第206話 おみやげと男達
新しいボナス商会の拠点予定地について詳しく説明すると、ピリたちの目はいっそう真剣なものへと変わっていった。
「一等地じゃねぇか! しかもクソ広いな、俺達の家族入れてもまだまだ余裕あるだろ……」
「へぇ~、やっぱりあのあたり一等地なのか? たしか裏は普通の職人通りだったと思うけど」
「お前……あんまり理解していないようだけどな、あんな安全な場所に住めるっていうのは、そう簡単なことじゃあないんだよ。金だけじゃどうにもならん問題だってあるんだ」
「まぁ何となくわかっちゃいるけどな。それで、結局どうするんだ、お前の娘?」
「えぇ? あ、あぁ……そりゃもちろんお前――」
「おい、ピリ退け! 当然俺はその話乗ったぞ!」
「ボナス、うちには子供が6人いるんだが――」
「なぁボナス、うちも子供がいるが、こいつんとこのぼんくらどもと違って、そりゃあ働き者でな――」
「お、おまえら! 俺を差し置いて――」
なんだか賑やかな雰囲気になってきたな……。
希望したのは八人だが、意外に子供が多い。
全部で三十人くらいになりそうだな。
店にいない連中だっているだろうし、もう少し増えそうだな。
う~ん、働き手以上に面倒見なきゃだめな奴を抱えてしまった気がする。
それでも、こいつらは俺が本当に追い詰められたときに助けてくれた連中だ。
喜んで迎え入れよう。
「――ああ~、いま希望するなら全員引き受けるから、ただしお前ら、頼むからおりこうさんに振る舞ってくれよ」
「任せろボナス!」
「お前の盗賊面が一番の問題だ、ピリ。まずは髭剃れよ」
なんだか一気ににぎやかになってしまったな。
まぁしかし、頼もしくもある。
あまり上品とは言えない連中の身元保証人になってしまったようなものだが、そのぶんこいつらだって俺に家族を預けるわけだ。
何をするにも、これまで以上に積極的に協力してくれるだろう。
これから先、輸送は間違いなく俺達、あるいはサヴォイアの大きな課題になってくる。
そこでこいつらを身内に抱えるのは、ボナス商会にとって大きな強みになる。
「――おい! ザムザ!」
「……うん?」
荒々しくドアが蹴り開けられる音に続き、聞き慣れない怒鳴り声が店中に響く。
何事かとホールにいる全員が一斉にそちらへ視線を向けるが、ピリや他の傭兵たちはすぐに興味をなくしたようだ。
どうやら声の主は、傭兵たちにとってそれほど珍しくもない、ましてや関わり合いになりたいような連中でもないらしい。
だが、俺にとってはなかなか興味深い連中だ。
つまりはザムザ以外に初めて見る鬼男だ。
それも七人。
連れ立ってこちらに歩いてくる。
どうもお目当てはザムザらしい。
当の本人は面倒そうだな……。
鬼男達を一瞥しただけで、まだ毒キノコの本を読んでいる。
そんなに本が面白いのか、鬼男たちが心底どうでもいいのか……。
それにしてもさすが鬼男、七人もそろうとなかなかの迫力だな。
何人かは大きなこん棒のような武器を持ち、服装もぼろ布を巻きつけただけだ。
鬼男たちの見るからに粗野で野蛮な雰囲気に、なんだかワクワクしてくる。
本当にうわさに聞いていた通りじゃないか。
俺の横で小綺麗な服を着て静かに本を読んでいるザムザの方がおかしいのだろう。
それにしてもザムザのやつ、一人でこいつらを半殺しにしたとはなかなかやるなぁ。
体格的には大して変わらないように見えるが、普段からシロやギゼラに鍛えられてるからだろうか。
こちらへ来る間も無駄に周囲を睨みつけたりと、元気が有り余っている様子だ。
「おい! ザムザ!」
「うるさいぞお前達。それに今俺達は取り込み中だ」
「風呂に入ってきたぞ! ようへいとうろくとかいうのも終わらせた! 次だ! どうすればいいんだ!」
「はぁ? なんで俺がお前達の……どうすればいいと思う、ボナス?」
「えっ……どうすればいいと思う、ピリ?」
「知らねぇよ!」
「おいザムザ。なんだ、そいつらは?」
「そっちはピリ、隣にいるのがボナスで、俺達のリーダーだ。いいか、ボナスに触ったら殺すからな? あと舐めた態度を見せても殺す」
