第201話 荷車
ソルティスたちと出会ってから一週間。
アジトの改築を中心に、ヴァインツ村の建築計画とサヴォイアの新店舗についての打ち合わせを繰り返す生活が続いている。
ヴァインツ村に関しては、主要材料となる石と木材はある程度現地調達可能なのが救いだ。
それでも実際試算してみると、足りない資材や道具は思った以上に多い。
エリザベスと小蜘蛛たちは頼りになるが、さすがにそれだけではどうにもならないことも多い。
やはりなんにしても輸送が大変そうだ。
「――ということで、待望の改良型荷車だが……もう、これでいいんじゃないか?」
「だめだって、ボナス! まだ板バネも仮止めしてるだけだし、荒れた道だとこの軸受けだって壊れちゃうかもしれないでしょ~?」
「ギゼラの言う通りだぞ! 車輪の大きさも、もう数種類試してみなけりゃ、どれが一番いいかわからんだろ!」
「そ、そうか? 結構快調に動いてるようにも見えるけどな……なぁ、ラウラ?」
「今みたいな荒れた道だと、跳ねちゃってお尻は痛いですけど、壊れそうな感じはまったくしませんね。それに、ある程度荷物が載っていると揺れも抑えられそうですよ!」
今後の輸送を考えて、ここ三日ほどヴァインツ村で軽トラック程度の積載性を持つ荷車を作っているのだが……ギゼラとオスカーのこだわりがすごい。
すでに試作品もこれで三台目だ。
細かな部品に関しては相当量実験してきた。
やはり車輪がついているものは、人を熱くさせるのかもしれない。
放っておくと装飾にまで凝りだしそうだ。
ちなみに最近はこの二人に加え、ラウラも大体一緒にいる。
設計するうえで的確なアドバイスをくれるし、ものづくりに魔法があまりにも便利すぎる。
ある時は設計助手として、ある時は簡易炉として、そしてある時は積み荷として大活躍している。
こういった実際のものづくりにかかわる研究や実験は初めてなようで、ラウラ本人も楽しんでいるようだ。
「私の苦手な手を動かす部分を器用なギゼラやオスカーが担ってくれるので、本当にサクサク進みますね! こんな友達が学生時代にいたら、研究生活ももっとずっと楽しいものに――なんてつい考えちゃいますけど、どう考えても贅沢すぎますね。奇跡のような今の時間を楽しみましょう!」
「ラウラ、車輪を変えるからさっさと降りてくれ!」
「車軸をもう少し太いものに変えたいから、ここ熱くして!」
「は、はい~!」
コハクと並んで荷車に寝ころびながら、妙に感傷的なことを言うラウラだが、オスカーは荷車に夢中で何も聞いていない。
ギゼラも貴族令嬢をこき使い、すっかり便利なバーナー扱いしている。
とはいえ、これもあと数回繰り返せばかなり満足のいくものになるだろう。
ギゼラが板バネを実用化してくれたので、それなりに衝撃や振動も抑えられるようになった。
鉄の車軸と軸受けも剛強かつ簡単に組み付け解体ができるものになった。
スペアを用意しておけば、長距離輸送にも十分耐えられるだろう。
車輪は鉄と木の抱き合わせで作ったので少し重いが、耐久性は抜群だ。
なにより、新しいタイヤが反則的に優秀だ。
小蜘蛛たちの協力で、車輪外周にエリザベスの毛を分厚く編み込んでもらうことができたのだ。
摩擦に強く、クッション性も段違いだ。
サヴォイアで見かけるような荷車に比べれば、圧倒的に良いものができた。
「――よし、これでいいね! あぁ~それにしても、ラウラには感謝だね」
「ええ? 私はほとんど荷車で寝転がってるだけですよ、ギゼラ?」
「何いってんのさ~! ラウラが魔法で手伝ってくれるようになってから、普通じゃできないようなこともい~っぱい試せたし、できることの幅が増えて、それがも~おっもしろくってさぁ」
「そ、そうですか?」
「頭も良いからアドバイスも的確だしね」
「生木の乾燥もしてくれるしな!」
「え、えへへへっ」
「そうだ、荷車もできそうだし、そろそろアジトにエレベーター作んないとな……」
「えれべーたー?」
一つなにか出来上がったと思うと、また次に作らなくてはいけないものが別に出てくる。
アジトはクレーター状の地形であり、四方をぐるりと断崖絶壁に囲まれている。
どうしたって荷車を使うにはスロープかエレベーターが必要になるのだ。
「ああ、荷車を上げ下げする装置でしたっけ? 一部岸壁を削って作るんですよね。それはガストさんも交えて話を進めた方が良さそうですね」
「ああ、もちろんまたギゼラとオスカーも頼む!」
「面白そうだな! しっかし人生で一番忙しいぞ! アジトの改築もあるし……寝る間が惜しいな!」
「ほんとその通りだよ。毎日新しい発見があってさ、頭が溶けちゃいそう。黒狼のころからそうだったけど、ボナスと一緒にいると、いつのまにか予想の百倍ほどぶっ飛んだことになっちゃうよね~」
