第202話 挨拶①
相変わらずサヴォイアは暑く埃っぽい。
頻繁に通っているとあまり意識しないのだが、数日アジトでのんびりしているとそう感じる。
新しい荷車の後ろについて歩いているせいもあるだろう。
周囲の砂埃を巻き上げながらもよどみなく回る車輪も、ほぼ揺れることのない安定した荷台も快調そのものだ。
満載の荷台に器用に腰かけたクロがこちらを笑顔で眺めながら手を振ってくる。
今日はボナス商会総出でサヴォイアへ行くことになったので、クロから見ると仲間たち揃って歩いている様子がよく見えるのだろう。
ギゼラやオスカーは延々と自分たちが作った荷車を観察している。
アジトからサヴォイアの移動中からずっとそうだ。
確かに気持ちはよくわかる。
まだ試験段階ではあるが、期待以上の完成度のものができた。
見た目も重厚感があって、その辺のロバが引いているようなものよりもずっと格好いい。
良いものができると、余計に手を加えたくなってしまうものだ。
アジトとサヴォイアの間のかなり荒れた道も問題なくこなせた。
それなりの速さでエリザベスに引いてもらったが、多少の岩に乗り上げても特に跳ねるようなこともなく、安定した挙動を見せていた。
なにより街に入る際、そのまま荷車を引いていけるのが楽で良い。
これまでのように手分けして背負う必要がない。
荷車自体はなかなかの重量になってしまったが、軸受けの作りが良いので、大人二人いれば普通に運べる。
特に頼んだわけでは無いのだが、今もビビとガストが二人並んでガラガラと楽しそうに荷車を引いている。
荷物を満載にした大きな荷車を軽々と引いていく小さな二人の姿に、東門の衛兵たちなどは目を剥いて驚いていたが、荷台に描かれたトカゲの紋章を見ると、妙に納得したような顔で道を開けてくれた。
ここの衛兵達もずいぶん慣れたもので、俺やラウラがいなくても、今ではボナス商会の人間と分かれば、挨拶だけでそのまま通してくれる。
ちなみに衛兵達とは特別話したこともないはずだが、なぜかクロとだけはハイタッチをしたりと仲が良い。
「それじゃ、ここからはそれぞれ別行動かな」
「あたしは買い出し行ってくるよ」
「わたしも~」
「俺もだが……いつ合流する、ボナス?」
「ミルとギゼラ、オスカーは一緒に移動する感じだよな?」
「そうだね、今回は荷物もかさばるから、三人一緒の方が都合良いよ」
「ああ、荷車は予定通り借りていくぞ?」
「露店に持って行くお土産なんかは今のうちに降ろしておいてね~」
「ああ、わかった。ギゼラとオスカーがいれば壊れてもなんとかなるしな。街中での使い勝手も検証しておいてくれ」
「もちろんだ! う~ん、やっぱちょっと街中で引くには大きいか」
「これ、格好いいなぁ~! 今度いじるときは俺も混ぜてくれよ!」
「かっこいい!」
たぶん目立っているのは俺達の方だとは思うが、ビビとガストはこの重厚な荷車が気に入ったようだ。
特にガストは荷車の製作に関われなかったことを残念がっていた。
次は声をかけないと怒られそうだ。
「とりあえず今日の俺の目標は三つ。露店でメラニーと新店舗の打ち合わせ、昼食後にピリに礼を言いに行って、最後に洞穴族の店に挨拶へ行く。ということでオスカーはあまり遅くならないよう、早いうちに合流してくれよ」
「わかった! ひとまず用事が終わったら露店へ行けばいいか?」
「そうだな、時間帯によってはピリに会いに行ってるかもしれないけど、その場合も一度露店へ戻るようにするよ」
「ラフィの店に連れて行けばいいんだよな」
「頼むよ。今更だけど……本当に店開く前に押しかけて大丈夫かな? しかもこんな大人数で……」
「ああ、昔から時間関係なく職人仕事を頼みに行ったりしてたからな!」
「そうか……まぁ、なにか問題がありそうならまたの機会に行けばいいだけか」
「サヴォイアの洞穴族か~……どんな連中なんだろうな?」
「酒場やってるなんて珍しいね」
オスカーの能天気な顔を見ていると不安になってくる。
だが洞穴族の二人は大して心配していないようだし、考えすぎても仕方がないか……。
「おみやげ、全部下ろし終えたよ」
「今回はいつにもまして凄い量だな」
「ありがとうシロ、ザムザ。やっぱり荷車あるとついいろいろ持って行きたくなるよな」
「お父様たちへのお土産もいっぱいありますしね。あとで持っていかなくっちゃ……」
「今回、俺は本当に領主館へ顔を出さなくてもいいのかな、ラウラ?」
