第151話 工場
サイードに連れられ地下工場へと下っていく。
中は予想通り明るいが、空気はじっとり湿っており、独特の臭気がある。
カビと獣脂、あとは……確かに汗くさいな。
「広いな……。これほどの地下空間、作るのはそうとう大変そうだなぁ」
「この場所は遥か昔、洞穴族が住んでいたらしいが、いくつもの戦争があって、国が変わり住民も変わり……貯蔵庫になったり、戦略基地になったりとまぁ、まぁ色々あって今は俺の工場になってるわけだ」
「かなり古いものなのか……しかし、わざわざ何でこんな場所に工場を?」
「もともと俺がここに来た頃は、食い詰めた連中や最下層のゴロツキが身を隠すのに使っていた場所だったんだ。当時、金もコネもなかった俺は、そんな連中に適当な用事を任せてちょっとした小遣い稼ぎをしていたんだが……それがなかなかいい稼ぎになってなぁ~。だんだん組織的になって行って……最終的にそのまま上に自宅を建てたわけだ。家を建てたら無料で工場もついて来たわけだ。へへへっ、お得だろ~? まぁ、たま~にモンスターも湧くが、それは愛嬌みたいなもんだな!」
サイードはおどけてそう言うが、ゼロからここまでの大きな組織へと持っていくとはなかなかの手腕だ。
成り行き任せで、運が良かったというだけではそう上手くいくものではない。
この男は単にカミラからポジションを与えられたというわけでは無いようだ。
実際、そうじゃなければ俺を生かしておくという決断はできないか……。
「モンスター湧くのかよ……で、実際工場では何を作ってるんだ?」
「いろいろさ。革製品は鞣しからやってるし、食い物の加工もやってる。後は酒も造ってるぞ。ま、安酒だがな~」
「それは……手広いな。そういえば、出入口はあそこだけなのか?」
「そんなわけあるかよ。こんだけ火焚いてんだ、あんな出入口一つじゃ死んじまうだろ? ああ一応言っておくが工場から外出るなら気を付けろよ? おまえじゃあ、ほぼ間違いなく身ぐるみはがされるだろうし、割と高い確率で殺されるからな」
「逃亡しないように見張りでも付けてるのか?」
「いや、見張りなんて必要ないさ。出たいならどうぞご自由に! ただ、この東区からは生きて出るのは至難の業だぞ。特にお前の場合は、例え奇跡的に東区から出られても、カミラからは逃れられんだろうしなぁ~。あっ、そうなったら俺も殺されるから……やっぱウロウロすんな。というわけで、結局今のお前にはこの工場がどこよりも安全なのさ。まぁそれもそのうち実感するだろうよ」
どうもこのサクの街の東区とやらはなかなか治安がよろしくないらしい。
シロやギゼラ、ザムザなんかを連れていればどんなスラム街でも大手を振って歩けるのだが……慎重にならなければな。
最も勝率の高いやり方を見極めないと。
今のところは、まじめに労働しつつ、俺がここにいることをアジトの仲間へなんとか伝えるのが有効そうだが……果たしてどうなのだろうか。
あまりに工場の仕事が過酷であれば脱出する方法も考えなければな……。
「東区っていうのはそれほど危険なのか? 一応領都なんだろ……?」
「この東区には俺がやっているような工場しかない。後はまぁ傭兵崩れのゴロツキ集団の拠点がいくつかある程度だ」
「なるほど……あまり治安がよろしくないのか」
「実際はコツさえ掴めばそれほどでもないがな。後は俺のように顔が広けりゃむしろ安全だ」
どうやらこの工場周辺は相当治安が悪いようだ。
しばらくはよく観察するか。
「サヴォイアの闇市を酷くした感じか……」
「いや……、何言ってるんだ? どう考えてもサヴォイアのほうがずっとおっかないだろう。あそこはレナス王国最辺境の街だぞ……本当に腕が良くて頭のおかしい連中しかあんな場所にはいかんぞ。まぁ、ゴロツキの数だけはこっちのほうが圧倒的に多いがな……ああ、そうか、お前もサヴォイアから来たのか……なるほどな」
「闇市周辺は多少怪しい雰囲気だったが……実際そんな気はしなかったがなぁ」
「本当にやばい連中は自分たちがおかしいことに気が付かないもんだ――。ああ~? なんだここ、きったねぇな……おい、お前!」
なんだか目の前で急に説教が始まった。
相手はこの現場の責任者だろうか。
しかし……なるほど、サイードは意外と詳細に自身の工場のことを把握しているようだ。
従業員との距離も近い。
上司と言われる誰かに引き渡されて、それ以降関わることもないのだろうと勝手に思っていたが……そうでもなさそうだ。
こいつとの関係は今後も重要になるな。
あとは思ったより付き合いやすそうな印象を受ける。