「んぬぅっ……ふたりとも、ほんと助かってるよ!」
ギゼラはそう言いながら顔を寄せ、俺のわき腹を突っついてくる。
かつては彼女との間にもワンクッション何かあったような気もしたが、今では肩を並べものづくりするこの空気が、当たり前のように心地良い。
「最終的にはあと数台、まったく同じ荷車を用意したいな」
「そうだね、部品共用にしておけば便利だし、まとめて作る分手間も大したことないかな」
「そうだな! 車台さえ共通でしっかりしたものを作っておけば、荷台はなんとでもなる。むしろ荷物によって簡単に変えられる方が良いだろうし」
「当初より重いものになっちゃったけど、ゆっくりとなら俺でも引けるくらいだし大丈夫かな?」
「雄のラクダであれば、荷物を満載にしても引けると思いますよ」
これなら何台かサラたちに預けておけば、上手く使ってくれるだろう。
アジトの周辺はキダナケモのリスクがあるので、どうしてもエリザベス頼みにはなるだろうが、ヴァインツとサヴォイア間の移動であれば、ラクダなどに引かせれば十分活用できるだろう。
「ぐぎゃうぎゃう!」
「おっ、どうしたクロ? ああ、もう昼ごはんか」
「時間経つの早すぎ~」
「まてまて! まだ組み立てが――」
「今日のお魚はなんでしょうね!」
「ほらオスカーさっさと車輪着けて、引いてくよ~!」
クロとラウラ、コハクを荷台へ乗せて、俺とギゼラ、オスカーの三人で荷車を引いてゆっくりと歩く。
人力で運ぶのはなかなか大変だが、やはり自分たちの手で引いてみると、少しでも変なところがあればすぐわかるのだ。
ちなみにヴァインツ村へはクロとミル、ザムザも一緒に来ている。
ザムザとミルには保養所の建築予定地で作業監督をしてもらっている。
一週間前にソルティスと出会ったあの場所だ。
小さな砂浜もあり、近くの岩場では魚も良く釣れる。
街道から村を守るような位置にあるし、距離もほどよい。
村長やサラ、他の村人たちとも相談して結局あの場所に決まったのだ。
サラから派遣された村の暇人たちとともに、今は測量や建築位置の確認、資材の段取り調達などに取り組んでいる。
もちろん俺も半分くらいは一緒に作業しているし、ギゼラとオスカーも一緒にいることがほとんどだ。
ただ実際、俺が口をはさむ必要はほとんどない。
二人だけで十分現場を取り仕切っている。
朝食時にしっかりとザムザとミルに図面の確認と作業打ち合わせをしておくと、後は放っておいてもしっかりと作業を進めてくれる。
ザムザはずっと俺と一緒にいて、そう言った作業をこなしてきたので理解できるが、ミルの段どりの良さには驚かされた。
リーダーシップもあるし、ドワーフの血がそうさせるのか、ものづくりの勘所も良い。
大体問題になりそうなことを先取りして、対応を聞いてくれるし、現場での融通も利く。
たまに周りからザムザとの仲をはやし立てられ大暴れしているらしいが、それさえも場を和ませるのに役に立っているようだ。
そしてクロは俺の護衛を兼ねつつも、その万能さを活かしてあらゆる仕事を手伝ってくれている。
相変わらず村中の人気者で、ほぼアイドルのような扱いを受けている。
「なぁボナス、昼から俺はアジトだったよな?」
「ああ、そうだぞ。今日はえーっと……オスカーはビビとガストの内装工事だな」
「作業自体はあと一日か二日で終わりそうなんだが、そろそろ木材が無くなる」
「そういえば、私もいろいろ買い出しに行かないと」
「そうか~……それじゃ、明日サヴォイアへみんなで行く?」
「私もいい加減お父様に顔を見せないと……」
「そう言えば……もう一週間以上家帰ってないでしょ? お土産いっぱい持って行きなよ。コハクの方が会いに行ってるんじゃない?」
「んなぁ~う~」
「そ、そうですね……」
「それと洞穴族の二人も落ち着い……てはないけど、アジトの環境にはだいぶ慣れただろうし、そろそろサヴォイアに連れて行こうかな」
「あはははっ、全然落ち着いてはいないね」
「二人とも毎日楽しそうですよね!」
ビビとガストはあれからも毎日取りつかれたように穴を掘り続けている。
もちろんその合間には腹がはち切れそうになるまで飯を食い、ふと気が向くと釣りをしたり、おもむろにニーチェと木琴を叩いてみたりと、毎日アジトの生活を楽しんでくれているようだ。
ビビとガストがアジトを駆け回る様子は、変わったおとぎ話でも見ているような気がして、こちらまで楽しくなってくる。
あらためて観察すると、二人ともこちらへ来た頃より少しふっくらとしてきた。
クロが毎日風呂に入れ手入れしているせいか髪の毛や肌も艶々で、人形のように愛らしく、美少女っぷりに磨きがかかている。
