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異世界アジト~辺境に秘密基地つくってみた~  作者: あいおいあおい


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第175話 サヴェリオ・サヴォイア

「――あくまで非公式な場だ。椅子に掛けてリラックスしてくれ」

「え、ええ……」


 目の前に座る男はサヴェリオ・サヴォイア。

 ラウラの父であり、このサヴォイアの領主だ。

 おまけに顔がやたら怖い。

 そして領主の護衛や文官が三十人ほど、俺を取り囲み事の成り行きをじっと見守っている。

 リラックスできるわけがない。


「ヴァインツ村復興の件では、いろいろと世話になったようだな。未熟なラウラにずいぶん協力してくれたと聞いている。領主として心から感謝する」

「あ、ありがとうございます。ただ、すでに十分な報酬は貰っていますし、俺たちのほうもラウラにはとても助けられました。まったく一方的な関係ではありません。彼女のことは尊敬していますし、大切な友人だと思っています……正しい表現かは分かりませんが」

「友人か……」


 緊張した空気の中、覚えたての敬語らしきもので必死に応対する。

 少し語尾を変えている程度のはずだが、いつも通り言葉が出てこず、非常に喋りにくい。

 ただ領主は俺のたどたどしい様子も、特に気にした様子はない。

 思ったよりもはるかに冷静な男のようだ。

 笑顔で歓迎されているわけではないが、とくに威圧的な態度をとられてるわけでもない。

 ラウラと親しくしすぎだと怒鳴り散らされたらどうしようかと思っていたが、そういうことにはなりそうにない。

 先ほどから落ち着いた声色で、これまでのことへの感謝を淡々と述べられているだけだ。

 ただ、どうもこの領主――、先ほどから微妙に揺れている気がする。

 あの感じはなんとなく見覚えがある。

 立派な執務机に隠れて見えないが、あれは相当な勢いで貧乏ゆすりをしているはずだ。

 実はめちゃくちゃイラついているのかもしれない。

 怖い……。

 もちろん、ただの癖ということだって十分ありうる。

 あまり深く考えないようにしよう。

 ちなみに机の上は綺麗に整頓されている。

 作業中の書類など、置きっぱなしにしているものは多いが、わずかな乱れもなく整然と並べられている。

 几帳面な、あるいは神経質なタイプなのかもしれない。

 そのあたり、かなりおおらか、というか雑なラウラとはまったく違うようだ。

 一方で、見た目はめちゃくちゃ似ている。

 親子でそっくりだ。

 正直笑いそうになって危なかった。

 眼鏡こそかけてはいないものの、ラウラと同じ白い肌に蜂蜜色の髪と瞳で、なかなかの美形だ。

 ただし、普段ふにゃふにゃした印象の彼女とは表情がまるで違う。

 口元は真一文字に結ばれ、感情が読めない。

 眉間に刻まれた深いしわは、やや苛烈な性格を想像させるが、その声色は自制が効いた落ち着いたものだ。

 五十代後半だと思うが、体も日々鍛えているのだろう。

 たるんだところがなく、清潔感がある。


「お父様も、ケーキ食べてくださいね。もぅ、ほんっと、ミルのケーキは最高ですから!」

「ああ……」


 背後のソファーからラウラの声が聞こえる。

 楽しそうな声色から察するに、今まさにケーキを楽しんでいるのだろう。

 領主の机にも、お土産に持ってきたミルのケーキが一切れ、豪奢な皿に鎮座している。

 まだ手は付けられていないようだ。

 机の上で居場所を探すように皿の位置だけが落ち着きなく変えられており、そのたびに領主の視線が俺やマリーの背後にいるであろうラウラや仲間達へ移動する。

 やはり少し神経質なタイプなんだろうな……。

 ちなみに今いる部屋は以前ラウラに通された応接室よりふた回りほど広く、内装も立派だ。

 ただ、さきほど領主の言った通り、式典に利用したり、正式な謁見用をするようなフォーマルな場所ではないのだろう。

 領主の執務室として、日常的な謁見や懇談、会議などもできるようにしつらえられたような部屋だ。

 立派な執務机の他にも巨大なソファーが鎮座しており、そこには今頃ラウラとクロ、シロ、ギゼラにザムザ、ミルが座っているはずだ。

 お茶とケーキを楽しむ食器の音と、楽しそうな談笑が背後からずっと聞こえてきている。

 たまに聞きなれた鳥の声も聞こえてくるが、クロがまた小鳥でも連れてきているのだろうか。

 実に平和そうな空気を感じる。

 俺もそっちが良かった……。

 だが、クロたちはのほうは、あくまでラウラの客として招かれ、たまたま同席を許されているということらしい。

 そうして俺は領主から勧められるままに、大きな執務机の前に用意された椅子に座っているわけだ。

 なんだか就職面接でも受けているような気分になってくる。

 唯一仲介役として俺と横並びに同席してくれているマリーのおかげで、なんとか平静を保てている状況だ。

 ただ、俺以上に領主側の人間は、一様に顔色が悪い。

 座ってるものは五名ほどで、見た目の雰囲気から文官のように見える。

 この連中はまだ余裕があるようで、領主と俺、そして仲間達の様子を緊張しつつも興味深そうに見守っている。

 残りはすべて護衛だろう。

 どいつもこいつも体格が良い。

 全員身長が高く、体も厚い。

 さらに顔立ちまで整っている。

 軽装だが仕立ては上等で、その辺の傭兵とは明らかに雰囲気が違う。

 領主専属の騎士のような立場なのだろう。

 ただその表情は酷いもので、あまりにも余裕がない。

