第36話 露店再開 午前
朝起きると、部屋が酒臭かった。
謎エールを飲んだせいで、若干気持ち悪い酔い方をしたが、寝ると完全に回復していた。
シロは最終的に頭おかしいんじゃないかってくらい飲んでいたが、いつも通り何食わぬ顔でクロと朝食を作っている。
誰も二日酔いにならなくて何よりだ。
昨日は久しぶりの酒で中々楽しかったな。
ギゼラと俺達3人で最終的には恐ろしい量飲み食いした。
会計が恐ろしかったが、クロの謎ダンスがやたら受けて、かなりおまけしてもらえた。
店長がすっかりクロを気に入ってしまって、是非また来てくれとまで言われた。
確かにあいつがいると、場がなんだか明るくなるんだよな。
みんなでモソモソと朝ごはんを食べ、顔を洗う。
気合を入れなおし、露店準備にかかる。
今回は相当量の準備をしてきたので、長期戦も覚悟の上だ。
今後ギゼラが仲間に入る可能性もある。
しっかり稼がねば。
ミシャール市場に着くと、滑る老婆からいつもの屋台を借りる。
今日も前回と同じ場所に連れていかれる。
「おっ! ボナスじゃないか! ひさしぶりだね」
「メラニー久しぶり! いや~あれから色々あったんだわ。しばらくよろしくね」
「ってその人、女の人だったの…………」
「鬼のシロ。よろしくね」
シロがニコニコ笑いかけると、メラニーは恥ずかしそうにモジモジしている。
なに照れてんだよこいつ。
まぁシロは中性的な美しさがあるし、あの笑顔は反則なんだよな……。
「後これお土産。オレンジとミルクのチョコレート。今度売り物にするかもしれないから、また感想聞かせてね」
「久しぶりのチョコレートだね。ありがとう。あんたのコーヒーとチョコレート随分噂になっているよ」
「え、まじで?」
「傭兵のマリーさんがチョコレート食べたいって、事あるごとに愚痴ってるみたい。そのせいで、傭兵や商人の間でも噂の商品になってるみたいだね」
「うわぁ…………」
マリーが思ったより激しく宣伝効果を発揮してくれているようだ。
しかし、今度会った時、多めにお土産渡さなければ恐ろしいな。
「んじゃクロ、シロ、用意始めようか」
「ぐぎゃうー!」
「うん」
「シロさんかっこいい、そして綺麗…………」
何故かうっとりしているメラニーはもう放っておこう。
今回は反応を見るために、試しに乳香を焚いてみることにする。
たちまち、屋台の周りが爽やかで清涼感のある香りが広がる。
意外とこの匂いはコーヒーの香りを邪魔しない。
「うわー。なんかいい匂い」
「ほんと、なんかいい匂いがする~。おはよ、あんたたち久しぶりね~」
「おはよう! いい匂いでしょ。今日からしばらくまた露店だすからよろしくね」
「ええこちらこそ。それじゃ早速コーヒーもらえるかしら?」
顔なじみの女性達が早速来てくれた。
この市場で別の露店を営んでいるご近所さんだ。
乳香は嫌がられないかと思ったが、大丈夫そうで良かった。
「おっと、露店再開してるじゃないか! コーヒーひとつ!」
「俺にもくれ」
「あれ? ボナス死んだって聞いたけど生きてたんだ。再開したの? じゃあ私も一杯ちょうだい」
「おーい! 来たぞボナス! えらいまってたんだ! はやくコーヒーくれ!」
「はいはい! ちょっとまってねー!」
一気に客が来る。
いや~意外とみんな気に入ってくれてたんだな。
親方も早速来てくれた。
正直不安だったが、いいスタートを切れて嬉しい。
「このカップは俺が作ったんだ! 結構いいだろ?」
「確かにこれいいわね。なんか皿とコップセットになってるのも感じ良いわ」
客同士でもりあがっているな。
喜ばしいことだが、こうなると屋台が手狭に感じる。
今後の課題だな。
「おはようございます。ボナスさん、お久しぶりですね」
「メナス! うわぁ会えてうれしいよ! コーヒーおごるから是非飲んでいって」
「あら、ありがとうございます」
「クロ、メナスの分もよろしく!」
「あら? もしかして以前の小鬼の?」
「そうだよ、ちなみに奥にいるのは鬼のシロで、ちょっと前に仲間になったんだ」
「いや~もう何と言ってよいやら。凄いですね。クロももはや小鬼とは言えませんし、鬼の女が集落の外にいるのも本当に珍しいですねぇ」
メナスはかなり驚いているようだ。
だが鬼については、やはり色々と知ってそうだな。
「よろしく」
「ぐぎゃあ!」
「はい、よろしくお願いしますね」
「これ、コーヒーとチョコレート。メナスって結構苦みのあるのも好きだったよね。もし嫌だったらミルク入れるから言ってね」
「はい、ありがとうございます」
メナスはそう言うとコーヒーの香りをじっくり確かめ、ゆっくり飲む。
相変わらず仕草が上品だ。
「おいしい………………」
中々評価が高そうだ。
メナスの意見は間違いなく参考になるだろう。
チョコレートをつまみ口に入れると、はっとしたような顔をした。
「これは…………」
あ、これは砂糖の存在がばれたかも。
メナスにはばれてもおかしくは無いもんなぁ。
「どうかな?」
「とてもおいしいです。ボナスさんはまったく人が悪いですね。まだこんな秘密を持っていたなんて」
「いやぁ。メナスにそう言ってもらえると自信になるね。これどうかな?」
「おいしいのは間違いありませんよ。コーヒーとチョコレート、どちらも素晴らしいです。ただ、気を付けて売らなくてはいけませんね。力のある狡猾な商人ならば色々と手を回してくるかもしれません」
なんか思ったよりやばそうだな。
もっと最初にメナスへ相談しておくべきだったのかもしれない。
「実際供給できる量は少ないんだ。せいぜいうちの露店で販売しきれるくらいかな」
「なるほど…………。なるべく早く、広く顧客を増やして、街での認知度を上げておくか、なるべく力の強い顔役に根回ししておくのが良いでしょう」
「やっぱり?」
「身の安全はシロさんがいれば大丈夫でしょうが、しばらくは油断しないようにしてください」
「メナスいつもありがとう。もっと早く相談しとくべきだったよ」
「いえいえ、それにあまりに慎重すぎても、商売なんて出来ませんからね」
そういうとメナスはにっこり笑って、もうひとつチョコレートをつまんだ。
結構な年だとは思うが、毎度仕草が色っぽいな。
「メナス、これ今度あったら渡そうと思っていたお土産。キャラバンのみんなと食べて」
「あら、これはキダナケモの干し肉と…………チョコレートかしら?」
「うん、キャラバンのみんなに一杯おごりたいから、また遊びに来てって伝えておいて」
「うれしいですね~。ありがとうボナスさん」
ほんとうにうれしそうに、手持ちの鞄にしまい込む。
喜んでもらえて良かった。
メナスはやり手の商人なのに、本気で親身になってくれる。
見限られないように注意しよう。
「そういえば、近々隣の領地からシュトルム商会がやってくるという噂があります。非常に力の強い商人ですので、くれぐれも気を付けてください。特に会長のカミラにはくれぐれもお気を付けください」
「わかった。気を付けるようにするよ」
そうしてメナスが帰った後も午前中は盛況なうちに露店を終えることができた。
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