第158話 荷下ろし
ビビとガストの勧誘に成功した。
二人はあれ以来あからさまにソワソワと楽しそうにしている。
サイードにバレないか少し心配だ。
それにしてもビビがそんな様子を見せるとは意外だった。
最近ではずっと、機嫌の良いタヌキのような顔をして、背中の盾を揺らしながらコハクの背中を追いかけている。
コハクが不思議そうに振り返ると、その様子を見てはにかむような笑顔を浮かべる。
ここに来た当初の様子とはあまりに違いすぎて、少し心配になってくる。
だが確かに、いかにも俺の知る洞穴族っぽい雰囲気ではある。
しかし、いくらなんでも期待しすぎじゃないだろうか。
アジトの暮らしもそれはそれで大変なんだが……いや、ここに比べれば天国か。
一方のガストも似たような状況だ。
完全に浮かれている。
ガストには時期が来たら、他の目ぼしい洞穴族にも声をかけてもらうよう頼んでいるが……、その前にうっかり喋ってしまいそうだ。
別にこいつの口が軽いわけじゃないが、種族柄か感情がもろに出るのだ。
これは誤算だった。
ちなみに、他の洞穴族については、俺も意外と直接交流があったりする。
特にガスト絡みで、皮革工場の連中とはよく話をする。
その中でも特に靴職人とは特別頻繁に絡むようになった。
どうやら俺の知る靴の製法に興味があるらしい。
このあたりの靴はほとんどがサンダルの延長線上のものであり、戦闘用の靴も、革で足裏から包み込むような形状を基本とした、モカシンと言われるものがほとんどだ。
一度、普通にアッパーとソールをウェルトを介して縫い付けたような靴、つまり俺が元々履いていたような革靴のようなものを作れないか、図を描きながら相談したのだが、それ以来妙にキラキラした目で俺に話しかけてくるようになってしまった。
自分が発見した製法でも無いのに、尊敬のまなざしを向けられるとなんだか気まずい。
最近では見回りに来るのを通路でウロウロソワソワしながら待っている職人連中もいる。
こいつら洞穴族は本当に人懐っこすぎて、少々心配になってくる。
技術的なことには熱心で好奇心旺盛なんだが……駆け引きが求められるような仕事は絶対に任せてはいけない。
頭は良いが嘘はつけないタイプだな。
「お~い、悪魔食い! ちょっと手が離せんのだ、輸送屋の相手をしておいてくれ」
「うん? ああ、サイード、じゃあこっちの帳簿は一旦置いておくぞ」
ちなみに、俺はなぜかサイードをはじめ、周囲の人間から悪魔食いと呼ばれるようになった。
多分干したタコ足を咥えながら、その辺をうろうろしていることが多いからだろう。
何時も風呂にしてる潮だまり、次はいる時には必ずタコが潜んでいるのだ。
他にもゲテモノ好きとも呼ばれたりもする。
多分洞穴族とよくつるんでいるせいもあるのだろうが……どちらにしろ見る目の無い奴らだ。
ちなみにビビもガストも普通にタコを食うようになった。
ビビはあれほど気持ち悪いと言ってたのに、今ではタコを捕まえるとニッコニコだ。
片手で器用に下処理までし、入念にタコを洗っている。
まぁ食堂の飯に比べれば圧倒的にうまいもんな……。
ガストもそんなビビに影響され、すっかりタコのとりこになってしまった。
星空を背景に塩風呂でタコを肴に安酒を飲むのが至高のひと時らしい。
分からんでもない。
相変わらず隙あらば俺の身体をまさぐろうとしているが、最近ではそれを見とがめたコハクに猫パンチされ、さらに喜んでいたりする。
いずれにしろ幸せそうで何よりだ……。
「中庭に待たせてるから荷下ろし確認してやってくれ。まぁ有名な傭兵団だから、ちょろまかしは無いだろうが一応な……」
「伝票は……これか、わかった」
サイードの手伝いも日に日に量が増え、内容もずいぶん突っ込んだものになってきている。
正直アジトから仲間連れてきたら、そのまま事業を乗っ取れそうだ。
とはいえ現状、手間の割に利益の少ないし、事業を乗っ取ったところで、今の俺とサイードの立場が入れ替わるだけな気もする。
そう考えるとあまり魅力は感じない。
