第195話 道中、エリザベスの背中
ラウラがアジトへ来てから数日後、ボナス商会総出でヴァインツ村へ向かう。
今日は洞穴族の二人も一緒だ。
エリザベスの頭、その左右の角にひしっとしがみつき、ケルベロスのような状態で風景を楽しんでいる。
ただ、クロとマリー、ザムザの三人はコハクを伴って個別に周辺を探索しており、後ほどヴァインツ村で合流する予定だ。
マリーはラウラのアジトでの生活ぶりを見て、なにか反省することでもあったのだろうか。
ここ数日、妙に活動的な気がする。
「いやぁ……しっかし、こいつら優秀だったなぁ」
「ま~たボナスが変な連中見つけてきたと思ったら……、こんなもんピリに見せたら、仕事やる気失くしちまうぞ!」
「いやオスカー、最初にこいつら見つけたのはビビとガストだぞ」
ちなみに今回の荷物は、こぶし大の蜘蛛達がエリザベスに積みこんでくれた。
その大きさに比べて非常に力が強く、三匹いればクロくらいなら軽々持ち上げることも出来る。
ただし、大きなものを持ち上げるには、糸でぐるぐる巻きにする必要があるようだ。
複数の蜘蛛達が素早く荷物に糸を巻き付け、エリザベスへ固定していく手腕は実に素晴らしく、思わず皆で拍手してしまった。
一度試しに俺自身も持ち上げてもらったが、蜘蛛達が糸を吐き出しながら全身を這いまわる感覚に鳥肌が止まらなかったし、なにより持ち上げられた後、まったく身動きできないのでパニックになりそうだった。
蜘蛛に捕食される昆虫たちはこんな気持ちなのだろうか……やめとけばよかった。
ただその過程で気が付いたこととして、彼らが使う糸の太さやその性質は、蜘蛛達が科学的、あるいは魔法を使いコントロールしているようだ。
用途によって、かなり細やかに使い分けている。
俺に巻き付けた糸と、持ち上げる時に使った糸などは明らかに太さが違うし、ひょっとして材質なども違うのかもしれない。
ただし、一番細い糸でもその強度はかなりのもので、一度巻き付けられてしまうと身じろぎすらまともにできなかった。
釣り糸や網を作るのによさそうだ。
ただ、エリザベスの毛のような防刃性や耐熱性はないようで、ナイフで簡単に切ることができるし、火であぶるとすぐ溶けてしまうようだ。
「なんだかこいつら、楽しそうだな……」
「落っこちないようにね」
「シロは蜘蛛平気なんだな」
「フワフワして可愛いよ」
俺にとってはこぶし大であってもその姿は少し苦手だったりするのだが、シロは手に載せて軽く握るようにその感触を楽しんだりしている。
蜘蛛も満更ではなさそうだ。
そういえば蜂も指先で転がしてたな……。
ちなみに今回、蜘蛛たちは積み込みを手伝ってくれただけでなく、ヴァインツ村への道中にもついてきた。
おかげで帰りの荷造りも楽できそうだ。
海産物を持って帰るのも良いだろう。
とはいえ、別に直接俺がそうお願いしたというわけでは無い。
蜘蛛達は洞穴族、特にビビと相性が良いようで、かなりうまく意思疎通できるようだ。
荷物の積み込みも当然ビビ経由でお願いしたものであり、ビビにくっついていた十匹ほどの蜘蛛がそのままついて来た感じだ。
最近では緑色のローブにいつも蜘蛛がへばりついているので、覚悟を持って近づかないと悲鳴をあげそうになる。
どうも蜘蛛はあんな岩場に隠れ住んでいる癖に、意外と冒険心溢れる連中のようで、俺達と出会ってからはよく周りをウロチョロするようになった。
本来はアジトに住む、鳥や小動物たちなどから獲物として狙われている彼らだが、俺達と行動をともにすることで安全が確保され、爆発的に行動範囲が増えたようだ。
今日ついて来た連中もその状況を存分に楽しんでいるようだ。
エリザベスの身体を這いまわるその姿に最初はゾワゾワしたものの、次第に遠足ではしゃぐ子供のように見えてくる。
「どうやってるのか、さっぱりわからないけど……器用な連中だなぁ」
「う~ん、自分の糸をガイドにしながら糸を紡いでるのは分かりますけど、そこからはよくわからないですね~」
「ラウラが見てもわからないのか」
そうして移動中ずっとはしゃいでいた蜘蛛たちだが、先ほどから五匹づつ二グループにわかれて集まり、謎の作業を始めている。
一方のグループは協力してエリザベスから直接毛糸を紡ぎ出しているようで、もう一方のグループはその細い毛糸を使いぴんくに直接服を編もうとしているようだ。
「これは……ビビとガストのローブを参考にしたのでしょうか?」
「でもラウラ、これ……なんか耳着いてるよ?」
「コ、コハクちゃんをモチーフに取り入れたのでは?」
「ぴんく、かわいいね」
