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白い結婚、いたすと消滅する契約ですが、それは聖女の慈悲でした

作者: 彁イズミ
掲載日:2026/05/01

「君を愛することはできない」

「わかってますわ、契約ですもの」


 互いにため息が漏れる。

 真実の愛である僕達の、待ちに待った新婚初夜のはずだった。

 本来だったら甘い雰囲気になってしかるべきだろうに。

 しかし僕とエノーラは真の夫婦となることができないのだ。

 何故なら契約があるから。


『ダリウス・アシュクロフト公爵令息とエノーラ・シャンクリー伯爵令嬢は婚姻すること。ただし夫婦の営みは禁止する。この契約に反した場合、ダリウス・アシュクロフトの陽根は消滅する』


 陽根が消滅って、身の毛がよだつような契約内容だ。

 しかもこれは厳密な魔道契約だから破ると絶対に履行される。

 舐めてるとマジでいかんよと、念を押された。


 何故こんな契約を結ばねばならなくなったかは、もちろん理由がある。

 僕は元々国教会所属の聖女ポラリスと婚約していたんだ。

 ポラリスは世界唯一の聖女として、我が国だけでなく世界中から注視されている女性で。

 我が国に年回りの合う王子がいたなら、ポラリスはその王子と婚約したに違いなかった。

 たまたま王家に適当な王子がいなかったから、王家に次ぐ家格であるアシュクロフト公爵家の嫡男である僕にお鉢が回ってきたのだ。


 聖女ポラリスはくるくるとよく変化する表情が魅力的な女の子ではある。

 頭がよくて機転も利いて、神が聖女として下界に遣わすのはこういう少女なのかと、納得できる存在ではあるのだ。

 聖女ポラリスとの婚約が決まった時は、大層羨ましがられもした。

 多いに祝福もされた。


 しかし僕には幼馴染のエノーラ・シャンクリー伯爵令嬢がいたんだ。

 物心つかない内から、いつかは結婚しようねって誓っていて。

 聖女ポラリスは確かに可愛らしいのだけれど、だからと言ってエノーラと積み重ねた時間はなくならない。

 思いが消えるわけでもない。

 昔エノーラにもらった詰草の花冠は、今でもドライフラワーになって僕の部屋に飾ってある。


 聖女ポラリスは平民らしくフランクに接してくるのだけれど、どこか遠慮があったのかもしれない。

 僕には合わない気がした。

 というかやはり僕の伴侶はエノーラであるべきなのだという、考えが強固になったのだ。

 悩んだ末、婚約の解消を申し出た。


 いやあ、王家と国教会にこっぴどく怒られた。

 王家には神の怒りを買ったらどうしてくれると言われたし、国教会には聖女を傷物にするとはどれだけ補償されても足りないとごねられた。

 王家と国教会が全然納得しそうになかったけど、仲裁案を出してくれたのが聖女ポラリスだったのだ。

 最近宮廷魔道士と開発したという、魔道契約なるものを持ち出した。

 聖女ポラリスは宗教関係のアイドルというだけでなく、魔道方面でも存在感を発揮していると知って驚いたな。


『身をもって魔道契約の実験台になってくれると考えればいいんじゃない? 魔道契約は今後大きな案件のスタンダードになる手法だと思うし』

 

 提案されたのがさっきの契約内容だった。

 神の愛し子である聖女ポラリスが納得するならということで、王家と国教会は引き下がった。

 僕とアシュクロフト公爵家に対して、それ以上の責任の追及も賠償請求もなかった。

 正直助かったことは事実なのだが……。


「……聖女様は残酷だと思うのです」

「……うむ」


 王家と国教会の剣幕は凄まじかった。

 聖女ポラリスは両者を抑えてくれて、かつ精神的な結びつきしか許されないとはいえ、愛するエノーラと結婚することもできた。

 それでいいんだと思っていたが、実際に今日という日を迎えてみると蛇の生殺しだ。

 夜着のエノーラの何と艶めかしいこと。


「ただ聖女ポラリスの意地が悪いとは思えないのだが」


 つまらないことに拘ったりしない陽気な子だ。

 もしエノーラがいなかったら、僕も聖女ポラリスの婚約者であることを喜べたと思う。

 とんでもない罰則を科されかねなかった僕を窮地から救ってくれたことは事実で、残酷だと断じることはどうなのだろう?

