第204話 挨拶③
メラニーの話を要約すると、どうやらこの露店裏側、その一角を丸々買い取る話らしい。
建物としては全部で六棟。
所有者は同じ人物らしい。
大きいものもあれば小さいものもあり、まだ営業中の店舗や住人もいるようだが、一体的に買い取るならば喜んで売ってくれるとのこと。
思った以上に規模の大きな話になってしまった。
とは言え立地を考えると利点があまりに大きい。
うまく改装すれば、このままこの場所で店を開けてしまう。
ベースが日干し煉瓦のようなので、構造的にはかなり頼りないものを感じるが、所詮二階建てなのでうまく補強すれば開口部も設けることはできそうだ。
地震も無さそうなので、大掛かりな構造は必要ないだろう。
愛着のあるこの場所を離れずに商売が出来るのは魅力的だ。
「――でも、お高いんでしょう?」
「割安ではあるんだけど……それでもまぁ――これくらいはするかな」
「おぉっ……いやぁ……メラニー、さすがにこの価格じゃ手が出ないよ」
「この辺の物件は高いからねぇ……」
「それくらいなら、私が半分出しましょうか?」
「この裏なら今の常連も通いやすい。良い条件じゃないか。俺もどうせそこで働くのだ、いくらか出そう」
メラニーから提示された金額は、ボナス商会の総資産を超えるものだった。
今のボナス商会であれば用意できない金でもないだろうが、そこまで無理して買うべきなのだろうか。
マリーやハジムラドは特に驚いた様子はない。
それどころか、当たり前のように融資してくれようとする。
このあたりの物件であれば、メラニーの言う通り、妥当か割安なのだろう。
それにしても、やはりサヴォイアで傭兵をやっていると儲かるのだろうか。
いや、さすがにこの二人は例外か……。
「でもなぁ……、流石にそこまで頼るのは――」
「いえ、結構です! 婚約者である私が全額だしましょう!」
「お、おぉ……そういやラウラって、個人的なお金持ってるの?」
「もちろんありますよ! 持参金をそのまま持って帰ってきましたからね……こ、これくらい軽く買えますよ!」
「そ、そうか」
立地は大変魅力的だが、さすがに手に余るような気もする。
そう思い断ろうとしたところ、有無を言わさぬ勢いで、ラウラが割り込んできた。
鼻息も荒く片手でコハクの編みぐるみをぎゅっと握りしめ、もう一方の手で背後の壁をペチペチと叩いている。
精神的に不安定になるとコハクに抱き着く癖が出ているのだろうか。
持ち主であるビビが少し心配そうだ。
興奮するラウラの手から小さなコハクをそっと回収し、ビビへと手渡すとあからさまにほっとした顔をしている。
「資金的にはラウラを頼むとしても、そもそも規模的にちょっと大きすぎないかな?」
「それは課題があるけど、長期的に見たら私はそれくらい広くても全く問題ないと思うよ」
「人手不足が心配だなぁ」
「ボナス……あんたが私の隣で露店始めてまだ二年も経ってないんだよ? その間どんだけ仲間を増やした? 私の予想じゃ、まだまだ馬鹿みたいに増えていくね!」
「そうかなぁ……まぁいいか。この場所を延長する調子で、少しづつ手を付けていけばいいだけか」
仲間達の顔を見回してみるが、だれも反対意見はなさそうだ。
なぜかモモまでうんうんと頷いている。
「それにしても建築が厄介だな。アジトにヴァインツ村、さらにこのデカい一区画だろ?」
「そうなんだよな、ガスト。まぁアジトはビビとガストのおかげで予定よりだいぶ捗ったけどね」
「俺達もアジトがひと段落したら手伝うぜ!」
「ほんと助かるよ。見ただけで水平垂直出してもらえるから、作業効率段違いなんだよなぁ。いくらかかってもいいから二人にいい日よけ服作ってやってな、ロミナ、メラニ」
「任せてください!」
「蜘蛛さんたちとも相談しなくっちゃ!」
実際ビビとガストのおかげでアジトの改築が段違いに早くできるようになった。
穴を掘ることに優れるのは当然としても、普通に建築するうえでも洞穴族の空間認識能力は反則だ。
二人の目分量は空間にグリッド線でも見えてそうなほど精度が高い。
計測や微調整のプロセスを大幅に省けるのでスケジュールをかなり短縮できる。
特にガストはもともと皮革工場を取り仕切っていたので、判断も早く、声もよく通る。
現場監督に向いてそうだ。
見た目は可愛すぎるが、中身があれなので、職人ともすぐ馴染みそうだ。
「そういやメラニー、物件って買ったとしてもすぐ使えるわけじゃないよね?」
「金額次第だけど、円満に済ませるなら大体三ヶ月かなぁ? このすぐ裏は空き家だからそんなかからないけどね」
「三ヶ月か……どう思うザムザ?」
「そうだな……三ヶ月あればヴァインツ村の方の土台は完成しそうだから、ある程度サヴォイアのほうへも参加できると思うが――それでもやっぱり人手は足りないよ、ボナス」
