第170話 夜帰宅
なんとか日没前にアジトへ帰ることができた。
予定より大分早い。
言うまでもなくエリザベスのおかげだ。
まずは示し合わせたように皆で湖を目指す。
目の前には茜色に縁どられた小さなシルエットが三つ、夕闇に踊っている。
ビビとガストがクロに誘われるようにして、楽しそうにぴょんぴょんと駆けていく。
中身はともかく、三人とも見た目は可愛い少女だ。
まるでアジトの妖精たちに導かれているような気持ちになってくる。
それにしても……やはりアジトは良い。
特にこの時間帯は一番過ごしやすい。
草木を控え目に揺らす心地よい風が、日中体に溜め込んだ熱気をさらっていく。
同時に体の中にこびりついていた無意識の緊張感、こわばりのようなものまでが、すーっと解けていくような心地よさを感じる。
「やっと――、帰ってきたな」
「おかえり」
「ああ……」
左右の腕にはシロとギゼラ、それぞれの熱を感じる。
鬼は人に比べ体温が高いのだ。
青く涼し気な青い瞳と熱い肌、そして親密な笑顔。
彼女たちの表情は柔らかく美しい。
アジトに着いてからは特にそう感じる。
夕闇の中、ただ木々の合間を静かに歩いているだけで、彼女たちに対する愛情やこの場所に対する愛着が、一体となって掻き立てられていく。
そして、目の前にはザムザとミル。
楽しそう夕食の打ち合わせをしているようだ。
アジトに戻ってきてから、二人はずっと距離が近い。
さらには、いつの間にか手まで繋いでいる。
とはいえ、俺が不在の間は、そんな雰囲気を楽しむ余裕もなかったのかもしれない。
特にミルは気を張ってくれていたようなので、存分に羽を伸ばして欲しい。
そして後ろからは延々オスカーの自慢話が聞こえてくる。
あれでもアジトの紹介をしているつもりなのだろう。
その横にはマリーが目だけをキョロキョロと動かしながら、音もなく猫のように歩いている。
意外なことにマリーはオスカーの長話に対し、特に面倒臭がる様子もなく、むしろ楽し気に相槌を打っている。
少し離れて後ろの方では、エリザベスが頭にコハクを乗せたままウニャウニャ、メーメーと、二匹で何か積もる話でもしているようだ。
再会してから、ずっとそんな調子だ。
なんだかんだ今でもコハクはエリザベスには徹底的に甘えるし、エリザベスもやはり寂しかったようだ。
そうして、皆で連れ立って歩いていると、あっという間に湖へ着く。
本当はそのまま飛び込んでやろうなどと思っていたが、いざ湖に着くと思わず足が止まってしまう。
「ほら、ぴんく――やっぱり、本物の方が綺麗だね」
湖を目の前に、大きく深呼吸する。
澄んだアジトの空気に、僅かに果実の甘い香りを感じる。
いつの間にか頭の上に居たぴんくがもぞもぞと動くのを感じる。
囚われていた間、ぴんくと夢の中で出会うのはいつもこの場所だった。
夜の湖。
ただ、俺の想像力はまるで追いついていなかったようだ。
空と水面、その両方ではじけるように瞬き始めた星々。
湖面を撫でる風と木々のざわめき。
そして仲間達の弾んだ声。
そういったものが、目の前の景色を活き活きと彩り、痺れるように全身を魅了していく。
一呼吸ごとに、この静かな夜に、やさしく包み込まれるような充足感を覚える。
「って――、おまえまた溺れるぞ!」
「ぎゃ~ぅ、ぴんくー!」
俺の感慨をよそに、頭上からぴんくが躍り出る。
また後先考えずに湖へ飛び込んだようだ。
小さくちゃぽんと音が聞こえる。
夢の中では、湖面をすいすいと泳げていたぴんくだが、やはり現実ではそうもいかなかったようだ。
パチャパチャと必死で水を掻きながら沈んでいくところを、先に水へ入っていたクロに助け出されている。
まったく誰に似たのやら……なんて迂闊なトカゲなんだ。
とはいえ俺ももう我慢の限界だ。