 呼吸が浅く、背後で食器の音が聞こえたり、鬼達が喋るたびにビクッと体を震わせている。

 視線もあっちへ行ったりこっちへ行ったりと、どうにも定まらない。

 さすがに武器へ手を伸ばすような者はいないが、いつでも動けるように気を張っているのが分かる。

 さらには比較的涼しく快適な室内で滝のように汗をかいている。

 鬼族を警戒しているのか、それともマリーが何かしかけているのか……、あるいはその両方かもしれない。

 あまりに異様な雰囲気なので何度かマリーに目線を送ってみが、全くの無表情だ。

 だが……、あれは内心絶対ニヤニヤしている気がする。

 あの人形のようなすまし顔は、昔ならばいかにもマリーらしいと思っただろうが、昨日までののびのびした様子を見ていると不自然極まりない。

 よく見ると口角がたまにぴくぴくと動いている。

 それを察してかは分からないが、領主がマリーへと声をかける。


「そういえばマリー、もう一本の剣はどうした? ご自慢の銘品だろう。まさかその辺に落としてきたわけでもあるまい?」

「戦闘中に折れました」

「折れた……? なんだ、竜とでも戦ったのか?」

「いえ、たかが竜ごときで折れるような剣でも技量でもございませんので」

「キダナケモ相手では仕方ありませんものね! ねぇマリー、私の分のお肉は……」

「ええ、ラウラ様。肉はオスカーがとっておきのベーコンを作っていますから、楽しみにしておいてください。味は私が保証しましょう」

「あぁっ、たのしみ!」

「キダナケモ……肉……?」


 領主の貧乏ゆすりがぴたりと止まった。

 片頭痛にでも悩まされてそうな顔をしている。

 いや、部屋にいる連中全員の顔が引きつっているな。

 ただでさえ落ち着きのなかった護衛達が、マリーや領主、背後にいるであろうラウラや鬼達へと視線をさまよわせて……迷子になった子供のようだ。

 一番年配の護衛が何かブツブツと独り言まで言い始めた。

 なんだか不憫になってくる。


「兵長、今のはマリーの冗談だ。忘れるように。それと、もう分かっただろう? 護衛は不要だ、退室を」

「し、しかし……」

「お前たちの実力は十分承知しているが、さすがに今の状況では意味を成すまい。お前達は国軍の中でも名誉より合理性を重んじる部隊なのだろう? それに……そこまで怯えられると私も落ち着かん。これ以上マリーのおもちゃにされたくなければ、退室する方が賢明だぞ」

「わたくしは特に何もしておりません」

「マリー、お前のそういう表情は兄にそっくりだな」

「……心外です」


 やはり部屋に詰めていた男たちは領主の私兵だったようだ。

 皆しょぼくれた様子で部屋から出ていく。

 一気に部屋が広くなった。

 クロの鳥の声が良く響く。

 それにしてもマリーには兄弟がいたのか。

 仲が悪いのだろうか。

 兄のことに触れられた瞬間だけ、珍しく表情が崩れていた。

 確かに、こいつがお兄ちゃん大好き、などと言うところは想像ができない。

 一方、領主は小さくため息をつき、兵たちが出て行った扉をつまらなさそうに見ている。


「それにしても領主様、もう少し腕の立つ私兵を集めるべきでは? さすがにシロたちに怯え過ぎですし、クロをまったく警戒していなかったのも……愚かですね」

「あれでも国軍の最精鋭部隊から借りてきた連中だ」

「国軍の実力も落ちたものです」

「お前達がおかしいだけだ。そもそも……お前さえ私の専属を辞めなければ済んだ話なんだがな?」

「……わたくしも全盛期は過ぎていますから」

「どうだかな……それにそのクロと言う少女の恐ろしさは魔法使いにしかわかるまい。むしろ……その小さな化け物はなんだ?」

「可愛い小鳥じゃないですか」


 領主とマリーはさすがに付き合いも古いだけあって、お互いの性格を熟知しているような雰囲気だ。

 会話に和やかさなどはまったくないが、意外と相性は良さそうにも感じる。

 そう言えばもともとマリーも元貴族か。


「ぐぎゃうぎゃう~?」

「お父様たちは何を言ってるのでしょうね? 皆さんがいるのですから、レナス王国でもここほど安全な場所はありませんのに、ねぇシロ」

「ほらラウラ、こっちのはアジトのお芋で作ったケーキ、ミルと一緒に私も作ったんだよ?」

「まぁまぁ!」


 ソファー側と執務机側で空気感が違いすぎて頭がおかしくなりそうだ。

 ひたすら状況を見守っていた文官たちも微妙な顔をしている。


「りょ、領主様、私達も退出したほうがよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだな。少し……込み入った話をしたい」

「わかりました。隣室で作業しておりますので――」


 文官たちは少しほっとしたような顔で、ぞろぞろと部屋から出ていく。

 領主側の人間は誰もいなくなってしまった。

 護衛も連れず、領主はただ静かにひとり執務椅子に腰かけている。

 だが不思議なことに、むしろ今の方が堂々としており力強さや貫禄を感じる。

 一枚の絵画としての完成度が上がったようだ。

 そう言えばマリーから聞いた話では、このような辺境で領主をしているが、王族に連なる高位貴族であり、魔法使いとしても政治家としてもかなりのやり手らしい。

 たしかに目の前の様子を見ていると納得がいくな。

 なんだかおっかないわ。


「近々、戦争がはじまる」

「えっ、そう……なんですか?」


 領主はおもむろにそんな話を始める。

 皆大丈夫だろうと予想していたが、結局そうなるのか……。

 なんだか嫌な予感がするなぁ。

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