「おい、こっちだ! 荷物はここにある分で全部だ。さっさと確認してくれ」
「……ああ、荷物な。これで全部かな?」
中庭には二十人ほどの傭兵団とラクダが俺を囲むように出迎える。
ちょうど荷物をおろし終えたところのようだ。
それなりに有名な傭兵団らしいが、たしかに強面の連中が多く、薄汚れてはいるが装備も充実している。
中庭へ足を踏み入れた瞬間から全員が俺をじっと見てくる。
さすがに居心地が悪いが、リーダーの男が気安い調子で声をかけてきた。
「そうだ。いやぁ……なかなかここまで運んでくるのは骨が折れたぜ……」
「ああ、そうか……、ずいぶんと遠くから荷物を運んできたのか?」
「そう言うわけじゃねぇんだがな……何処に荷物を運べばいいのかいまいちわかりにくくてなぁ~、いろいろと道草くっちまたのさ」
「それは……ややこしい依頼だったようだな」
リーダーの男は心底うんざりしたような顔で話を続ける。
確かに目の下にはっきりと隈ができており、ただでさえ悪い人相がさらにひどいことになっている。
よほどの無理を押して仕事をこなしてきたようだ。
「ずいぶん疲れているようだな……タコ、食うか?」
「タコ? うぇっ、そいつか……いらねぇよ。……まったくやれやれだ、こんな仕事は二度とやりたくねぇな」
「そんなに大変だったのか?」
「ああ、依頼主がとんでもなくおっかなくてなぁ……、ここしばらくは馬車馬のように走りまくったぜ。そういやお前は……この辺じゃ見ない顔だな。新入りかぁ……?」
「ああ、新入りだ……」
リーダーの男は眉を寄せ、俺の顔を覗き込むように見てくる。
顔だけでなく、全身の服装や、俺の持つ杖など、一つづつ確認するように視線が移動していくのを感じる。
人相の悪い盗賊面の男に全身を舐めまわすように見られていると、なにやら値踏みでもされているような気がしてきて不快だ。
ひとまずこの男とは目をあわせず、粛々と作業を進める。
荷籠を一つ一つ開け、伝票と照らし合わせながら、間違いの無いよう確認していく。
「そうか、新入りか……。ここの仕事はどうだ?」
「そうだなぁ、最初は環境が悪くて難儀したが、今はそれほど悪くない。まぁいろいろ頑張ったのさ。それに意外と良くしてくれる連中もいるんだ」
「そりゃよかったじゃないか。それじゃあ……このまましばらく、ここで働くのか?」
「ああ、多分だけどな。普段はここの地下で見回りの仕事をしてる。どっちかっていうと、今やってるのは臨時の手伝いみたいなもんなんだ」
「そうだったのか、なるほどなぁ……道理で見ない顔だと思ったぜ。サイードも癖の強い男だろ? うまくやってんのか?」
「ああ、いろいろ思うところはないでもないが、今のところうまくやれてると思うぜ。一応命を救われたようなもんだしな」
「そうか……」
「大体こんな所かな、荷物は伝票通りだ。お疲れ様」
受領した証拠に控えの伝票を男に渡す。
伝票を受け取った男は眠気を払うように自らの顔を両手でバシバシと叩くと、大きく背伸びしてラクダへと歩いていく。
その様子を見ていた他の連中も一斉に動き出す。
俺とリーダー格の男が喋っている間、二十人が一言も言葉を発せずじっとこちらを見ていた。
異様な空気だ。
男の気安い喋り口調とはあまりに乖離している。
「あ~あ、めんどくせぇな……これからまたすぐ戻らねぇと……」
「ここから何日くらい移動にかかるんだ?」
「ラクダで移動して丸二日かかる。寝ずに往復すれば……三日でくることもできるかもな」
「寝ずに……それほど焦る必要も無いだろう。傭兵は慎重にミスなく動く方が重要なんじゃないのか?」
「ははっ、どこの傭兵がそんなこと言うんだよ。そんなもん金次第だ。だがまぁ……今回は雇い主が怖すぎる。さっさと行くぜ」
「わかった……それじゃあな」
「ああ、そうだ。お前ちょっと臭いぞ? しっかり風呂入った方が良いんじゃないか? 後その髭面も似合ってねぇぞ!」
「うるせぇよ! お前にだけは言われたくないわ!」
「へへへっ、じゃあな、ボナス」
「ああ、じゃあよろしく、ピリ」
さて――、ここでの暮らしもそろそろ終わりか。




