第181話 店の今後
テーブル席にラウラとハジムラドの三人で腰掛ける。
ラウラはしばらくのあいだウロウロ、キョロキョロと、ひたすら挙動不審だったが、思い切った様子でコハクをよいしょと持ち上げると、俺のすぐ横の席にぴったりと並ぶように陣取った。
どういう仕組みかは分からないが、昔から彼女はコハクを抱いていれば、いつもより気持ちを強く持てるようだ。
しかし、今ではコハクもかなり重くなった。
俺でも持ち上げると、少し腰が不安になる。
それをああも簡単に持ち上げるとは……。
確かに、ラウラの運動神経はなかなか酷いものだが、アジトでも重い収穫物を持ち運んだり、力は意外と強いんだよな。
一方のコハクは黄色い目をまん丸くしつつも、ただされるがままになっている。
長い尻尾をブランブランと左右にゆっくり振っているので、意外と楽しんでいるのかもしれない。
護衛のモモはラウラの背後を守りつつも、コハクをこっそり撫で、その毛並みに顔をとろけさせている。
ちょうど隣のテーブル席では、マリーと仕立て屋の娘達が服について熱く語り合っているようだ。
いちいち声がでかい。
はじめはマリーが強引に話を進めているようにも見えたが、むしろ今は娘達の職人魂に火が付いたようだ。
普段とは逆に、まるで獲物でも見るような視線を向けられ、マリーの方が気圧されているようだ。
なかなか珍しい絵面だが、マリーもコハクと同じように目をまん丸くしているので笑いそうになる。
とはいえ三人とも話は盛り上がっているようでなによりだ。
「ハジムラド様――私達、婚約しました!」
「そ、それはおめでとうございます」
意外なことに、ラウラは自分から大きな声で婚約を吹聴し始めた。
顔を赤くしながらも、鼻息が荒い。
ハジムラドがやや困惑したように横目で俺を見てくるが、そんな顔をされても俺にもよくわからない。
「ラウラ、そういや俺って七位の貴族になるの?」
「ええ、もちろんそうですよ」
「やっぱりそうなんだ」
「とはいえ、ボナスはそれほど深刻に考えなくても大丈夫ですからね。七位はおまけみたいなものです」
「おまけか……ある意味俺にピッタリではあるなぁ」
やはりカイの言った通り、俺は知らない間に七位の貴族になっていたようだ。
だが、ラウラから言わせるとおまけの貴族みたいなものらしい。
たしかに貴族になるうえでの儀式的なものや、身分を証明するものも存在せず、あるのはただラウラの婚約者という、いまいち頼りない口約束だけだ。
おまけと言っても良いだろう。
むしろ場合によっては無かったことにもできるので、それくらいの方が都合が良いのかもしれないな。
結婚となるとまた違うのだろうけど……。
とはいえラウラは肩書や階級に無頓着なところがあるので、あまり鵜呑みにはしない方が良いだろう。
同じ貴族とはいえ、階層が変われば見える景色も変わるものだ。
おまけの貴族などと軽はずみに人前で言うと、気が付かないうちにだれかを怒らせることになりそうだ。
やはり兵長のカイと事前に話しておいてよかったな。
「――おやおや、ラウラ様がボナスと?」
「そ、そうですよ、メラニー様。私達婚約することに――」
「おお~、それはめでたいですね~」
「ラウラ様、おめでとうございます!」
ラウラの宣言を聞いて、メラニーや他の野次馬常連たちがワラワラと集まってきた。
皆笑顔でお祝いの言葉をかけてくれるが、それほど驚いているようには見えない。
どうやら、俺の知らない間に外堀はとっくに埋まっていたようだ。
ラウラは顔を赤くしながらも、その一人一人に向き合い、嬉しそうに受け答えしている。
俺との婚約は、彼女にとって、そして街の人々にとっても、間違いなく歓迎すべきことのようだ。
そのことが、思ってた以上に嬉しい。
せっかく蜂蜜色の瞳と髪をもっていることだし、ハニーとでも呼んだ方が良いのだろうか。
なんだか俺まで恥ずかしくなってきたな……。
「ところでハジムラド、店の今後について相談したいことがあるんだ」
