第187話 アジトの晩餐①
ビビとガストを湖に放り込み、シロと協力して二人をじゃぶじゃぶと洗う。
湖へ放り込むまでは、どこかまだ穴掘りに心残りがある様子だった二人だが、一度頭から水を被るとどうやら気持ちがリセットされたようだ。
嬉しそうに騒ぎ出す。
「シロ、今のもっかい! もっかいやってくれ! なるべく高く放り投げてくれ!」
「いいよ、でも身体も洗うんだよ」
「ボナス、あたまガシガシって洗って」
「はいはい。ああっコハク、背中に乗ったら重いって~」
「うにゃう~ん!」
洞穴族は何かと騒々しい連中だが、特に湖では子供のようにはしゃぐ。
二人は昼飯も食っていないだろうに、全く元気なものだ。
そろそろ腹も減ってきたのでさっさと体を洗って食事にありつきたい。
お地蔵様のような顔で水に浸かっているビビを前かがみでゴシゴシと洗っていると、背中にコハクが乗ってくる。
もちろん爪を立てるようなことはないのが、めちゃくちゃ重い。
「コハク~! 俺が洗ってやるぜ、体まさぐらせろ~!」
「うっ、重い……ガストまで登ってくんな!」
「も~、コハクもガストも邪魔しないでよ」
「う、うわぁ~」
シロによってコハクとガストが再び湖に放り投げられている。
凄い水しぶきだなぁ……あ、ニーチェがびっくりして顔を出している。
キョロキョロしてこちらの姿を確認すると、黄色い手をにゅっとひと振りして、また静かに沈んでいった。
「よし、今のうちだ……」
「ん~、気持ちいい~」
ひとまずビビを洗い終え、俺自身の体や服を手っ取り早く洗う。
ビビとガストの服は特に酷い有様で、何度洗ってもどこから出てくるのか不思議なほど砂が出てきた。
最終的には見かねたニーチェが手伝いにきてくれ、なんとか繊維に入り込んだ砂を綺麗に落としきった。
水の中、猛烈な勢いで回転する洗濯物はなかなか壮観で、ラウラが水中ではだれもニーチェにはかなわないというのも頷けた。
こいつら水の内外で性能が変わりすぎだ。
水中ではあれほど自由自在に動けるのに、陸上ではゾンビのような姿勢でヨタヨタと歩き、ウッドデッキの上でゴロゴロと転がって、気が向けば調子っぱずれな木琴を叩く。
「ぎゃうっぐぎゃう~!」
「そろそろ夕食できたかな?」
「ああ、仕込みは終わったから、後はこっちで仕上げて、ここで食べよう」
「ザムザ、どうだ新しい調理器具の調子は? そのデカい鍋も買ってきたものだろ?」
「ああ良いぞ、鉄が厚くて中のものが冷えにくいんだ」
「俺がもつと腰やっちゃいそうだな……」
それからしばらく、素っ裸で走り回ろうとする洞穴族はクロに捕まえられて服を着せられ、皆で食事の支度をすすめていく。
ミルもパンを山盛り乗せた籠を持ち込み、オスカーは見事な燻製を薄切りにして並べていく。
全体的に今まで見たことのない食器類が多い。
今日、サヴォイアで仕入れてきたものだろう。
これまでは素朴な木皿や鉄皿が主だったが、そこに陶器なども混ざり込んできて華やかだ。
絵付けされているものなどもあり面白い。
不細工だが妙に味わい深いラクダの絵などが描かれており、ぴんくはそれらを首をひねりながら観察してまわっている。
皿が新しくなったせいか、いつもより盛り付けにも力が入っているように感じる。
オスカーなどはきれいに並べた燻製に、果物を添えたり花びらまで散らし、妙に洒落た盛り付けをしている。
マリーはその様子が随分と気に入ったようで、少し色気を増した食卓を見て明らかにご機嫌になっている。
「素敵だわ」
「ふふんっ、良いだろ~? その花はな、実は燻製のチップに使った木のものなんだ。もちろん香りも合うが、なにより洒落てるだろ! あと果実は少し酸味の強いものを添えている、一緒に食っても美味いぞ!」
「いったいどこでそういうの憶えてくるんだよ、オスカー……」
