第188話 アジトの晩餐②
気が付くと、あれほど大量にあった食事もそのほとんどが皆の腹に納まったようだ。
洞穴族の二人もパンパンに膨らんだ腹を抱えて仰向けに転がっている。
日も沈み、わずかに西の岩壁の向こう側から、その輪郭を赤くにじませるばかりで、今は焚火が皆の顔をゆらゆらと照らしている。
この時間帯は風が心地よく、マリーなどは小さく鼻歌まで歌っているようだ。
サヴォイアにいる間の、常に緊張感をたぎらせたような雰囲気からは想像できない姿だ。
「そういや――ボナス、村へは……しばらく行かないのかい?」
そんな弛緩した空気の中、大きな鉈でスイカのような果物を豪快にじゃくりじゃくりと切り分けながら、ミルが声をかけてきた。
少々腹は苦しいが、これはうまそうだ……。
吸い寄せられるように皆の視線が赤く瑞々しい果肉へと集まる。
「そうだな……一度ヴァインツ村の様子も見ておきたいところなんだよなぁ、やっぱりミルも気になるか?」
「まぁ、あたしは元々あの村の人間だから、ちょっとね~」
あの村にはこれから大きな変化があることだろう。
村の女達から特別頼りにされていたミルにとっては、やはりいろいろと気がかりなこともあるのだろう。
実際村のことについてはミルの意見はかなり参考になってきた。
「ボナス、ヴァインツ村へ行くなら俺も行くぞ! んあ~けど、明日は俺もサヴォイアに買い出しへ行きたい……」
「ああ、オスカー。ヴァインツへ行くとしても明後日かその先かだな。ラウラも行きたがっていたし、できればヴァインツ傭兵団のサラとも予定を合わせたい」
ラウラもヴァインツ村のことは常々気にかけている。
復興時に長く滞在したし、実際に彼女はその魔法によって誰よりも役に立っていた。
貴族のくせにまったく気取らない性格のおかげで、村人たちからもすこぶる人気が高い。
皆で一緒に釣りをしたり食事を作ったりと、良い思い出も多い。
これでラウラを置いていったりしたら確実に怒られそうだ。
「オスカー、明日サヴォイアへ行くなら俺もついて行こう。昨日ギゼラに頼んでいた剣が早く欲しいんだ。間に合わせになるらしいが、ちょうど良いのが用意できそうだって」
「剣か……、カイたちとの訓練で使ってみて面白かったのか、ザムザ?」
「ああ、俺は割と筋が良いらしいんだ」
そう言いながらザムザは見えない剣を構える様なそぶりを見せる。
少し子供っぽさを感じさせる仕草だが、体格が抜群に良いので当たり前のように様になっている。
なにか……物語の主人公っぽい。
マリーはどこか生暖かい目でその様子を眺めている。
「そうかそうか、ザムザはいまいち武器に迷っているところがあったしな、剣も良いんじゃないか。なぁ、シロ?」
「そうだね。ザムザは力が弱いから、刃が付いているものを器用に使う方が向いてるかも」
「ああ、俺もそう思う。ついでにカイたちに見せてきても良いか?」
「ああ、ギゼラの作るものだ、変なものにはならんだろ。しっかり自慢してこいよ」
どうやらザムザもいろいろと考えているらしい。
俺からするとザムザも十分強いのだが、シロから非力と言われても何の違和感も感じないほどには、自分の戦力について思い悩んでいたのかもしれない。
カイたちの関係がいい刺激になってくれそうだ。
「そういえば、ボナス」
「どうした、マリー。お前も明日はサヴォイアへ行きたいのか?」
「あなたは行かないのでしょう? たまには店員も悪くないけれど、特に護衛の必要がなければ、ここでのんびりしていたいわ」
「そうか……あっ、ミル、俺もスイカ欲しい!」
「はいはい」
それほど甘味が強いわけでは無いが、果肉がしっかりしていて美味い。
懐かしい味だ。
「ミル、私も貰うわね――。それで、次ヴァインツ村へ行くのであれば、ついでに軍の拠点位置や戦場となりうる場所についても、おおよその予想はつけておきたいわ。できれば、貴族たちが来る前に足を延ばして地理関係を押さえておきましょう」
マリーは難しい顔でスイカの種を取りながら、そんなことを言い出した。
戦争前に周辺調査をしておくべきとの意見のようだ。
さすがマリー、抜け目ない……スイカもちゃっかり真ん中の一番美味しいところを手に入れてる。
「確かにマリーの言う通りだな。サヴォイアとヴァインツ村、三角岩、そしてアジト周辺の簡易地図はもう作ってあるから、それを参考に現地調査しながら精度をあげたり、戦場を予想しておくか。王国軍の拠点だけじゃなくて、できればタミル帝国のほうもある程度は知っておきたいな……」
「そうね。ボナス商会がこの戦いに巻き込まれないためにも、事前に集められる情報は集めましょう。そういえば、地図なら領主様から借りられないかしら?」
領主の話を聞いている時は眠そうにしていたし、実際に事実戦争自体にはまったく興味がなさそうだが、むしろそれゆえに事前情報はしっかりと集めるのが重要という認識のようだ。
どちらかというと今の俺は建築関係の方に気を取られがちなので、元軍人のマリーからのそう言った方面について忠告をもらえるのはありがたい。
「地図については実際ラウラに聞いたことがあるんだが、サヴォイア西側についての地図は地獄の鍋が近いせいもあって、かなりいい加減なものらしい。今では俺達が作ったものの方がはるかに精度が良いようだぞ。あっ、ビビとガストは――もうさすがに食うのやめた方が良いんじゃないか……?」
