第161話 集合
ちょうどチンピラ達が集まり、座り込んでいたあたりの壁が爆散した。
「うわぁぁぁっ、うわわわ!」
「か、壁が爆発したぁあ!」
「もう嫌だ! ここは地獄だ俺を帰してくれ!」
「せ、せめて門から入ってきてくれよ~っ!」
チンピラ連中やサイードは悲鳴をあげつつ、地面に転がり身を伏せている。
中庭は一瞬にして土煙に包まれ、何が何やらわからない。
悲鳴をあげ、逃げ惑うチンピラ達。
屋敷はもうぐちゃぐちゃだ。
そんな中、白煙の中から巨大な影が三つ。
シルエットだけでも十分わかる。
シロ、ギゼラ、ザムザだ。
巨大なハンマーを担いでいる。
あまりに懐かしい姿だが――煙の向こう側、見え隠れするその表情に思わず息がつまる。
まさに鬼の形相だ。
険しい目つきであたりを睨みつけている。
目が合ったチンピラは、その視線に押しつぶされ、腰を抜かしてへたり込んでしまう。
「おーい、シロ! ギゼラ、ザムザ!」
「ぎゃ~う! ぐぎゃうぎゃう!」
「――――ボナス!」
三様の青い瞳が一斉に俺を向く。
目を凝らし、状況をいち早く確認しようとするその視線はより一層険しいものだ。
後ろのビビやガストなどはあまりの迫力に、声にならない悲鳴をあげている。
だが、俺はというと、どうしても頬が緩んでしまう。
シロやギゼラ、ザムザに無用な心労をかけてしまった罪悪感もある。
だが、あまりにも頼もしく懐かしい三人の姿に、笑みが滲むのを抑えられないのだ。
「ボナス……ボナス……ボナス……」
「やっと会えっ――」
シロと目が合った瞬間、巨大なハンマーが彼女の手から滑り落ちる。
ただ俺の名を呼び、まるで倒れこむようにして距離を詰め、そのままの勢いで彼女の胸に強く抱き込まれた。
まるで全身で俺の存在を確かめるように、一部の隙もない程に体を密着させ、なにかを堪えるように小さく体を震わせている。
雨のような大粒の涙が次々と俺の髪を濡らす。
彼女にしては珍しく、その仕草すべてが荒々しい。
少々息苦しいが、懐かしい彼女の体温を感じ胸が熱くなる。
こんな時くらいもう少し鷹揚に受け入れてやりたいところだが、体格が違いすぎていまいち様にならないな。
体が浮き上がり、両足がプラプラしてしまっている。
できる限り強く抱き返し、背中をさすってやることしかできない。
「ボナス――、私には、あなたがすべてなの」
「ああ……」
「もう、どこにも行っちゃいやだよ」
「わかってる。心配させてしまってごめんよ」
「ずっと一緒にいてね。私はもうそれ以外、なにもいらないの」
「ああ、ずっと一緒に居るよ」
「はやく、アジトに帰ろうね」
「ああ、そうだな――」
お互い首元に顔を埋めたまま、途切れがちに他愛もない言葉を交わす。
彼女の声は、俺の心に深く刺さる。
同時に、暖かく満たしてもくれる。
彼女の深い愛情を、もっと正面から受けとめ、まっすぐに答えていこう。
ただ……その言葉の合間、なぜかたまに耳を齧られる。
意外とちゃんと怒っているのかもしれないな……。
もちろん甘噛みなので少し犬歯がチクチクする程度。
痛くは無いが、吹きかけられる吐息があまりにもくすぐったい。
「うわっ、あ、あれが……シロか? で、でっけぇ……」
「大変だよ、ガスト! ボナスが食べられてる!」
「ぎゃう、ぐぎゃ~ぅ。しろ~」
「――うん?」
俺の背後で騒いでいたビビとガストに気が付いたシロが首をかしげている。
どうやらクロが俺の代わりに紹介してくれるようだ。
二人の間に立ってローブ越しに頭を撫でている。
珍しく自分より背が低いので気に入ったのかもしれない。
「私達もいるんだからね~。あ~大変だったぁ」
「ボナス!」
「ああ、もちろんわかってるよ。ギゼラ、ザムザ」
今度は何故かザムザに抱きしめられる。
シロ以上にボロボロと涙を流している。
「ボナス! 俺を置いて行くな! 俺は、俺は……まだガキだ、だから置いていくなよ!」
「いやいや、こんなでかいガキがいるかよ」
「いや、しかし!」
「ザムザこそ、世界中どこ行ってもやっていけそうな気がするぞ」
