第162話 港
土煙の向こうからは、断続的に悲鳴や絶叫が聞こえてくる。
クロとマリーのふたりは、いったいどんな風にカミラ捜索をしているのだろうか。
シュトルム商会本店へ入るのが、別の意味で怖くなってくるな。
「――ひっ、お、鬼だ! くそっ、外に鬼がいる!」
「中は悪魔で、外は鬼かよ……くっそぉ!」
そんな中、うまく逃げ出してくる私兵もいるようだ。
ただし、そのうち半分ほどは目の前に立ちはだかる、鬼達の姿を見てそのまま引き返していく。
「よしっ! 仕留めた」
「うわぁ、す、凄い!」
「斧投げうめぇな! さすがドワーフ!」
「ミルも力強いよな……うわっ、グロい……」
それでも逃げ出してくる私兵には、ミルの手斧が飛んでくる。
洞穴族はそれを見て手を叩いて喜んでいる。
そういえばドワーフ族は酔っ払うと斧投げ遊びをするらしい。
洞穴族も似たようなことをするのだろうか……。
傍目から見ていると飛んだスプラッターだ。
「あっ! 逃げられると困ります!」
「あっつ、熱いっ、うわあああああっ――――」
そして、ドワーフの斧からもうまく逃れた男たちは、炎に包まれ地面をのたうち回ることになる。
ラウラの魔法だろうが……これはこれでえぐい。
市井の人が魔法使いを強烈に畏怖するのもよくわかるな。
果たしてシュトルム商会の私兵で一番不運なのは誰だったのだろうか。
どの死に方もあまりに嫌過ぎる。
「なんか静かになったな……、どうするボナス……さん?」
「いまさら敬語は不気味だな……別に今まで通りでいいぞ、サイード」
「そ、そうか。姐さん達には自然に言えるが、どうもお前相手だと変になるんだよな……。まぁ、ひとまず中入らないか? 俺はなるべく早くカミラの死体を見たいぞ。安心して眠れるようにしてくれ」
「それもそうだな。みんな、行こうか――」
中庭の状況は凄惨を極めていた。
石畳の上にはシュトルム商会の私兵が折り重なるように倒れており、血生臭い空気が体にまとわりついてくる。
まさに戦場のような有様だ。
海風に揺れるソテツの葉からは生々しく血が滴り落ちている。
この世界に来てからというもの、それなりに血生臭いことも経験してきたが、それでも目の前に広がるあまりの惨状には軽いめまいと吐き気を覚える。
それなりに広い敷地が私兵の亡骸で埋め尽くされている。
ほんの数分で、これほどの惨状とは……。
だが確かに、黒狼との戦いを思い返せば、この程度のことは当然か。
そんな地獄の中心には、絶世の美女が二人、悠然と佇んでいる。
そのコントラストはまるで一枚の絵画のようだ。
そんなクロとマリーの足元には、上等な衣服を身にまとった従業員らしき連中が数名。
発狂寸前のありさまで、へたり込んでいる。
「それで、あなたたち、カミラは――あら……ボナス、来たのね。あまりあなたは見ない方が良いわよ?」
「あ、ああ、そうかもしれない……」
「ぐぎゃぁう! ぼなす~」
クロは俺を見つけると、無邪気な笑顔でこちらへと駆けてくる。
ただそれだけの動きに、シュトルム商会の従業員からは悲鳴があがるが、マリーが再び視線を向けると、恐怖に顔をひきつらせたまま、自らの口を覆うようにして黙り込んでしまう。
二人ともすっかり化け物扱いされてるなぁ。
周りの惨状を見れば分からなくもないが……。
クロはいつも通り、俺にやさしく寄り添い、笑顔を向けてくれる。
まったく、可愛い化け物だ。
「ありがとう、クロ」
「ぎゃぁう!」
「それでマリー、カミラの居場所を聞くのであれば、サイードも一緒にいた方が効率的だと思うぞ」
「そう……」
「サ、サイードだと!?」