湖ではしゃぎまわるビビやガストを見ていると、服を脱ぐのすら煩わしくなってくる。
俺が感慨に浸っている間に、ザムザやミル、マリーにオスカーまで湖に入っている。
「ぼなす~!」
「ああ、今行くよクロ――」
ぴんくを頭に乗せたクロが湖の中から手を振ってくる。
瞬く星々を映す彼女の黄緑色の瞳は、昼より一層神秘的に輝いてみえる。
見た目だけは湖の精霊なんだが――その手にはいつのまにかカエルを握りしめている。
焼けば意外と美味いんだよな、あのカエル……。
「ん~、やっぱ気持ちいいなぁ!」
「あぁ……さいっこう~! 生き返るよ~」
「ギゼラは湖、大好きだもんね」
全身の埃を一気に洗い流す勢いで深く頭を水に沈める。
体をくすぐる流水、その清涼感に思わず声が出る。
潮風呂も良かったが、それとはまた違った心地よさがある。
体を水に預けるように空を見上げると、アジトの空いっぱいに星が輝いている。
「これは……素敵ね」
「――ああ、マリー。夜のアジトもいいだろ?」
「星が湖に映ってるせいかしら、宙に浮いているような……不思議な気持ちになるわ」
「確かに、こうして体を浮かべていると、星空を泳いでいるみたいな気持ちになるかも」
マリーは仰向きに体を浮かせ、水に揺蕩っている。
顔だけ出して……器用な奴だな。
珍しく無防備な姿を晒していた彼女だが、運の悪いことに次の瞬間ざぶんと大きな波に飲まれてしまう。
タイミング悪くエリザベスが水の中へと滑り込んできたようだ。
「おっ、エリザベスも水浴びか? 久しぶりに洗ってやるよ!」
「ぎゃ~ぅ~!」
「そうだね。エリザベス、アジトを守っていてくれてありがとう」
「あははっ、ご苦労様エリザベス」
「水の中だと輝いて見えるわね……綺麗な毛並み」
「メェ~メェ~メェ~」
クロとシロ、ギゼラでねぎらうようにエリザべスを洗ってやっていると、頭から水を滴らせたマリーも混ざってくる。
溜息を洩らしつつも、水に揺蕩う白い毛を見て感嘆している。
エリザベスも少し得意げだ。
「うわぁ! 凄い、凄いよガスト!」
「ああ、凄いなビビ! エリザベスも凄いし、アジトも凄い。ボナスに付いて来て良かったな!」
「最初エリザベス見た時はあんなに悲鳴をあげていたのに」
「だって……こんなの信じられる?」
「夢でも見てんのかって……なぁ?」
洞穴族の二人はエリザベスの背によじ登り、たいそうご満悦のようだ。
ずっとニヤニヤしている。
遊園地の遊具に乗った子供のようなだ。
「それじゃ、あたしは食いもん用意してくるよ!」
「手伝おう、ミル」
「よし、俺も行くぞ! お前らがいない間、いろいろ用意しておいたんだ――」
エリザベスと戯れていると、水浴びを終えたミルが髪を絞りながらザブザブと湖から出ていく。
先に夕食の支度をしてくれるようだ。
ザムザとオスカーもその後を追いかけている。
「助かるよミル。それで、調理は向こうで? それともこっちで?」
「そうだねぇ……一度着替えて――」
「ミル、ここで料理しよう。ほら、あれ」
ミルに料理する場所を確認すると、少し迷っていたが、思いがけずザムザから提案があった。
ザムザの指差す方を見てみると、湖面から小さな頭がぴょこぴょこと飛び出しているのが見える。
なるほど――確かに、ここで食事をとるべきだな。
「ニーチェ! 帰ってきたぞ、ただいま~!」
懐かしい姿だ。
自然に笑顔が浮かぶ。
だが、ニーチェたちは少し離れた場所でモジモジしているだけで、なぜか近寄ってこない。
ただ遠巻きに俺達を見ているだけだ。
どうも新入りがいたので、戸惑っていたようだ。
「あれ、どうした? ああ、大丈夫だよこいつらは。新しい仲間だよ。いやぁ、会いたかったぞ~!」
「みんなおいで~!」
「ニィニィ……」
「ニェ……」
「ニィニィ~」
俺とギゼラが声をかけると、やっとゆっくりと集まってくる。