俺の二倍はありそうなでかい背中をバンバンと叩き、手を伸ばし頭をグシャグシャとかき混ぜる。
こいつちょっと背が伸びたな……。
「ほらほら~、私も?」
「ああ、ギゼラ。そうだ、この杖……こいつにはほんと救われたんだ。この杖のおかげで、お前やアジトのみんなのことを感じられた。心の支えだったんだ」
「ええ? あっ、それ……盗られなかったんだね。えへへっ、役に立ってよかったよ~」
「ありがとう、ギゼラ」
「……うん」
こういう時はいつも引き気味なギゼラだが、今はザムザを押しのけ両手を広げ待っている。
小首をかしげ、いたずらっぽい笑顔を浮かべ待ち構えていたが、杖について感謝すると照れのせいか少しうろたえていた。
あまり気にせず、しっかりと抱きしめると、ためらいがちに背中に腕を回しつつも意外なほど力強く抱き返してきた。
「あんたたち、いい加減イチャイチャしてる場合じゃないよ!」
「おおっ、ミルも来てくれていたのか! マリーからいろいろ聞いたよ、ありがとう!」
「まったくさ! さっさとこんなことは終わらせて、アジトに帰りたいよ」
ミルは両手に抱えた大荷物を地面に置くと、愚痴っぽくそう言ってくる。
だがその表情は意外に明るい笑顔で、俺の背中をバシバシと叩いてくる。
やはり彼女もそれ相応に心配していてくれたのかもしれない。
「そういえばオスカーは元気にやってるかな?」
「ああ、意外だけど――」
ちなみにオスカーやエリザベスはアジトやサヴォイアのほうでいろいろと頑張ってくれているらしい。
意外なことに今でもボナス商会の露店は維持されているようで、なんとハジムラドとオスカーが並んでコーヒーを提供していたりするらしい。
仕立屋の娘たちなども協力してくれているらしいが、相当むさくるしい絵面になってそうだ。
店のイメージは大丈夫なのだろうか……。
しかしハジムラドも今は相当忙しいだろうに、協力してくれているのは素直にありがたい。
「あ~っと、姐さん達。そろそろいいですかね?」
「ん? 姐さんて……あれ、えーっと……マーセラスか。お前も来てたのか」
「ああ。姐さん達やピリにも頼まれてな……いろいろ手伝わせてもらった。と言いつつ、結果的にかなり儲けさせてもらったんだけどな。それでマリーさん、たしかシュトルム商会の本店にそろそろ向かわないと……ラウラ様と合流する予定でしょう?」
「そうね、ちょっと場は混乱しているようだけれど、そろそろ向かった方が良いかもしれないわね。ボナス――」
意外なことにピリの従弟で、闇市の顔役の一人、マーセラスもついてきていたようだ。
さらにマーセラスの手下も結構な数いる。
こいつらだけはまともに門から入ってきたんだな……。
中庭の惨状にもまるで動揺することなく冷静だ。
シロ達が突入してからは、震えあがってほとんど声も出せない東区のチンピラ連中に、なにやらテキパキと指示を出している。
チンピラ同士話が通じやすいのだろうか……。
それはともかくとして、マリーはじめ皆やはりシュトルム商会、カミラにはしっかりと報復する予定のようだ。
もちろん俺もそのつもりだ。
文句などあるはずもない。
正直、仲間と再会した今、カミラを恨むよりも早くアジトへ帰りたい思いの方が強い。
だが今後のことを考えると、ボナス商会として、ここはしっかりとけじめをつけなくてはいけないところだろう。
「そうだ。サイード、お前も来てくれ」
「……嘘でしょう?」
中庭の惨状を呆然と眺めていたサイードだが、俺がそう声をかけると絶望的な表情で振り向く。
口は半開きで、視線だけが落ち着きなくぎょろぎょろとさまよっている。
見ているのはマリー、コハク、クロ、シロ、ギゼラ、ザムザだろうか。
「へっへっへっ、わかるぜその気持ち~。なぁサイード、後の処理は俺が手伝ってやるから、お前は姐さんたちの後ろからついて行けよ。むしろレナス王国一安全な場所かもしれんぞ?」
「マーセラス……あんたのことは知っている。サヴォイアの闇市界隈の人間だろ? なんでこんなところで……」
