58:防壁
都市化。
朝。
街の外周に、土煙が上がっていた。
大量の人間。
大量の資材。
石。
木材。
鉄。
荷車。
物流ゴーレム。
全てが動いている。
かつて村だった場所は、もう完全に姿を変えていた。
広がり続ける人口。
増え続ける建物。
止まらない物流。
そして今。
街は次の段階へ進もうとしていた。
「防壁を作る」
クルザードの一言で、全てが始まった。
広場。
簡易会議所。
巨大な地図が広げられている。
マチルダが地図を見ながら眉を寄せる。
「……規模がおかしいわね」
「都市国家規模だぞこれ」
ガルドが酒を飲みながら笑った。
「ははっ、今さらだろ」
ヴァレリアが指を走らせる。
「人口増加速度が異常なのよ」
「宿屋足りない」
「倉庫足りない」
「道路狭い」
「市場拡張必要」
「移民希望はまだ増えてる」
クルザードは静かに答える。
「だから囲う」
「壁の中に街を入れる」
防壁。
それは防御だけではない。
領域宣言だった。
ここからここまでが“都市”。
つまり。
国家の輪郭になる。
ティグリスが腕を組む。
「狙われるな」
「ああ」
「食料がある」
「金がある」
「医療がある」
「人がいる」
「そりゃ盗賊も国も欲しがる」
クルザードは否定しない。
この街は既に異常だった。
冬でも飢えない。
病気が少ない。
風呂がある。
教育がある。
仕事がある。
飯が美味い。
しかも税が軽い。
そんな街。
人が流れ込まない訳がない。
「壁は必要だ」
その日の昼。
建設が始まった。
土魔法。
石魔法。
金属魔法。
全部投入。
アランが両手を上げる。
地面が鳴動する。
鉄骨が浮く。
ガルドが叫ぶ。
「固定急げ!」
「石材右!」
「崩れるぞ!」
職人達が走る。
物流ゴーレムが石を運ぶ。
巨大な石材が並び始める。
普通なら数年。
だが。
この街は違う。
クルザードが地面に手を置いた。
土属性魔法。
魔力が流れ込む。
地盤。
密度。
水分。
全部鑑定する。
視界に大量の情報が流れる。
以前なら処理出来なかった。
今は違う。
「ここ弱い」
「地下水脈ある」
「崩れる」
即座に修正。
水路班が動く。
石材班が補強する。
合理。
無駄が減る。
建設速度が異常に速い。
人々がざわめく。
「何なんだこの街……」
「工事速度おかしいぞ」
「城壁だぞこれ」
「数日でここまで?」
さらに。
クルザードが新しい指示を出す。
「壁だけじゃ足りない」
「区画整理する」
マチルダが目を見開く。
「もうそこまでやるの?」
「ああ」
「市場区画」
「居住区」
「工房区」
「倉庫区」
「冒険者区」
「分ける」
ヴァレリアが笑う。
「完全に都市運営ね」
「人増えたからな」
人口が増えれば混ざる。
混ざれば事故が起きる。
火事。
病気。
物流渋滞。
治安悪化。
だから整理する。
それは国家運営そのものだった。
夕方。
市場。
新しい噂が流れている。
「壁できるらしいぞ」
「本格的だな」
「もう辺境村じゃねぇ」
「都市だ」
「いや、小国だろこれ」
商人達の目が変わっていた。
利益の匂い。
金の流れ。
全部見えている。
ヴァレリアが商人達を見ながら言う。
「面倒なのも増えるわよ」
「分かってる」
「税狙い」
「利権」
「政治」
「全部来る」
クルザードは鍋を食いながら答える。
本日の夕食。
巨大蟹出汁鍋。
豚肉。
白菜。
きのこ。
味噌。
湯気が立ち上る。
香りが広がる。
周囲の冒険者達が唸っていた。
「この街マジで飯おかしい」
「何で毎日こんな美味ぇんだ」
「帰りたくねぇ……」
ティグリスが肉を頬張る。
「だから人が残る」
「ああ」
クルザードは静かに頷いた。
快適さ。
それが最大の支配になる。
夜。
建設現場。
魔導灯が並ぶ。
以前とは違う。
夜でも工事が止まらない。
職人達が動き続ける。
ガルドが笑う。
「文明だなぁ」
石壁が少しずつ伸びていく。
高い。
厚い。
しかも。
内部構造が異常だった。
空洞。
通路。
水路。
補給線。
全部組み込まれている。
マチルダが図面を見る。
「……戦争想定してる?」
「当然」
「攻城兵器来ても?」
「壊される前提で考える」
防壁は万能じゃない。
だから。
壊れた後まで設計する。
合理だった。
その頃。
街外れ。
盗賊達が丘から街を見ていた。
「何だあれ……」
「壁作ってるぞ」
「いや、街だろもう」
「兵士の数もおかしい」
「冒険者まで定住してる」
さらに。
「飯の匂いヤバくねぇか?」
「……腹減った」
情けない沈黙。
だが。
それが現実だった。
この街は“強い”。
武力だけじゃない。
生活が強い。
だから崩れにくい。
さらに。
盗賊の一人が呟く。
「……俺らも移住出来るのか?」
別の男が笑う。
「犯罪歴鑑定でバレるぞ」
「終わりだ」
クルザードの鑑定。
既に有名だった。
犯罪者。
詐欺師。
潜入。
かなり弾かれている。
だから治安が異常に良い。
兵士より村人が有能。
その噂も広がっていた。
翌日。
街門予定地。
巨大な門の建設が始まる。
ガルドが鉄を叩く。
アランが金属を加工する。
火花。
熱。
蒸気。
ドワーフ達が笑う。
「デカいな!」
「いい門だ!」
その横で。
孤児達が石を運んでいた。
働いている。
役割がある。
それだけで顔が違う。
ジェシカが子供達を見て微笑む。
「いい街ね」
「まだ途中だ」
「途中だから面白いのよ」
クルザードは少しだけ笑った。
夕方。
壁の上。
クルザードが街を見る。
湯気。
市場。
宿屋。
学校。
工房。
畑。
水路。
人。
全部が動いていた。
もう“偶然の繁栄”ではない。
構造だった。
システムだった。
そこへマチルダが来る。
「怖くないの?」
「何が」
「大きくなりすぎること」
クルザードは少し考える。
そして答えた。
「止まる方が危険だ」
停滞は死ぬ。
流れが止まれば腐る。
だから動かす。
人も。
物流も。
食料も。
技術も。
全部。
夜。
防壁の魔導灯が点灯する。
街を囲む光。
人々が見上げる。
「綺麗……」
「すげぇ……」
「本当に都市になるんだな」
その光は。
辺境の小さな村が。
本当に国家へ変わり始めた証だった。




