第200話 ソルティス
クロが来ると場は混乱するが、その反面安心感も凄い。
いい意味で体の力が抜けて、普段通り自然に話せるようになる。
ミルなどはクロが来てから、自分の役割は終わったとばかりにいそいそと釣り支度を始めている。
ビビも、クロの背負っていた籠を蜘蛛達と一緒に物色している。
相変わらずミルは自由だが……ビビもだいぶ馴染んだようだ。
「サヴォイアには奇妙な鬼の変身体がいるとは聞いていたが……まさかそんな化物だったとはな」
「いや、今は海から上がったばかりでこんな有様ですが、普段はとっても可愛いんですよ? お洒落ですし」
「お洒落……その小鬼の目はもはや魔道具、それも国宝級の代物だぞ」
「目? 国宝? 特別綺麗な目だとは思いますが……」
ソルティスは兵士に助け起こされつつも、視線はずっとクロに向けられたままだ。
一方の兵長と呼ばれた男は、バタバタ暴れる伊勢海老の取り扱いに難航している。
周囲に視線で助けを求めているが、誰も目を合わさないようにしている。
「うっ、うぇええええっ……これはどうやって――」
「ぎゃうぎゃう、ぐぎゃう!」
「な、なるほど……ありがとう」
強面のくせに、どうもガシャガシャ動く足が苦手なようだ。
腰が引けて、顔のパーツがすべて八の字に歪んでいる。
見かねたクロが兵長に持ち方の指導をはじめたようだ。
兵長が救世主でも見るような目でクロを見ている。
「地方の一商会がどうやってシュトルムほどの大商会を潰したのかと思っていたが……なるほどな。暗殺に入られでもしたら俺も危ないだろう。サヴォイアの王弟閣下は相変わらず人が悪い……どうせ繋がっているのだろう?」
「え~……、繋がっているというか、最近ラウラの婚約者になりましたね」
「なにっ!? あ、あのラウラとぉ? おぉ……あの女と婚約か。いやまぁ、順当に考えればそうなるのか? それは……お前もいろいろ大変そうだな、ボナス」
どうやらソルティスはラウラのことを知っていたようだ。
なぜか同情するような雰囲気を感じる。
昔魔法でも撃ち込まれたのだろうか?
「ラウラはちょっと空気の読めないところもありますが、尊敬できる素晴らしい女性ですよ。可愛いですし」
「あ、あいつが可愛い? まぁ、ある意味尊敬はできるのかもしれんが、私はああいう天才は好かんよ……」
「お知り合いで?」
「王都の学校でな。あいつが首席で私が次席だ。あの女がどれほど非常識か、私以上に知る人間はそういないだろう」
思いがけずラウラの学友だった。
ただ、仲はあまり良くなさそうだな……。
その口ぶりからして、特別敵意があるという風でもないので、どちらかというと苦手なタイプという感じかな。
卒業してずいぶん経っているだろうし、今なら意外と話せたり……う~ん、どうかな。
「実は今日一緒に来ているので、ぜひ夕食でも一緒に――」
「い、いやだ! ……今日のところはやめておこう。いずれは会うことになるだろうし、また日を改めてな」
「そうですか? もうだいぶ遅いですが……今からサヴォイアへ?」
「ああ。今から出れば、なんとか日を跨がず戻れるだろう。それに夜の状況も今のうちに経験しておきたい。念のため最低限野営できるようにもしてきているしな」
いろいろとまじめに考えているな。
外部の貴族では一番乗りだろうし、段取りを重視する慎重なタイプのようだ。
どことなく苦労人の気配もするし、意外と気が合うかもしれないな。
「そういえば、俺達はサヴォイアのミシャール市場で軽食の露店も開いているので、良ければ遊びに来てくださいね」
「ミシャール市場か、覚えておこう。そうか……ラウラの婚約者ということは、卿も貴族ということか」
「一応そうらしいです」
