第172話 新しい住人たちと②
朝食後、ビビとガスト、洞穴族の二人と南の岩壁へ向かう。
新しい住居予定地、その環境を確認するためだ。
ギゼラにザムザ、ミルとオスカーも一緒だ。
「いやぁ、ミルはほんっといい女だよなぁ! あんなうまいパンを作るし、斧投げも上手い。俺が男なら結婚を申し込んでるぞ。おまけにおっぱいも馬鹿みたいにデカいしな!」
「ガ、ガスト!?」
どうやらパン作りを通して、ミルとガストはずいぶん砕けた仲になったようだ。
もともと気が合うようでもあったし、当然の流れか。
「ああ、ミルはいい女だ。鬼女には見習って――」
「――ザムザ?」
「ひっ――、ギ、ギゼラ、違うんだ! そうじゃ――」
「まったくお前は分かってないなぁ~、ザムザ。ギゼラほど可愛い女なんてなかなかいないぞ? それにほら――この杖見てみろ、これだけでもギゼラがどれだけ繊細で素晴らしい鬼かわかるだろ~?」
「も、もぅ……」
一瞬メイスに延びかけたギゼラの手が俺の腕に絡みつく。
ザムザのやつ、あからさまに胸をなでおろしているな。
俺もこんな朝っぱらから鬼同士のじゃれあいを見るのは遠慮したい。
シロやギゼラも相手がザムザだと遠慮が無いからなぁ……少々刺激が強すぎる。
「実際ギゼラは腕が良いと思うぞ!」
「ああ、オスカー、それは間違いないな。俺もサイードの工場でギゼラの杖をはじめて見たときは、その繊細で独創的なセンスには引き込まれたからな」
「それに実際鍛冶仕事してるギゼラは色っぽいんだわ。汗だくになりながら、炉の火にあぶり出されるように浮かぶ表情も普段とはまた違って、透明感があってなぁ、なんだか見てるとドキドキ――」
「そ、それはダメ! 恥ずかしい! もうっ……ボナス、そんなとこみてたの~?」
「ああ、正直ぐっと来たわ」
「それはグッときそうだな! 俺も見学したい!」
「ガスト、お前はどういう性癖なんだよ……」
せっかくの機会なのでギゼラを褒めそやしていると、同じく職人気質の二人が乗ってくる。
ガストはなぜか邪な顔を作ってはいるが、実際はギゼラの仕事に対してはかなり尊敬の念を抱いているようだ。
ちなみにビビはそんな俺達のやり取りを聞き流しつつ、延々と芋を食べ続けている。
ほっぺたが膨らんで、いつも以上にタヌキのような顔になっている。
幸せそうだ……。
朝食後にシロが後から熾火で焼いたものだろうな。
よくシロはあの芋を懐に入れて持ち歩いている。
おやつ代わりにムシャムシャと食べ、ほっこりした顔を浮かべているのをよく見かける。
それを別れ際に少し分けてもらったのだろう。
ビビもかなり気に入ったようだ。
ちなみに味はほぼ焼きいもで、俺も好きな方だが、とにかく喉がつまるんだよなぁ……。
「飲み物も無しでよく食べられるなぁ、ビビ。喉詰まらないか?」
「うまいうまい、うまいよ~……僕がいままで食べたものの中で一番美味しい。最後はこれのどに詰まらせて死にたい」
「ああ、そう……まぁ、シロも結構好きだもんな、それ」
「ああ、俺もめちゃくちゃうまいと思った。というか、なんか懐かしい感じするんだよ。食べたことないはずなんだけどなぁ……」
「僕もそう思った! やっぱりガストもかぁ~……不思議だねぇ」
どうやらアジトの芋は洞穴族の味覚に合ったらしい。
こいつらの先祖が昔住んでいたところに同じような品種のものがあったのかもしれない。
「そういやボナス! 髭剃っちゃったのかよ~。もう生やさないのか?」
「ああ、不評だったからな」
「えー……俺は絶対髭あるほうが好みなんだけどなぁ。髭生えた汗くさい男が、クソ真面目に仕事してるとこ見てるとムズムズして……尻撫でたくなってくる。なぁ、ビビ?」