「かまわんが……俺は所詮元傭兵だ。商売のことで大したアドバイスはできんぞ?」
「いろいろと経験豊富な地竜殺しで、領主様の元筆頭護衛だろ?」
「そんな風に名乗ったことは一度もないんだがな……」
「それで店について――今のような露店形式じゃなくて、どこか物件を借りて店をやることを考えているんだが……、どう思う?」
「そうだな……悪くないかもしれんな」
「規模もある程度大きくなってきて、この一角を広く占有しすぎな気もするし……やはり屋外だと家具の傷みも早い。管理だって相当大変なはずだ。現状のやり方は、あまりにメラニーに負担をかけすぎている。それにオスカーやギゼラの工房も現状だとやっぱり効率が悪いから、この際全部まとめてボナス商会本店ってことでどこかに大きめの物件を借りようかと思ってるんだ」
「――うん? 私は楽しんでやらせてもらってるよ? むしろ今更あんた……どっか行っちまうのかい?」
ラウラを囲んでいたメラニーがこちらへ振り向き、そのままハジムラドの横の席へと腰掛ける。
どうやら話の内容を聞いていたようだが、少し表情が硬い。
なにか勘違いさせてしまったようだ。
「いや、できればメラニーとはこれからも一緒にやっていきたい。この街では一番古い――それこそシロより古い付き合いだしね。今後、俺が店に居られる時間は今以上に限られると思うから、信用できるメラニーには、新しい店の店長をお願いしたいんだ。あと、ハジムラドには看板爺をやってもらいたい」
「看板爺……」
「店長!? そ、それは……私もボナス商会にって話なのかい?」
俺の提案にメラニーは面食らった様子だ。
もちろんずっと前から考えていたことではある。
本来はもう少し順を追い、落ち着いて話せれば良かったのだが、話の流れでやや性急な勧誘になってしまった。
「ああ、どうだろう、ダメかな? もしそれは都合が悪いというのであれば、なにか別に一緒にやっていく方法を――」
「ぐぎゃうぎゃう~! め~らに!」
「ク、クロ!? ――ふふっ、なんだか……あんたたちが、はじめて私の露店の横に店を出した日のことを思い出すよ」
ちょうどテーブル席へコーヒーを運んできていたクロが、メラニーに後ろから抱き着いた。
メラニーがボナス商会の仲間になるかも、という話を耳にして、すっかり喜んでしまったようだ。
だが、そのおかげでメラニーもなにか決心がついたように見える。
「ああ、懐かしいなぁ」
「あの時の私は……少しそっけない態度だったかもしれないけどね。内心、すっごくドキドキしていたんだ」
メラニーの話は、当時俺が彼女から受けた印象とは少し違うものだった。
確かに少し気だるそうな雰囲気をまとってはいたが、そっけないというようなことはまったくなかった気がする。
「どちらかというと、メラニーははじめから面倒見が良くて親切だった気がするぞ? けど……、ただコーヒーとチョコレート売ってただけで、俺達にそんなドキドキする要素なんてあったかな?」
「そうなんだけどねぇ~……当時のボナスやクロの様子を見ていたら、どうしてだか壮大な冒険の物語のある一幕でも見せられているような気持ちになってね、そんな大きな物語に自分も巻き込まれていくような……、なんだか不思議な気持ちに興奮したんだよね」
「それじゃあ――、やっぱりメラニー様の直観は外れてはいませんでしたね!」
「ええ、ほんとに。私も今ちょうどそう思ってたところなんですよ、ラウラ様」
メラニーの口から冒険の物語なんて言葉が出てくるとは思わなかったな。
彼女は今までサヴォイアを出たことがなく、それどころか人生のほぼ大半をこのミシャールの市場とその周辺で過ごしていると言っていた。
普段のメラニーからはサヴォイアの街やミシャール市場、そして日常への強い愛着を感じるが――やはり、その一方で外の世界への憧れのようなものも感じていたのだろうか。
「だけど、そんな冒険の物語があるとすれば、その主役は間違いなくクロの方だろうなぁ」
「ぎゃ~ぅ……ぼなす~?」