 こんなエノーラと結婚しながら一つになれない、いかにも半端な状況を画策したとは思えない。

 が、聖女ポラリスが言い出した契約条件なのは確かだし……。


 諦めたようにエノーラが言う。


「寝ましょう。おやすみなさい、ダリウス」

「おやすみ、エノーラ」


 軽くハグする。

 寝室を別にできないのは何なのだろう。

 未練というか悟りきれない部分というか。

 温もりを惜しんで別々のベッドへ。


          ◇


 ――――――――――三日後、アシュクロフト公爵家邸にて。聖女ポラリス視点。


 あたしは公爵令息ダリウス様の婚約者だったことがあるんだけどさ。

 ダリウス様には幼い頃から将来を誓っていたエノーラさんとゆーお相手がいたわけだよ。

 そりゃエノーラさんと正式に婚約していたわけではなかったかもしれんけど、王家と国教会の都合であたしが二人の間に割り込んだ格好になったじゃん?

 愛と幸せを願う聖女としては、どーも居心地が悪くてさ。


 ダリウス様がわたしとの婚約を解消しようと言い出した時、ちょっとホッとした。

 と同時にダリウス様は自分の信念に基づいて流されない、立派な令息だなあと思った。

 あたしだって結構可愛いのに、エノーラさん一筋ってことだもんね。

 個人的にはぜひ応援したいんだけど。


 婚約解消で王様と大司教のじっちゃんがヒートアップしちゃったの。

 神様が怒るのあたしが傷物になるのって。

 いや、あたし自身が婚約なくなってよかったと考えてるくらいなのに、神様怒るわけないじゃん?

 あたしの旦那さんはもっと適当な人を用意してくれればよくない?


 でもダリウス様ったら、権力者の怒髪天スイッチを踏んじゃってるんだよなあ。

 そこであたしが助け舟を出した。

 最近宮廷魔道士達との共同研究で発明した魔道契約で。


『ダリウス・アシュクロフト公爵令息とエノーラ・シャンクリー伯爵令嬢は婚姻すること。ただし夫婦の営みは禁止する。この契約に反した場合、ダリウス・アシュクロフトの陽根は消滅する』


 王様は魔道契約という新技術に対する興味で完全に態度が軟化したね。

 大司教のじっちゃんも一見厳しそうに見える条件に納得したし。

 めでたしめでたしだよ。

 とゆーか、そう思ってた。


 あたし最近地方に巡業に行ってたんだけどさ。

 いや、巡業は時々あるんだよ。

 せっかく聖女が現れたのだから、国教会の信仰を地方にまで浸透させようって。

 馬車馬のよーに働くあたし。


 帰ってきたらダリウス様とエノーラさんが結婚したと聞いたから、おめでとうと言いに来た。

 アシュクロフト公爵家邸の門番さんに挨拶したら?


「聖女ポラリス様!」

「そうそう、あたし参上! ダリウス様とエノーラさんが結婚したんだって? おめでとうございまーす。お祝いしに来たんだよ」

「少々お待ちを!」


 門番さんがすっ飛んでった。

 ダリウス様の元婚約者のあたしが来るなんて思わなかったのかな?

 それにしても焦ってたみたいだけど何事?

 あれ? ダリウス様とエノーラさん出てきたぞ?

 祝福の術を飛ばすなら、屋内より外のほうが映えて奇麗だからちょうどいいか。


「聖女ポラリス!」

「こんにちはー。結婚おめでとう!」

「その結婚なんだが……どうにかならないだろうか?」

「は?」


 どうにかって何が?

 ダリウス様とエノーラさん、何かやつれてるみたいに見えるけど。

 夜頑張り過ぎじゃない?

