第180話 店員
クロとシロ、マリーを連れて領主館からミシャールの市場へと移動する。
ザムザは兵士たちと飯を食うことにしたようで、帰るまでに露店で合流することになっている。
ミルとギゼラは買い出しを先に終わらせるようで別行動だ。
ちなみにミルの作った昼食は、アジトから運んできた食材で作った具沢山のハンバーガーのようなもので、相変わらずうまかった。
オスカーの燻製が良い仕事をしている。
昼間からビールを飲みたくなった。
途中、ラウラがどうやってかその存在を嗅ぎつけて、二つほどハンバーガーを掻っ攫っていった。
領主と一緒に食べるのだろうか。
仲のいい親子だな。
ただ、一瞬だけ俺を見て顔を赤らめていたので、もしかすると急に婚約したことで気恥しくなってしまったのかもしれない。
気が付くと文官やメイドが数名混ざり込んでいたりと、厨房はなかなか混沌とした様子だったが、特に違和感もなく皆上機嫌にハンバーガーをパクついていた。
「ぐぎゃ~ぅ?」
「おぉ、懐かしい――というには色々変わりまくってるな。あとハジムラドのやつ、馴染み過ぎだろ……」
「あの地竜殺しが……面白いわ」
「マリー、悪人みたいな笑い方になってるぞ」
久しぶりに見る店は以前と変わらず盛況なようで、テーブル席は当たり前のようにすべて埋まっており、日陰で壁にもたれ掛かり立ち飲みしているような連中までいる。
露店にはハジムラドが立ち、複数のドリッパーでコーヒーを淹れつつ、客の応対なども器用にこなしている。
ぴんくの姿が刺繍されたエプロンまでつけて……あれ、俺も欲しいな。
メラニーや仕立屋の娘達も協力してくれているようで、テーブル席で客の相手をしつつ片付けをしたり、洗い物など裏方作業を担当してくれているようだ。
俺達の存在に気が付いたハジムラドは、一瞬だけこちらへ視線をよこし小さく頷くと、また手早く露店を切り盛りしている。
クロほどではないが、それでも異様に手際が良いな。
三十年ほどこの場所でコーヒーを淹れているなんて言われても、素直に納得してしまいそうな雰囲気だ。
相変わらず暑苦しいひげを蓄えてはいるが、それさえも妙に格好良く見えてくる。
「コハクもいるね」
「えっ、何処?」
「ほらあそこ」
シロが露店のすぐ横を指差す。
コハクがスフィンクスのように座っており、コーヒーを待つ客たちから何かご利益でもありそうな手つきで撫でられ、ウニャウニャいっている。
あいつアジトを出る時はエリザベスとゴロゴロ転がってたのに……結局サヴォイアへ遊びに来たようだ。
ただ街の人の様子を見た感じ、特に珍しいことでもないようなので、よくこうして街へも遊びに来ているのかもしれない。
相変わらず移動に関しては反則的なやつだな……。
「コハクは……早めに領主へ紹介しておいた方が良いかもしれないな」
「そうね、あの子はラウラ様ととても仲が良いから、うっかり領主館へ遊びに行って、何も知らない領主様と鉢合わせなんてことになったら――面白いわね」
「面白くない!」
「――あっ! お~い、みんな! ボナス商会の連中がやっと帰ってきたぞ!」
「やっとか! 全くお前は心配させやがって――」
客たちも俺達に気が付いたようだ。
常連達がわざわざテーブル席から立ち上がり、こちらへワラワラと集まってくる。
ほとんどがクロやシロの帰還を喜ぶものだろうと思っていたが、皆ひと通り俺の背中をバシバシと叩きながら声をかけてくれる。
常連の爺さん連中の癖のある顔や説教臭い物言いまでも、なんだかとても心地よいものに思えてきてしまう。
埃っぽいサヴォイアの空気にコーヒーの香りを感じ、あまりに懐かし雰囲気と思いがけない歓迎に、少し泣きそうになってしまう。
「ああ、メラニー!」
「あんた……聞いちゃいたけど、ほんとに無事でよかった……まったく、もう心配かけてさぁ!」
「ありがとう、メラニー。出会った頃からず~っと、世話になりっぱなしだね」
メラニーはテーブル席から駆けてくると、誰よりも強く背中を叩いてくる。
少し涙ぐんでまでいて、本当に心配させてしまったらしい。
思えばクロと二人、市場の片隅で露店を始めたとき、もしメラニーが声をかけてくれなければ、俺は早々に商売を諦めていたかもしれない。