そうしてニーチェは俺の肩にそっと手を置くと、背中に隠れるようにしてマリーや洞穴族を覗き見ている。
髭はこそばゆいし、耳元でニィニィとうるさいが、以前と全く変わらぬその無邪気な様子に嬉しくなる。
ラウラが言うには水を操れるニーチェたちは湖の中ではほぼ無敵らしいが……相変わらず用心深く臆病なようだ。
俺なんかなんの盾にもならないだろうに。
ニーチェ以外のカワウソもどき達は全員ギゼラの大きな背中に群がっている。
湖好きのギゼラはカワウソもどき達とかなり仲が良い。
だが……なんだか保育園の先生みたいだな。
「えっ、なに? あっ、あれがニーチェ!?」
「こんないっぱいいるのかよ!」
「あっはっはっは、大丈夫、大丈夫だよ~。久しぶりだねぇ、みんな元気にしてた?」
「にぇにぇ!」
「にぃにぃ!」
「ニェェ……」
一方の洞穴族の二人はすっかり興奮している。
湖に住むニーチェの話は何度も聞いており、会ってみたがっていたのだ。
大はしゃぎでエリザベスの背中から飛び降り、ギゼラに群がるカワウソもどきたちへと吸い寄せられるように泳いでいく。
洞穴族とニーチェたちはちょうど同じくらいの体格だ。
なぜか鳴き声を真似ながら近寄っていくので、まるで仲間達の再会のように見えてくる。
妙に興奮した二人に、ニーチェたちは戸惑いつつも、ギゼラに導かれて挨拶を交わしていく。
「ねぇ、ギゼラ……その、生き物は……なに?」
「え~、なんだろ~? ね~。ほらこれはマリー、新しい仲間だよ」
「ニェ……?」
一方、ギゼラのすぐ隣に立っていたマリーは、呆然とした顔でニーチェたちを見ている。
彼女にしては珍しく、迷うように手を出したり引っ込めたりしている。
ニーチェたちの臆病そうな様子を見てためらっているのだろうか。
あまり素直に動物に好かれそうなタイプでも無いもんな、マリー……猛獣ぽいし。
最終的にギゼラから一匹のカワウソもどきを押し付けられ、湖面からすくい上げるように抱き上げている。
どうやらご満悦なようだ。
小さな手で顔をペタペタと触られて、ニヤニヤしている。
「この子もかわいいわ……」
「ぐぎゃうぎゃう」
「ボナス、あまり長く水に入ってると体冷えちゃうよ」
「そうだな、クロ、シロ、あがろうか。エリザベスもまた今度ブラッシングしてやるからね」
「メェ~メェ~」
さすがに少し体も冷えてきたので湖から上がると、ミル達が気を利かせ、体を拭く布や適当な着替えを持ってきてくれていた。
火もおこしてあり、皆で囲むようにして体を温めなおす。
当たり前のような顔でニーチェたちも火を囲み、顔を赤く照らしほっこりとしている。
洞穴族にももう慣れたのだろう。
ビビとガストも同じようなほっこりした表情で、ニーチェたちと並んで火を囲んでいるので見ていて面白い。
「ボナス、これ、私も欲しいわ。肌触りがとても……ねぇ、まさかこの生地って――」
「ああ、そうだよ、エリザベスのだよ。ラウラの予備の服だけど、サイズが合って良かった。もうボナス商会の仲間なんだ、もちろんマリーの分も近々手配するよ」
「着心地良いよね。それにとても丈夫なんだよ、マリー」
「でしょうね、シロ。あなたやクロが着てる服、とても素敵だとは思ってたけど……道理でね。これ生地だけじゃなくて仕立ても良いわ」
「トマスのお店で作ったんだよ。今度一緒に行こうね」
「ええ……ありがとう、シロ。少しでもサヴォイアへ行く楽しみが出来て良かったわ」
比較的シンプルなワンピースだが、マリーは気に入ったようだ。
延々その手触りを楽しんでいる。
ラウラは割と胸が大きい方だが、意外とマリーも……普段皮鎧を着ているのであまり気が付かなかった。
こういう服を柔らかく着こなしているのを見ると、少しドキリとするな。
「よし、俺の最新作を食わせてやろう! なかなかだぞ?」
