第176話 サヴェリオ・サヴォイア②
「これからはサヴォイアもいろいろと状況が変わってくるだろう」
「戦争……やはり、タミル帝国が相手ですか?」
「ああ、お前を誘拐した商人もタミル帝国側とのつながりがあったようだな」
嫌な記憶がよみがえる。
皆にも迷惑をかけてしまった。
ビビやガストと出会えたので、ただ悪いことだけでも無かったが……もう一度経験したいとも思えない。
「カミラのことですね……まぁ、いろいろありました。それで、ここサヴォイアが戦場になってしまうのでしょうか?」
「いや、この街からタミル山脈までのどこかに拠点を築く予定だ。そこが主な戦場になるだろう。すでに向こうも山越えのルートを開拓しているようだ」
誘拐されている間に、かなり状況は進んでいたようだ。
それにしても拠点か……立地を考えると三角岩のあたりになりそうだな。
エリザベスが来てからはあまり立ち寄ることもなくなってしまったが、思い入れのある場所だ。
かつてはよくぴんくを連れ一人で静かに星空を見上げながら野宿したものだ。
メナス達との交流の場としても思い出深い。
コーヒー片手に何時間も地平の彼方を見つめ、ただひたすら彼女たちを待つ。
そんな無為な時間も悪くはなかった。
あの場所が戦場になることを想像すると、どうしても嫌な気持ちになるな。
「今まで聞いていた話では、お互いの国にとって戦争は利益にならないような話を聞いていたのですが、どうして今になって――」
「皇帝が死に、新しい皇帝が即位したのだ」
「あぁ……」
「女帝らしい。予想されていた皇帝候補は皆男のはずだったが……なにか大番狂わせが起きたらしいな。噂では相当な変わりものらしいが、頭は抜群に切れるようだぞ。さらにあの国では珍しく、兄弟を全員生かしている。詳細な情報はまだ入ってきてはいないが……どうやら、これまでとは少しやり方が違うようだ」
「王国へ戦争を仕掛けてくるところを見ると、穏健派というわけでもないのでしょうか?」
「さぁな……。ただ、今後帝国を支配しやすいように、この戦争を利用し、旧体制で力の強かった貴族や領主をすり潰しておこうとするのは間違いないだろう。それに、継承権を争った兄弟でも、生きていればいろいろと利用価値はあるものだ、――私のようにな」
そういえば領主は現王の兄弟か。
聞いた話では、目の前の領主は王と仲が良く、特に継承権を争ったわけでもないらしい。
だが、王族に生まれつつも、このような辺境に封じられ、実際思うところもあるのかもしれない。
領主はわずかに苦味を感じさせる表情を見せた。
「もしくは、純粋にサヴォイアを切り取りたいと考えている可能性もある。タミル山脈はモンスターの多発地帯であるとともに、歴史的に見ると彼らにとって聖地に近いような場所だ。今のレナス王国と山脈を案分しているような状況は、あまり面白くないはずだ」
「モンスターが多い山脈なんて所有していてもあまり良いことがなさそうですが……」
「帝国はモンスターを使う技術が高く、労働力や戦力として使うことができる。それに、どうやら新しい女帝はこれまでの皇帝以上にモンスターの利用に積極的らしい。多くの魔人を直接召しかかえているとも聞いている」
「魔人……、すべての魔人が必ずしもタミル帝国の影響下にあるというわけではないのでしょうか?」
「どうだろうな……、魔人については我々にもわからないことが多い。千年以上自由に世界を旅をしている魔人の伝説などもあるが――、果たして実際はどうなのか。なにぶん魔法使いは魔人に嫌われていてな……」
どうしてもアジールのことが頭をよぎる。
タミル帝国に使われていたようにも思えるが、忠誠心を発揮するようなタイプだとも思えない。
結局あいつは俺をどうしたかったのか、今も分からないままだ。
タミル帝国との戦いでまた姿を現すことがあるのだろうか。
戦争は嫌いだと言っていたが……。
