第190話 寝不足の者たち
翌朝、眠い目をこすりつつ、なんとか調理場まで移動する。
他の皆は全員とっくに起きているようだ。
すでにミルとザムザが忙しく朝食の支度をしている。
遠くからクロの声が聞こえるので、シロやマリー、あるいはエリザベスと水浴びでもしているのだろう。
寝る直前までこちらの顔を覗き込んでいたはずのシロだが、俺が起きた時にはもうシーツはその熱を失っていた。
ほとんど寝ていないはずだが……やっぱり基本的な体力が俺と全然違うなぁ。
「お、おは、おはよう、ボナス!」
「おはよう……って、どうしたガスト、お前なんか変だぞ? 目が真っ赤で――あぁ、さては……」
「お、俺はなんにも見てないぞ! 見てない――けど、すごかったぁ……めちゃくちゃ興奮した!」
「お前、隠す気ないだろ」
「おはよ、ボナス。まったく……昨日はなんだがガストがブツブツゴソゴソうるさくって、あんまり寝られなかったよ」
「おはよう、ビビ」
気が付かなかったが、ビビとガストも近くでカカオ豆を干していたようだ。
穴ばかり掘っているようで、少し時間が空くと、ちょこちょことアジトの仕事もこなしてくれている。
本質的に体を動かして働くのが好きな連中なんだろうな。
それにしてもガストめ……。
目が合った瞬間から、どうも挙動不審だと思ったが、俺とシロのことを覗き見していたようだ。
なんだか今更ながら恥ずかしくなってくるな。
「しかし二人ともこんな朝からローブ着てるのは大変だな……さっそく汗かいてるし」
「そうか? これけっこう快適だぜ」
「うん、おいしい朝ご飯が食べられるだけで十分だよ」
実際木陰もあるし、時間帯によっては日陰になるので、昼食や夕食時はそれほど問題にならないのだが、横殴りの朝日ばかりは強烈で、洞穴族でなくても身を焼かれるような心地にさせられる。
寝不足だと余計きついな……。
うまく布地などを張りさえすれば簡単に対応できることなので、後でクロと一緒に何か日除けになるものを作ってみよう。
「せめて食事くらいは気にせずとれるように、日除けは用意しておくよ」
「ありがとうね、ボナス」
「いやぁ、やっぱいい男だなぁボナスは。なぁ、ちょっとこっち来いよ」
「鼻息荒くして近づいてくんな、この覗き魔め!」
洞穴族と馬鹿話をしていると、調理場からいい香りが漂ってくる。
昨日焼いたパンにチーズをのせて焼きなおしているようだ。
寝不足であまり食欲もなかったが、思い出したように腹が鳴りはじめる。
ビビやガストもその香りに鼻を釣り上げられるようにして、うっとりとした顔をしている。
「おはよう、ミル、何か手伝うことある?」
「べ、べ、べつにもう出来上がるから、あんたたちは顔でも洗ってきなよ」
「……お前も寝不足かよ、ミル」
「な、何のことかわからないね!」
「昨日は凄かったよなぁ、ミル。あとあの魚の酢漬け美味かった」
魚の酢漬けとはいったい……。
まさかこいつら、つまみまで用意して鑑賞会でもしてたのだろうか。
これはアジトの改築を急いだほうがいいかもしれない。
なるべくはやく個室を用意しなければ。
このままじゃ、寝床を抜け出すたびにミルとガストのスケベコンビがついてきてしまう。
「おっ、オスカーおはよう。もう準備万端じゃないか」
「おう! 今日は飯食ったらサヴォイア行くからな。おいガスト、塩漬けにした原皮も持って行ってやるから、後で一緒に積み込んでくれ。取り扱いについての手紙はもう用意してるか?」
「助かる! 手紙も書いてる。それで鞣しは一応――」
「わかってる。斡旋所持って行ってサイードってやつの工場へ運ぶよう手配しておけば良いんだろ?」
「ああ、それでいい! 忘れないうちに手紙取ってくるぜ!」
ガストは大声でそう答えながら、赤いローブのフードを抑えながら走っていってしまった。
先ほどのスケベ顔は引っ込み、一気に職人のようになったなぁ……。
それはともかく、下処理を終えた原皮はかなりの枚数あったはずなので、後で積み込みを手伝ってやらないとな。