「いやいや、クロ。俺なんてよくて脇役だろうね、きっと。それで――メラニーどうだろう、店長の件は?」
「さすがにこの流れで断れないよ。私がボナス商会、サヴォイア本店の店長になるなんてそれは――とても誇らしい話だね。でも、店長はハジムラドじゃなくていいのかい?」
「はむはむ~?」
「いや、ハジムラドには酒蔵のほうが似合うだろ? これから酒造りを一緒にやりたいし、他にもいろいろ手伝ってほしいことが多くてね。もちろんコーヒーも入れてもらいたいが……どうだハジムラド?」
「かまわんぞ。しかし、ヴァインツ村の状況は当初に比べてかなり変わりつつあるようだが……、果たして酒蔵の建造は大丈夫だろうか?」
「父はむしろ今こそ酒蔵づくりは積極的に進めて欲しいようですよ!」
「そうか、領主様が……それなら良かった」
ハジムラドは酒造りには並々ならぬ情熱を持っていた。
今も少しその話が出るだけで、少しソワソワしている。
もちろんこのままコーヒー店の看板爺として気のすむまで働いてもらうつもりではあるが、ハジムラドはサヴォイアだけに留めておくにはあらゆる面で優秀過ぎる。
「ヴァインツ村関連の事業全体についてはもう少し詰める必要はありますが、それも基本はボナス商会が主軸となることを期待していると言ってました」
「お、重いなぁ……。酒蔵の件は良いとしても、やっぱり貴族や兵への対応が難しいね。何人くらいやってきて、その連中がどういうスケジュールで、何を求めて動くかわからないからなぁ……、領主様とはまたその辺詰めないとだめか」
「そうですね~。ただ、基本的な方針としては、今回の戦争のことはあまり勘定に入れなくていいと思いますよ。あくまで父は領主として長期的に見たヴァインツ村の復興と発展を望んでいるようですから。それ以外については、軍からの要請があってから、適宜対応するくらいで十分ですよ。父も戦争関連については、むしろ私やボナスさんにはあまり深くかかわってほしくないようでしたから、そのあたりの事柄については自分で対応するつもりでしょうね。あわよくば今回の軍事行動を利用して、ヴァインツ村が活気づけば良い――、それくらいに考えていると思いますよ」
たしかにラウラが言う通りだ。
いくら娘の婚約者に据えたからと言って、ただの一商人に過ぎない俺に、領地の命運を託すようなことはしないだろう。
実際、戦争にはなるべく関わるなと言われたばかりだ。
「そう言われると気が楽になるね。しかし、結局何から手を付けるのが良いのかなぁ……アジトの増改築は並行して進めるとしても、サヴォイア本店が先かヴァインツ村が先か」
「貴族や兵がサヴォイアへ集まる前に、先に本店を構えた方が良いだろう。どうしたって、これからさらに治安は悪くなる。ちゃんとした店があれば、仕立屋の娘達やメラニーも安全に働けるだろう。ギゼラやオスカーも固まって動ける方がなにかと良いはずだ。それに、資材や荷物の置ける場所も欲しい。今でさえ物の置き場がなくて難儀しているからな。今後は資材や食材のストックなども大量に必要になるはずだ」
「そうだな……酒蔵を作るにはそれ相応の時間が必要だし、今ここにいないピリやメナスの意見も聞かなきゃだめだよな。まずは本店から取り掛かるのが良いか。今はサヴォイアで寝泊まりする場合は、ギゼラの工房を間借りしている状況だけど、少々手狭だし、さすがに快適とは言えないからなぁ……できれば寝泊まりできる場所も欲しいところだな」
いくらハジムラドが店を守ってくれているとはいえ、休憩をとることだってあるだろうし、娘達も仕事の合間にゆっくり休めるような場所があっても良いだろう。
それに同じサヴォイアに居ながら、仲間がバラバラに行動していることが多いというのも効率が悪い。
ただ、工房を兼ねるとなると立地は限られるだろうな。
金銭的にはマーセラスからかなりの額を献上されているので心配なさそうだが、サヴォイアの不動産は金を積めば手に入るようなものでも無いだろう。
貴族という特大のアドバンテージは得たものの、近隣住民から煙たがられるようでは何かとうまくいかなくなるだろう。