もちろんガストは相変わらず快調に下品だし、ビビなどはそもそも男の子だ。
さらにローブに大量の蜘蛛を忍ばせているので、見た目と中身の乖離はいっそう酷くなってる。
そんなビビとガストだが、ちょうど昨日自分たちの巣穴を切りの良いところまで掘り上げて、一旦俺達の改築のほうを手伝ってくれている。
今はオスカーが引き継いで内装を任されている。
ちなみに二人の巣穴は今のところわかりやすい構成をとっているが、穴掘りに目覚めた二人がこのまま終わることもないだろう。
今のところはコハクの像のある大きなエントランスホールから個室が複数接続されているだけだが、いずれはもっと複雑なものになっていく気がする。
すでに個室のうち一つは、ドーム状のかなり大きな部屋になっており、今後この空間からさらにクラスター状に部屋を拡張していくつもりのようだ。
ただ、今は蜘蛛達の住処になっており、それはそれでダンジョンっぽい。
ドーム状の天井一面に蜘蛛がもぞもぞ動き回る様子は、慣れるまではめちゃくちゃ怖かった。
ただ何度も見ていると意外と人間慣れるものだ。
見上げた時一斉に手を振ってくる蜘蛛達の姿に、最近では妙な愛嬌を感じるようにまでなってきた。
ちなみに採光や通風用に洞穴族一人がギリギリ通れるような穴も巧妙に角度をつけ設けられている。
おかげで、俺達が訪問しても、息苦しかったり、暗すぎて内部が見えないということもない。
ちなみに夜、アジトを散歩をしていると、蜘蛛達とは普通に出くわすようになった。
やはりこれまでは俺達から姿を隠して暮らしていたらしい。
今では積極的に挨拶してくれるが、たまに思わぬところから顔を出すので心臓に悪い。
大きな白蜘蛛とも、イトを間に挟むことでずいぶん打ち解けてきた。
気味悪さを感じていたのもお互い様であったようで、特に白蜘蛛的には生理的に人間の容姿が気持ち悪く感じていたらしい。
二本足で歩くなんて、蜘蛛的には異様で下劣な生き物に見えるようだ。
ショックだ。
そしてなんだか申し訳なくなる。
ただそんな白蜘蛛も、いまではアジト内で出会うと、普通に背中に乗せて目的地まで運んでくれる。
一切音を立てずに滑るように動くので、魔法の絨毯にでも乗っているような心地だ。
ちなみにシロやマリー、ラウラとも仲良くなったようで、今度エリザベスやコハクと一緒に外へ狩りに行くらしい。
う~ん、なにか恐ろしいものを解き放ってしまった気がする。
遠くから見学してみたい。
「なぁボナス。あの二人をサヴォイア連れて行くなら、ラフィの店にも顔出しておいた方が良いんじゃないか?」
「ラフィって……ああ、前紹介してくれたあの尻の大きな洞穴族の! そういえばそうしようと思ってたんだった。あれ、あの店ってラフィの店なのか?」
「いや知らん」
「そうか。まぁなんにしても同じ種族だし、ビビやガストを紹介しておくのは良いよな。しっかしやることが多いなぁ……メラニーやハジムラドとも打ち合わせしたいし」
「サヴォイアの洞穴族ですか? 私も領主の娘としてぜひ会っておきたいですね!」
「それじゃ明日みんなで寄ってみようか」
「私、大丈夫かなぁ~……洞穴族でしょ? やっぱり鬼って嫌われてそうじゃない?」
「ビビとガストの二人を肩車していけば大丈夫じゃないか?」
「ボナス商会の小鬼や鬼たちは礼儀正しく美しいって評判ですから、きっと大丈夫ですよ!」
「ぐぎゃうぎゃ~う!」
「ふ~ん、そっか……私の評判も随分変わったもんだねぇ」
実際はボナス商会に関する、強烈かつ物騒な二つ名もいろいろと聞こえてはくるのだが、それと同じくらい人気があるのも間違いない。
少なくとも露店に来る常連客のほとんどは俺達に好意的だ。
さらに領主とも明確なかかわりができた今は、どこへ顔を出すのも気後れすることはない。
「あ~……そういやピリにも会わないとなぁ」
「そうだ! あいつにこの荷車自慢しよう!」
「ああ、たしかにそれはいいアイデアだなオスカー。特に輸送についてはあいつにこそアドバイスを聞いておくべきだ。実験にもなるしちょうどいいか、サヴォイアまで荷物積んでいってみようか」
「え~……もうちょっといじりたかったんだけどなぁ~」
「いいじゃないですかギゼラ。こんな出来の良い荷車、領主館でも見たことありませんよ」
「ぎゃ~う、こ~は~く」
「ほら三人で乗ってると揺れもちょうどよくって、コハクなんてクロの膝に頭乗せて寝ちゃってますよ?」
「え? ほんとだ、仰向けに寝てる……あはははっ、へんなの~」
「まぁ先に壊れるまで使ってみて、問題点洗い出した方が効率良いかな」
「ですです」
「そうだね。サヴォイアの鍜治場も考えなきゃ……ん~、いろいろ楽しみだ~」