「オスカーの燻製シリーズか、久しぶりだなぁ~」
「うぉっ、なんだそれ? 蛇開いたみたいだぞ……大丈夫か?」
「ああ、ガスト。これはニーチェたちがわざわざ採ってきてくれたんだ、うまいぞ~! 相変わらずクロはウナギさばくの上手いなぁ。ニーチェ、クロありがとな~」
「ニィニィ」
「ぎゃ~ぅ」
ガストはウナギに怪訝な目を向けてくる。
そういえばこいつ、タコの時もこんな顔していたな。
最終的には誰よりもハマったくせに。
しかし、ウナギ……地下工場で何度も夢見た味だ。
楽しみで仕方がない。
「いい香りね、お酒を飲みたくなるわ」
「おう、俺の作った燻製、なかなかのもんだろ!?」
「お? オスカー、これ新しい木使ったのか? って、チーズの燻製もあるのかよ」
「ああ、また良い木を見つけたんだ!」
出会った当初からあまり食に興味が無いと言っていたマリー。
確かに、どんなまずい料理を目の前にしても、気にせず機械的に食べる。
たが、やはりうまいものはより一層よく食べるようだ。
道中通して、アジトの食材とミルの料理は相当気に入ったようで、毎回かなりの量を平らげる。
とりわけ香りを楽しむような料理が好きなようで、オスカーの燻製も気に入ったようだ。
あらためて火であぶってやると、スモーキーな香りが立ち上がり、思わず生唾を飲む。
意外とサイードの工場で作られていたような、安酒にも合う気がするな。
しかし、それにもましてうまそうに脂を滴らせて……さすがにもう我慢できんな。
ビビやガスト、マリーにも食わせてやりたいが、こいつだけは一番乗りさせてもらおう。
「うっぁ……やっぱうまいなぁ、ウナギ、最高だわ……。んでも、最近ラウラのいないところでうまいもの食べると、なんだか申し訳ない気持ちになるんだよな……」
「さすがに領主館でも良いもの食べてるでしょう?」
「まぁ、それもそうか。いやぁ、しかし領主様に挨拶か……俺、大丈夫かな」
「好戦的なところもあるけれど、為政者としてはかなり真面よ。それに私も一緒に行くから大丈夫よ」
「領主としてはともかく、ラウラの父親としてどうなんだろうなぁ……」
「そうね……複雑でしょうけど、全体的に見れば感謝していると思うわよ。――手を出したわけでは無いのでしょう?」
「な、何もしてないって! しかしラウラは良くも悪くも貴族らしさが無いらしいから、本当の貴族と話するのは気が重いわ。俺、まだ敬語もろくに使えないしなぁ……」
「良いじゃない。例え何があってもクロとシロ、そしてコハクが横に居れば……いえ、今のラウラ様が一人いれば、領主様が何を言おうが大丈夫よ」
たった一人でカミラの本店の巨大な外壁を崩落させていたのを思い出す。
何でも無いような顔をして魔法を使っていたが、あれはなかなか衝撃的だったな……。
「なんだかラウラ、すっかり逞しくなったよなあ」
「久しぶりに会った時、一瞬別人かと思ったわ。もちろんあの時はボナスのこともあったのでしょうけど、私でさえ一瞬飲まれそうな気配を放っていたもの……」
「ラウラとも、ほんといろいろあったからなぁ……」
「あの時、ラウラ様にあなたの店を紹介してしまって――まぁ、良かったのでしょうね」
「ああ、少なくとも俺は彼女に出会えてよかったよ。シロもそうだし、マリーはいつも良い出会いを俺に運んできてくれるな」
「アジールは……どうかしらね」
「いや、あいつとはハジムラドの仲介で出会ったはずだ。それに――複雑な気持ちではあるが、俺はあいつとの出会いも後悔はしていないよ」
「そう――。あら、美味しいわね……オスカー、これは?」
マリーは俺と会話しつつも、表情も変えずにオスカーの押し付けてくる燻製をパクパクと延々食べ続けている。
その所作はやや無機質ではあるものの、ラウラと同じく貴族的で上品に感じる。
だがチーズらしき燻製を食べた瞬間、マリーは大きく目を見開き動きを止めた。