「何言ってるの、ボナス? 果物は別腹だよ」
「別腹別腹、うめぇうめぇ、ほらボナス、種喰らえ! ぺっぺっ!」
「うわっ、ばかっ、汚ねぇっ~! クロ助けて~!」
「ぐぎゃうぎゃう!」
「ク、クロを仲間にするのは卑怯だぞ! うっ、いてっ、いててっ、参った!」
さきほどまで腹をパンパンにして転がっていたビビとガストだが、今はエリザベスの腹に体を埋め、幸せそうにスイカやオレンジ、バナナなどに噛り付いている。
あれもクロが与えたのだろうか……。
相変わらず見ていて不安になってくるような腹をしているので少し注意してみるものの、本人たちはまったく気にした様子もない。
それどころかガストは小学生のようにスイカの種を飛ばしてくる。
横でシャクシャクと、いい音を響かせてスイカを頬張っていたクロに泣きつくと、見事な精密射撃でお返ししてくれた。
「ボナス、地図なら俺が全部保管しているぞ。ヴァインツ村のものもある」
「うん? ああ……地図な、そうだったそうだった」
「それじゃ、あとで地図見せてもらえるかしら?」
あまりに馬鹿なやり取りをしていたせいか、マリーの視線が冷ややかだ。
このタイミングでスイカの種飛ばしたら切りかかってきそうだな。
「あ、ああ、ただデザート食べ終えてからでもいいかな?」
「ええ、もちろん。なんならコーヒーでも入れましょうか?」
「マリーがコーヒー……? ああ~、昼間ハジムラドと何か話していると思ったら、コーヒーの淹れ方を聞いていたのか……なるほど、あの変な顔をしていた傭兵たちの気持ちが少し分かったわ」
「ふんっ」
「そう言えばお前の兄貴が総大将と――」
「今は気分が良いから、あの顔は思い出したくないわ……面倒くさいのよあの人。ボナス、絶対に戦争に巻き込まれないようにしましょう!」
「あ、あぁ……」
ここまでマリーが嫌がるなんて、むしろ会ってみたくなるな。
領主はマリーに似ていると言っていたが、どんな男なのだろうか。
しかしマリーの奴、戦争と関わりたくないというより、ただ兄貴と関わりたくないんじゃ……。
「く、くっそ~、ボナス! コハクを何とかしてくれぇ!」
「今度は何だよガスト……」
「これ、皮剥いたそばからコハクがぜ~んぶ掻っ攫っていくんだよ……ぐぬぬぬっ」
「ああ、コハクは意外と果物好きでさ、皮剥くと食べにくることも――っていうか、むしろお前食いすぎだろ……」
「コハク~はなせ~! かっこいい彫刻作ってやっただろうがよ~!」
「にゃっ」
それまで洞穴族の二人に挟まって、エリザベスの腹の上でゴロゴロしていたコハクだが、ガストがバナナの皮を剥いた瞬間、それをぺろりと拝借したようだ。
コハクもガストの腹が心配になったのだろうか。
ガストはコハクにへばりついて、なんとか口をこじ開けようと顔を赤くしており、そんなコハクにもたれ掛かるようにして、ビビが平和にむしゃむしゃとバナナを食べている。
コハクの表情や尻尾の動きを見ていると、なんだかガストの反応を見て笑いをこらえているようにも見える。
「別に一本くらい良いだろうガスト、コハクも腕白だなぁ~」
「んにゃ」
「最後に取っておいたやつなのに~!」
「ガスト、うるさいよ……ん~、美味しかった」
こうして並んでいるのを見ると、大きさも近いので、なんだか仲のいい三人兄弟のようだな。
コハクはアジトの仲間達にはどこか母親に甘えるような雰囲気がある。
それに比べると、どうも洞穴族の二人とは兄弟や友人といった雰囲気で接しているように感じる。
ガストには悪いが、こいつらのやり取りを遠目に見ていると、まるで童話の世界でも覗き込んでいるような気がしてくるな。
ビビもガストもあの地下工場では大人びて見えたが、アジトに来てからはなんだか子供のように振舞うことが多い。
やはりどこか無理していたのだろうか。
二人ののびのびとした姿を見ていると、残してきた連中も、はやく呼んでやりたくなる……。
少し離れた場所ではクロとマリーが湯を沸かし、二人でゴリゴリとコーヒーを挽いている。
本当にマリーはコーヒーを淹れてくれるつもりのようだ。
しかも豆からとは……ハジムラドに勝負を挑むつもりだろうか。
クロは腰に手を当て、人差し指を立てながら、マリーにコーヒー指導をしている。
なぜかオスカーも混ざって、クロの説明を大人しく聞いている。
もちろん好みもあるが、実際クロのコーヒーが一番美味いんだよなぁ。
「――ねぇ、ボナス」
「うん? どうした、シロ」
それまで俺の横で静かに食事を楽しんでいたシロだが、食べ終えた食器をコトリと置くと、足を延ばし、俺に声をかけてくる。
焚火に照らされた顔には微笑みを浮かべ、その青い瞳は遠く夜空を見上げている。
当たり前のようにいつも横にいるシロだが、こういうなにげない瞬間、人間離れした透明感のある美しさを感じる。
洞穴族とコハクが童話であれば、こちらはまさに神話の世界だな。
「あとで、一緒に星を見よう?」
「お、おう……」
視線は夜空を見上げたまま、わずかに体重を預けるように、シロはそう耳元へ囁きかけてきた。
これは……どうやらデートのお誘いのようだ。
明日午前中は仕事にならないかもしれないな……。