 精力剤の需要かな?

 魔法薬はあたし専門じゃないからよくわかんない。


 エノーラさんが恨みがましく言う。


「聖女様はひどいです」

「だから何がよ?」

「契約の中に夫婦の営みは禁止するという条件があるから……苦しいのだ、お預けは」

「えっ? バカ正直にそれ守ってるの?」

「守らざるを得ないだろう。魔道契約は厳密なものなのだろう?」

「厳密だからすり抜けられるんだけど」


 あっ、ダリウス様もエノーラさんもキョトンとしてるわ。

 全然わかってないわ。

 魔道契約について、宮廷魔道士に聞きに行こうとはしなかったんだな?


「いいかな? 契約条件の内、『ダリウス・アシュクロフト公爵令息とエノーラ・シャンクリー伯爵令嬢は婚姻すること』までは既に達成されているじゃん?」

「ああ。しかし『ただし夫婦の営みは禁止する』と続くだろう?」

「つまり『ダリウス・アシュクロフト公爵令息とエノーラ・シャンクリー伯爵令嬢の夫婦の営みは禁止する』ってことだよ?」

「ダメじゃないか」

「そのままならね。でも例えばエノーラさんがアノーラさんに改名するとする。ダリウス様とアノーラさんの夫婦の営みは禁止されてないじゃん? だからだいじょーぶ」

「「……えっ?」」


 魔道契約が厳密ってのはそーゆーところなんだってば。

 お二人さんポカンとしてるわ。

 表情がそっくりですぞニヤニヤ。


「そ、そんな簡単なことですり抜けられるのか?」

「そーだよ。あたしも自分がダリウス様の婚約者になったことで、エノーラさんとの仲を邪魔して悪かったと思ってるんだよ。おまけにダリウス様全然悪くなかったのに、王様と大司教のじっちゃんに責められて。だからダリウス様とエノーラさんには幸せになって欲しいじゃん? 契約条件にわかりやすい穴を開けて誤魔化しといたんだ」

「聖女様ありがとうございます!」

「いやいや」


 あたしだってアシュクロフト公爵家に新しい婚約者候補を推薦してもらってるじゃん。

 ありがとうございまーす。

 今度会ってくる予定なんだ。


「でも魔道契約が厳密ってのはその通りでさ。おかしな思い込みがあると契約の罠に引っかかるかもしれないから、よーく考えないといけないよ。宮廷魔道士に詳しい仕様を聞いとくことをお勧めする」

「今から宮廷魔道士棟へ行ってくる! 馬車を用意しろ!」

「行ってらっしゃーい。でもその前にダリウス様とエノーラさんの結婚を祈らせてよ。二人の明日に幸せあれっ!」


 祝福の術の眩い光に包まれるダリウス様とエノーラさん。

 この術は青空の下で行うのが一番美しいと思う。

 うんうん、お二人さん笑顔になったね。

 よかったよかった。


「聖女様、本当にありがとうございます」

「聖女ポラリス、感謝する。そして君の慈悲は王国に輝かしい未来をもたらすと、僕達は確信している」


 親指をビッと立てて、馬車に乗り込むダリウス様とエノーラさんに応えた。

 今日から子作りに励むといいよニヤニヤ。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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 よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
いや婚約前に粘ったり解消するなら貴族らしく利益を示さなかったダリウスはそこそこ悪いのでは?何も考えず権力者に言ったらそうなるよ。助けられたら助けられたで生殺しはいやー何とかして聖女様だし。 聖女がそ…
あくまで今回『は』,名前だけ,しかも口頭での宣誓だけでの縛りという抜け道のある契約に敢えてしてあげたけど, 例えば一方的な悪意のある婚約破棄とかを想定した場合はそういう抜け道使われないように, 例えば…
結婚したらエノーラ・アシュクロフト公爵夫人となる訳だから、確かに禁止されていないな。 他の例としても養子に入って名前が変わったら大丈夫なのか。 これって契約時に悪用する人もいるかも?
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