第203話 挨拶②
「ところで――なんでぴんくは服着てるの?」
「なんでなんだろうな……」
ビビとガストの紹介もひと段落したところで、メラニーがそう尋ねた。
編みぐるみ人形のように着膨れたぴんくが、俺のチョコレートを咥えたままテーブルの上をのしのしと歩き回っているのが気になったのだろう。
最近蜘蛛達はいつも毛玉持ち歩いていて、暇になるとイトと一緒にぴんくに服着せて遊ぶのだ。
どうも編み物が趣味になったらしい。
今日もサヴォイアへ来る道中、エリザベスの背中でぴんくは小さなエリマキトカゲに仕上げられていたりする。
蜘蛛達はどこから着想を得ているのだろうか……。
本人は満更でもないようで、気に入ったものはそのまま一日中着ていたりする。
今回の衣装も悪くなかったようだ。
「うちの蜘蛛たちがちょっとね……」
「あんたのところは……相変わらずよくわからないことなってるね。でも、あんな人形があれば私も欲しいかも」
「それは素敵ですね! 私も欲しいです!」
「いいわね! 今すぐ作るべきよ!」
「ま、まぁまぁ、ラウラもマリーも落ち着いて。たぶん作れなくもなさそうだけど……どうなのイト?」
ポケットの中のイトは、細いガラス細工のような触腕で小さく丸を作っている。
あんな風にぴんくの体に沿わせてつくるほうが実際難しそうだもんな。
編みぐるみならむしろ簡単に作れるか。
「できるみたいだから、またアジトに帰ってから作ってもらえばいいんじゃないか。メラニーにも今度作ってきてあげるよ。まぁ蜘蛛達の気分次第だけど」
「本当かい!? それじゃクロかぴんくの姿のが良いなぁ~」
「僕のこれ」
「俺のはこれ」
「えっ!?」
それまで黙って聞いていたビビとガストが、どこからともなくこぶし大の編みぐるみを取り出した。
ガストのものはエリザベスで、ビビのは黒い猫……いやあれはコハクか。
それぞれ、本人たちの毛を使ったもののようだ。
毛質がそのまますぎる。
エリザベスはともかく、コハクの短い毛をよく撚れたな……。
なぜか二つの編みぐるみの真ん中にぴんくが自慢げに陣取っている。
「かっ、かっわいい~!」
「んなっ! エリザベス良いわね……でもコハクも捨てがたい……」
「あっ! これコハクの匂いがしますね!」
「ラウラ様、私にも嗅がせてください!」
「作ってくれたんだ~」
「いいだろ!」
「いつのまにかこんなものまで作ってたのか……」
ビビの方を見ると、ローブがもぞもぞと動いている。
みんなが編みぐるみに沸き立つのを、蜘蛛達はローブの影から覗き見ているようだ。
珍しく袖口から体がはみ出ている。
自分たちの作品が評判になってうれしいのかもしれない。
「マリーがあんな顔をするとは……珍しいものを見たな」
「ありがとう、ハジムラド」
「ん~うまいな!」
メラニーやマリー、ラウラやモモまでが奪い合うように編みぐるみで盛り上がっているところに、ハジムラドが戻ってきた。
両手に持ったカップを洞穴族の二人の前へ置く。
ハジムラドは先ほどから何度も往復しながらコーヒーを淹れてくれていたのだが、これで全員分揃った。
俺達のものとは違い、二人には濃くドリップしたものに、ミルクをたっぷり入れたようだ。
ビビとガストの二人は白い髭を作りながらさっそく楽しんでいる。
「そういえばボナス、ソルティス様が何度も露店を訪ねてきているぞ」
「ああ~! そういや店を紹介したんだった。けど……、そんな何度も店に?」
「チョコレートもコーヒーも随分気に入られたようでな……実地調査に出ている日以外は毎日来ているようだ」
「そ、そうか……まずかったかな?」
「いや、節度を持って大人しく楽しまれている――が、さすがに店に大貴族、しかも領地持ちがいるのはな……心臓に悪い」
「まぁそれもそうか」
「しかもそのたびにペンダル領へ来ないかと勧誘されてな……気まずい」
あの領主はそこかしこで優秀そうなやつを見つけては勧誘して歩いているようだ。
確かに出稼ぎがてら領主自らスカウトできるのは効率的かもしれない。
「ペンダル領に行く位ならうちに戻ってきてくださいよ、ハジムラド」
「おっ、カイ久しぶり!」
「今更ペンダル領へなど……さすがに領主様に顔向けできんよ。なにより俺は今の暮らしが気に入ってる」
「でしょうねぇ……あっ、ザムザ! たまには兵舎にも遊びに来てくださいよ」
「うん? ああ、そうだな……最近目が回りそうなほど忙しくて――」
領主の護衛兵長、カイがコーヒー片手に姿を現した。
モモと同じように俺達の話を聞きつけてきたのだろうか。
ザムザの姿を見つけるとさっそく嬉しそうに声をかけている。
カイはよほどザムザのことが気に入っているようだ。
ザムザも横に詰めてカイに椅子を進めている。
「だがボナス、ソルティス様が俺に声をかけたのは、どちらかというとペンダル領の人材不足についての愚痴みたいなもので、本当はただお前に会うため来ていたように見えたぞ」
「そうか……」
「ボナス商会の皆様、ご無沙汰してます!」