エリザベスはともかく、ザムザ一人で背負いきれるか怪しいほどの量なので、かなりうまく梱包する必要がある。
最悪猫車ごと積んでいけば良さそうだが、こっちでも何かと使うんだよな……もう数台欲しいところだ。
「オスカー、請求書はボナス商会に現物と一緒に送り付けるよう伝えてくれ。あと、斡旋所の職員に俺がピリに会いたがっていたって伝えておいてくれ」
「ああ、わかった!」
ピリにはいろいろと世話になったが、まだきちんと礼もできていない。
今後大きな課題になりそうな輸送についても相談に乗ってほしいところだ。
だが、ピリたちは輸送専門に請け負っている傭兵だけあって、移動していることも多く、タイミングが合わなければ会うことすらできない。
斡旋所に顔を出すような機会があれば、その都度問い合わせしておくべきだろう。
「助かる。あと、買い物するならギゼラから金を受け取っておいてくれ。かなりの額を預けているから、それで支払は間に合うと思う」
「ああ、わかった! 店にも寄ってくるが、ハジムラドやメラニー、仕立屋の娘達に伝えることはあるか?」
「昨日の今日だからいいよ。メラニーは新店舗探してくれているみたいだから、進捗だけ聞いておいて」
「わかった。買い物以外にも工房寄っていろいろ整理しなきゃならんから、今回はあまり時間は無いが――まぁ、それくらいは大丈夫そうだ。そうだな……店へ寄るのは後回しにして――」
オスカーの声は徐々に独り言のつぶやきへと変わっていき、なにかを数えるように指を折っている。
今日の段取りでも立てているのだろうか。
無意識なのだろうが、なぜか難しい顔で俺の顔を覗き込みながらぶつぶつ言ってるので笑いそうになる。
「――ほらこれ、手紙な! いやぁ……俺が自分の目で鞣し工程を確認できないのはやっぱり歯痒いなぁ。まぁ、かなり強い素材だし、失敗することも無いんだけど……めちゃくちゃ良い革になるだろうなぁ」
「サヴォイアにはしっかりとした鞣し工場も無いらしいし、仕方ないよガスト」
「そうだな。けどビビ、俺達も穴掘りがひと段落着いたら、一度サヴォイアへも行ってみたいよな!」
「僕は……ここの居心地が良すぎてまだそんな風に思えないよ。もうずっとここから出なくて良いくらい」
「巣持ちの洞穴族みたいなこと言いやがって~……まぁ気持ちは分かるがな」
どうやらガストはサヴォイアの街に興味があるようだ。
ビビのほうはあまり興味も無さそうだが、確かに平和なうちに一度くらいサヴォイアへ二人を連れて行くのは良いかもしれない。
「ところで、巣持ちって?」
「ああ、俺達みたいに群れずにフラフラ暮らしているような奴じゃなくって、同じ洞穴族たちで集まって暮らしているような連中のことだ。どっちかっていうとそっちが普通の洞穴族なんだけどな~……う~ん、よく考えればもうここが俺達の巣みたいなもんか」
「そうだね、もう僕はそう感じてるよ」
「――それは心強いわね、おはよう」
マリーが髪に布を押し当てながら歩いてくる。
やはり水浴びをしていたようだ。
ずいぶんさっぱりとした表情をしている。
クロから借りたであろう薄手の青いワンピースをひらひらさせて、今日は完全に休日モードのようだ。
こうして見ると、日焼けあとは目立つものの、育ちの良さそうな令嬢っぽい。
着る服によって全然雰囲気の変わる女だな。
「おはよう、マリー」
「洞穴族は敵に回すと恐ろしく厄介だけれど、巣の仲間になるとこれほど頼もしいことはないわ」
「そうなの?」
「へ~」
「なんでお前らが不思議そうなんだよ」
マリーは頼もしいと言うが、当の洞穴族の二人は不思議そうに首をかしげている。
そういえば昔、群れると鬼とも渡り合えるとシロが言っていたような気もする。
半開きの口からちらりと覗く小さな牙や大きなたれ目、まるっこい顔など、まるでタヌキのような顔でこちらを見上げるビビからは、そんな勇ましい印象は一切受けない。
だが確かビビ元々は傭兵だったらしいし、片腕を失う程の激しい戦いを潜り抜けてきている。