「うん? ん~どうかなぁ。僕に聞かれても……でもボナスのお髭は僕も好きだったよ」
「ガストが特別スケベなのか洞穴族がそう言う感じなのか……、とりあえず髭生えてるオスカーの尻を貸してやるからそれで我慢しておけよ」
「オスカーも中々良い男だけどな。でも、俺は髭の生えた汗っくさいボナスが気に入ってたんだよ! あ~あ……残念」
「え……俺、そんな汗くさかったのか?」
「……尻は貸さんぞ」
「洞穴族はまったく……」
「な~に言ってんだミル、お前もスケベだろ? 言ってたじゃないか、ザムザの――」
「あ~! あ~! あ~! もういいから! 先急ごう!」
洞穴族はむさくるしいのが好みなのだろうか。
ただ髭の生えた洞穴族なんて今まで見たことが無い。
男女に関わらず、みんなツルツルお肌に童顔の可愛い顔をしている。
う~ん、相変わらず無邪気な顔をしてややこしい性癖をしているな。
あまり真面目に話してると頭がおかしくなりそうだ。
とりあえず今度ピリでも紹介してやればいいのだろうか。
「なぁボナス、エリザベス達は昼までに戻るだろうか?」
「うん~? ああ……大丈夫じゃないかな。マリーが初参加で少し心配だが、基本的にはシロが昼に戻ると言ったら戻るだろう」
クロとシロはマリーを連れて久しぶりの狩りに出かけている。
もちろんエリザベスとコハクも一緒だ。
朝食を食べ終わるまではグニャグニャだったマリーだが、いざ狩りに行くとなると急にやる気をみなぎらせていた。
やや猛獣寄りだが、猫のように気まぐれな女だ。
全身隙なく防具に身を固め、目をギラギラさせながら、落ち着きなく自慢の両手剣を何度も抜き差ししていた。
俺を助けに単身サイードの館へ乗り込んで来た時の方がよっぽど落ち着きがあっただろう。
いくらなんでも張り切りすぎな気もしたが、実際キダナケモを相手にするというのは下手な戦場へ行くよりもよっぽど過酷なことらしい。
シロはいつも穏やかで、クロは楽しそうに雄叫びを上げるばかりなので、そう言われてもあまり実感が持てない。
まったく俺が言えた立場でも無いが、あまり危ないことはしないで欲しいなぁ……。
「けどどうしてエリザベス――ああっ、露店か」
「ハジムラドに任せっきりになっちまうからな! お前達の帰還報告も兼ねて午後は顔を出しておきたい」
「それは助かるよオスカー。けど……う~ん、やっぱり俺も行った方が……いや、いろいろな方面に余計な迷惑を掛けそうだな。予定通り、明日明後日はアジトにこもっておこう。ハジムラドにはオスカーからよろしく言っておいてくれ」
「ああ、気にすんな! ただ、俺の顧客をハジムラドにとられるのが気に入らんだけだ。最近じゃ俺の淹れたコーヒーが一番うまいって言うやつも結構いるんだぞ? それに移動はもう慣れたし、エリザベスが送り迎えしてくれれば何の負担にもならん」
「お前もハジムラドも凝り性だからなぁ……」
「ふふんっ」
オスカーから最近の露店についてはある程度聞いてはいたが、いまの話を聞いた感じ思った以上にうまく回してくれていたようだ。
ハジムラドにもかなり世話になっているようで、申し訳なく思っていたが、いつのまにかコーヒー店の看板親父として楽しんでくれているようで、少し気が楽になる。
「俺も露店の顔なじみたちに会うのも今から楽しみだ」
「クロやシロはまだかって聞かれることが圧倒的に多いが、意外とボナスはどうしてるんだって心配している客も少なくないぞ」
確かに客からすると、俺はクロやシロのおまけだろう。
だが、それでもあの暑く埃っぽい市場でカウンター越しに一言二言、他愛のない会話を交わしコーヒーを手渡すのは何とも言えない充実感を感じるのだ。
