103:学院
人材独占。
朝霧の中。
鐘が鳴った。
巨大都市中央区。
白い石造りの建物群。
整列した並木道。
広場。
噴水。
掲示板。
制服姿の若者達。
海港都市アストリア。
その中心部に建設された巨大施設。
クルザード総合学院。
既に。
世界最大級だった。
「……人、多すぎない?」
ティグリスが呆れた声を漏らす。
実際。
異常な人数だった。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
人間。
各国貴族。
平民。
孤児。
元奴隷。
全部いる。
しかも。
全員同じ制服。
同じ教室。
同じ食堂。
同じ寮。
それが他国には理解不能だった。
学院正門。
朝から長蛇の列ができている。
「入学希望者はこちら!」
「識字試験!」
「職業適性鑑定!」
「医療志望は第三棟!」
職員達が動き回る。
混乱しているのに。
流れが止まらない。
それが怖い。
クルザードは中央棟から学院全体を見下ろしていた。
静かだった。
「増えたな」
ヴァレリアが苦笑する。
「もう国家規模よこれ」
「学生だけで小都市レベル」
マチルダが資料を読む。
「今年の入学希望者、四万三千」
「内、国外二万」
ティグリスが吹き出した。
「奪いすぎだろ!」
でも。
止まらない。
理由は単純だった。
ここに来れば人生が変わる。
それを全員知っている。
学院食堂。
巨大だった。
炊き立ての白米。
焼き魚。
味噌汁。
卵焼き。
燻製肉。
焼きたてパン。
野菜スープ。
果実水。
しかも。
無料に近い価格。
「……うま」
「なんだこの飯……」
「学院飯じゃねぇ……」
地方出身者達が呆然としている。
他国では。
学生は痩せる。
ここでは逆だった。
健康になる。
顔色が良くなる。
病気が減る。
デニーゼが食堂を巡回していた。
「栄養不足ゼロ」
「発育不良減少」
「貧民街出身の子達、平均身長伸びてる」
ジェシカが頷く。
「食事で人生変わるもの」
クルザードは当然のように答える。
「頭脳は体力使う」
「飯が弱いと育たない」
だから。
学院はまず食だった。
教室棟。
講義が始まる。
「物流学!」
「衛生学!」
「魔導工学!」
「農業土木!」
「航海術!」
「会計学!」
内容が異常だった。
他国の学院は貴族教育。
ここは違う。
現場教育。
実務教育。
使える人材を作る。
しかも。
全員へ。
差別なく。
ドワーフの少年が真剣にノートを書く。
獣人少女が計算を学ぶ。
エルフの青年が鉄道設計を描く。
元孤児が衛生理論を暗記する。
未来が増えていた。
それが強い。
訓練場。
マルセルが剣術指導をしていた。
「振れ!」
「止まるな!」
若者達が汗を流す。
その横。
アランが金属魔法講義をしている。
「鉄は武器だけじゃない」
「物流も作る」
さらに別棟。
ドロテアが蒸気機関理論。
ガルドが鍛冶実習。
ヴァレリアが商業契約。
マチルダが行政。
全部繋がっていた。
学院。
でも。
実質は国家育成機関。
昼。
中央広場。
人で溢れていた。
屋台。
図書館。
討論場。
訓練施設。
市場。
全部学院内。
完全に一つの都市だった。
「ここ、国より豊かじゃない?」
新入生が呟く。
事実だった。
風呂がある。
治療がある。
食事がある。
教育がある。
仕事紹介まである。
しかも。
卒業後の進路が保証される。
鉄道。
港。
工場。
農地。
行政。
全部人不足。
つまり。
学んだ瞬間価値が出る。
人材流出が止まる訳がない。
王国北部。
貴族会議。
空気は重かった。
「また技術者が消えた」
「医師もです」
「港湾技師も」
「商会会計官も」
老侯爵が机を叩く。
「なぜだ!」
「給料が倍だからです」
「家族まで住めるからです」
「教育があるからです」
「病気で死なないからです」
現実だった。
しかも。
アストリアは勧誘していない。
勝手に来る。
快適だから。
未来があるから。
中央学院図書館。
巨大だった。
魔導灯。
書架。
技術書。
農業書。
医学書。
海図。
蒸気理論。
鉄道設計。
全部並ぶ。
しかも閲覧自由。
エルフの少女が本を抱えている。
「こんな量……」
「国立図書館より多い……」
クルザードは本棚を見る。
「知識は増やした方が強い」
「隠すより広げた方が速い」
ヴァレリアが笑う。
「技術独占してる人間の台詞じゃないのよ」
「基盤は公開」
「応用は速度勝負」
だから追いつけない。
人材量が違う。
夜。
学院寮。
学生達が食堂で話している。
「卒業したら鉄道局行きたい」
「私は海運」
「魔導冷蔵研究区画!」
「俺は農地改善班!」
希望がある。
未来がある。
それだけで国は強い。
ティグリスが窓から寮を見る。
「若いの多いなぁ」
「怖いくらい」
マチルダが静かに言った。
「人口構造が変わる」
「十年後、全部ひっくり返るわ」
その通りだった。
今までは。
血筋。
貴族。
家。
全部固定。
でも。
学院が壊していた。
能力。
教育。
実務。
結果。
そっちへ変わる。
深夜。
中央塔。
クルザードは資料を見ていた。
学院卒業予定者。
配置先。
技術適性。
性格。
全部整理されている。
鑑定。
今は完全に意味を持っていた。
「流れが見える」
クルザードが呟く。
カタリナが隣へ来た。
「何が?」
「国家」
短い。
でも。
理解できた。
人。
物流。
食。
技術。
教育。
全部繋がっている。
だから。
学院が最重要。
兵士より。
貴族より。
金より。
人材。
そこを握れば全部握れる。
窓の外。
学院都市の灯りが広がっていた。
夜なのに。
まだ図書館に人がいる。
研究棟に蒸気が上がる。
訓練場に明かりが残る。
止まらない。
成長が止まらない。
その時。
遠くで鐘が鳴った。
新しい夜間列車が到着したのだ。
また人が来る。
また才能が流れ込む。
そして。
世界は少しずつ空洞化していく。
人材。
技術。
知識。
全部。
この都市へ吸い寄せられていた。
その夜。
クルザード総合学院は。
単なる学校ではなくなった。
未来そのものを独占し始めた。
巨大国家の。
頭脳中枢だった。