若干いら立っているザムザと比較し、ピリたちはのんびりとしたものだ。
ちょうど厨房から漂ってきたうまそうな香りに笑みを浮かべている。
これは……エリザベスのチーズだな。
あれを炙るとたまらない香りがするんだよな。
やばいぞ、俺も腹減ってきた。
「こいつが……ボナス?」
「だからそう言ってるだろ!」
目の前に来ると鬼男たちはいよいよ暑苦しい。
こんなデカい連中に、こうして取り囲まれるように立たれると、普通なら恐怖を感じるだろうな。
ただ俺の場合、日常的にシロやギゼラ、ザムザにマリーなどと接しているせいでいろいろな感覚が麻痺しているのだろう。
何も感じない。
それにこの連中はザムザのことははっきりと認めているようで、言われた通りこちらへは手を出そうとしてこない。
そういえば初めて会ったときは、ザムザのやつ不用意に俺に手を伸ばして、そのままギゼラとシロに殺されかけてたな……。
いやぁ、感慨深い。
「この弱そうなのがリーダーなのか?」
「なんかザムザを見てニヤニヤしてるぞ……?」
「あ、ああ。たまにニヤニヤしてるのがボナスだ」
「魔法使いか何かなのか?」
「違う」
「おいザムザ、なんでお前がリーダーじゃないんだ!」
「お前ら……、言っておくがギゼラだってボナスに従っているんだぞ」
「なにっ!?」
「あの悪辣が……」
「う、嘘だろ……?」
ザムザは鬼男たちと不毛なやり取りを繰り返すたびに、どんどん苦々しい顔になっていく。
ある意味新鮮な状況だな。
普段は末っ子のようなザムザだが、今はなんだか先輩感がある。
だがこのままいくと、鬼男たちより先にザムザのほうが暴れだしそうだな。
それに鬼男達はチラチラと俺の顔を見ながら堂々と失礼な論評をしている。
まったく……俺はそんな頼りなく見えるのだろうか。
向かい側でピリがだらしなく頬杖をついてニヤニヤしているのが腹立たしい。
こいつの部屋、地下室にしてやろうかな。
「もういいだろ! お前たちが来るべきなのはここじゃあない。隣の斡旋所で仕事を――いや、まて……お前達、そういえば八人組じゃなかったか?」
「ああ、一人はこの間モンスターと戦って死んだ」
「はぁ? え……モンスターと戦って死んだのか?」
「ああ、激戦だったな! 強いモンスターの群れに遭遇してな。なんだっけな……あくび……じゃない、あしくびならしとか言ってたか?」
「足首鳴らしって――おまえ、どうやったらあんな雑魚に……。武器は何を使ったんだ?」
「え? こん棒と……す、素手でだが……一匹は仕留めたんだぞ! なかなか良い金になった!」
「こいつら……いや、鬼はこんな感じだったか……」
「お前も鬼だろ……ザムザ」
ザムザが現実を受け止められないように両手で顔を覆ってしまった。
ぶつぶつ言っていて……なんか怖いな。
鬼男たちもザムザの思いがけない様子に動揺している。
しかし足首鳴らしって、この間クロとマリー、ザムザの三人が、片手間に倒してきたやつらか。
そういえば、ソルティス達も苦戦していたようなので、実際はザムザが言うような雑魚でもないのだろう。
どちらかというとおかしいのはこちら側に違いない。
それにしても鬼が八人もそろって死人が出るのはなぁ……よっぽど変な戦い方をしているのだろう。
そもそもこん棒以外、ろくな武器を持っていないようだ。
もちろん防具の類は何も身に着けていない。
このまま下手に傭兵仕事を引き受けたりすると、また誰か死ぬんじゃないだろうか。
「ぐぎゃうぎゃう!」
「おまたせ」
なんだか妙な雰囲気になってしまったところに、シロとクロがあらわれて、場の空気が一気に変わる。
切り分けた燻製肉に、暖めたパンとチーズ、コーヒーを大量に持っている。
それぞれの食材とコーヒーの香りが混ざり合い、なじみ深い素晴らしい香りがする。
ただ切って温めただけの、料理とも呼べない料理だが、素材が良いのでこれだけで抜群にうまい。
ミルのパンに、キダナケモの燻製肉、エリザベスのチーズだ。
まずくなる要素がない。
お手軽だけどガツンとうまいので、つい夜食としてよく食べてしまう禁断の味だ。