ほんの一時のことだが、そうして毎日顔を合わせていると、お互いの人生がわずかに触れ合い交錯するような感覚があり、それが意外と心地よい。
この仕事を始めるまでこんなに客の顔を覚えているものだとは思わなかったな。
「当たり前だが――見た目は西の岩壁と大して変わらんなぁ……ザムザはある程度この辺りも調べたんだっけ?」
「ああ、岩の亀裂には虫が住んでるぞ」
「でかいの居たら嫌だな……」
「一応つるはしとか、いろいろ持ってきたけど、使う~?」
「ありがとうギゼラ! 俺、つるはし!」
「ありがとう! 僕もつるはし! あっ、ノミも使いたいなっ!」
「はいはい。それじゃあ洞穴族の二人の分はちょっと長さ調整したげるよ。試作品で作ったやつだから、改善点があれば教えてね~」
南の岩壁に到着した。
ギゼラが用意してくれていたつるはしをビビとガストは奪い合うように持って行こうとする。
アジトの拡張工事用にずっと前から用意してくれていたものだ。
ただそのままでは洞穴族にはあまりに大きい。
持ち手は木製なので、オスカーが体格に合わせて調整してくれるようだ。
アジトの道具類はだいたいこの仕様だ。
ビビとガストはオスカーが持ち手を調整するのを目をキラキラさせて待っている。
それにしても、今は軽く調査するくらいに考えていたのだが、ビビもガストも妙につるはしを振り回したがる。
「ビビ、片手でつるはしなんて――余裕で持てるみたいだな……」
「軽い軽い~」
「ビビはやっぱ力強いなぁ。あ、そうだ、持ち手の端に紐通して手首にかけられるようにしたらもっと使いやすくくなるんじゃないか? オスカー麻紐もってきてたよな」
「おう、任せろ!」
「それたすかるよ~、ありがと。それにしても……ここはやっぱりいい場所だね!」
「ずいぶんひんやりしてるが……岩も冷たそうで……生活するには少し寒いんじゃないか?」
「僕たち洞穴族だよ? 暑い寒いは大して問題にならないよ」
「おいビビ、ほらっ――もうローブ脱ごうぜ? ここなら安心だぞ!」
ビビとガストは早速ローブを脱ぎ捨て、つるはし片手にはしゃぎまわっている。
しかし西側の岩肌とはずいぶん雰囲気が違うな。
一日中日が当たらなく、時間帯によっては風にも強くさらされる場所だ。
岩肌から少し離れていても強い冷気を感じる。
わずかに湿っているようにも見えるな。
あまり住み心地が良さそうには感じないのだが、洞穴族には満足のいく環境のようだ。
岩肌の感触を楽しむように、岩壁にべったり張り付くようにして歩き回っている。
ちょこちょこと少し移動してはつるはしを岩肌へ突き立てて見たり、ノミで削ったりとせわしない。
さらにはたまに耳を押し当てて……いったい何をしているのだろうか。
「二人とも妙につるはしが似合うけど、昔そう言う仕事してたのか?」
「うん~? 持つの初めてだよ」
「ああ、俺もつるはし振るったのは今日が初めて――だが、なんだかこう……血が騒ぐんだよな!」
「ねぇゼラちゃん、あたしも……ちょっとやってみてもいいかい?」
「ミルちゃんもやってみるの? うん、良いよ~」
「つるはし振り回すのも良いが、今後必要になりそうなものをしっかり洗い出しておいてくれよ。できれば次に街へ行ったときまとめ買いしたいんだ」
「はーい」
「わかったぜ!」
俺もビビ達に倣って岩肌を撫でてみるが、やはり驚くほど冷たい。
昼間は心地良いかもしれないが、日が沈んでから夜明けまでは厳しそうだ。
少なくとも俺はここでは寝たらそのまま体調を崩すだろう。
それに西側のように、外敵を避けつつ寝床になるような程よい亀裂も無いようだ。
満足のいく寝床を確保するには、かなり岩壁を掘らなくてはいけないだろう。