「私は後方支援が主要な役割なので、サヴォイアやヴァインツ村などでの活動が主となるのだが、なかなか慣れない辺境の土地ということもあってな、正直戸惑うことが多い。卿には手を貸してもらえると助かる」
「俺もそれほど詳しいわけでは無いですが、できる範囲であればもちろん協力しますよ」
「それはありがたい。俺のような立場だと下手に借りも作れなくてな。意外と不自由なのだが……ラウラを婚約者にするような男ならそれほど気を張る必要もあるまい」
どういうことだろうか。
貴族同士の駆け引きとはあまり縁がなさそうに見えるのだろうか。
まぁ実際そうだけど。
「それに、卿が王弟閣下の影響下にあるのであれば、むしろ気を使わず接しやすい」
「そうなんですね。つい最近貴族になったばかりで、そのあたりさっぱりでして……」
「これから来る貴族にも実にいろいろな連中がいる。私の方で少し気を付けておいてやろう」
「それはどうも――」
「ぎゃあぎゃあぐぎゃあ!」
「うん? タコも? あ~……良ければタコもいります? 意外と美味しいですよ」
「ぐぎゃぁ~」
「タコとは――ああ、そいつかぁ……う~ん、食べられるのか? いやエビは高級食材で私も好物だが、そいつは……少々怖いな」
「ぐぎゃうぎゃう!」
「あっ、それじゃあカニは――」
伊勢海老の譲渡に成功したクロが、また籠を漁ってお土産を持たせようとしている。
兵長の反応が面白かったのだろうか。
最終的にそんなやり取りを二度三度繰り返し、クロは無事いくつかの魚介を押し付けることに成功したようだ。
兵長は持たされた魚介以上に死んだ魚のような目になっていた。
エビだけじゃなく、魚介類全般が苦手なのかもしれない。
結局最後はグダグダになってしまったが、初めての外部貴族とのやりとりはひとまず無事終了した。
ソルティス達は現れた時と同じように、綺麗な隊列を組んで帰っていった。
クロに随分かき乱されてはいたが、ソルティス含め足腰は強そうな連中だな。
サヴォイアからヴァインツ村日帰りコースはなかなかきつい。
見た感じ体力的には余裕を感じたので、普段からよほど歩きなれているようだ。
最初は不安だったが、意外と話もしやすかった。
あれなら機嫌が悪いときのマリーの方がよっぽど扱いづらい。
あまり戦闘など荒事には向いてないようだが、現地調査などには最適な人材たちだな。
それにしても蜘蛛達は隠れるのが上手いな。
こちらからは完全に見える位置で賑やかに動き回っているのに、ソルティス達にはまったくバレていなかった。
俺だって何年もアジトで暮らしていたはずだが、つい最近までこいつらの存在に気が付かなかったもんな……。
「あれ? どこかの騎士団が来たって聞いたけど、全部クロが食べちゃいました?」
「ぐぎゃぎゃうぎゃう! ら~う~ら~!」
「じょ、冗談ですよ、クロ……って、お風呂に入ったばかりだから、タコはやめて~!」
「向こうにまだ姿が見えてるよ、ラウラ」
「ちょうどサヴォイアへ帰っていったところだよ。ソルティス・ペンタルって名乗ってたね」
「あら、ペンタル領主ですか。今回も領主自ら出稼ぎかしら?」
「ガストもお疲れ様」
「呼びに行くほどでもなかったかな?」
「いやいや、実際何があるか分からなかったから、助かったよ。ありがとうな、ガスト」
「そ、そっか」
ちょうどソルティスたちと入れ替わるようにラウラとシロが現れた。
蒸し風呂は十分楽しめたようだ。
なんとなく二人とも頬が赤く、全身がホカホカしている。
ガストはシロに肩車されてちょっと楽しそうだ。
「まぁ、クロとぴんくがいる限りボナスに何かある事なんてほぼ無いでしょうけど……、特に揉めることなく話せましたか?」
「ああ、思ったより普通の人だったよ。ラウラと同じ学校だったんでしょ?」
「えっ、ソルティス様がですか? う~ん……いたような、いなかったような……?」
