」
だが。
顔に焦りはない。
既に準備していた。
人口増加。
食料。
住宅。
衛生。
教育。
全部。
最初から想定していた。
クルザードが地図を見る。
「第三住宅区開放」
「上下水路接続」
「木材搬入急げ」
通信魔石が光る。
『了解』
即返答。
情報速度。
それが都市を支えていた。
さらに。
輸送ゴーレム。
大量の木材。
石材。
鉄材。
全部動いている。
止まらない。
ガルドが笑った。
「建てても建てても足りん!」
「楽しくなってきやがった!」
ドワーフ達も笑う。
もう祭りみたいだった。
建設。
拡張。
発展。
全員が忙しい。
でも。
誰も疲弊していない。
理由は。
飯。
風呂。
睡眠。
全部あるから。
昼。
新設学校区。
子供達の声。
読み書き。
計算。
衛生。
簡単な職業教育。
教壇。
マチルダが説明する。
「手を洗う理由は?」
子供達。
「病気を減らすため!」
「よし」
教育。
それは。
長期戦略だった。
読み書きできる人材。
数字を扱える人材。
衛生観念を持つ人材。
それだけで。
国家は強くなる。
しかも。
ここでは。
教育を“選ばれた貴族”だけに与えない。
全員。
それが異常だった。
夕方。
市場。
人で溢れていた。
燻製魚。
干物。
味噌。
漬物。
焼き串。
酒。
笑い声。
ヴァレリアが商人達を見て笑う。
「完全に商業都市ね」
しかも。
物流が強い。
輸送ゴーレム。
護衛。
通信。
全部繋がっている。
つまり。
商人が安心して住める。
それは強い。
旧国家では。
商人は搾取対象だった。
でもここでは違う。
稼げる。
安全。
早い。
だから。
住み着く。
冒険者ギルド。
酒場。
大量の冒険者。
「最近この都市ヤバくねぇか?」
「依頼が切れねぇ」
「飯うめぇ」
「宿安い」
「治療レベル高すぎ」
「ダンジョン帰りでも死なん」
さらに。
定住者が増える。
流れが変わっていた。
辺境なのに。
人が“出ていかない”。
夜。
会議室。
地図。
人口推移。
水路図。
農地拡張。
全部並ぶ。
マチルダが報告する。
「人口、一万突破目前」
静まる。
一万。
もう村じゃない。
普通の地方都市。
それ以上。
ヴァレリアが小さく息を吐く。
「……本当に国家になるわね」
誰も否定しない。
クルザードは資料を見る。
「食料余剰は?」
「二年維持可能」
「医療資材は?」
「問題無し」
「住宅は?」
「三週間以内に増築完了」
全部早い。
理由は。
分業。
教育。
物流。
合理化。
さらに。
人材が育っている。
それが大きい。
クルザード一人で回していない。
都市全体が回り始めていた。
ティグリスが窓の外を見る。
灯り。
大量。
以前の辺境には無かった。
「……綺麗だな」
誰かが呟く。
本当に綺麗だった。
生きている灯り。
飢えていない灯り。
恐怖で閉じない灯り。
そして。
人の声。
笑い。
子供。
全部ある。
クルザードは静かに言う。
「まだ増える」
全員理解していた。
これは始まり。
盗賊壊滅。
通信完成。
物流革命。
それはつまり。
“安全地帯”が完成したということ。
だから。
人は集まる。
止まらない。
その時。
通信魔石。
『北方難民三百』
『受け入れ希望』
室内が静まる。
三百。
普通の都市なら断る。
でも。
クルザードは即答した。
「受け入れる」
「農地第四区画開放」
「仮設住宅追加」
『了解』
マチルダが苦笑する。
「本当に迷わないわね」
「人は資源だ」
「育てれば強くなる」
合理。
でも。
冷たくない。
だから人が集まる。
夜更け。
屋台街。
冬鍋。
肉汁。
酒。
焼きたてパン。
獣人とドワーフが笑い合う。
エルフが子供へ薬草を教えている。
冒険者が干物を齧る。
商人が商談している。
全部混ざっていた。
種族。
出身。
身分。
関係ない。
ここで生きられるなら。
それでいい。
そして。
その“快適さ”こそが。
最強だった。
都市クルザード。
人口増加。
止まらない。
もう。
誰にも止められなかった。