「ん~? お前は……、はははっ、本店の番頭だな? 姐さん達には正直に話した方が身のためだぞ」
「で、カミラはどこ?」
怯える従業員連中の中でもひときわ上等な服を着た男がサイードに反応する。
どうやらこいつが本店の番頭らしい。
サイードは妙に嬉しそうだ。
嫌いな奴だったのかもしれない。
「あっ……。に、西です……王都へ行くと言ってました! ど、どうか命だけはお助けを!」
「嘘だな」
「な、なに!? お前……サイード! カミラ様は王都の貴族たちにも数多くの融資をされているのだ。こんな時こそ、その縁を頼り、王都へ向かうのは当たり前の話だろうが!」
「いや、嘘だな。誰よりも多く金を貸して、誰よりも多くの利益を与えていたカノーザ領の領主様に、これほど簡単に切り捨てられたのだぞ? カミラは一度裏切られたものを当てにするほど馬鹿じゃあない」
「サイード……裏切り者が! お前だってカミラ様にはかなり稼がせていただいただろうが!」
「ははっ! まったく……なにが裏切り者だ、笑わせるな。カミラはいつか都合よく俺を殺すつもりだっただろうが。あの女は最初からそう言う目で俺を見ていたぞ。いまさら何を言ってるんだ?」
サイードは番頭らしき男の前にしゃがみ込むと、額が触れそうなほど近づき、目を覗き込むようにしてそう言う。
男は何か思い当たるところがあるのか目を逸らしている。
「まったく、じれったいねぇ! こいつの身体に方位書いて的当てで決めようか?」
「や、やめてくれ! 俺は何も知らないんだ! 助けてくれよ! たのむ……たのむよ……」
ミルが血まみれの手斧をブンブン振り回しながら物騒な提案をしてくる。
彼女こそ今の状況にうんざりしているのかもしれない。
いい加減アジトに帰ってザムザといちゃつきながら、うまいものを作ったり食ったりしたいのだろう。
なぜかビビとガストが良い考えかもみたいな顔をしている。
やはり混血とはいえドワーフ族と洞穴族は良くも悪くも相性が良さそうだ。
ミルも意外とスケベだしな……。
「そういや……、あの女、船……持ってたよな?」
「わ、私はただ――」
サイードは男の目を見たまま話を続けている。
船の話が出たとたん、男は目に見えて動揺した。
これほど大きな店の番頭を任されているのだ。
普段はもっと冷静に交渉を進めているのだろうが、今は有り余る恐怖のせいか、馬鹿みたいに考えていることが分かりやすい。
「ああ、もうお前いいよ。ボナス、まずいぞ! 船だ! カミラは船で逃げるつもりだ!」
「船か……まずいな」
「北に港がある。普段シュトルム商会は陸路しか使わないんで忘れてたが……最近船を手に入れたという噂があったんだ。多分それだ!」
「あっ――」
「馬鹿ね。うそつきは嫌いよ――。サイード、案内お願い」
「はい、もちろんです、姐さん!」
マリーが番頭の首をはねる。
ゆっくりと刃を滑らせつつも骨ごと綺麗に切断する。
なんらかの技術的な極致に至った技なのだろう。
だが、こんな手品は見たくなかった……夢に見そう。
番頭の目の前にしゃがみ込んでいたサイードも、番頭の血を浴びてすっかり顔色を悪くしている。
ただそこからの切り替えは相変わらずだ。
すぐに立ち上がり、案内を開始する。
「――ビビ、ガスト大丈夫か?」
「うん。余裕だよ」
「俺達よりもうサイードが死にそうだぞ?」
「く、くる、しい……」
「サイード、先に行くから場所を教えてくれ」
「そ、その道を――」
五十メートルも進まないうちに、サイードが息切れする。
丸く大きな腹を突き出し、真っ赤な顔で、滝のような汗を流している。
さすがにあの体形で全力疾走は厳しかったようだ。
