第152話 ビビ①
サイードに新しい上司を紹介されたは良いものの、このままでは延々無視されそうだ。
背負っている重そうな鉄盾からは、なんとなく物騒なものを感じる。
いきなりキレてきたりしないか怖いが、とにかく話しかけてみるか……。
「え~っと、いったい何の仕事をやってるんだい?」
「うん? 僕の仕事?」
「ああ」
「護衛と連絡役だよ」
「護衛っていうのは……この工場内の?」
「そうだよ」
「この工場内は危ないこともあったりするのかな?」
「そりゃ地下だからね。モンスターも割とよく湧くよ。それに泥棒も紛れ込んでくることもある。そいつらを見つけだして殺すのが僕の仕事」
「……なるほど、護衛っていうのはそう言う意味なのか。それじゃ、俺も一緒に戦わないとだめなのかな?」
「いや、お前は戦うとすぐ死にそうだから……いらない。そのかわり、いろいろと雑用をしてもらう」
「確かに戦いは……苦手だな。そういや連絡役っていうのは?」
「一日四回、僕は洞窟中をモンスターが湧いていないか、変な奴が入ってきていないかを見回りをする。そのついでに、工場内の連絡役をやってるんだよ。伝言を預かったり、手紙や書類の受け渡し、ちょっとした荷物を運ぶことも……いろいろする」
「なるほどなぁ。しかしどっちの仕事も――その腕じゃあ、中々大変なんじゃないか?」
ビビは左手が無い。
肘から先、ちょうど前腕部の途中から左手を失っているようだ。
傷跡らしきものもあるので、事故など後天的なものだろう。
意外に器用に使ってはいるが、簡単な荷物の持ち運びをするにしても、やや大げさな動きが必要なようだ。
この部屋の独特の秩序はビビの身体的な特徴と併せて考えると、納得できる気がしてくる。
片手が不自由でも、一人で効率的に生活できるような配置になっているのだろう。
得意な片付けや掃除でもして印象を良くしようか思ったが、これは下手にいじると逆に怒られそうだな。
「この手でも……こんなところに湧くモンスターや盗人程度なら片手で十分だよ。この盾で殴り殺せる。ただまぁ……いろいろと少し不便ではあるかもね」
「俺は、ビビがやろうとしていることを手伝うように動けばいいのかな?」
「そうだね」
「ちなみに、寝泊まりはどこで?」
「どこでもいいよ」
「どこでも……」
小さな部屋にはベッドらしきものはない。
ただ部屋の隅の方に、布がぐちゃぐちゃと折り重なるように置かれ、鳥の巣のようになった場所がある。
ちょうどビビの小さな体一人分程度の大きさにくぼんでいるので、あそこで寝ているのだろう。
まぁ地下は気温も安定しているし、しばらくは床で寝るしかないか。
エリザベスのフカフカ布団が恋しい……。
ただまぁ幸運なことに、エリザベスの服は着たままだ。
熱い寒いでそう簡単に体調を崩すこともないだろう。
しかし……そうだとしてもこの部屋で寝るのはきついな。
ビビは正直かなり汚いし汗くさい、部屋に特別な換気設備があるわけもなく、いろいろと悪臭がこもっている。
サイードが逃げるように出て行ったのも、ほぼ間違いなくこの臭いのせいだろう。
酒場で見た洞穴族と同じ種族とは思えないな。
ムチムチしていないし、猫のような好奇心に満ちたいたずらっぽい表情もしていない。
ぼろ布の服を何枚を厚着しているが、それでも痩せているのは分かるし、表情も硬く暗い。
「俺、整理するのが好きなんだけど、部屋のものは勝手に触らない方がいのかな?」
「ん……別に……いや……好きにすれば」
どっちだよ……。
なんだか煮え切らない反応だな。
まぁ聞きながら片付ける分には突然怒り狂うようなことも無いだろう。
しかしこいつ……なかなか性格が掴みづらいなぁ。
やたらそっけないのであまり話しかけない方が良いのかもと思ったが、意外と喋るのは嫌いじゃなさそうでもある。
いろいろ聞きまくっていると、なんだかモジモジしつつもちゃんと返答してくる。
「あと食い物ってどうなってるんだろう? ……食えるよね?」
「見回りの時に、貰える場所があるよ」
「それは良かった……。あと……一応給料もあるのかな?」
「月に一度支給されるよ。そん時渡す」
「そっか。じゃあ、後は……とりあえずビビについて行って、見て覚える感じかな?」
「そう……だな。そうしてくれると助かる……」
延々話しかけていると、こちらをチラチラ見るようになったな……。
少しは打ち解けられたのだろうか。
調子に乗ると盾で殴り殺されそうだ。
サイードも何やら物騒なことを言ってたしな。
とりあえず前任者は死んでいるようだし、いろいろ気を付けよう。
まぁ、精いっぱいやってみるか。
意地でも生き残って、アジトに帰らないとな。
「そろそろ……見回り行こうかな」
「なんか荷物で持つものあるか?」