この顔は見たことがあるな。
昔はじめてチョコレートを食べさせたときも、たしかこんな目していた。
当時はとてもそんなことを考える余裕はなかったが、びっくりした猫みたいで意外とかわいい。
服装のせいかもしれないな。
「ああ! そいつはチーズの燻製だ、うまいだろ! アジールの奴、チーズが好きって言ってたからな。せっかく食わせてやろうと思ってたのになぁ……勝手に消えるなんて、魔人だか何だか知らんが、まったく馬鹿な奴だ!」
「ああ……今度会うことがあったら、口にねじ込んでやろう。まぁ、あいつ好きなのは腐りかけのチーズらしいけどな」
「これを食べ損ねるなんて、アジールはほんと大馬鹿ね。私は気に入ったわ。チーズ自体も素晴らしい品質ね」
「へっへっへ、こいつはなぁ~、エリザベスの乳を使ってヴァインツ村で仕込んでもらった特別製なのさ!」
「なるほど、俺も食おう――って、これはうまいな! さっすがエリザベス」
「まさかキダナケモの乳で作ったチーズを食べる日が来るなんて……あぁ、とても美味しいわね」
「お、おいオスカー、ラウラの分はちゃんと確保してるのか!? 俺達だけでこんなの楽しんだなんて聞いたら、おまえ燃やされるぞ?」
「大丈夫だ! お前がなかなか帰ってこないから、大量に作ることになったんだよ。まだまだこれからだぞ!」
「ん~……やっぱりうまい! これ、ヴァインツ村で仕込んでるんだろ? これだけでも復興に協力した甲斐があったってもんだな」
「ああ、それこそチーズ作りはラウラが依頼したんだぞ。新しい村の家畜たちがある程度育つまで、酪農家の仕事としてな」
「ちゃんと貴族っぽいこともしてたんだな」
「ラウラのことだから、ただエリザベスのチーズ食いたかっただけかもしれんがな!」
「今度会う時には絶対持って行ってやんないとな」
「いつ行くんだ?」
「明日にでも――と思っていたんだが、ビビとガストがアジトの生活に馴染めるかも確認したいし……マリーは最低三日は動きたくないらしいから……四日後だな」
「できれば、もう一生働きたくないわ」
「えぇ……」
「とはいえ、あなたは放っておくと簡単に死にそうだから、ちゃんと護衛はするわよ」
「死にそう……それは、まぁ助かるけど」
「あなたが死ぬとこの楽園が維持できそうにないしね」
「意外とアジトは俺がいなくても大丈夫な気もするけど……ともかく、マリーに護衛してもらえるのは安心感があるな」
「マリー、明日、キダナケモ狩りに行こ? そろそろお肉も食べたいな」
「狩り? ……いいわね、シロ。体を動かすのは嫌いじゃないわ。そう……キダナケモを、フフフッ」
なんだか勝手にマリーが血をたぎらせはじめている。
好戦的な笑顔が怖い。
やっぱりこいつも血の気の多い貴族であり、傭兵なんだなぁ……。
「三日は働きたくないんじゃないのか?」
「仕事は嫌い。戦闘は好き」
「シロ、俺なんかが言うことじゃないかもしれないけど、あまり無理しないようにな」
「うん。マリーは強いから大丈夫だと思うよ」
「あなたには敵わないけどね、シロ」
「そうなのか?」
「相性の問題よ。そうね……初見で戦えば、ほぼ間違いなく私はクロに勝てるでしょう。力も速さも私の方が上、軍隊時代に積み上げられた技術もある。ただまぁ、彼女は目が異様に良いから、数度戦えばもうわからないけれど……。それに比べて、シロは単純ね。どんな技術も力でねじ伏せられるでしょうから……まず私じゃ勝てない」
「でも、私はクロに勝てない。攻撃当たらないし、クロは疲れないし、ミスもしないからね。最後は私が倒れると思うよ」
「し~ろ~! ぎゃうぎゃうぎゃう!」
「あはっ、あははっ! やめて、クロ~!」
クロは後ろからシロに飛びかかると、脇腹をくすぐっている。
シロの弱点はあそこだったのか!