できれば敵として出会いたくないな。
「とはいえ、いまのところ戦争は大規模になることはないだろう。タミル帝国はこのサヴォイアの領土を深く切り取りたいとは思っていないし、我々もタミル山脈を超えてまで帝国へ侵略する体力はない。自然環境を考えるとタミル山脈あたりを国境に据える他ないのだ。いまさら言うまでもないことだが、結局のところ過酷なタミル山脈と地獄の鍋が天然の国境になっており、その境界を跨いで国家運営するのは常識的とは言えない」
メナスたちは日常的に行き来しているので、意外と山越えなんかは何とでもなりそうな気がしてしまうが、実際はそう簡単なことでも無いのだろう。
確かに、最初はそんなもんかと思っていたが、メナスたちは全員戦闘力も高く、体力もかなりある。
武器や毒の扱いにも長けているし、その辺の野盗やモンスター、傭兵などにも負けないだろう。
なにより、そう簡単にメナスたちの真似ができるのであれば、同じような商売をする人間がもっといてもかしくはない。
「それに、地獄の鍋はタミル帝国にとって特に触れたくない場所のはずだ。前身となる小国がかつて地獄の鍋から来た赤い神獣に滅亡させられたという伝説もあって、手を出すのは禁忌となっている」
「そういえば、少し聞いたことがあるような気がします……」
昔、エリザベスとコハクを見たメナスがそんなことを言っていた気がする。
そういえばメナス達は大丈夫だろうか。
別れた時点では戦争は明確になっていなかったが……。
そう簡単に死ぬような連中じゃないのは知っているが、やはり少し心配だな。
それによく考えればヴァインツ村は大丈夫なのだろうか。
タミル帝国側の軍隊は山を越えてくるようだが、あの小さな村がまた蹂躙されたりはしないのだろうか。
いろいろと不安に感じ、先ほどからずっと大人しいマリーへ視線を向けるが、口に手を当て小さくあくびをしている。
こうなることを予想していたのか、それとも単に図太いのか……まぁ両方だろうな。
「マリー、寝るなよ」
「領主様、そろそろ具体的な話をしていただけませんか?」
「……いいだろう」
相変わらずマリーは領主相手にもひやひやするような態度だ。
はやく話を終わらせて、ケーキを食べたいのかもしれない。
領主もそんなマリーに対しては何処か諦めたような態度だ。
「結論から言うと戦争は我々が勝つだろう。ただ、少し国境は変わるかもしれん。そして私自身は戦闘には関わらない予定だ。だから戦争自体のことは……まあ、良いのだ」
「そ、そうですか」
「問題は、サヴォイアで起こるであろう変化への対応だ。これから多くの兵士と貴族がこの街へと押し寄せてくる。全体の経済としては潤うだろうが、物価は急激に上がり、治安は悪くなるだろう。一部の馬鹿な貴族が、なにか行き過ぎた悪さをする可能性もある。前線に拠点を築くと言っても、所詮は天幕を多少補強したレベルのものだ。貴族も兵士も常に前線へ張り付いているわけではない」
「……ヴァインツ村は大丈夫でしょうか?」
「ああ、今日話したかったのは、まさにそのヴァインツ村についてだ。今回の戦争をあの村の復興に利用したい。あの村はいろいろな意味でこれから非常に重要な場所となるだろう。たとえ拠点をどこに設けたとしても、間違いなく最寄りの村ということになるはずだ。戦略上重要な補給地、そしてケガを負ったもの、あるいは暇を持て余した貴族たちの保養地として最適だ」
「タミル帝国の軍が村へ攻め込んでくることはないのでしょうか?」
「それは難しいだろうな。いやむしろタミル帝国は本来、今時点でヴァインツ村を破壊しているはずだったのかもしれん。だが――、まさにお前たちのおかげで、ヴァインツ村はいまだ健在であり、我々王国の領土のままだ。そして、あのあたりの山々はタミル帝国側から進軍するには厳しすぎる。もともと山に住むモンスターであれば、山越えも可能だろう。だが、人間の兵士や平地に住むモンスターでは到底不可能だ。拠点ができた後、我々の前を通り過ぎ、敵に背を向けてまで村へと攻め入るようなことはあまり現実的とは言えないだろうな」