「ボナス商会の下に付いたんだろ? 俺も似たような立場だからな。それに……今のお前と同じような経験をしたこともある――わかるぜ~その気持ち。だがなぁ、逆に姐さん達の後ろについて歩くのは悪くない。俺もサヴォイアではずいぶん長く荒事に関わっているがな、こんなすげぇ暴力見たことがねぇ。正直最初はビビりながら嫌々ついていったが……さすがにこれほどの力を見せつけられるとなぁ――むしろいろいろ清々しい思いをさせてもらったよ」
かつてはひたすらクロ達に怯えていたマーセラスだが、いまではすっかり子分のように振舞っている。
俺がいない間にいろいろあったようだ。
とはいえ……姐さんはどうなんだろうか。
まぁ、役に立ってくれているようだし良いか。
「サイード、別に戦えとは言わんから、意見を聞かせて欲しいんだ。カミラという女が何を考えているか、お前が一番わかっていそうだ」
「……わかった。確かにここまで来たら、カミラにはしっかり死んでおいてもらわないと、俺もよく眠れんしな!」
「じゃ、行きましょうか」
「ぐぎゃうぎゃうー!」
「ボナス、ほら一緒に行こ? ね?」
「わ、わかったよシロ。だけどそんな縫いぐるみみたいに抱え込むのだけは……勘弁してくれ」
「ぼ、ぼくもいく!」
「え!? じゃ、じゃあ、俺も行くぞ!」
ビビとガストもローブの袖をパタパタと振り回しながらそう叫ぶ。
どうやら二人ともここからずっとついてくるつもりのようだ。
「ぐぎゃう~?」
「別に良いけど、二人とも日差しは大丈夫なのか?」
「うん。ちょっと怖いけど、ローブも着てるし、今取り残される方がなんだか……不安だよ」
「面白そうだぜ!」
洞穴族は変わり者も多く、気質もそれぞれではあるのだが、全員好奇心だけは異様に強いんだよなぁ……。
ビビも不安だと言いつつも、ぴょんぴょん跳ねているところを見ると、かなり楽しんでそうだ。
こんな面白そうなことを見逃してなるものかという気概を感じる。
「本店とやらがどんな場所かわからんので少し心配ではあるが……」
「大丈夫じゃない? 洞穴族は……頑強な種族よ」
「そうだそうだ! まぁ、鬼ほどじゃねぇけどな……」
「かわいいね」
「えっ、お、俺!? へへっ、へへへっ、シロに可愛いって言われちまったぜ」
ガストはフード越しでさえ顔を赤くして喜んでいるのが見て取れる。
そう言えばガストはとりわけシロの話が好きだった。
その背丈、体形、髪色、醸し出す雰囲気はまるで違う二人だが、同じように青く美しい瞳を持つ。
ああ、そういえば二人ともやたら俺へのボディータッチが多いのも共通点か……。
意外と相性は悪くないのだろうか。
「ラウラは領主館に向かってるんだっけ?」
「ええ、とっくに着いてるでしょうけどね。なので領主館を経由して北区の本店へ向かうわ」
「わかった。それじゃ急いで向かおうか」
ボナス商会の仲間に加え、サイードとビビ、ガストで領主館へ向かう。
そういえば、いつのまにかコハクの姿が見えなくなっていた。
とはいえ、心配する必要は無いだろう。
ほぼ間違いなく、この街にコハクを傷つけられるものは存在しない。
おおよそ、先回りしてラウラと合流しているのだろう。
領主館が混乱していなければいいのだが……。
「やっぱりサヴォイアとは街の雰囲気がずいぶん違うな」
「そうだね~。ねぇボナス、帰りに鍛冶道具買って帰りたいな」
「ああ、もちろん。サヴォイアに比べるとかなり都会みたいだし。全部終わったら少しだけ買い物して帰ろう」
まともにサイードの屋敷の外に出るのは初めてだ。
東区はどちらかと言えば貧困層が多く治安も悪いらしいが、サヴォイアよりも道も建物もずっとしっかりしている。
かなり年期は入っているが、石畳まで敷かれている。
普通に観光できたかったな……。
「しかし……なんだか、ただ歩いているだけで人が逃げていくな」
「不思議だね」
「ぎゃ~ぅ、ぐぎゃ~う」
「いやいや……お前らが南区から大暴れしてきたからだろ……」
シロとクロの適当な相槌に、思わずサイードが突っ込んでいる。