サイードから場所を確認するとマリーが一人加速する。
先行してくれるようだ。
「サイード、後で合流しよう!」
「わ、わかった……すぐ、追いつくぞ!」
「お、おう。あんま無理すんなよ」
「お、俺はカミラが死ぬところを見ないと安心できんのだ! す、すぐだ、すぐ行くぞ~!」
死ぬところを見たいか……。
確かに、サイードほどそのことの重要性を理解している奴もいないだろうな。
マリーにおくれつつも、皆で少しペースを上げ港へと急ぐ。
ラウラや洞穴族たちも意外に余裕そうだ。
昔は嬉しそうに猫車で運ばれていたというのに……。
追いかけていたシロの背中が急に止まる。
「ここが、港かな?」
「ぎゃうぐぎゃう!」
「マリー……?」
どうやら港に着いたようだ。
膝に手を突き息を整え、状況を確認する。
港と言いつつも、あまり整備されたものでは無いようだ。
パッと見た感じ規模も小さい。
小型の作業船や漁船は粗雑な船着き場に多数係留されているが、中型の商船は少し離れた沖の方に停泊している。
喫水の深い船が係留できるような地形では無いのだろうな。
ヴァインツ村の方が港には適しているかもしれない。
時間帯の問題なのか、閑散としており、少し物寂しい雰囲気を感じる。
そしてそんな中、マリーが一人遠く海を見つめている。
「あれが……シュトルム商会の船かしら」
「だいぶ沖に出てしまっているな。あの船にカミラが乗っているのだろうか……」
はるか遠くにひときわ大きな商船が見える。
もはや遠矢でも届かない距離だ。
二本マストの一番大きな帆にはシュトルム商会の紋章らしきものが見て取れる。
「カミラの用意した囮だったり……しないかな?」
「船のことはよくわからないわ。ラウラ様、どうでしょう?」
「私もあまり詳しくは無いのですが……外洋に出ることができそうなのは、今見えている限りではあの船だけでしょうね」
「ああっ! あ、あの船だ! まちがい、ない! ふぅ……ふぅ……はぁ……ああっ、くっそぉ!」
汗だくのサイードが遅れて到着する。
足がもつれそうになりながらも、離れ行く船に向かって悪態をつき、地団駄踏んでいる。
血を浴びたせいで凄まじい形相だな。
「漁船でなんとか追えないだろうか?」
「今からでは……難しいでしょうね」
「ボナス……タミル帝国に逃げられると、そう簡単には手を出せなくなるぞ!」
「そうか、生け捕りは難しいか……残念だな」
「ざ、残念だなって、お前……」
「私が魔法で……距離は厳しいですが、なんとか無理をすれば奇跡的に燃やすこともできなくは――」
そう言いつつもすでにラウラはその瞳を黄金色に輝かせている。
またサンドワームの時のような無茶をするつもりだろうか。
たしかに、天才的な魔法使いである彼女が全力で当たれば、この距離からでも船を焼くことができるかもしれない。
とはいえ、もうその必要は無い。
「いや、ラウラ。それは――こいつがやるみたいだよ」
「え?」
「あっ――」
「ぐぎゃ~ぅ!」
俺の胸ポケットからピンク色の小さな頭がひょっこり顔を出す。
「直接会うのはひさしぶりだね。ぴんく」
ぴんくは俺を見て、周りの仲間達を見て、遠く消えゆく船を見る。
そうして左胸ポケットから這い出ると、わざわざ髭を引っ張るようにして俺の顔を大胆によじ登り、そのまま頭を超えてぴょんと右手のひらめがけて飛び降りる。
しかし、ちょっと怖かったのだろう。
中空で手足をバタバタさせていたので、慌てて両手ですくい取る。
相変わらず何をしたいのかよくわからないが、元気いっぱいなその姿に、喜びがこみあげてくる。
「まったくお前は……自由な奴だなぁ!」