実際に地下工場に沸くモンスターと対峙した時はかなり頼りがいがあった。
「それでもまぁ……二人にはのんびりとした毎日を送っておいてほしいところだな」
「そうね、戦いは私たちで十分よ。洞穴族にはその技術やセンスを活かしてもらいたいわね」
「そりゃ俺に任せとけよ~!」
「僕はあまり得意じゃないけど、穴は掘れるからね!」
「昨日も思ったが、やっぱりビビはガストよりだいぶ力強いよな」
「僕は男だから、力仕事は得意だよ」
「……あなたたち洞穴族を見てると頭が混乱してくるわね」
まるで少女にしか見えないビビが、ムチムチした柔らかそうな腕を曲げて腕力をアピールしている。
その体系はガストと大差ない。
マリーが何とも言えない顔をしているな。
しかし実際洞穴族の建築能力には尋常じゃ無いものを感じた。
水平垂直が完全に把握できることだけでも反則的だ。
アジトの改築やヴァインツ村の建築、サヴォイアでの新店舗改築などに手を貸してもらえれば作業効率は跳ね上がるだろう。
「そういえばサヴォイアにも洞穴族の店あったな。ある意味、あれも巣みたいなもんか……一度二人を連れて挨拶だけしておいた方が良いのかな」
「サヴォイアにも洞穴族の巣があるんだね」
「ああ、ビビ。オスカーの知り合いもいるぞ。酒場がメインらしいが……まぁ、手広くいろいろな商売をやっているようだな」
「ボナス商会の洞穴族代表として挨拶しておかなきゃな、ビビ!」
「え~、僕なんか恥ずかしいよ……」
「割と話しやすい連中だったぞ」
サヴォイアでビビやガストがなにか困った状況に陥った時でも、とりあえずあの店に駆け込めば同族のよしみで助けてもらえるかもしれない。
その性格はサイードの工場にいた洞穴族とは少し違う気もするが、ビビ達の様子を見るかぎり突然喧嘩するようなことは無いだろう。
少なくとも、仲良くしておいて損はないはずだ。
そうこうしているうちに、クロとシロも湖から上がってきた。
どうやら帰りに果物や芋、バナナの葉っぱなどを軽く集めてきてくれたようだ。
シロがシーツのような大きな布に、それらをまとめて包み込み、巨大な肩掛け鞄のように持っている。
なぜかその中にはクロも一緒に入っており、カンガルーの子供のように顔だけひょっこり出して、ニコニコと楽しそうに頭を揺らしている。
「ぼなす~!」
「おはよう、ボナス」
「おはようクロ、シロ。お、おぉ……」
「んぎゃ~ぅ~!」
先ほどまでの余韻がまだ残っているせいか、シロは挨拶をしながら当たり前のように首に腕を回してくる。
ちょうどクロが間に挟まってぎゃあぎゃあと嬉しそうに騒いでいる。
「シロ、朝食はもうすぐ出来上がるみたいだけど、これも焼いておく?」
「うん、おやつにもなるから」
「ぎゃうぎゃう!」
「よし、俺も手伝うよ――ああ、ぴんくわかってるよ」
それからしばらく、ミルとザムザが朝食を並べている間、クロとシロの三人で持ってきた芋と一部の果物をバナナの葉に包んで火に放り込んでいく。
朝食を終えたら、ちょうど食べごろになるだろう。
良いデザート代わりになる。
ちなみにこれは最近のぴんくのお気に入りだ。
オレンジやパイナップルなどの酸味のある果物を熱し、ぐつぐつと煮立った果肉に齧り付くのがたまらないようで、作らなければ果物を咥えて自ら火の中に突っ込んでいってしまうほどだ。
今も俺が果物を包むのをしっかり監視している。
たぶん、ミルがお菓子やコンポートを作るために火をいれてる最中の果物をこっそり盗み食いをしたのだろう。
それが美味かったんだろうなぁ……。
さて、まだ少し頭はぼんやりとするが、少しづつ慣れてきた。
あとは朝食を食べて、コーヒーを飲めばある程度リセットできるだろう。
「ところで、ミル」
「なんだいボナス?」
「魚の酢漬け――俺とシロにも食べさせてくれよな?」
「あ……ああっ、も、もちろん、とととってくるよ!」
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