「あなたたち、仲良いわねぇ……」
「それじゃマリー、とりあえず三日はのんびりアジトで暮らしてくれ。実際、俺もしばらくここを離れたくない気持ちだったしな」
「本当はもっとゆっくりしたいところだけれど、ラウラ様もはやくあなたたちに会いたいでしょうしね。三日あれば洞穴族の子達がここの環境に――もう、十分馴染んでいるように見えるわね……」
確かに洞穴族たちは昼間の暮らしをどうするかが大変だ。
うまく環境に適応できるか、いろいろと課題も多いだろう。
やはり三日ほどは一緒に行動して今後の方針を立てたいところだ。
とはいえ、本人たちはあまり心配しているようには見えないし、マリーの言う通り、すでに環境に馴染んでいる気がしなくもない。
洞穴族はやはり好奇心が強く、とても人懐っこい。
アジトへ来るまでの道中で、皆ともかなり打ち解けている。
今もビビはザムザに肩車されているし、ガストはなぜかカワウソもどき達と一緒になってギゼラにじゃれついている。
あの警戒心の強いカワウソもどきとも、もう仲良くやっているようだ。
大きさも近いし雰囲気が似ているせいか、あいつもカワウソもどきの一員に見えてくるほどだ。
しかし意外とギゼラとガストは気が合うようだな。
道中もよく話をしていた。
見た目は全然違うが、少し似たところがあるのかもしれない。
二人ともその振る舞いとは乖離した、繊細で趣味の良い職人仕事をするタイプだ。
そういえば、自己評価が低いところなんかも似ている。
一方のビビはザムザと仲が良い。
ザムザは片手の無いビビのことがどうにも気にかかるようで、何をするにも手を貸してやろうとする。
ビビも最初は鬼男ということで、怯えたタヌキのように肩をすくめ、ザムザを恐々見上げていた。
だが、いまでは仲の良い兄弟のようだ。
見た目は普通に女の子なので、ミルがやきもきするのではと思ったが、ミル自体もドワーフの血を引いているせいか、洞穴族とは気が合うようだ。
ビビとガスト、ミルの三人でよくゲラゲラ笑いながら話をしている。
あれは確実に猥談だな。
純真なザムザがスケベな地下住民たちに汚染されないか心配だ。
「あら? ――この音は」
「ああ――、懐かしいなぁ。これは木琴だな」
カワウソもどきの一匹が木琴を叩き始めたようだ。
たどたどしく一音づつポンポンと、相変わらず叩き方はでたらめだ。
だが、その柔らかい音の響きは、なにか暖かいものに包まれるような心地よさを感じる。
「ねぇ、ボナス」
「うん? どうした、ビビ?」
腹も膨らみ、少し眠くなってきたところでビビが横に座ってきた。
そういえば地下工場ではよくこうしていたな。
食後、寝るまでの間に、あの汗くさい小部屋でとりとめのない話をした。
「アジトに連れてきてくれて、ありがとうね」
「ああ、面白いところだろ? 洞穴族はいい具合に馴染めそうかな?」
「うん。ぼくはここのみんな好き。サイードの工場でボナスと二人で働くのも悪くはなかったけどね」
「はははっ、そうかそうか。それなら、誘って良かったよ」
「環境も思ったよりずっと良いんだよ。南側の崖の辺りに、穴掘って暮らそうかなって――さっき、ガストと話してたんだ」
「ああ、なるほどなぁ。断崖のおかげであのあたりはかなり広い範囲、一日中日陰だもんな。自由に外へも出られるか」
「うん、住むには条件がすごく良いんだ」
「へ~、あんまり考えていなかったけど。確かに悪くないアイデアだなぁ」
「ビビ、穴を掘るのならば、俺も手伝うぞ」
「あ、ザムザ、いつもありがとう。ほんと……こんな優しい鬼がいるもんなんだね。なんだか聞いていた話と全然違うよ」
「ザムザはかなり珍しいタイプだと思うぞ。なぁ、おまえはほんとに優しい奴だよ、偉いぞ~!」