確かにサイードの言う通りなのだろうな……。
鬼三人が並んでいるだけでも、威圧感は凄まじい。
肩に軽く担いでいる巨大なハンマーも相当物騒に見えるだろう。
マリーもマリーで無駄に猛獣のような迫力があるしな。
街の人間が怯えるのもよくわかる。
だが……、さすがにあまり気持ちの良いものでは無いな。
まるで化け物扱いだ。
しかし今思えば、サヴォイアでも一歩間違えれば、こうなっていてもおかしくなかったのだろうな。
露店のお客さんを通して、クロや鬼達、コハクまで、ボナス商会はかなり好意的に受け入れられてきた。
だが、シロやギゼラも最初は皆から恐れられ、警戒されていた気がする。
身だしなみを整え、少しづつ常連達と話すようになって、徐々に受け入れられていったのだ。
そう言う意味では、わざわざあんな風に地味な商売をやった価値は十分にあったな。
あぁ……、はやく俺の店に戻りたくなってきた。
いつも馬鹿話しばかりしている常連達に会いたい。
「うわ~、みんな逃げてくね」
「へへへっ、なんだか面白れぇな!」
そんな街の連中を見て、なぜかビビやガストはキャッキャと喜んでいる。
意外と神経が図太いな……。
そうして、サクの街に混乱をもたらしつつ歩みを進めていると、少し街の雰囲気が変わってくる。
どうやら領主館が近いようだ。
「ねぇねぇ。あれ、ラウラじゃない? コハクもいるみたい~。やっぱり先回りしてたんだね」
「ぐぎゃうぎゃう! ら~うら~!」
ギゼラがラウラを見つけたようだ。
クロが指差す方向を見ると、たしかにコハクとラウラだ。
パッと見た感じ、巨大な猛獣に襲われ、今にも食われそうな女性に見えるな。
ただその女性、ラウラの表情はめちゃくちゃ嬉しそうだ。
コハクの胴体に両手を回し顔をこすりつけるようにしがみついている。
いつも連れている護衛の女性も慣れたもので、こっそりコハクを撫でまわしている。
「あっ! ああ! あああ! ボ、ボナス! どこも怪我はありませんか!?」
「ラウラ! ああ、大丈夫だよ。こんなところまで来てくれたんだね。ほんとうにありがとう」
「も、もうっ! 私、とても心配したんですよ! ボナス……、あぁ……なんですか、その髭は? もうっ! うふふふふっ」
ラウラは怒って見せつつも、俺の髭をワサワサと触ると、耐えかねたようにすぐに満面の笑みを浮かべる。
なんだか懐かしくありつつも、思っていた以上に頼もしく包み込まれるような笑顔だ。
思いがけず、彼女の存在に強い安心感を覚えてしまう。
以前は何処か自信なさげだった彼女だが、いつの間にか年相応の包容力と、大人の魅力を兼ね備えた美しい女性になってしまったな。
「ああ、ラウラ、また会えて本当に嬉しいよ。ラウラの笑顔は……不思議だけどアジトに帰ってきたかのような気持ちになるよ」
「そ、そうですか? うふふふっ、それじゃあ早く終わらせて、本当にアジトへ帰りましょうね!」
「ラウラ様、フルマリフ様とはもう?」
「ええ、話はすぐ着きました。どうやら今カミラは領主館にいないようです。それと、フルマリフ様は領主として、今回の件、ボナス商会とシュトルム商会の問題には介入しないとのことです」
「承知いたしました。それでは本店へ向かいましょうか」
「ええ。あら……この方たちは?」
「ああ、この二人はビビとガスト。洞穴族でこれまで俺のことをいろいろ助けてくれていたんだ。それで――こっちがサイード、一応俺の協力者で……カミラについて詳しいから連れてきたんだ」
「あら、私洞穴族の人を見るのは初めてです! よろしくお願いしますね!」
「う、うん。ビビです、よろしく」
「おう、ガストだ、よろしく!」
「な、なぁナナ……いや、ボナス……さん。この方はもしや……ラウラ・サヴォイア様では?」
「ええ、そうですよ、私はラウラ・サヴォイアです。どうぞよろしくおねがいしますね」
「――これはこれは、サヴォイアの姫様でしたか、なるほどなるほど! いやぁ、大変な失礼を……わたくし東町で小さな工場を営むサイードというものでして、今日よりボナス商会の末席に加えていただくことになりました。誠心誠意務める所存でございますので、ラウラ様もどうぞ何なりとお申し付け下さい! いやぁ、噂に聞いていた以上に、たいへんお美しい方ですな!」