そう考えると、飲食店と工房はあまり相性がいいとは言えない。
どうしても工房には騒音等の問題が付いてくるので、主要な表通りや市場に面した物件を借りるのは難しいだろう。
ただ、このミシャールの市場からあまり離れた場所は嫌だな。
すっかり愛着を感じるようになってしまったし、今ではお互い名前を呼び合うような常連だってたくさんいる。
客層だってサヴォイアの中では群を抜いて良い。
だとすると……ちょうど職人町とミシャール市場の間、そのわずかな区画から選ぶのが妥当か。
一本、あるいは二本ほど裏の通りに面した建物になるだろうな……。
今より客は減ってしまいそうだが……ある意味貴族たちの目に触れにくく、ひっそり常連を囲い込むように商売できるので、むしろ良いのかもしれない。
「メラニー、この辺の物件で、市場から一本入ったくらいの場所でなにかいい物件ないかな……、ギゼラやオスカーの工房も併設できるような建物が良いんだけど」
「うん? ああ物件のことね、普通はこういうのも信用がないと難しいんだけど――あんたも今じゃラウラ様の婚約者で、立派な貴族様だもんねぇ~」
「さっそく貴族であることが役に立ちそうだな……で、どうだろう?」
「そうだねぇ……たぶん、いくつか候補はあるとおもうけど……、一度母さんに相談してみるよ」
「母さん……ああ、クララか! 確かに、それなら間違いなさそうだ」
そう言えばメラニーの母親はこの市場の顔役だった。
近場の不動産を紹介してもらうには一番いいだろう。
最近顔を合わせていないが元気なようだ。
相変わらず滑るように不思議な移動方法を実践しているのだろうか。
「ボナス、メラニー、なるべく大きな物件にした方が良い。俺も場合によっては今の部屋を引き払ってそちらへ住みたい」
「ぜひそうしてくれ。ハジムラドが常駐してくれるといろいろ助かる」
「ならば――北東の部屋を頼む……あと、天井は低い方が良い。改装もするんだろう? 壁の色は――」
今ハジムラドが住んでいるところは賃貸のようで、特に愛着は感じていないらしい。
そもそも引っ越しを検討していたのかもしれない。
ただ、部屋に対する注文が多いな……たしかに、こいつも相当こだわり強そうなんだよな。
まぁ、気持ちはよくわかる。
「もちろんその予定だ。俺も店の内装にはいろいろとこだわりたいことがあるし、オスカーにも相談――」
「ちょっと、ちょっと! 私も自分の店をもったらやりたいことがいろいろあったんだよ!」
「ああメラニー、もちろんそれは――」
「ボナスさん……話は聞かせてもらいましたよ! 私たち抜きにお店の内装を考えるなんて、絶対ダメですからね!」
「あ、ああ……もちろん。なんだかロミナもメアリも迫力出てきたなぁ……」
「可愛いお店が良いわね」
「マリーも……こだわり強いよな」
「わ、私も~! 私は自分の部屋が――あっ、ボナスと一緒の部屋が良いですね! だ、だって……婚約者だから! ね、ねぇボナス?」
ラウラまでよくわからない自己主張を始めた。
ただ、サヴォイアにいる時くらいは領主館で寝泊まりしないと、さすがに領主が悲しむんじゃないだろうか。
「ぼなす~!」
「ああ、わかってるよ、クロとシロは俺と同じ部屋だろ?」
「ぎゃうぎゃう!」
「ちゃんとドリーが出入りできる場所も作ってやるからな」
「ぐぎゃ~ぅ~!」
「えっ、わ、私は? 私も一緒ですよね、ボナス?」
「ああ、もちろんじゃないか、ラウラ。ただ……、一度お父さんとも相談してみるわ」
「え、えぅ……」
「うにゃぅ~」
一瞬にしてしおれたラウラはコハクの背中に顔を埋めてしまった。
それにしても、どうやら気が付けば俺の周りは妙にこだわりの強い連中ばかりが集まっていたようだ。
ギゼラやオスカーも工房についてのこだわりはそうとう強いはずだし、ザムザとミルだって厨房の作りには妥協しないだろう。
まずは物件探しからだが、これを取りまとめるのは……なかなか大変なことになりそうだぞ。