「ボナス? 何だそのトカゲは? それより早くカミラを――」
「ああサイード、大丈夫、わかっているさ。それじゃあ――ぴんく、路地裏のお返しだな!」
ぴんくは俺の指先にしっかりとしがみつき、一瞬こちらを振り返り、ふたたび目の前の海を見る。
珍しくウィンクまでして……どうやら今日は調子が良いらしい。
「ふ、普通でいいからな、普通で!」
調子がいい時のぴんくは逆に不安になるんだよなぁ……。
俺の声を聴いているのかは分からないが、すでにその小さな口は大きく開かれている。
そして、目を焼く閃光。
肌を焼く熱風。
そして轟音。
海が、裂ける――。
「んなっ――、う、うそ……」
「眩しっ……え? は? 夢……?」
「なっ、う、うみ……が……」
ビビとガスト、サイードはもう、まともに喋ることも出来ないようだ。
カノーザ領に面する少し緑がかった穏やかな海。
それが今、ぴんくの閃光にえぐられ、天高く水柱と水蒸気を巻き上げている。
果たしてレナス王国が始まって以来、サクの街でこのような景色を見た人がいただろうか。
あまりにも現実離れした異様な光景だ。
だが、そうだ――この非常識な景色こそ、まさに俺の日常だった。
このぴんくの一撃によって、俺のおまけの人生が再び動き出したような気がする。
「やっぱり、凄まじい威力だなぁ……相変わらずコントロールは悪いけど。もうちょい左か……ん~さすがに良く見えんな」
「ぐぎゃうぎゃう! ぴんく~!」
「当たったみたいだね」
船の横を通り過ぎていた光を俺とぴんくで必死に微調整する。
わずかな手の震えが、この大規模自然破壊を拡大してしまう。
そう思うと、ドキドキしてよけい手元がぶれる。
最終的にはぴんくが少し小首をかしげていき、まるで寝違えたかのような変な姿勢になったところで、無事シュトルム商会の船は光に飲まれ蒸発していったようだ。
俺も俺の相棒も、毎度のことながらいまいち格好付かないな。
正直うまくいったのか自分では良くわからない。
だが、クロやシロの反応から察するに、間違いなく仕留められたようだ。
少なくとも今船は視界から完全に消えている。
しかし海で使うとまずいなこれ……水蒸気のせいか、いつも以上に熱くて火傷するかと思った。
おまけに全身びしょびしょだ。
「ね、ねぇ……ガスト……、聞いてはいたけど、そ、想像以上だったね」
「ひぅっ……、やべぇ、ビビ。俺、ちょっと漏らしちゃった……」
「う、海凄いことなってたけど……タコ、また食べられるかな」
「か、河口からは離れてるし、大丈夫なんじゃないか……?」
ビビとガストが未だ震える手をお互い取り合い、ガタガタと体を震わせながら、なぜかタコの心配をしている。
これまでは何があってもそれなりに余裕を見せていた二人だが、さすがに挙動がおかしくなっているようだ。
さすがのサイードもその場で失神している。
「ねぇ、ボナス。ぴんく、ちょっと……痩せた?」
「ああ、シロ。そうなんだ……まぁ実はまだ本調子じゃなくてな、攻撃も普段よりは地味だったろ? でも大丈夫だ。アジトに帰ったらまたすぐもとのむっちりボディを取り戻す――いてててっ、ひ、髭ひっぱんなよ~、ぴ、ぴんく~」
俺の顔を散々歪めて満足したぴんくは、ボナス商会の仲間達へと挨拶している。
何処に隠し持っていたのか、ちゃっかりマリーはチョコレートをあげている。
俺も食いたいぞ……。
「あの……ぴんくちゃんは――やっぱり、ボナスと混ざってるのですか……?」
「うん? ああ……さすがラウラだなぁ。確かに、俺も最近知ったんだけど、ちょっと混ざってる……と言えなくもないのかな?」