「そうかぁ……そりゃそうだよな。ところで、本格的に貴族たちが集まってくるのは、結局いつごろになるんだろう?」
「私が昔所属していた国軍であれば、装備を整え王都を出るのに二~三ヶ月と言ったところでしょうか。そこから拠点構築して――開戦はおおよそ……半年後でしょうかね、マリーさん」
「そうね……それくらいでしょうね。地方領地から派遣されてくる貴族たちはもう少し早く集まってくるでしょうけどね」
「カイとマリーが言うのなら間違いないか」
半年か……ヴァインツ村の方はなんとか間に合いそうだ。
ラウラ酒を作り始めるところまでは無理だろうが、少なくとも保養所は完成しているはず。
サヴォイアの方はどうだろう。
更地から建築するわけではないが、実際に物件を見せてもらうまで何とも言えないな。
ただ少なくとも拠点をすべて整備し終えるには半年では足りないだろう。
ひとまずカフェだけなら二ヶ月もあれば改装できるか。
う~ん、それよりそんな広い区画買って使い切れるのだろうか。
ギゼラとオスカーの工房、メラニーの店だってそこまで大きな場所が必要なわけじゃない。
新しい荷車が駐車できる場所と倉庫、あとは皆が寝泊まりできるような場所を用意したとしてもかなり場所を余らせてしまいそうだ。
「ロミナとメアリも何か使う?」
「ぜひ使いたいです!」
「本店にしましょう! 住み込みでもいいですか?」
「住み込みって……トマス泣いちゃうんじゃないか?」
「わかってませんね、ボナスさん。私、お洋服は大好きですけど、これ以上あの店に引きこもっていてはダメなんです」
「え、えぇ……何か独自にやってみたいことでも?」
「お父さんのお店じゃ出会いがないんですよ!」
「おぉ……そっちか」
仕立て屋の娘たちも乗り気なようだ。
特に次女のメアリの食いつきがすごい。
キリっとした表情で、妙に生々しいことを言いだした。
たしかにトマスの店には比較的裕福な年配客は多いものの、若い男性客を見たことがないからなぁ。
「メアリ、出会いだなんて不純ですよ。ボナスさんも困って――」
「お姉ちゃん! 二日ほど前にカイさんと二人でお出かけしていましたよね?」
「え? あっ、えっ、あれは……あのぉ……」
「お、遅い時間の買い出しだったから、危ないかと思ってね。ただ自宅まで送り届けただけだよ」
「チッ――ほらボナスさん、わかりましたか? こういうことなんです」
ロミナとカイは一瞬視線を交わし、お互い照れくさそうな顔をしている。
なるほど……そういうことか。
姉とは対照的にメアリの目が死んでいる。
確かにカイは領主の護衛であり、位階は低いとはいえ貴族でもある。
付き合う相手としてはかなりの優良物件に違いない。
実際うちの露店は客筋が良い。
それなりにいい出会いも期待できるのだろうな……。
「ボナスさん、私は別に出会いだけを期待しているわけじゃありませんよ? 実際このお店のお客さんから、よくお仕事を頼まれるんですよ。であれば同じ建物内にあったほうが便利じゃないですか」
「それもそうか……けど、これ以上仕事が増えて人手は足りるのか?」
「うっ……な、なんとかします!」
「まぁ、まだ建物の整理さえできていないし、半年以上先の話だからゆっくり考えてくれればいいよ」
結局何をするにも人材不足のようだ。
かといって俺の場合は秘密も多いし、だれでもいいわけじゃない。
一時的なものであれば傭兵を雇うのもありだが、正直これまでの経験上、名前の売れた傭兵以外はあまり信用できない。
難しいところだな……。
「とりあえず細かい契約条件なんかはメラニーの方でまとめておいてもらえる? それとも一度直接挨拶しておいた方が良いかな?」
「細かい条件なんかは私が母さんと進めておくよ。明後日また会う約束しているから、その時挨拶がてらボナス達も物件見せてもらう?」
「ああ、ぜひ頼むよ。中の状況を確認しておきたい」
それからもしばらくの間、ボナス商会の本店をどういったものにすべきか、皆で意見を出し合う。
具体的で詳細な要求は固まってきているのだが、やはり想定外の大きさに戸惑うことが多い。
常駐できる人材が仕立て屋の娘たちくらいないのも不安要素だ。
いろいろな意味でボナス商会も有名になった。
街の人間でうちの店を襲うようなやつはそういないだろうが、外からやってくる連中だっている。
今後は特に注意が必要だろう。
特に夜間が心配だ。
できれば多少なりとも戦力として期待できるような人員も店に欲しい。
これから会うことだし、ピリに相談してみようかな。
防犯を考えるのであればマーセラスも頼りになりそうだが、あいつら柄が悪いことこの上ないからなぁ……。