「ぎゃうぎゃう!」
「えらいえらい」
「んむ~……」
ビビを追いかけてザムザも横に座ってきたので、首に片腕をまわし、その頭をガシガシと撫でてやる。
便乗して、クロやシロ、ビビまでもからかうように頭を撫るが、ザムザも意外と満更じゃなさそうな顔をしている。
「しかし南の岩壁かぁ……、あんまりあのあたり詳しくないんだよな」
「あのあたりは虫が多いな」
「虫? あんまりこの辺の岩壁では見ないけど……ザムザは見たことがあるのか?」
「このあたりは日当たりがいいし見ないな……クロが怖いんじゃないかな」
「ぎゃぁぅ~?」
虫か……でっかいのとか出たら嫌だな。
すっかりマイホームのように感じているアジトだが、意外とまだよくわからない生き物が住んでいるらしい。
危険な生き物じゃなければ良いのだが……普通の生き物がこんなところで暮らせる気がしないんだよなぁ。
「結構な数の虫は見かけたが、俺が探索している間も、ただ遠巻きに見ているだけで襲い掛かっては来なかったぞ。中央で好き勝手暴れまわっている蜂や鳥たちに比べれば大分穏やかな連中なんじゃないか」
「虫くらい大丈夫だよ。毒も効かないし、体は丈夫だからね」
「そうかもしれんが、そんな腕なんだから、無理せず俺たちを頼れ、ビビ」
「ありがとうね、ザムザ」
「あたしも手伝ってやるさ、穴掘りは得意だしね。そんなことよりほら、果物漬け、持ってきたよ!」
「おっ、この香りはラウラ酒? 蜂蜜も入ってるな」
「それにほら、コーヒーだよ」
「相変わらず、うまいなぁ~」
帰りにチョコレートは摘まんでいたが、コーヒーは久しぶりな気がする。
久しぶりに感じる強烈な甘みと果物の香り、とんでもなく贅沢なデザートに感じる。
「ああ……素晴らしいわ。ミル、あなた天才よ!」
「マリーはいつもお菓子のことになると大げさだねぇ……」
「甘い! え~こんな甘いの、こんなにいっぱい食べていいの!? うわぁ……ねぇ、ミル、お酒の味もするよ?」
「なんだなんだ、俺にも食わせてくれよ!」
「あっ、ガスト。それはぼくのだよ!」
「ほら、俺のを分けてやる」
「ありがとう、ザムザ!」
デザートというには大量に盛り付けられた果物はあっという間になくなっていく。
ぴんくもちゃっかり俺の果物を食い漁り、全身を甘いシロップでテカらせてご満悦のようだ。
もう一回湖に放り込まなければ……。
「ぴんく……それ、ミルの前でやったら瓶詰めにさちゃうぞ」
「ニェ」
「うん? ニーチェどうした、そろそろ帰るのかな?」
それまで燻製を摘まみながら、ほっこりした顔で俺達の様子を眺めていたニーチェだが、ふと思い立ったように立ち上がると、ヨタヨタと俺の方に向かって歩いてくる。
そろそろ水の中へと戻っていくのかと思ったが、なぜか目の前まで来ると、短い腕を精いっぱい伸ばし、ギュッと俺を抱きしめてきた。
髭がくすぐったい。
そうして、そのまま満足そうな顔でヨタヨタと木琴の方へと歩き去って行った。
「ニーチェも……心配していてくれたのかな」
「だと思うぞ。俺はなんだかんだニーチェたちと毎日顔を合わせていたが……あいつらふとした瞬間、ボナス、お前さんや、他のみんなの姿を探しているような様子を見せていたからな」
「そうか……」
オスカーはチーズの燻製をちびちび齧りながらそう言う。
申し訳ないような、嬉しいような……なんとも言えない気持ちになる。
「あの生き物、可愛いわね……わたしもギュってされたいわ」
「マリー……確かに、悪いもんじゃなかったよ。それなら――そうだな、ギゼラに弟子入りするか、木琴の練習から初めればいいんじゃないかな?」
「木琴……ふふっ、そうね、やってみようかしら?」