「大丈夫ですよ。必要があれば向こうから呼び出してくるでしょうし、私が顔を出して代わりにいろいろ報告しておきますから」
「ボナス、早く露店に行きましょう。人だかりが出来てるわ」
「ああ、マリー。それもそうだな」
ミシャールの市場は今日も盛況なようだ。
街の中でも慣れ親しんだこの市場の雰囲気が一番落ち着く。
「遅いよボナス! ずいぶん待ってたんだから――あっ、クロ~! 会いたかったよ~!」
「ぐぎゃぎゃう! め~らに~!」
「久しぶり、メラニー」
露店に着くと待ち構えていたようにメラニーが駆け寄ってきたが、途中でクロが視界に入ったのだろう、そちらの方へ軌道を変えてクロと喜びの抱擁を交わしている。
「それで……良い物件でも見つかった?」
「ん? ボナス……ああ、そうだった! ちょっと予定より大きい話になりそうだけど、悪くない話があるんだ!」
どうやら物件の話のようだ。
以前会ったときはだいぶ時間がかかりそうな雰囲気だったが、どうもいい話があったようだ。
これは長い話になりそうだし、先に洞穴族を皆に紹介しておいた方が良いな。
「メラニー、あとハジムラドも――先に紹介したい連中がいるんだ」
「うん? あれ……その後ろの二人、子供かい?」
「ふん……洞穴族か。また変わったのを拾ってきたな」
「ほ、洞穴族!?」
「ほら二人とも――うん? どうした?」
「うっ……」
「ボ、ボナス……」
先にビビとガストを紹介しようと声をかけたのが、なぜか二人ともモジモジしている。
まるで身を隠すように、俺の背後から左右の脇から顔だけだして……らしくないな。
「ええっと、洞穴族のビビとガストで俺の新しい仲間だ。俺が攫われていた間、二人にはとても良くしてもらったんだ。実際二人がいなければ命も危なかったし、精神的にもかなり救われた。それに一緒にいて本当に楽しいやつらだよ」
「ええっと……僕はビビ、昔は傭兵やってたけど、ボナスたちと一緒に生きることにしたんだ」
「お、俺はガストだ。元職人――いや、今の方が職人ぽいか? まぁなんだ、俺もビビと同じような感じだな」
珍しく二人は緊張しているようだ。
ビビのほうはすぐに気を取り直したようで、いつものようなぼんやりとした狸顔でなんとか自己紹介し始めた。
ただ、その小さな片手は俺の腕をぎゅっと掴んでいる。
これは無意識だな。
汗ばんだその手には驚くほどの力がこもっていて、めちゃくちゃ痛い。
このままだと肉が引きちぎれそうなので、そっとビビの手に触れると、自分でも驚いたようだ。
慌てて手を離し、びっくりした顔で俺を見上げてくる。
そういえば……二人が仲間以外とまともに喋っているのはサクの町以来かもしれない。
そういえば、はじめてビビと出会った時もひどくそっけない感じだったし、意外と人見知りするタイプなのかもしれない。
ボナス商会の仲間たちとはすぐに打ち解けていたので意外だな。
むしろ普通の人間が苦手なのかもしれない。
「ハジムラドだ。ビビ、ガスト、よろしく。俺も元傭兵だが、今はボナスの店でコーヒーを淹れている。洞穴族には傭兵時代よく世話になった。種族柄いろいろ大変だと思うが、サヴォイアは大丈夫だ。こんな辺境の地まで来て、洞穴族だからどうこういう連中は多くない。それに……ボナス商会の仲間である時点で、少なくとも町の半分は仲間につけたようなものだ」
「そ、そうなんだ、ありがとう。ええっと……ハジムラド」
「お前良い男だな~、ハジムラド! ありがとう、これからもよろしくな!」
「あ、あたしはメラニー。ボナスとは腐れ縁で一緒に店やらせてもらってるよ。よろしく、小さなお二人さん!」
「よろしく、メラニー」
「おう! メラニーもよろしくな!」
「今コーヒー淹れてやるから、ゆっくりしていってくれ」
「洞穴族は陽の光が苦手なんだろ? ほら、こっちの日陰においでよ」
相変わらず不機嫌そうな顔をしているハジムラドだが、自分から二人に歩み寄り、安心させるような言葉までかけている。
過去に何があったかは分からないが、洞穴族に対する印象は悪くないようだ。
一方のメラニーも最初は面食らっていたが、特に隔意がある風でも無さそうだ。すぐにテーブル席で一番日陰になる場所へ案内している。
壁際の席へテーブルを二つ並べ皆で腰掛ける。
クロだけは新調したエプロンを身に着け、露店に立つようだ。
それだけで客たちから歓声が上がっている。
クロは――両手を上げて歓声を煽ってるな。
どこのロックスターだよ……。
