第182話 二つ名持ちの傭兵達
久しぶりに俺とクロ、シロの三人で店に立つ。
この面子で露店を回すなんていつぶりだろう。
正直クロ一人でやっていた方が、効率が良いような気もするが、俺なりに心を込めてコーヒーを淹れる。
久しぶりに客たちと挨拶を交わし、直接感謝を伝えたい気分なのだ。
しかし、そういったことを抜きにしても、ただこうして露店に立ち、注文を受け、何も考えずにコーヒーを淹れることに集中するのも悪くない。
ドリッパーに湯を回し入れ、ブクブクと泡が立つのを見つめながら湯気を浴びていると、ゆっくりと心が落ち着いてくる。
カノーザ領から戻ってしばらく、アジトでもコーヒーくらい何度となく淹れていたはずだが、ミシャールの市場、その熱気と雑踏の中で感じるこの独特の感覚は、不思議と心地よく懐かしい。
「――まぁまぁだな、香りがいまいちだ」
「そんなに変わらんだろ!? くっそ~、昔はハジムラドも喜んで飲んでたくせに……。いいから、手元覗き込んでくるなって!」
「おい、ボナス。お前、コーヒーなんて淹れられたのか?」
「俺が元祖だぞ!」
「なんだか……懐かしい絵面だねぇ」
妙に舌の肥えた客たちにとって、俺のコーヒーはそこそこの味らしいが、それ以上にクロやシロから給仕してもらえることがうれしいようで、皆すこぶる上機嫌だ。
ハジムラドはやたら手元を覗き込んでくるので、無駄に緊張するし、常連達はそんな様子を面白がってからかってくる。
ボナス商会もそれなりに名の知れた存在にはなってきたようだが、あいかわらず会頭の扱いは皆雑だなぁ……。
とはいえ、こんなやりとりがのんびりできるということは、まさに平和な証拠であり、正直悪い気分じゃない。
ちなみにテーブル席にはザムザがカイを連れて戻ってきており、そこにモモまで加わり、なにやら楽しそうに話をしている。
訓練後一緒に飯を食ったせいか、ずいぶん仲良くなったようだ。
ザムザとカイは領主館を出る時に見た様子よりもさらにお互い気安い雰囲気になっている。
その直ぐ横の席では、相変わらずマリーと仕立屋の娘達がなにやら頭を突き合わせており、今はそこにラウラも混ざって話し込んでいる。
コハクはまるでビロードのひざ掛けのように、ラウラとマリーの膝にまたがり、ぐでっとした様子で昼寝をしている。
カイなどはその様子に一瞬目を剥いていたが、ただ乾いた笑いだけを残して、あとは見なかったことに決めたようだ。
今は何事も無かったかのようにザムザやモモと談笑している。
「あれ~、ボナスがコーヒー作ってるの?」
「おっ、お帰りギゼラ、ミル。俺がコーヒー淹れようか?」
「ん~そうだね、ミルク多めでお願い。ぴんく~、その刺繍、可愛いね!」
「ボナス、そういやあんたお土産配ったのかい?」
「あっ、忘れてたわ……ごめん、頼むよミル」
ミルとギゼラが帰ってきた。
二人とも大量の荷物を背負っている。
ギゼラなどは樽いっぱいの鉄屑のようなものを背負い、汗だくになっている。
表情は明るく笑顔があふれているので、かなり満足のいく買い物が出来たのだろう。
俺の頭に陣取っているぴんくと人差し指で小さくハイタッチをすると、その指でハジムラドから借りたエプロンについているぴんくの刺繍をちょんちょんと突ついてくる。
「しっかし、凄い荷物だなぁ」
「ミルちゃん目利きが凄くってさ~、買い過ぎちゃったよ。鍛冶師になればいいのに~」
「ははっ、あたしは食えるもんの方が良いからね! それに趣味はゼラちゃんの方がずっと良いから」
「――はいコーヒー、できたよ二人とも」
「ありがとう。ねぇねぇ、ラウラ~! これ、キンキンに冷やして~!」
「はいは~い!」
「良いな……俺も喉が渇いたし、冷やしてもらおっと」
日中この時間、日陰のテーブル席でゆっくりしている分にはそれほどだが、こうして体を動かしているといつの間にか汗だくになっている。
ミルクを入れたコップをラウラへと差し出すと、一瞬だけミルクへ視線を向け、黄金色に瞳を輝かせる。