「そうですか……復興が無駄にならなくてよかったです。それに、やはりあの村には愛着もありますし……」
「そうだ、お前たちが復興させたおかげで、あの村も再び回り始めている。農業が再開され、ちょうど今山羊も別領から届いたところだ。おまけに……なにやらラウラ酒などというものも開発中なのだろう? まったく素晴らしい成果だ。そこで――ぜひ、お前たちに村の運営、そして輸送に協力してもらいたいのだ」
「村の運営……ですか?」
「ああ、人を送り込み村民へいろいろ聞き取り調査をしたのだがな、皆口をそろえて、ボナスたちに任せておけば間違いないと言っていたらしい。まるで家族の自慢でもするような調子だったらしいぞ」
確かに、村の連中は全員顔も名前も覚えているし、黒狼の頃から考えると付き合いもずいぶん長い。
ザムザと二人で考えた名前を産まれたばかりの赤ん坊につけたこともあった。
ここまで来たら、さすがに関わらないわけにはいかないような気がしてくるな。
酒蔵のこともあるし、ハジムラドやピリ、メナスなども協力してくれるだろう。
変な連中にあの豊かな村を台無しにされても腹立たしいし、戦場へ行けと言われているわけでもない。
「わ、わかりました、協力します。とはいえ小さな商会ですから、できることは限られているとは思いますが……」
「大丈夫だ。資金の心配はいらんし、実際の作業は村人や領内の職人、傭兵に任せればよい。お前にはその差配を任せたいのだ」
領主は今日初めての微笑を浮かべた。
笑うと目元がラウラにより一層似た雰囲気になる。
歯を見せない笑い方のせいで、少し邪悪にも見えるな……。
「ただ、俺達はあくまで商会ですから、実際の直接的な戦争への参加は――」
「わかっている。むしろ戦場へは来るな。どうもお前達ボナス商会が関わると、いろいろとおかしなことが起こるようだからな……」
「それは助かりますが……、おかしなこととは?」
「いろいろあるが……まずはラウラだ。王都から戻ってみたらすっかりおかしくなっているではないか?」
「あぁ……」
「おっ、お父様!?」
それは正直否定できない。
ずっと一緒に居た俺達から見ても、ラウラは見た目も中身もずいぶん変わった。
クロじゃないが、二回くらいは変身したんじゃないだろうか。
ラウラはケーキの皿を抱えたまま、ソファーから俺の横へバタバタとやってくる。
父の発言に不満があるような表情だ。
「何か怪しい邪法で中身が入れ替わってるのかと思ったぞ。いつもどこか気弱だったあのラウラが、嵐のように魔力をたぎらせて、まさか私の胸倉を掴み、よくわからん男を助けたいと……脅すように言ってくるのだ」
「それは……いろいろご迷惑を……あと、ラウラもありがとう」
「いえ、あ、あの時は私も焦っていましたので……」
「それに、魔法使いとしても化け物じみた成長をしている」
「ば、化け物って……」
「事実隣領から聞こえてくる噂は実に物騒なものが多いようだぞ? 城を一瞬で崩壊させただの、水平線の彼方まで海を割っただの、おまけに領主を恐怖で卒倒させたらしいではないか。隣領では国崩しの魔女などと呼ばれ、恐れられているらしいぞ?」
「く、国崩しの魔女!? ……し、心外です!」
「ああ、父としても十分複雑な気持ちだ。そうだな……ちょうどいいか」
領主はラウラと俺の顔を見比べ、何かを考えているようだったが、急に俺の目を射抜くように見た。
ラウラが魔法を使う時のように、その黄金色の瞳が輝いているように見え、思わず身構えてしまう。
「な、なんでしょうか?」
「そう言うわけでボナスよ、ラウラと婚約しろ」
「はい……、え?」
「へぁ……? お、おとうさま?」
ああ、話が急に飛ぶところも、ラウラとそっくりだなぁ……。