彼女は出会った時からずっと俺達に良くしてくれている。
一見やさぐれたようなところもあるが、本当は情が深く優しい女性だ。
「ぐぎゃうぎゃう、めらに!」
「ああ、クロ……会いたかったよ! あんたのこともずっと心配してたんだよ。ボナスとまた会えて、ほんとうに良かったねぇ」
「ぎゃぁ~う~!」
それに街の人間で最初にクロの魅力に気が付き、受け入れてくれた人物でもある。
今もクロと二人手を取り合って再会を喜び合っている。
「ハジムラドも本当にありがとう。そのエプロン、格好いいぞ」
「ああ――、コーヒー、淹れてやろうか?」
「ははっ、良いね。ぜひ頼むよ」
ハジムラドは久しぶりの再会にも関わらず、相変わらずの不機嫌顔で、ただコーヒーを勧めてくる。
相変わらず愛想は無いが、いかにもハジムラドらしい。
しかしまさかこいつにコーヒーをいれてもらう日が来るとは思わなかったな……。
「ボナスさん無事で良かったですね!」
「どうです、ずいぶん綺麗なお店になったでしょう?」
「ああ、ロミナとメアリはやっぱり趣味が良い。あのエプロン俺も欲しいよ」
仕立屋の娘達も元気に出迎えてくれた。
クロ達がいない間も、しっかりと店を支えてくれていたようだ。
「エプロンですか? ああ、ハジムラドさんがつけているものですね。もちろんみなさんの分、もう作ってありますよ!」
「――それは、私の分もあるのかしら?」
「双剣のマリーさん!?」
「あなたたちがボナスたちの服を作ってるんですってね」
「は、はい!」
「少し相談したいことがあるんだけど、ちょっと向こうで話しましょう?」
問答無用でマリーが切り込んでくる。
そういえば、早くエリザベスの生地で服を作りたいと、ずいぶん意気込んでいたんだった。
そのあまりの勢いに、仕立屋の娘達が面食らってしまっている。
「えっ、で、でもお店が……」
「私とクロが露店やるから大丈夫」
「ぐぎゃうぎゃ~う!」
「さぁ、あなたたち、私の服についてお話ししましょう。いろいろ考えてることがあるの」
「は、はい!」
「マリーさんのお洋服……」
どうやらクロとシロが久しぶりに店の仕事をするようだ。
客たちは久しぶりにうちの看板娘達、クロとシロが帰ってきたことで歓声をあげている。
マリーは仕立屋の娘達をしっかり確保し、混雑するテーブル席を巧妙に確保し、話し込み始めてしまった。
ロミナとメアリも意外と前のめりだな……。
「私は、みんなにありがとうって言いたい気分」
「確かに……そうだね、シロ。ハジムラドのコーヒー飲んだら俺も混ざるよ」
「ぎゃうぎゃう! はむはむ!」
「ハムハム……」
「ハジムラド、せっかくだしこの一杯飲む間、少し話に付き合ってくれよ」
ハジムラドが俺にコーヒーを手渡すと、クロに露店前から押し出され面食らっている。
せっかくなので少し壁際に引っ込んでハジムラドと話をすることにした。
「あらためてありがとう。本当に助かったよハジムラド。しかし……当たり前のように美味いな、このコーヒー」
「気にするな、俺にとってもこの仕事はちょうど良かったんだ」
「正直なところ、まさかお前が露店に立ってくれるとは思ってなかったよ。サヴォイアも少々物騒になりはじめたタイミングだったし、メラニーや仕立屋の娘達が安心して働けたのはハジムラドのおかげだ」
「言っただろ、気を逸らすのにちょうど良かっただけだ。正直、俺もアジールの件はかなりこたえた。お前が攫われたのも、結局は俺の見る目が無かったからだ。もう傭兵も、傭兵を使う仕事も嫌になってな……せめてお前の露店を維持するのくらいのことはしようと思ったのだが、これが意外と面白くてな」
本人が言うように、アジールの件はハジムラドの心にかなり暗い影を落としているようだ。
その名を声に出すだけで、かなり苦々しい表情を浮かべていた。
実際、ハジムラドはアジールのことを誰よりも高く評価していたし、自分の後釜としてマリー以上に期待していたような気がする。
魔人であることはマリー含め誰も見抜けなかったし、むしろその能力の高さはハジムラドの見立て通りだったわけで、見る目が無いというわけでもなさそうだが……だからと言ってそう簡単に気持ちの整理もつかないのだろう。