仕立屋の娘達との話を中断することもなく、なんとも器用なことだ。
木のコップは急激に温かくなりキューキューと悲鳴のような音をたて、その後気が付くとミルクの中心には大きな氷の塊がぷかぷかと浮かんでいる。
いつ見ても頭がおかしくなりそうな不思議な現象だ。
「ラウラ様……相変わらず人間離れした魔法ですね。私の温くなったコーヒーもお願いします」
「えぇっ!? そうでしょうか……慣れるまで加減は難しいかもしれませんが――はい、出来ましたよマリー!」
マリーはラウラが魔法を使うところを若干引いたように眺めていたが、ちゃっかり自分の分も注文している。
カイは先ほどコハクを見た時とまったく同じ反応をしているな……。
やはり自分では魔法を使えなくても、魔法使いの家系であるカイなどは、ある程度その現象を感知できるのだろう。
他の人が魔法を使うところを見たことが無いのでわからないが、今のラウラが使う魔法は、他の魔法使いのものとはかけ離れたものになっているらしい。
サクの街でみた大規模な魔法などはまさに国崩しの魔女と言った迫力のあるものであったが、マリーいわく日常当たり前のように使っている、こういった小さな魔法こそ、その異常さが際立ってわかるらしい。
マリーからはなぜか俺を攻めるような雰囲気でそう言われたが、どちらかと言えばハチたちやニーチェなど、彼女の師匠たちの方へ文句を言ってほしい。
「ほら、ロミナ、メアリ、これお土産。トマスにもちゃんと分けたげるんだよ!」
「まぁ! いつもありがとうございます、ミルさん! うわぁ……とっても香りのいい果物ですね~」
「姉さんそろそろ私達も……お給料もらってるのに悪いわ」
「あっ……それもそうね。ボナスさん、私達がそろそろ代わりますから」
「そう? そんな気にしなくても良いんだけど……まぁ、いつもの看板娘がいた方が、お客さんも喜ぶか」
「――ねぇ、ロミナ。あなた、エプロンの予備は持っていないのかしら?」
「えっ、マリーさん……あ、ありますけど?」
「そう、良かったわ。なによ……ボナスその顔は、私もコーヒーくらい運べるわよ?」
「あ、あぁ……わかっているけど、お客さんにそんな視線を向けちゃだめだからな……笑顔でよろしく」
「ふんっ」
「はい、コハクはこっちだよ~」
「にゃうん?」
ギゼラがコハクを回収し、マリーと入れ替わるように座席へと腰掛ける。
コハクもギゼラに抱かれていると、まるで普通の黒猫だな……。
彼女の耳元で揺れるイヤリングを追いかけるように顔が揺れている。
クロとシロも仕立屋の娘達と交代するようだ。
マリーはロミナからエプロンを着せてもらい、無表情ながらキラキラと目を輝かせている。
俺もハジムラドへエプロンを渡しに行くと、手早く生地をパンパンと伸ばし、一流シェフのごとく慣れた手つきでエプロンを身に着けると、腰紐をキュッと結ぶ。
やはり腹立たしい程様になっている。
俺の微妙な働きに相当やきもきしていたのだろう、妙に活き活きと手際よく客を捌いていく。
「これ――どのテーブルへ?」
「壁際、青い服の客だ……」
そんなハジムラドとマリー。
二人は一瞬お互いを少し嫌そうな顔で見ていたが、それ以降は特に気にした様子もなく、言葉少なくテキパキと動き始める。
まるで超高難易度の傭兵仕事でもこなしているような殺伐とした緊張感のある雰囲気だが、それでも特に問題が起きることはなさそうだ。
この二人に文句をつけられるような奴はそういないだろう。
お客さんも慣れたもので、少しの間マリーへ好奇の視線を向けていたが、またいつものことだとすぐ慣れたようだ。
小鬼や鬼が当たり前のように接客する店なので、お客さんもそういう意味ではだいぶ鍛えられているのだろう。
ただ、よく見ると一部の客、主に傭兵たちは、顔が引きつり凄い表情になっている。
確かになぁ……気持ちは分かる。
客観的に見ると、地竜殺しのハジムラドと双剣のマリーが妙に可愛いエプロンつけて……いったいこの店はどこへ向かっているんだろうな。




