第209話 合流
ピリや鬼達に飯を食わせた後、一度皆と合流するために露店へと戻ることにした。
案の定、若い鬼男達はぞろぞろとついてくる。
ザムザが目を光らせているからか、単にシロが怖いからなのか、特に周りを威嚇するでもなく、皆いたって大人しい。
それでももちろん、街の中ではめちゃくちゃ目立っている。
でかい鬼が九人も連れ立って歩いているのだ。
それはもう、何事かと思うだろう。
俺だってそう思う……これは少し早まったかもしれない。
ただ街の連中の反応は、少し予想していたものとは違った。
はじめはぎょっとした顔で鬼男達を見るが、俺やクロ、シロやザムザの顔を視界に入れると、すぐに納得したような顔でそれぞれの日常へ戻っていく。
ああ、なんだ、またあいつらか――といった雰囲気だ。
ボナス商会はこの町においてどういうポジションなんだろうか……不安になってくるな。
若い鬼男達も街の人々の反応に驚いているようだ。
露店に着くと、すでに他のみんなは揃っていた。
ラウラの姿は無いので、やはり今日は領主館へお泊りコースなのだろう。
ギゼラやミル、オスカーは露店裏で遅い昼食を楽しんでいるようだ。
ビビやガストも二人並んでもっちゃもっちゃとバナナを揚げたものを食べている。
いったいどこで調理してきたのか、明らかにアジトの食材を使った料理だ。
まさにこれから俺達が買おうとしている建物に体を預けて、のんびりとした様子だ。
その横ではメラニーが頬杖をつきながら、何とも言えない表情でこちらを見ている。
「ほらね、私が言った通りじゃないか。ま~たボナスがなんか連れてきたよ……」
「いやメラニー、これはたまたま――」
「もうなんでもいいけどね。とにかく、私は今後ボナス商会について、人手の心配はしないことにするよ」
「と、とりあえず、こいつらみんなに紹介しないとな……ほら、ザムザ」
一応若い鬼達の名前も一通り聞いたが、ゴトウ以外あまり正確に覚えられていない。
名前の語感が似すぎていてる。
付き合いが長くなれば、いずれ自然に覚えるだろうが、基本的にはこいつらのことはザムザに任せよう。
「まずは……ギゼラのことは知ってるよな、お前達?」
「あ、ああ……」
「あのギゼラがなにか食ってるぞ……うまそうだな」
「あ、悪辣の……」
全員が俺とザムザの背中に隠れるようにしてギゼラを覗き見ている。
シロとの出会いでは、思わず体がその脅威に反応してしまったような雰囲気だったが、ギゼラはその名前に恐れを抱いているような印象だ。
「なにを――ジロジロ見てるのかな?」
「うわっ!」
「こ、こっちきたぞ!」
「別に、み、見てないしな!」
「お、俺たちもボナス商会に……」
ギゼラは食べていたパンを咀嚼し終えると、ゆっくりと立ち上がり、鬼男達の顔を無感情な瞳で見下ろしている。
う~ん、確かにあんな目で見下ろされたら縮み上がりそうだ。
鬼達もしどろもどろになっている。
「良い働き手になりそうだろ、ギゼラ。メラニーから拠点の話は聞いた?」
「うん、ここでしょ? ちょっとびっくりなんだけど……私の工房もここにできるんだねぇ」
「ああ、いくらでも大きいの作っていいよ。働き手も連れてきたし」
「はははっ、じゃあこの子達にはよ~く働いてもらわないとね」
「うっ――わかっ、わかった!」
ギゼラがそう言って肩を叩くと、男鬼のゴトウは呼吸を忘れたように固まった後、壊れたように頭をガクガクと頷かせている。
他の鬼男達も同じような様子だ。
それにしても、ゴトウはいつもこういう時一番前にいるな。
とはいえ積極的に前に立とうとしているわけでもなさそうだ。
どちらかというと要領が悪いのかもしれない。
周りの連中はこういう時、すっと後ろへ下がっているようだ。
結果的に若い鬼男達の代表のような扱いになってしまっている。
「ボナス、ピリには会えたのか?」
「ああ、ハジムラド、お疲れ様。ピリたちには無事会えたよ。あいつ娘居たんだな」
「知らなかったのか。あの酒場では有名な話だぞ」
「なかなか綺麗な子よね」
「マリーも――そりゃ知ってるか……。新しい拠点に勧誘しておいたよ。ピリ傭兵団の家族全員にだけどね」
「なるほど……それはうまく考えたな。さすがだな」
「良いんじゃないかしら」
ハジムラドもマリーも、当然のようにピリの娘について知っていたようだ。
サヴォイアの傭兵事情については、こいつら以上に詳しい奴なんてそうはいないか。