「いやいや……あいつが魔人だったなんて、普通はわからんよ。未だに本当に俺達を裏切っていたのかさえ、確信が持ててないし……。あいつ、いろいろ画策はしていたようだけど、俺が知る限り嘘はつかなかったし、いつも面倒くさそうにしながらも、どんな仕事も必ずきっちりとこなしていたからなぁ……やっぱり未だに信じられんよ。いずれにしろハジムラド、俺のことについては責任を感じてくれるなよ。むしろ露店を守ってくれて本当に感謝してるんだ」
「そうか……」
ハジムラドの分厚い肩を叩くと、指の裏で髭を撫でながら、露店へと視線を向けている。
釣られるように露店を見ると、クロとシロが客たちに群がられている。
他の露店の連中も会いに来ているようだ。
クロはもともと人気者だったが、いまではシロの人気もなかなかのものだ。
「しかし、地竜殺しがこんなところで……いつまでも店番やってていいのか?」
「我ながら向いてると思う」
「確かに妙に様になってるんだよな……」
「なんだ、俺はもうクビか?」
「いやいや、俺はもちろんありがたくはあるんだが……」
「俺が傭兵斡旋所で働いていた時は寄り付きもしなかった傭兵どもがな、最近露店に来てよく話をするようになったんだ」
「ああ……、そういやおまえの前だけはガラガラだったもんな。なんか懐かしいなぁ~」
「斡旋所を辞めた後になって、傭兵としての相談を受けるなんてな」
「そのエプロンが良いんじゃないか? なぁ、ぴんく」
「そう……かもしれんな」
ぴんくは胸ポケットから身を乗り出し、エプロンに刺繍された自分の姿をじっと見つめている。
ハジムラドはその様子を見て、わずかに笑顔を浮かべた。
「実際、お前の店にいる限りは、もう領主様から恨まれるようなことも無いだろうしな」
「それはどういう……?」
「ラウラ様と婚約したのだろう? 普通であれば、俺やマリーなどはそう簡単に引退するなんてできんからな。お前が窓口になってくれたおかげで気楽な身分だ」
「うわっ……なんか面倒そうな中間管理職を押し付けられたような気がしてきたぞ。お前、そういう魂胆かよ……マリーも確信犯だな」
「とはいえ、お前にこそ最も利益のある話だぞ。領主様は少々露悪的で好戦的なところもあるが、基本的には大変優秀なお方だ。いつもなるべく多くの人が得する最善の提案をしてくださる」
「そうか……それじゃ、ハジムラドもボナス商会に就職か?」
「なんなら今から面接でもするか?」
「俺より美味いコーヒーを淹れるなんて減点だぞ?」
「ふんっ」
「これからもよろしく」
ハジムラドに右手を差し出すと、エプロンのポケットから右手を出し、こちらの流儀でしっかりと握手を返してくる。
肉厚だが特に剣ダコのようなものもなく、地竜殺しと呼ばれているのが信じられないほど柔らかい手だ。
状況に応じて臨機応変に武器も戦略も変えるタイプのようだし、マリーのように特定の武器に特化した訓練などはしてこなかったのだろう。
何をやらせても人並み以上にこなすような器用さを持っているようではあるが……けっして器用な生き方をしているようにも見えない。
そういう部分も含め、長く付き合っていると、この不機嫌面にも妙な愛嬌を感じてくるから不思議なものだ。
「実際、かなりありがたいんだけどな。なんだか貴族の相手もすることになりそうだし、相談に乗ってほしいことが山ほどある」
「だろうな。どうやら今日は俺の仕事はクロとシロに取られてしまったようだし、……テーブルで話すか?」
「ああ、そうしよう」
「ただ、その前に……お前の婚約者を何とかしてやったらどうなんだ?」
「え? 婚約者……あぁ、ラウラなにやって……出会った時とまったく同じことしてるな」
ハジムラドの視線を追いかけると、露店を少し離れた場所から観察し、物陰から出たり入ったり、やたらとウロウロしているラウラを見つけた。
後ろには専属護衛兵のモモが付いて来ており、笑顔で小さくこちらへ手を振っている。
急に昔の頼りないラウラ、ウララと名乗っていた頃に戻ってしまったようだ。
「おーい、ラウラ! こっちで一緒に少しハジムラドも交えて話をしよう」
「あっ……そ、そそそうですねっ、ボ、ボナス!」
「やれやれだな……」