テーブルにはいつの間にかラウラの護衛役のモモも座っており、シロやマリーと談笑している。
東門から領主館へ連絡がいったのだろう。
三人のいるあたりだけ独特の雰囲気だな。
綺麗で危ないお姉さんゾーンだ。
「どうしたの、ボナス?」
「なに?」
「い、いやなんでもないよ、シロ、マリー。気にせずゆっくり話して……」
「ボナスさんご無沙汰しています」
「久しぶりモモさん」
「あ、そうだ、お土産! モモの好きなケーキも持ってきてるんですよ」
「まぁ! ラウラ様、それは楽しみです」
このままいつもの調子で喋っていると、洞穴族の二人を紹介し損ねそうだ。
それにビビとガストもいつもより小さく縮こまっている。
さっきまでは楽しそうに荷車引いてたのになぁ……。
「この露店に来る連中なんて半分以上顔見知りなんだから、そんな緊張しなくてもいいんじゃないか?」
「うん……。街によっては洞穴族って嫌われてたりもするから、僕もやっぱり最初は緊張するんだ」
「へ~そうなんだ」
「まぁ種族が違うとどうしてもなぁ……」
「見てみろよ。クロなんて小鬼だけどうちの店で一番の人気者だぞ」
「はははっ! たしかにボナス達と一緒に暮らしてるとそんなこと考えるのも馬鹿らしくなるよ」
普段は能天気に見える二人も、少数種族ゆえの苦労をそれなりに背負いながら暮らしてきたようだ。
一般的な鬼なども、その戦闘力以外についてはあまりいい評判は聞かないし、なかなか多種族との共生には難しいものがあるようだ。
「こんなに優秀な種族なのになぁ……」
「むしろ優秀だからだろう。鬼や貴族と違い、陽の光という明確な弱点があり、見た目も小さい。この種族であれば自分たちが支配できる、あるいは自分たちの管理下で庇護すべきでは――などと馬鹿なことを考えるのが人間というものだ」
「俺にはあまりよく分からないが……、洞穴族についても詳しそうだな、ハジムラド」
「長く傭兵をやっていると、いろいろな連中に出くわすからな。まぁ……ボナスは今のまま――適当なのが良い」
「う、う~ん。俺、褒められてるようで馬鹿にされてない?」
「僕はボナスと一緒にいるの好きだよ」
「ああ、いい尻してるしな!」
「そ、そうか……」
「実は貴族にとっても、一般的に洞穴族の扱いは難しいんですよ。やはり優秀なので、昔からその力を有効活用しようとした貴族も多くいたそうですが――うまくいったためしがないようですよ」
「そうなんだ。ラウラたち魔法使いと相性悪いのかな?」
「いえ、むしろ相性は良い方ですよ。ですが、不思議と上手くいかないようです。別に洞穴族が反抗的とかそう言うわけでは無いのですが、洞穴族に何かやらせようとすると、必ず最後には予想外の結果になるようで……。それに一度本気で怒らせると死兵となって立ち向かってきますからね。なので今では、貴族側から洞穴族へ積極的に接触を図るようなことはまずありませんね」
「へ~、そうなんだ」
「洞穴族やっかいだな!」
「いや、お前たちのことだからな……」
ビビはなぜか洞穴族についての説明を感心して聞いているし、ガストは既に話に飽きてきたのか、大げさにリアクションを取りながら俺の尻を撫でてくる。
確かにこいつらを官僚的なやり方で使おうとしても無理だろうなぁ……。
そう言う意味ではサイードはやはり優秀な男だったのかもしれない。
あいつはなんだかんだ言って、洞穴族と上手くやっていっていた。
勘のいい男だったし、普通は掴めないような洞穴族との程よい距離感というものを直観的に理解していたのかもしれない。
あるいはハジムラドの言うように、俺と同じ、ただ適当なだけかもしれないが……。
「よし、せっかくだし二人がボナス商会の新しい仲間だって、今いる店の常連たちに紹介して回るか」
「日差しは大丈夫なのかい? それにしても二人とも……よく見ると綺麗な顔してるねぇ!」
「ローブ被ってるから大丈夫だよ、メラニー」
「だろ! 俺、絶世の美女だよな!」
「う、う~ん……間違っちゃいないけど、どっちかって言うと美少女だね」
「今露店にはクロが立っているから、俺が客たちへ声をかけてこよう。ラウラ様もいるのだ、お前たちはここで待っていればいい」
「助かるよハジムラド」
それからしばらく、露店の常連客達が入れ代わり立ち代わり挨拶に来てくれた。
気が付くと俺達のテーブル周りはずいぶん賑やかなものとなっており、ビビとガストもすっかりいつもの調子を取り戻したようだ。