「こんにちは! 店に出るのは午後からの予定でしたけど、ボナスさんたちが街に来たって聞いたので様子を見に来ましたよ!」
「ロミナ、メアリ、こんにちは。いやぁ~……どんどん人が増えてくるなぁ」
仕立て屋の娘達もどこからか俺達の話を聞きつけて露店に顔を出してくれたようだ。
クロやシロ、マリーなどとも挨拶を交わしている。
マリーなどは早速新しい注文をしているようだ。
「あら? そちらのお二人は……?」
「ああ、そうだった……ビビとガスト。二人は洞穴族で陽の光が苦手でこんな格好してるんだけど、もう少し日中過ごしやすいような服を考えてくれないかな?」
「洞穴族だったんですね!」
「まぁ、可愛い! 二人ともお人形さんみたい!」
「こんにちは。僕はビビだよ」
「俺はガスト、よろしく!」
「今着てるお洋服も良く出来ているじゃないですか~。ふむふむ……これはクロさんの仕事ですね、流石です」
「うん、このローブも気に入ってるんだ」
「たしかによくお似合いで――ひいいいっ!」
「大丈夫、ロミナ?」
「あああっ、シロさん……いい匂い――ってそうじゃなくて! いまビビさんの服の中にむ、虫……いましたよ?」
ロミナが一瞬固まった後、力が抜けるような悲鳴を上げ、そのまま倒れそうになったところをシロに支えられる。
どうやらビビのローブを確認しようと前立ての部分をぺろりとめくったところで、蜘蛛たちがこんにちはしてしまったようだ。
「む、虫は無理です……」
「おっきい……脚いっぱい……」
ロミナだけでなく、メアリも見てしまったようだ。
くしゃみを途中で止めたような顔をして固まっている。
俺も最近ではすっかり見慣れてしまったので、見つかっちゃった――みたいな雰囲気の蜘蛛達も、愛嬌あるなぁくらいにしか思わなくなったが、たしかに初めて見る人にとってはなかなか恐ろしい絵面なのだろう。
「ああ……で、でもさ! こいつら優秀で――ほら、こんなの作れたりするんだよ!」
なんとかフォローしようと、普段よりふかふかしてる着ぐるみぴんくをむんずと掴んで二人の前に差し出す。
ぴんくは両手を広げて二人に向け雄々しいポーズをとっている。
可愛くはあるのだが、相変わらずこいつが何を目指しているのかは分からない。
反応に困る。
だが彼女達の興味は引いたようだ。
「か、可愛いですね……、でも、そんな虫が優秀って――え?」
「ぴんくさん? あれ? これ一体的に編まれて……うんん~?」
「これはエリザベスさんの毛ですよね……これ、どうやって着せたんですか?」
あっという間に俺の手からぴんくはひったくられていき、彼女達の手のひらの上でくるくると回し見られている。
二人とも真剣な顔でぼそぼそと謎の専門用語を交えながら話し合っている。
なんか怖い。
「ロミナ、メアリ……ぴんくそんなクルクルしたら吐いちゃうから」
「あっ、す、すいません!」
「つい……でも、これをあの蜘蛛達が?」
「ああ、エリザベスの毛玉から数分でその状態に」
ぐんにゃりしたぴんくをポケットにしまいながら説明すると二人の眼光がより鋭くなる。
普段はふわふわしてるくせに、二人とも真剣な表情になるととたんにトマスに顔が似てきて顔が怖いな。
「ええっ! 毛糸を作るところからですか!?」
「数分!?」
「ありえない……そんなこと……どうやって? ちょっとその作業見せてもらえませんか!」
「なんなら私にやってくれても!」
「虫は無理なんじゃなかったのか……まぁいいけど。ビビとガスト、悪いけど彼女達に付き合ってやって」
「う、うん、いいよ。でも僕のローブに頭突っ込まないで……」
「俺も人のことは言えないけど、職人てやつは……まったく、やれやれだなぁ」
ついさっき蜘蛛の姿に失神しかかったロミナが、ビビのローブに頭を突っ込みそうな勢いで蜘蛛達をのぞき込んでいる。
蜘蛛達が若干怖がってるじゃないか……。
「さっきの可愛いのは、その蜘蛛ってのが作ったんだね。相変わらずボナス商会は意味が分からないねぇ……さて、仕立て屋の娘達はしばらく使い物にならないだろうし、こっちも本題に入ろうか」
「ああ、悪いねメラニー、話がとっ散らかっちゃって」
本題に入る前にずいぶん時間がかかってしまった。
マリーとラウラ、モモはコハクの人形にまだ夢中なようだ。
なにやら人形劇的なことをはじめている。
シロが嬉しそうにそのやりとりを見ている。
何やってるんだこいつら……。
ザムザはカイにヴァインツ村の話をしているのだろう。
カイは特に村人とどう協力して事業を進めるかという話に関心が強いようで、驚くほど真剣に話を聞いている。
クロは相変わらず露店のロックスターだ。
「あんたたちと話したがってる連中はこの街じゃたくさんいるからね~、仕方ないさ」
「ありがたい話ではあるんだけどな。それで、良い物件が見つかったみたいだけど」
「そうそう! 実はこれなんだけどさ――」
メラニーはそう言うと、親指ですぐ背後にある壁を指差した。




