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異世界アジト~辺境に秘密基地つくってみた~  作者: あいおいあおい


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第185話 閑話 領主と晩餐①

 娘のラウラが婚約した。

 ほぼすべて計画通りに進んだわけだが――、今の心境は達成感とは程遠い。

 執務机の上、空のコップを手に取り、昼のやり取りを思い出す。

 まだかすかに香りを感じる。

 あのコーヒーという飲み物は悪くなかった。

 コップを押しのけるように机へと戻すと、椅子の背に体を預け大きく息を吐く。

 今日の仕事はここまでだろう。

 気が付けば手元もずいぶん暗い。

 中庭は夕陽に赤く染め上げられ、街の喧騒もこの時間独特のものへと変わりつつある。

 もう間もなく日も沈むだろう。

 ラウラは今頃あの連中のアジトとやらに向かっている頃かもしれない。

 婚約者となった今、特にそれをとがめるいわれは無いが……虚脱感を感じる。

 ラウラの結婚が無かったこととなり、しょんぼりうなだれてこの領主館へ戻ってきたときは、この子のことは一生私が守ってやろうと固く誓ったものだが――もう、その必要もないだろう。

 そもそも今回私が推し進めた婚約も、ラウラからすればいらぬ世話だったのかもしれない。

 すでに娘は自分で幸せになろうとしていたし、それだけの力を身につけていた。

 戦争さえなければ、わざわざ私も口を出さなかっただろう。

 それにしても不思議だ。

 あれほど気弱だったラウラが、ああも強くなるとは。

 皮肉なことに強くなったラウラはどこか私に似ているような気がして、嬉しいような寂しいような……複雑な気持ちにさせられる。



「ボナスか……」


 不思議な男だ。

 それなりに調べさせはしたものの、その来歴はまったくわからず、強力な仲間を次々と増やし、街の連中からの人望も厚い。

 領主としてはうまく使えれば良いが、ある意味危険な男でもある。

 そして稀に魔人にいるタイプでもある……。

 私がもう少し若ければ、殺していたかもしれない。

 結果的にどちらがより良い選択なのかはまだ分からない。

 だが少なくとも、ボナスは魔人では無く、領主として警戒するような人間でも無いのだろう。

 他でもない私の娘がそう明言しているのだ。

 間違いない。

 娘は政治的な振る舞いについてはまるでダメだが、その分析能力は天才的だ。

 ぼんやりしているようで、打算的な人間は瞬時に見抜く。

 それゆえ魔人アジールも、娘にだけはなるべく近づかないようにしていたのだろう。

 だが、それならなおさら不思議なわけだが――まぁ、実際話してみて少しわかった。

 あれは無意識に相手を強くするタイプの人間だ。

 大きな力で支配するでもなく、利で導くでもなく、ただ共に歩こうとする。

 それゆえ、お互いに依存しすぎたり、固定化された権力関係をつくりだすことがないのだろう。

 自分の手綱は自分で握ったまま、お互いのために協力する関係ができている。

 ラウラのような天才とは相性が良いのだろうし、他の連中もそうなのだろうな。

 貴族、しかも王族であり、領主の私には縁遠い話――いや、場合によっては義理の息子になるのか。


「面白いものだな。それにしても……」


 実際なかなかうまくやる連中のようだ。

 たった一日で領主館の面子がすっかりボナス商会に友好的になってしまった。

 私がサヴォイアへ戻るまでにある程度接触はあったらしいが、午前中あれほど怯えていた護衛兵長が、午後には鬼と肩を組んで笑っていた。

 性格のねじくれた文官の爺どもも、小鬼のことをまるで孫の自慢でもするかのように語り、あの堅物の徴税吏員さえ、だらしない笑顔で鬼と話をしていた。

 辺境で文官などやりたがるような連中は、どうしたって変わり者ばかりではあるものの、意外に優秀な連中が多く、仕事には真面目で警戒心も強い。

 いつもは仏頂面のあの連中が、よりにもよって小鬼や鬼からもらった菓子を無防備に頬張り、ほおを緩めて歯を見せていた。

 まったく、恐ろしい連中だ。

 少なくとも娘を捨てた、あの小男など比べ物にならないだろう。

 そういえば、ラウラばかりかマリーやハジムラドまでも私から奪い取っていったのだ。

 腹立たしくはあるが……、戦争を前に距離を取れて良かったとも言える。

 やはり若くしてあの男と出会わなくてよかった。

 何らかの形で衝突しただろう。

 それに見方を変えると、ラウラは最もいい形、最もいいタイミングでボナス商会を味方につけてくれたともいえる。

 さすが私の自慢の娘だ。

 今日くらい家で夕食を取ればよかったのに……。

 さて、私もそろそろ――。


「なんだ……」


 部屋に何かが入ってきた?

 瞬きする間もない、わずか一瞬のあいだに、感じたこともない程の強大な魔法が使われた。

 それが一体何かは分からない――が、確かにその残滓を感じる。

 先ほどまでの穏やかな脱力感は吹き飛び、最大限の脅威に全身の細胞が警鐘を鳴らす。

 その対象は部屋の隅。

 赤い夕陽から隠れるように、暗がりに何かが潜んでいる。

 音もなく、ただわずかに影が揺らめくのみで、はっきりとした輪郭は未だつかめない。

 慌てて魔法を駆動させるも、恐怖と混乱を制御しきれず、いつもほど効率的に思考が加速しない。

 ただ空回りするように、嫌な汗ばかりが噴き出し、さらに思考を乱す。

 そうしているうちに、いまいち形の掴めないその黒い塊はゆっくりと動きだし、いよいよ私のほうへと近づいてくる。

 魔法を使ったのであれば、モンスターや帝国の暗殺者ではないだろう。

 まさか兄上からの暗殺者か――いや、それにしても先ほど使われた魔法は、人が使うにはあまりに強大過ぎる。

 影は警戒した様子もなくゆっくりと歩みを進め、次第にその輪郭をあらわにしていく。

 ああ、なるほど――私はもう助かるまい。

 これは暗殺者や魔法使いなどという生易しいものではない。

 この生き物に唯一あてはまるものがあるとすれば、それはキダナケモだけだろう。

 良かった、娘をあの男に託せた後で……本当に良かった。

 周囲の光を飲みこむように、ゆらゆらゆっくりと動くその深淵は、ついに私の眼前にその姿を明らかにする。

 もはや魔法は無意味だ。

 目と鼻の先、影には牙があり、爪がある。

 その影はまるで黒い液体のようにその首をぬるりと伸ばし、恐ろしい目で私を覗き込む。

 そうして、ゆっくりと――首をかしげた?


「あれ~、お父様にコハクちゃん。何してるんですか?」

「ラ、ラウラ……どうして?」

「にゃぅん~」

「あっ、さてはお父様と私を間違えたんですね~。少し顔立ちは似たところはありますけど、背格好は全然違うでしょう?」

「うにゃうにゃうにゃう」


 突如娘があらわれ、目の前のキダナケモと喋り始めた。

 ああ……なるほど、夢だなこれは。

 まったく私としたことが、少々疲れがたまっていたようだ。

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