その様子を観察していたラウラとギゼラが、蜘蛛達が何を意図しているのか議論している。
シロはされるがまま服を着せられていくぴんくの様子が気に入ったようで、背後から俺の頭を抱え込むようにして、蜘蛛たちの様子を覗き込んでくる。
確かに、ラウラの言う通り、ぴんくの服は洞穴族の着ているフード付きローブを参考にしているようだが、あまりにサイズがぴったり過ぎて、着ぐるみのように見える。
しかもなぜかコハクのような猫耳が編み上げられており、いつも以上に謎の生物度が上がっている。
編まれる過程も何とも言えない様子だ。
蜘蛛達はぴんくごと持ち上げてくるくると――あんなに回転させて、ぴんくの場合酔わないか心配になってくる。
それでもぴんくはおとなしく、なにかを悟ったような顔で、ただなされるがままにくるくると回されている。
ただ、蜘蛛達も編み方についてはまだまだ手探りなようだ。
途中でやり直したり、手順を間違えて蜘蛛どうし喧嘩をしたり、そしてまた仲直りをしたり……。
なかには俺達の服の仕組みを調べにくるものもいて、なかなか忙しない。
性格的にもかなり差があるようで、積極的にリーダーシップを発揮するものもいれば、ずっと働いているふりをしているだけのものもいる。
一切感情を感じさせない姿とは反対に、その振る舞いはひどく人間味がある。
「不思議な蜘蛛たちですけれど――やっぱり、この透明な子は特別不思議ですねぇ」
「ああ、イトだろ?」
ちなみに、ぴんくの舎弟――透明な小蜘蛛の名前はイトと名付けた。
ラウラ曰く、イトは一般的な生き物とは言い難い存在らしく、ぴんく並みに不可思議な生態をしているらしい。
アジトに到着して暫くは婚約者となったことで挙動不審になっていたラウラだったが、このイトの存在に気が付いてからは完全に研究者モードになってしまった。
つまり、良くも悪くもいつものラウラだ。
ビビやガストが穴掘りをしているすぐ横、蜘蛛のコロニーを何度も訪れ、あのでかい白蜘蛛が怯えるくらいにグイグイと迫っていっていた。
結果的にこの蜘蛛達の生態について詳しくなり、そしてイトについてもかなり深く理解できたようだ。
どうもイトはまさにその名の通り、コロニーに住む蜘蛛達全員の特殊な糸で編みだされたものであり、蜘蛛達の無意識の集合体として存在する疑似生命体らしい。
ラウラはそのことにひどく興奮しているようで、いろいろなことを俺にも説明してくれた。
もちろん、俺は今まで通り――アジトの生き物については理解することを半分諦めている。
ちなみに蜘蛛達の認識としては、生きた名刺として、かつお互いの連絡手段としてイトを俺に託したらしい。
これから仲良くやっていきましょうね――ということなのだろう。
原理的にはあまりよくわからないが、多分イトが楽しそうにしていれば、蜘蛛達もなんとなく幸せに暮らしており、イトの元気が無くなると蜘蛛の群れも危険な状態にあると考えれば良いのだろうか。
とはいえ、ぴんくと遊んでいる様子など、イト自身にもちゃんと個別の自我があるようで……確かにぴんく並みに謎生物だな。
なんにしても、大して邪魔になるような大きさでは無いし、見た目も宝石のように綺麗だ。
人のポケットを蜘蛛の巣だらけにするのは感心しないが、それ以外は自由にしてくれればいい。
「いや、ラウラ、顔が近いって……イトがびっくりしてるぞ」
「あっ、す、すいません。あまりに神秘的で、つい見入っちゃいました」
呼ばれたと思ったのかイトが俺の肩に乗っかってきたのを、ラウラがその眼鏡で押しつぶさんばかりにまた観察しはじめた。
普段は眼鏡越しに揺れる柔らかい蜂蜜色の瞳も、こういう時は怪しい黄金色の輝きを帯びて驚くほど目力が強い。
イトはその圧に屈することもなく、うっとうしそうに眼鏡のレンズを小さな足で蹴とばしている。
無意識の集合体などというが、少し臆病なあの白蜘蛛と比べると、なんというか……かなり大胆で太々しい奴だ。
「ヤギ! おっきいヤギだ~! うわっうわああっ!」
「ま、ままっまずいっ、に、逃げ――」
「ボナスだ、大丈夫だから逃げるなよ~!」
そうして、蜘蛛達の自由な姿に気を取られているうちに、いつのまにかヴァインツ村のはずれ、監視塔が見えるところまで来ていたようだ。
ちょうどヴァインツ傭兵団とその団長であるサラと、この場所で落ち合うことになっており、あらかじめキダナケモに乗ってくるとも伝えていたはずだが――早速混乱状態だな。
ただ、逃げ惑う傭兵団のすがたはある程度予想していたが、目の色を変えてエリザベスに飛びついてくるサラは予想外だった。
いったいどうしてしまったのだろうか……。