反応を見る限り、俺がピリ傭兵団の家族を引き受けたのも間違いでもなかったようだ。
ピリたちの事情について、特別よく知っているであろうハジムラドが賛成しているのだ。
間違いないだろう。
「それで……紹介しておくよ。新しいうちの働き手」
「またお前は――意外な連中を連れてきたな」
「ボナス……私が言うのもなんだけど、あなたはいつも唐突ね」
「いやハジムラド、マリー、今回は成り行きでさぁ……」
「成り行きで鬼を引き連れてくることなんて普通は無い」
ザムザの指導の下、ギゼラの前で一人ずつ自己紹介させられていた鬼達をこちらへやってきた。
とりあえず俺の背中にくっついてくるのは何なんだろうか。
「――おっ? なんだ、普通の傭兵もいるのか?」
「けど女傭兵なんて珍しいなぁ」
「戦えるのか?」
「一人は随分年を取っているようだぞ?」
若い鬼達は、何事もなくギゼラに挨拶を終えられたことで気が緩んでいるようだ。
鬼に比べれば小柄なハジムラドやマリーに対してずいぶん安心した様子を見せている。
少々ふてぶてしい物言いに、ザムザが一気に不機嫌になるのが分かる。
「お前達! 目の前にいる二人は、サヴォイアの全傭兵の頂点だぞ。地竜殺しのハジムラドに双剣のマリーだ。その二つ名くらいは聞いたことがあるだろう。俺だってこの二人には勝てる気がしない」
「えっ!? ザムザが……?」
「うそだろ……」
「地竜殺し? もしかして……竜を倒したのか?」
「なんだザムザ、珍しく上げてくれるじゃないか?」
「当然だろ。ハジムラド」
「まぁ、そう言ってくれるのはありがたいが、今の俺は傭兵じゃない。地竜を倒したのもずいぶん昔のことだ。今はそうだな……うまいコーヒーなら淹れられるぞ」
「本当に倒したんだ……」
「魔法使いでもない、ただの人が本当に!?」
地竜殺しと聞いて、若い鬼男達は興奮している。
でかいダチョウみたいなモンスターにも苦戦するような連中からするとなかなか興奮する話なのだろう。
そういや地竜ってどこいんだろうな……俺もちょっと見てみたい。
「しかし女の方はさすがにそこまでではないだろ~?」
「体格だってそれほど良いわけじゃない」
「双剣のっていう割に、剣は一本しか持っていないじゃないか」
「そうね、私も今は傭兵じゃないわ。ボナス商会の……何なのかしらね? それに愛剣も最近折れてしまったのよ」
「キダナケモに止めを刺したときにな」
「えっ……」
「……うん?」
さすがにハジムラドやマリーは、鬼達のこういった気質にはずいぶん慣れているようだ。
それどころか、今はむしろそれを面白がっているような気がする。
二人とも無表情だが、声に少しいたずらっぽい調子を感じる。
若い鬼達は見事に乗せられているようだ。
ザムザが最後に一言付け足したことで、慌てふためく鬼達を見て楽しんでいるようだ。
「ザムザ……人がキダナケモを狩るなんてことがありうるのか?」
「ああ、マリーの剣技は人間の域を超えているからな。俺も最近剣をまともに学ぶようになってよくわかったが、マリーはかなり……なんというか……おかしい」
「ザムザ、あなた……さりげなく失礼ね」
「ま、まぁうちは商会だから! 戦力がすべてじゃないさ。ほら、こいつは木工職人のオスカーだ!」
なんだか若い鬼男たちがシナシナになってきた。
化物の巣窟に放り込まれたウサギのような顔だ。
気のせいだろうが、角も少しへにょっとして元気がなさそうに見える。
このままやる気をなくされても困るので、慌ててオスカーを紹介する。
職人としては尊敬できるし、性格的には変わった所はあるが、それでも戦闘力が特別高いなどということはない。
一応普通の人間だ。
普通に交流して欲しい。
「ほ、ほら皆こっちを見ろ! こいつがオスカーだ!」
「うん? 何だボナス、また鬼が増えたのか?」
「ああ、新しい人手だ。いろいろ建てないとだめだからな。特に拠点の話聞いたろ?」
「ああ! 俺の工房も入るんだろ? 色々手を加えにゃならんし、もう目が回りそうだが――力自慢がいるのは助かるな!」
「やっと普通の人っぽいのが出てきた……本当か? 本当に普通の人か?」
「職人か? ボナスの周りには化物みたいな奴しかいないのかと思ったけど、そんなことは無いんだな……」
「よかった……」
「よ、よろしく、オスカー」
「ちなみにオスカーも二つ名持ちだ。魔人殺しのオスカーと呼ばれている」