寝る場所を確保するだけでも、かなり時間がかかりそうだな……。
「――それじゃ、あたしは昼飯になりそうなものを採集しながら、すこし散策してくるよ」
「あれ? もう、つるはしは良いのか……?」
「あたしにはあんまり向いてないみたいだねぇ」
「ふ~ん……確かにミルには斧の方が似合ってるか。それじゃ、昼食時にまた湖で合流しよう」
「ミル、俺も行こう――良いか、ボナス?」
「ああザムザ、もちろん。クロ達が帰ってきたら念のため教えに来てくれ」
「わかった、クロ達……今日は肉を手に入れられたら良いんだがな」
「あの顔ぶれなら大丈夫でしょ。ああ、私は久しぶりに焼肉食べたいな~」
ミルはしばらくつるはしを振るっていたが、洞穴族ほど盛り上がれなかったようだ。
すぐにザムザと二人、野菜や果物の採集へと出かけて行ってしまった。
一方のギゼラとオスカーは、お互いの道具や工具をカチャカチャといじっている。
オスカーがつるはしの柄を調整したあと、ついでとばかりにギゼラはオスカーに道具の手入れを頼んだようだが、むしろその様子を見ているうちに、大工道具の不調の方が気になりはじめたようだ。
いくつか工具や刃物を預かっている。
また後日サヴォイアの工房で手直しするつもりのようだが……う~ん、ギゼラのあの手持ち無沙汰な様子は、そろそろ鍛冶仕事をしたくなってきたのだろうな。
「なぁに、ボナス?」
「いや~、なんにも」
「ん~怪しい……」
道具の前で大きな体を小さくモジモジと揺らしている。
普段大人っぽい雰囲気のギゼラだが、こういう時は妙に幼げに見えてかわいい。
そういえばサヴォイアにあるギゼラの小さな工房は今どうなってるのだろうか。
ギゼラはいろいろな意味で闇市周辺では有名人らしく、さらに今ではボナス商会の一員でもある。
家を荒らされるようなことはまずないだろうが、人の住んでいない家は自然に痛んでいくものだ。
ギゼラにもいろいろ世話にもなってるし、いい加減鍛冶環境を改善してやりたいな。
少なくとも、闇市裏通りにある小さな掘立小屋ではギゼラの腕に見合っているとは言えない。
アジトにも簡易的な作業場があった方が良いだろうし、サヴォイアの工房ももう少し良い場所、良い環境を用意すべきだな。
オスカーの店舗兼住宅にも同じことが言える。
サヴォイアの工房も倉庫としてなど、意外に上手く使ってはいるようだが、なにかと中途半端な状態にあるのは間違いない。
所有権や税金がどうなっているのかなど、細かなことはよく分からないが、どこかのタイミングで整理する必要はあるだろう。
せめてサヴォイア内の作業場は一ヵ所に纏めてしまえると良いんだけどな。
ギゼラとオスカーの普段のやり取りを見ていると、技術的な相乗効果も少なくは無いし、もし倉庫が共有できればいろいろと便利になる。
俺もいろいろと実験してみたいこともあるし、ちょっとした工場のようなものがあると助かる。
サヴォイアに寝泊まりできる場所としても整理すれば何かと便利そうだ。
それに露店もそろそろ見直した方が良い時期にきているのかもしれない。
いまではコーヒーやチョコレートとともに俺の店も十分サヴォイアに根付いた。
働いてくれる面子や先のこと、何より安全性を考えると、もう少しきっちりとした店を持つのも良いだろう。
とはいえミシャール市場のあの雰囲気やメラニーや市場の人々とも離れがたいので悩ましい。
ヴァインツ村の蒸留所計画もあるし、考えるべきことが盛りだくさんだな。
なるべく一気に片付けてしまいたいが、ラウラの親父さんにも会わなくてはいけないし、そう簡単にはいかないだろうなぁ……。
まぁ、まずはアジトの拠点拡張だな。