「なるほど、ソルティスが苦手そうにしていたのも何となく察せられるな」
「え、えぇ……。で、でもペンタル領についてはそれなりに詳しいですよ~! ちなみに王国で一番大きい領地と言われてますが、実はサヴォイアの方が本当は大きいんです!」
「そうなんだ。まぁサヴォイアは地獄の鍋があるから正確な測量もできないだろうしな……」
「あそこの領主は貴族家の中でも優秀な方が多いですね。位階も三位ですし。気苦労が絶えない領地なので子供のころからかなり厳しく教育を受けるようですよ。歴代の領主も魔法の実力は最上位クラスですね。王都の学校でも歴代の主席にはペンダル家のものが多いんです」
「なるほど……それを邪魔したのがラウラというわけか」
「え? あ、いえ、別になろうとおもってなったわけでは……って私首席でしたっけ?」
やはりラウラとソルティスを同席させなくてよかったのかもしれない。
しかし思ったよりすごい奴だったな。
確かに話し方もプライドが高いというより、単に実力に裏打ちされた自信がありそうな雰囲気だった。
相手がクロということで混乱したようだが、ソルティス自身の戦闘力はかなり高いのかもしれない。
思えば兵士たちの動きも、ソルティスさえ守り切れば勝ち、みたいな動き方だった気もする。
「けど、領地広いのに大変なの?」
「本当にただ広いだけですからね。延々と平野が広がっているので農業や畜産、一部林業などを頑張っていますが、どの分野もあまり質の高いものは作れないようです。おまけに隣接する大森林からは定期的にモンスターが襲来するので、その対策などにも非常に多くの予算が必要なようですよ。なので大体お金には困っていて、戦争の手伝いなど稼げそうな話があると領主自ら出稼ぎに行きますね」
「そういや自分でも貧乏だって言ってたな」
「貧乏と言っても王国を底支えしているのもペンダル領ですけどね。あの領地がなければ王国の食糧事情は簡単に破綻します。なので国王含め、他の領主もペンダル領をないがしろに扱うようなことはしません。やっぱり領地が大きすぎていろいろ難しくなっちゃってるんですよね~。本当は領地を二つに割った方が皆幸せに慣れそうですけど……歴史があるとなかなかそう言うわけにもいきませんし」
「そうなんだ。そういやクロの目を見て国宝級だとか何とか言ってたけど、それは大丈夫だったかな?」
「国宝ですか? その程度で済めばいいんですけどね……。まぁなんにしても箱に入れてしまっておくわけにもいきませんから。クロが私達を守っているように、私達だってクロを守ればいいだけですよ。今のボナス商会であれば大丈夫です。そもそも単純な話、ただ目が良いというだけですから……ただそれが非常識な次元というだけで。それに、その瞳が真価を発揮するのは、クロの目玉であるうちです。魔法使いにとってはただ異様に美しい瞳だというだけですよ。ほじくりだしてなにかに使えるわけでも無し――あっ、ク、クロ、タコは嫌~っ!」
「ぐぎゃうぎゃう!」
「うぅっ、生臭いよクロ……」
クロは目をほじくられる話が嫌だったのか、タコを持ってラウラを追いかけている。
結局ラウラは俺を盾にするので、タコは俺に押し付けられることになる。
ぴんくとイトが怒ってるじゃないか……。
エビ持って追いかけたり、タコ持って追いかけたり忙しい奴だ。
「なぁビビ、そういえばミルは?」
「下で釣りしてるよ。僕も見てくる」
「私も見に行こうかな」
「えっ、シ、シロまさかそのままっ、うわぁぁぁっぁあ――」
ビビはそう言うとそのまま崖下に駆け降りて行った。
何やら蜘蛛の糸を使って段差をショートカットしているようだ。
いつの間にあんな技を……。
シロはそれを追いかけガストを肩車したまま崖下へと消えていった。
「俺も保養所の敷地調査しなきゃな……」