「見てガスト、なんかサイードが気持ち悪い笑顔で気持ち悪い喋り方してるよ」
「うん? いつものことだろ」
ビビとガストはラウラが貴族であり、魔法使いであることに気が付いていないようだ。
一方のサイードは一瞬固まったものの、満面の笑みでへりくだりはじめた。
ビビの言う通り気持ち悪い笑顔だが、あれは多分心からの笑顔な気がする。
味方に貴族がいるということで、相当安心できたようだ。
確かに、どれほど優位にことを運んでいたとしても、最終的な局面で貴族がカミラ側に付いた場合、レナス王国ではほぼ破滅に等しい。
後ろ盾なしで貴族にたてつくのは自殺行為だ。
だが、ラウラが味方にいて、領主のフルマリフと合意がとれていると聞いて、その心配はないと踏んだのだろう。
顔色まで良くなってきた気がする。
「それじゃ、さっさと行きましょう」
「ああ、そうだな。本店は北だっけ?」
「本店はこの大通りをまっすぐ北に向かえば見えてきます。ですが、見通しが良い分、弓矢での攻撃には注意してください。籠城できるような作りになっており、外壁には見張り台がいくつも設けられております。ほぼ間違いなくそこに弓兵を配置しているでしょう。カミラの私兵は毒もよく使いますのでご注意を」
「サイード、さすがに詳しいな……」
「シロとクロがべったりついているから、ボナスは大丈夫でしょうし、ラウラもコハクがいれば心配ないわね。……洞穴族も矢くらいじゃ死なないかしら。とはいえ日も出ているし、一応あなたたちも後ろにいなさいね」
「うん。僕たちは鬼たちの陰に隠れとく」
「おう! しっかし、ボナスんとこの鬼達はほんとでっけぇなぁ!」
皆と情報交換しつつ移動していると、サイードの言う通り、あっという間にシュトルム商会本店らしき建物が見えてきた。
ちょうど大通りの突き当り、真正面に大きな屋敷がある。
堅牢な石造りの外壁が周囲を覆っている。
窓は一つもない。
中庭の方に向けて開口が設けられているのだろう。
高さは低いところでも、おおよそ六メートルはあるだろうか。
かなり防衛的な作りで、領主館より威圧感がある。
サイードの言った通り、その屋上には見張り台のような場所も設けられている。
そろそろ弓手たちの射程圏内に入ってそうだ。
「誰だ!? と、止まれ! 止まらなければ撃つ!」
「私はマリー。傭兵……いえ、ボナス商会のマリーです……ふふふっ。挨拶に来ました。門を開けなさい」
「ぼ、ボナス商会? そんな話は聞いていな――」
門の少し手前でやっと反応があった。
見張り台の上から門番、その責任者らしき人物が威圧的に声をかけてくる。
その周りには弓手がずらりと並んでおり、全員弓を構えている。
こちらの応答如何によっては一斉に攻撃するつもりだろう。
そんな中、マリーがあまりにも雑に開門を迫る。
クロや鬼達に動く気配はない。
弓兵を見て、俺の守りに専念してくれている……というわけでもなさそうだ。
「ボナス~……ふふふっ」
「ぎゃうぎゃうぎゃう……」
シロはニコニコしながらフォークリフトのように俺を上げたり下げたりしているし、クロはタコの干物が気に入ったのか、むしゃむしゃと食べ続けている。
ギゼラは洞穴族と鍛冶仕事についてのんびり話し合っているし、ザムザとミルはアジトに帰ったらまず何を食べようかなどとイチャついている。
あまりにのんびりしているが、大丈夫なのだろうか……。
思った以上に弓兵の数が多く若干不安になってくる。
百人くらいはいるんじゃないだろうか。
だというのに、俺以外誰も不安そうにしていない。
意外なことにサイードもただニヤニヤするばかりで、焦った様子もない。
「ラウラ・サヴォイアです! ええっと――それじゃ、開けますね!」
「え……ラ、ラウラが?」
「ええ、任せてください!」
ラウラはコハクを撫でながら、まるで安ワインでも開けるような気安さでそう言った。