「おお! きたきた!」
「最高だ! クロ、シロ最高だ!」
「昼飯食ったのに又腹減ってきた!」
「たっぷりパンに乗せて食べてね」
「ぐぎゃうぎゃう!」
ピリたちは待ってましたと言わんばかりにはしゃいでいる。
一方で鬼男たちの様子はその真逆だ。
「ヒッ――」
「うっ……」
「でっ、でかい……」
「な、なんだあれ、なんだよあの……」
わかってはいたが、鬼男たちの動揺――というか明確に怯えているな。
なぜかザムザまで焦っている。
しかし意外なことに、クロもシロも特に鬼男たちを気にする様子はない。
ただ一瞥しただけで、あとは視界にすら入れていない。
文字通り眼中にないのか、あるいはザムザを信用して対応を任せているのか……。
今は二人手分けして食事を提供することに集中している。
パンに燻製肉を山盛り乗せ、たっぷりのチーズをどろりとかけ、コーヒーとともに手渡している。
二人はひとりひとりに対し丁寧に声をかけ、肩を叩いたり、クロに至っては頭を撫でたりしている。
ピリはじめ傭兵団の連中は照れくさそうに顔を赤らめ、表情は緩み切って――まぁ、見れたもんじゃない顔だ。
実際変に種族を意識しなければ、クロは抜群に可愛いし、シロは見惚れるほど綺麗だからな。
感謝の気持ちは十分に伝わっているようでよかった。
一方の鬼男たちは、笑顔のシロを見て震えあがっているようだ。
俺にはまったく理解できないが、ザムザも当初はシロのことを異様に怖がっていたし、そんなものなのだろうか。
身体的に優れる鬼だからこそ、その中でも圧倒的な体格のシロにはより過剰に反応してしまうのかもしれない。
それにしても男鬼たちの雰囲気が絶望的すぎる。
ザムザも再び顔を覆ったまま復活してこない。
鬼男……なんだかもったいない連中だな。
さっきの話もそうだ。
そこそこの装備と技術さえあれば何とでもなっただろうに。
血沸き肉躍るような戦いができれば死んでも本望なのだろうか。
単に若くて視野が狭いだけな気がする。
うまく導いてくれるような大人の鬼男がいないのだろうか。
せっかく身体に恵まれているのに、まったく無駄にしているようにしか思えない。
ザムザくらい理性的な性格であれば世界を支配できそうな種族なのにな。
「ちなみにそこにいるシロも俺達の仲間で、何度も言うように、ボナスがそのリーダーだぞ」
「うそ……だろ……?」
「そ、そんな馬鹿な……」
「とりあえず――俺がリーダーというのが納得いかないのはよくわかった。まぁ……今はそんなこと、どうでも良いじゃないか。それよりお前達、せっかくだし、ちょっとこっちで話そうじゃないか。俺は鬼とは何かと相性がいい方なんだ」
「な、なんだよおまえ……」
「おい! いいか、ボナスに舐めた口聞いたら殺すからな?」
「べ、別になめてないだろうが! そんな怖い顔でこっち見てくるな、ザムザ!」
「あ~ピリ、すまんがちょっとそっちで食事を楽しんでてくれ」
「どうぞごゆっくり。クロとシロの顔見て食う飯のほうがはるかに美味いからな、まったく気にしなくていいぞ~」
俺も燻製肉とチーズのたっぷり乗ったパンを食いたい……が、せっかくピリたちが幸せそうなのに邪魔しても悪い。
鬼男たちに声をかけ、ザムザを連れて横のテーブルへ移動する。
シロの存在に少し萎れた鬼男たちも、大人しくついてきた。
何かぶつぶつと言っているが、ザムザに睨まれると大人しくなる。
前回よほど激しくしつけられたようだ。
戦闘好きではあるようだが、一度はっきりした上下関係には素直に従うようだ。
「そうだ、お前達昼飯食ったか?」
「昼? いや……、昨日からなにも食ってないぞ」
「そうか。シロ、悪いけどこいつらの分も持ってきてもらえる?」
「うん、いいよ、ボナス」
「お、おぉ……」
「凄い」
「本当に……お前がリーダーなのか」
「だからそう言ってるだろう……」
ザムザがどれだけ言っても納得しなかった癖に、シロの一声であっさりと受け入れたな……。
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