「え? それじゃこの袋……」
「はいはい。後は何か?」
「……いや、いい」
それから暫く、ひたすらビビの後ろをついて行く。
意外としっかりと見回りしているようで、すれ違う人の顔を一人づつしっかりと確認している。
俺も顔を覚えた方が良いのだろうか。
ひとまず、すれ違った人の数を覚えてく。
地図作りたいなぁ……。
工場で革の鞣しをやっているらしいし、端切れを貰って羊皮紙代わりにしたい。
後はペンやインクが欲しいところだが……。
ボールペンか鉛筆でもあればなぁ。
無理を言っても仕方が無いが、移動しながら気楽に使える筆記具が欲しい。
「なぁ、ビビ。ここの従業員、全員のこと把握してんの?」
「うん。顔を覚えてる」
「すごいなぁ。全部で何人くらいいるんだろ?」
「わかんない……」
「顔だけ覚えてんのね……」
まだ十五分ほど移動しただけだが、既に二十七人とすれ違った。
顔を覚えるためにも老人と、子供、洞穴族、その他に分けて数えるつもりだったが、いまいち子供と洞穴族の区別がつかない。
よく見れば、なんとなく分かるだが、ビビの歩くペースが速いのだ。
わざわざ聞いて確かめる余裕もない。
「このあたりから工場かな? 上への階段……入ってきたところに近いな」
「ここら辺は外の業者も入れるからあまり見ても仕方ない」
地下へと降りる階段周辺は、保管や仕分け等の作業がメインのようだ。
確かにこれまですれ違った連中とはまた違ったタイプの人間が多い気がする。
このあたりはビビの管轄では無いようだ。
またビビとは別の見張り役がいそうだな。
それにしてもよく考えると、カミラやカミラに近い人間が視察に来たりすることは無いのだろうか。
怖いなぁ……目立たないようにしておこう。
「なんか独特の香りが……八角みたいな匂いだな。蒸留器……ここからは酒工場かな?」
「うん。いい匂いだけど……酒は仕事が休みの時以外は禁止だよ」
「ああ、ビビは酒が好きなのか?」
「嫌いな人なんているの?」
「いや、そりゃ中にはいるだろうよ……たぶん……」
「ふ~ん……」
またしばらく歩いていると、これまでより少し広い部屋に出る。
片側には封された瓶が並び、もう片側には巨大な鍋や原始的な蒸留器のようなものがある。
ここでサイード自慢の安酒を作っているのだろうか。
なかなか面白そうだな。
ああ、くっそ~……ギゼラやザムザ、オスカー、ハジムラドと一緒にラウラ酒醸造所の設計に戻りたいな。
いや、メナスも仲間外れにするなといってたな。
マリーだって……いや、今は目の前のことだけだ。
生き残ってアジトに戻る――すべてはそれからだ。
それにしても……工場は思っていたよりずっと規模が小さいな。
今は中年女性が一人、子供が三人で道具の掃除をしているだけだ。
まぁ、当然といえば当然か……何をするにしてもほとんどが人力だもんな。
工場といっても町工場、むしろ工房と言った方が正確か。
「あれは何だろうか……ブドウと……何かのスパイスかな? どんな酒なんだろう……」
「わかんないけど、ぼくは結構おいしいと思うよ」
「へぇ~、味が気になるなぁ……一度機会があれば飲んでみたいもんだ」
「……休みに、少しだけわけてあげるよ」
「おお! ありがとう! あんた良い上司だなぁ~」
「そ、そう……」
それにしても、先ほどから誰もビビには話しかけない。
少し不自然なほどだ。
いや、それどころか少し避けられているような気がするな。
でかい盾を背負って、睨みつけるように人の顔を確認しているのもあるのだろう。
たしかに、何か疑いを持って監視されているようでちょっと怖い。
少なくとも見られる方にとっては気分の良いものではないだろう。
それになにより――臭いからだろうなぁ……。
俺はもうあまり分からないが、移動していると時々麻痺した鼻が正常に戻るので辛い。
ビビを風呂に入れたい。
こいつの近くで寝られるだろうか。
だがよく考えると俺も相当汚いんだよな……。
「なぁ、ビビ。ここには風呂ってあるの?」
「ない。上の建物の中にはあるみたいだけど、見たことない」
「そうか……お湯は手に入るのかな?」
「厨房でもらえるんじゃない? 忙しい時に行くと追い払われそうだけど……」
「なるほど……」
厨房の人間に嫌われると面倒なことになりそうだし、もう少し様子を見てからにすべきか。
それにしてもこいつ……まるで風呂に興味ないな。
実際体を拭いても無さそうだな。
この地下が湿気ているせいもあるが、出会った頃のクロやシロよりずっと汚い気がする。
何か作戦を考えねば……。
それからも、ただひたすらビビの後について行く。
どうやらこのあたりでは革の加工をしているらしい。
ビビの部屋より少し広い程度の小部屋が通路の両脇に並んでいる。