オスカーとは比較的すんなりと交流を図れそうだと思っていたところ、ハジムラドが余計な一言を差し込んできた。
こいつ……良い顔でコーヒー傾けやがって。
完全に楽しんでるな。
「え?」
「はぁ……魔人?」
「木工職人って……なんだ? 魔人を倒すのが仕事なのか?」
「ああ、あいつな~……俺が扉持って戦った時のやつだろ? あれはよくできた扉だったなぁ~、まぁ俺が作ったもんだから、当然だけどな!」
「扉で……戦う?」
「それが木工職人?」
だめだ、鬼達の様子がどんどんおかしくなってきた。
そしてオスカーは鬼達に自分の作った扉の自慢話をはじめそうな雰囲気だ。
こいつもやっぱりだめだ、状況が余計にこんがらがる。
「た、建物を建てるときは、こいつの言うことをよく言うこと聞くようにな!」
「わ、わかった!」
「魔人殺し……」
「竜にキダナケモに魔人……」
「俺たち、もしかして、まずい所にきてしまったんじゃ……」
「ま、まぁあんまり深く考えるなよ! みんな気の良い奴だ。それよりえ~っと……ほら、あの二人は普通の洞穴族だぞ!」
「おおっ! 洞穴族か!」
「洞穴族か! あいつらは良い奴らだな!」
なにやら深刻になり始めた男鬼たちの気をそらすために、視界に入ったビビとガストを紹介することにする。
この二人は種族としての頑強さや特殊な性質は持っているものの、特に争いごとにおける二つ名などもないし、大丈夫なはずだ。
「あいつらとなら、なかなか良い戦いが出来そうだな」
「洞穴族は気骨があるからな!」
「力試しがしてみたいな!」
「なぁ、そこの盾持った奴、腕試しどうだ!」
「うわっ、ビビ、なんか子鬼がいっぱいきたぞ……めんどくせぇなぁ」
「僕はもう片腕しかないから、腕試しはできないね」
「普段シロやギゼラと話していたせいで忘れてたけど、そういや鬼ってこんな感じだったな……」
若い鬼男たちはビビとガストを見つけると、急にうれしそうな顔をしている。
鬼達は洞穴族に妙にちょっかいをかけようとするなんて話を聞いたこともあるが……いつもこんな感じなのだろうか。
そういやシロやギゼラ、ザムザも洞穴族に対して出会った当初より好意的だった。
この若い鬼男達も妙に好意的だ。
ただどうやらそれも片思いのようだな。
「ビビ、ガスト」
「うん?」
「何だザムザ?」
「すまんが、こいつら馬鹿だから、一旦ローブの中見せてやってくれ」
「え? ああ……うん。いいよ、ほら」
「ほれほれ~!」
ビビとガストは面倒くさそうにしているだけだったが、ザムザは鬼達の振る舞いに心底腹が立ったらしい。
また一瞬で調子に乗り始めた鬼男に、身の程を知らしめることにしたらしい。
「なっ、なんだ……それ……」
「うわっうわあああっ!」
「そっ、それっ……キダナケモ!?」
「ビビは片腕しかないが、こいつらの親玉の攻撃もしっかりと盾で受け止めたけどな」
「うそ……だろ……?」
二人はローブの前ボタンを外し広げると、裏地に張り付いた大量の小蜘蛛達が一斉にこんにちはしている。
ガストなどは調子に乗って、腰が引けた鬼達へ小蜘蛛を見せつけるかのようにローブを開き、ぐいぐいと近寄っている。
後ろから見ていると、ガストの挙動は変態そのものだな……。
ギゼラなどはその様子に涙を流すほどゲラゲラと笑っているが、若い鬼男達の顔は完全に引きつっている。
また一つうちの商会の変な噂話が流れてしまいそうだ。
「ま、まぁまぁ、落ち着けって」
「で、でもボナス、あれは間違いなく――」
「その蜘蛛達は何というか……俺達のご近所さんだから。仲良くするように。それから洞穴族の二人に変なちょっかいをかけるなよ。ビビとガストは俺の恩人でもあるし、お前達の先輩でもある。ちゃんと礼儀正しく言うことを聞けよ?」
「わ、わかった……」
「い、言うことを聞くから――」
「ほれほれ~」
「うわっ! そ、そいつらはしまってくれ!」
「ぎゃあぁああっ!」
ガストは悪乗りして、また若い鬼男たちにちょっかいをかけている。
鬼男たちはそれぞれを盾にしようとして、団子のようになりながら、最終的に俺の背中に連なるようにして転がり込んでくる。
こいつら、なんだか女子学生みたいな挙動するな。
汗臭いけど。
最近国崩しの魔女とか言われているラウラやキダナケモ丸出しなコハクが、今日はいなくてよかったのかもしれないな……。