説教内容を盗み聞いていると、仕事の上ではかなり合理的で常識的な判断をしている。
ただし説教されている側にはまったく響いていない感じが……経営者の悲哀のようなものを感じるな。
どこかで見たような情景に、少し懐かしさを覚える。
どんな仕事をさせられるのかわからんが、うまく自分の有用性を示せば多少は融通を利かしてもらえるかもしれない。
「はぁ……全くあいつらは……さぼることしか考えておらん……」
「なんだかここは子供と老人が多いな」
「そうだな。子供は大人になるとなぜかゴロツキに転職するんだよ。大体がすぐ死ぬけどな。そんで生き残ったゴロツキは年食うとまた戻ってくる。戻ってくるタイプのゴロツキは意外と真面目に働くんだ、不思議だろ~?」
「憂鬱な話だな……。しかし、ずっと働いている連中もいるんだろ?」
サイードはそうつまら無さそうにそう話しながら、杖代わりに持ち歩いている直剣で、ザクザクと地面を突き刺している。
その様子は恐ろしくもあるが、何となく飲み屋で誰も食わない余りものを箸でつつきまわし、愚痴っている中年のような風情も感じる。
マフィアじみた悪辣さと同時に、町工場の親父的な雰囲気も持ち合わせた不思議な男だ。
「そうだな……洞穴族どもは一度居つくとずっといる。それこそ工場からはそう簡単に出ることも出来んからな」
「洞穴族もここで……、もしかして子供に見えていたのは洞穴族なのか?」
「いや、洞穴族はそれほど多くない。傭兵崩れや売られてきたような連中ばかりだ。意外とあいつらも扱いが難しいんだよなぁ~。仕事や住戸はなるべくバラバラにしなければいかんし、あまり数も増やせん。あの連中は徒党を組むと手が付けられんからなぁ……」
まさに洞穴族にぴったりの職場環境だが、従業員として取り扱うのは意外と神経を使うようだ。
それにしてもこの洞窟は面白い。
まったく系統の違う技術が混在しているせいか、ある種独特の世界観を感じる。
使われている部材も石や木材、一部レンガや漆喰など、まるで統一感は無い。
その時代ごとに、最も効率が良いとされるやり方で、増改築を繰り返してきたのだろう。
歩いているだけで面白い。
手の込んだ内装仕上げをしている部分もあれば、自然のまま、ごつごつとした岩肌が剥き出しになっている場所もある。
そもそもは天然の洞窟に洞穴族が住みついたところからはじまったのだろう。
それほど似ているわけでも無いはずだが、つい数日前に行った洞穴族の酒場を思い出す。
内部の構造などはだいぶ違うのだが、明りの取り扱い方が似ているのかもしれない。
地下だというのにあまり陰鬱な印象になっていない。
色々なところに上手く明かりを灯せるように工夫してある。
ところどころ上部に換気用の穴もあけられており、最低限の換気も確保されているようだ。
全体的に少し磯臭いので、もしかするとどこかで横穴が設けられ、海岸と通じているのかもしれない。
魚食えるかな……。
「おい、ビビ。お前の助手連れてきてやったぞ、今度は大切に使え! ……もう殺すなよ?」
「ん? サイードか。助手……その男か。ふ~ん……わかった」
ぼんやり地下観光しながらサイードについて歩いていると、倉庫のような小さな部屋へと案内される。
入り口に扉は無く、かまぼこ型に通路の壁面がくりぬかれているだけだ。
洞窟の入り口のようだ。
少し腰を屈めて入らなければ頭をぶつける。
部屋は廊下に比べると薄暗く、より一層汗くさい。
直径三メートルほどの円形の小さな部屋だ。
天井が低く、色々なものがごちゃごちゃと置かれている。
散らかっているかというと、単純にそうだとも言い難く、どこか秩序があるような無いような……何とも不思議な雰囲気の部屋だ。
その中心では小さな子供が、不自然に大きな鉄の盾を背負い、床に散らばる荷物を整理しているところだった。
サイードが声をかけるが、あまり興味も無さそうに作業を続けている。
「おいナナシ、これがお前の上司、名前はビビで、見ての通り洞穴族だ。仕事内容は本人から聞け。俺は仕事に戻る」
「あ、ああ……」
サイードはたったそれだけ言い残すと、大きな体を弾ませるように、スタスタと来た道を戻っていってしまった。
さっきまで普通に話していたのに、唐突に去っていくな。
いきなり取り残されて身の置き場が無い……。
とにかく新しい上司はビビという名前らしい。
子供かと思ったが洞穴族だったようだ。
相変わらず性別は分からない。
俺に背を向けたまま、こちらを見る気配もない。
相変わらずゴソゴソと荷物整理のようなことをしている。
先が思いやられるな……殺されないように頑張ろう。