ああ見えてマリーはクロと一緒に花を摘み、食卓に飾りつけたりすることもある。
ボナス商会で一番ロマンチックなのかもしれない。
そういう意味では、見た目に反して繊細で上品なモノづくりをするオスカーは気に入られているようだ。
「おまえが前にヴァインツ村でハムの食い方についていろいろ言ってただろう、ボナス」
「ああ~、そう言えばそんな話をしたような気も……」
「ほら、オスカー、お酒を注いであげましょう」
「お、おう!」
マリーは露店での仕事が意外に面白かったのかもしれない。
上機嫌でオスカーに酒を注いでやっている。
それにしてもやはりアジトの食卓は豊かだ。
一度に並ぶ料理の種類が多い。
煮物、焼き物、パンに、燻製の類などがそれぞれ数種類。
飲み物だけでもいろいろな種類の果物ジュースにエリザベスのミルク、酒などがずらりと並ぶ。
目の前にこれほどの料理が並ぶのは見ているだけで楽しい。
それなりに良いホテルのバイキングを仲間達で貸し切っているような贅沢感がある。
果たして食べきれるのかとも思うが、仲間に鬼族がいる限り、食事を残す心配はいらない。
どれほど大量に用意しても、いつも最終的には綺麗に無くなるのだ。
「おいしい、おいしい……」
「ああ、うめぇ! ミル、この鍋最高だな! 」
それに意外に良く食べるのが洞穴族だ。
小さな体のどこにそれだけのものが入るのかと思うほどよく食べる。
ビビは口をリスのように膨らませて、延々と芋料理を頬張り、ガストは大口を開けて上を向き、指で摘まみ上げた燻製肉を舌でぺろりと受け取る。
二人ともまったく上品とは言えないような食べ方だが、その表情はあまりに幸せそうで、とがめる気にもなれない。
「二人とも、その新しい服も良く似合ってるじゃないか。髪型までなんだか可愛くなっちゃって」
「クロが全部やってくれたんだ。着心地も良いんだよ」
「えっへっへっ、どうよボナス。俺、可愛いだろう~? んでも、これ着て穴掘っても良いのか、クロ?」
「ぎゃうぎゃう――」
二人とも妙に可愛いローブを身にまとっている。
色も派手でビビが緑でガストが赤、厚手で遮光性は高そうだ。
よく見るとパーツが多く複雑な構造で、二人の身体に合わせて立体的に作られている。
可動範囲をある程度予想した作りとなっているので、現代的なスポーツウェアに発想は近いのかもしれない。
前のダボダボとしたものよりはずっと動きやすいだろう。
伸縮性を持たせたい場所にプリーツやギャザーが多用されているので、妙に可愛らしい印象になっている。
さらにフードの口には紐を通し、ドローコードのように絞れるようだ。
これならバイザーでも付ければ安全に昼もうろつけるだろう。
暑そうではあるが、俺達と一緒にサヴォイアへ行く時などはこれくらいしっかりしたものの方が安心できる。
クロとしてはまだ実験中の服のようで、どんどん着潰して欲しいようだ。
最近のクロは、ラウラやコハク、ドリーの育成に手が掛からなくなってしまったので、洞穴族の世話を焼いて楽しんでいるようなところがある。
複雑に編みこまれた髪型も間違いなくクロの仕業だろう。
こいつらはまさかラウラみたいに太ったりしないよな……。
目の前でぽっこりと膨らんでいく二人の腹を見ていると少々不安になってくる。
洞穴族は妙にムチムチとしてはいるものの、別に太っているわけでも無い。
だが、このまま行くと果たしてどうなんだろう……。
「ク、クロ?」
「ぎゃぁう~?」
「いや、なんでもないよ……」
ふとクロを見ると、ビビの目の前にそっと芋料理の皿を差しだし、ガストの取り皿には燻製肉を追加している。
思わず声をかけるが、不思議そうに首をかしげる姿はいつも通り、とても愛らしい。
まさかね……一輪車に乗せだしたら注意しよう。