わずかに目を細め、眼鏡奥の瞳を黄金色に輝かせている。
一方見張り台の上は、サヴォイアの名前に一瞬動揺が走っていたようだが……今はもう、それどころでは無い状況だ。
「なっ、なんだ!?」
「ゆ、揺れて? なんだこれは、なんなんだ!?」
「退避! 一旦退避だ! ああっだめだ、沈む!」
「外壁が――飲み込まれていく!」
それは小さな地鳴りから始まった。
徐々に大きくなるそれは、足裏からも明確に異変を伝えてくる。
外壁からそれなりに離れたこの場所でさえ、はっきりと体感できる。
地面が低くうなり声を上げ、揺れている。
何度となく地震を経験しているがゆえに、全身に緊張が走る。
鳥肌が立つとともに冷や汗が噴き出る。
それからは一瞬だった。
石組みの外壁から土煙が立ち上がり、バラバラと目地材が落ちる。
堅牢な石壁をかたちづくる、何千という石が、まるで一斉に笑い狂うかのように不快な振動音を立てはじめる。
つい先ほど、鬼達がサイードの屋敷で引き起こしたことに似ているが、それと比べても圧倒的な規模と異様さだ。
これはもはや攻撃というより……天災だな。
見張り台の上にいる弓兵たちはその場に座り込むか、ただ右往左往し悲鳴をあげるばかり。
敵対勢力とはいえ、見ているだけで動悸がしてくるな……。
ふと外壁の足元を見ると、まるで地面が液体になったかのように泡立っている。
ああ……つい最近、地獄の鍋で似たようなものを見たな。
「お、おい……嘘だろ……地面が建物を飲み込んでいく……」
「くっ、崩れる! 崩れるぞ!」
「に、逃げろ!」
「だめだっ、お、おちるっ!」
「うわあぁっ、いやだっ、うわあああっ!」
地面が建物を飲み込んでいく。
わずか数十秒。
あっという間に堅牢な建築物が崩壊し、多くの弓兵を巻き添えにして地面へ飲まれてしまった。
後にはただ泥と水たまり、そしてあたりを覆いつくす土埃のみ。
落下したものも多く、うまく逃げられた者はほんのわずかだろう。
「サンドワームのあれか……えっぐいなぁ……」
「どうです!? 土の中を泡立てる魔法です! ワームから着想を得ました! 私もなんとか皆さんと一緒にキダナケモと戦えないかなって、いろいろ頑張ったんですよ~。ニーチェさんが流体の扱いがとっても上手くって――」
ラウラが今見せた魔法について丁寧に説明してくれる。
どうやらアジトの師匠たちと一緒にこっそり考え、練習した魔法らしい。
物理現象としては理解できるが、当然ながら魔法がどう作用しているかなど、まるでわからない。
眼鏡を光らせ嬉々としてしゃべる彼女が、なんだかマッドサイエンティストに見えてきたな……。
「ラウラ様……いつのまにそんな恐ろしい魔法を? それでは対魔法要塞さえ、まったくの無意味に……」
「あら、マリー。アジトではこれくらいのことは日常茶飯事ですよ?」
「すげぇ! 見たかビビ!?」
「うん、魔法かな? 魔法だよね? 目の前の壁、全部消えちゃったよ!」
「やばすぎるだろ……ほ、保険、入っておいて本当に助かった……」
クロや鬼達は大して驚いていないところ見ると、たしかにラウラの言う通りなのだろう。
アジトはそう言う場所だったな。
みんなと別れ、地味に暮らしている間に、俺も常識的な感覚というものを手に入れてしまったのかもしれない。
あるいは――非常識の筆頭、小さなぴんく色のトカゲをしばらく見ていないせいだろうか……。
「ぎゃうぎゃうぎゃう~!」
「あら、クロも行くのかしら? そう……確かに、あなたが一番早いものね。じゃあ一緒に行きましょうか」
「まりー、ぎゃうぎゃ~ぅ」
「ふふっ、肩を並べて戦うのは、久しぶりね」
「あ、クロとマリーが行くんだ……一応気をつけてな」
「ぎゃ~ぅ~。ぼなす、ぎゃ~ぅぎゃうぎゃう!」
「ああ、大人しくして待っとくよ」
「さて、カミラはいるかしらね」
どうやらここからはクロとマリーが行くようだ。
二人は両手に武器を構えると、ぴょんぴょんと軽やかに跳ねるようにして、いまだ残る粉塵の向こう側へ消えていった。