それぞれの出入り口には様々な革製品が山のように積まれている。
扉は設けられていないので、職人たちの様子が良く見える。
一人で黙々と作業している者もいれば、数名でぎゃあぎゃあ喚きながら仕事をしている連中もいる。
やたら明るい部屋もあれば、薄暗い部屋もある。
全体としては雑然とした印象だが、小部屋ごとに小さな世界がのぞき見えて少し面白い。
「んぬぅ~……ここは凄い臭いだな……」
「革鞣してるから仕方ないよ」
一番奥へ進むとそこだけ個別に扉が設けられていた。
扉を開けると背中を押されるような空気の流れを感じる。
今まで見た中で圧倒的に広い空間に出る。
一番工場っぽいな。
それにしてもすさまじい臭いだ。
床にいくつもの水槽が設けられている。
ここに皮を浸すのだろうか。
独特のアンモニア臭と獣臭が混じり合いすさまじい臭いだ。
目に染みる。
ビビは平然としているが俺は限界かもしれない。
この臭いに慣れる日は来るのだろうか……。
なにか植物を使って鞣しているのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
あまり考えたくは無いが、動物の糞尿なども使われているような気がする。
しかし換気はよく考えられているようだ。
高い天井に煙突のような延長部が設けられており、そこから排気しているようだ。
なので外の小工房が並んだ辺りには、ほとんど匂いが広がっていない。
常に室内の圧力が低くなるように設計されている。
洞穴族が何か目的をもってそのように設計したのだろうが、実に良く考えられている。
「おい、ビビ! 工房の連中へ在庫引き取りに来るように言っておいてくれ!」
「うん、わかった」
「あ~、あと今回入ってきた原皮カビだらけで使いもんになんねぇって、サイードに文句言っておいてくれ! まったくよ~、毎年どんどん質が悪くなってくるなぁ……。あん? なんだお前、新入りか?」
「ああ、おれは……ナナシ。新入りだよ、よろしく!」
「ふぅ~ん。まぁしっかり働いて、ビビ助けてやれよ!」
「ああもちろん、それが俺の仕事だからな」
ここで働いている連中は、よく見ると全員洞穴族だ。
ビビともずいぶん親し気だな。
「それで、ちょっと使えない革で余ってるの無いかな……?」
「ああ? あ~……吊ってるやつはダメだが、その辺落ちてるやつは勝手に持って行け!」
「助かる! あとペン……何か書くものはどこかで手に入らないかな?」
「そんなもん、その辺の墨適当に使えば……ああ、まぁいいか。お前、ちょっとこっち来いよ、俺の分けてやる」
「おお、ありがとう! あ、ビビいいかな?」
「いいよ」
一番声のでかい洞穴族について行くと、作業机の置かれた一角へと誘導される。
この場所では何か帳簿のようなものを管理しているようだ。
書類仕事の痕跡がある。
薄く漉かれ、同じサイズに切りそろえられた革が束ね、吊るされている。
書きかけのものを覗き見ると、意外なほど丁寧に枠線が描かれており、そこに流麗な文字で何かがびっしりと書き込まれている。
工場内はお世辞にも清潔とは言えないし、鼻がもげそうなほど臭いが、なんだか異様な文化レベルの高さを同時に感じて頭が混乱する。
「ほら、これやるよ。え~っとナナシか。これから顔を合わすことも多いだろうし、よろしくな!」
「あ、ああ。まさかこんな立派なものが貰えるとは思わなかったよ。ありがとう……そういえば名前は?」
「俺か? 俺はガスト、一応この部屋の責任者だ、よろしくな!」
「お、おう……よろしく……」
このガストという洞穴族、先ほどからニコニコと人の良さそうな雰囲気でしゃべってはいるが、延々俺の尻を撫でまわしている。
ビビとは違って、この間酒場で見た洞穴族に近い風貌だ。
ぱっと見た感じ、まだ若い少女のような風貌だ。
もちろん色々と汚れており、全身汗だくではあるが、顔立ちは整っており、妙にムチムチしている。
声も高いが喋り方はやたらとオヤジ臭い。
何となくピリを思い出させる喋り方だ。
相変わらず性別はよくわからないが……どっちにしろ恐ろしい連中だな。
しかし、筆記具が手に入ったのは嬉しい。
インクが入っているらしい陶器の小瓶とペンを貰えた。
驚いたことに金属製のペン先までついている。
これはなかなか良いものだ。
見た目は可愛いし、俺の尻くらい好きなだけ撫でさせてやろう。
「ガスト……触りすぎ」
「へへへっ、まぁ減るもんでもなし、いいじゃねぇか! ちょっとしたスキンシップだ!」
「ほどほどにしてくれ……。じゃああとは適当に落ちてる革も貰っていくな」
「いくよ……ナナシ」
「ああ、はいはい」
それからまたビビと二人、移動を再開する。




