第147話 岐路
アジールと二人、斡旋所へ向かう。
市場から大通りへ、今日は街の雰囲気が少し違う。
まず人が異様に多い。
ミシャール市場から斡旋所へと通じる大通りは、いつも活気があるとはいえ、今日のこの人混みは少し異様だ。
通行人たちの顔ぶれも、どうもいつもとは様子が違う。
この辺は裕福な住民が多く、比較的治安も良い印象だが……どうにも物騒な連中が多い。
「歩きにくいな……」
「これは……隣町の商人連中やその護衛なのか?」
「それもあるが、領主がサヴォイアへ帰ってきたせいだろうな」
「ええ? 今日戻ってきたのか!? おお……やっと……ということはマリーもか!?」
「ああ、そのはずだ。今頃は領主館にいるんじゃないか? 今日中には露店に来るだろうさ」
「昨日飲んだばかりだが、せっかくだし飯でも誘おうかな……いや、さすがにマリーも今日は疲れてるか」
「あいつが疲れるとか……無いだろ。んあ~……、いくらなんでも歩きにくすぎるな」
あまり人混みを歩きなれていないような傭兵崩れが多いようだ。
妙に場所をとるような歩き方をするせいで、何度もぶつかりそうになる。
アジールにしては珍しく苛立っているようだ。
確かに、ちょうど気温が上がりだすこの時間帯に、混雑した道を日に照らされ歩いているだけでも、鬱陶しい気持ちになってくる。
しかも、いつも以上に道は埃っぽい。
喋ると口の中に砂が紛れ込み不快だ。
結果、必然的に口数も少なくなる。
「少し遠回りになるが……裏通りいくか」
「確かに……それがいい。なんだかこのままだと揉め事に巻き込まれそうだ」
実際そこかしこでちょっとした言い争いが起きている。
サヴォイアの人間ならば、今の俺に突っかかってくることも無いだろうが、この様子ではそうもいかないだろう。
厄介ごとは避けたい。
「どうする、こっちの脇道から行くか?」
「アジールに任せる。この辺は斡旋所くらいしか来ないから、よくわからない」
通りを一本、二本と奥へ入るにつれて、一気に人通りが減っていく。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静かだ。
道も細く、建物の陰になっており涼しく快適だ。
「やっぱこっちで正解だったな。斡旋所ももうそこだ」
「へ~、裏から見るとあんな形してるのか。普段でもこっちの道通った方が速そう――――うん? どうした?」
ダラダラと二人並んで歩いていると、アジールが急に足を止めた。
振り返ると、突っ立ったまま呆然と自分の胸元を見ている。
「なんだそれ? えっ――」
「っ……あ……」
アジールの胸元に、なにか突起物が生えている。
銀色に光る細い――剣先だ。
アジールが顔を上げ、お互いに目が合う。
胸元の剣先が消えたかと思った瞬間、また静かに剣先が現れる。
相変わらず跳ねたままの寝癖が、その小さな衝撃にゆらゆらと揺れる。
すっかり見慣れた、二日酔いの情けない顔から、徐々に切羽詰まった苦悶の表情へと移り変わっていく。
そうしてその胸には、見る間に赤いシミが濡れ広がっていく。
「ア、アジール?」
「……」
一体何が起きている。
これはんなんだ……。
アジールはわずかに口を開くが、そのまま静かに口を閉じ、言葉を飲み込む。
そうして、口を強く引き結び、少し腰を落とすと、振り向きざまに剣を抜く。
「その男はアジールだ! 一度下がれ……見た目以上に腕が立つ、無理をするな」
「なっ……いつのまに!?」
妙に冷静な男の声がする。
狭い路地を囲む周囲の建物に反響し、声の出元はよくわからない。
だが気が付いた時には、建物の影から染み出すように、全身にぼろ布をまとった男たちが姿を現していた。
全部で五……いや俺の背後にも回り込まれて……かなりの人数がいる。
アジールははじけるように飛び出し、一番近くにいる男へ、横なぎに剣を振るう。
あたりにはペンキをぶちまけたような大量の血。
すべてアジール自身のものだ。
そのまま敵を追へ追いすがるようにもう一撃。
だが、踏ん張りがきかず、そのまま転倒する。
何とか再度立ち上がろうとするが失敗し、片膝立ちになる。
「アジール!」
「ボナス…………」
そうして、そのままパシャリと小さな音をたて、自らの血溜まりへと顔を沈める。
すかさずボロをまとった男たちが集まり、その姿に見合わない磨き上げられた輝く細剣を、次々にアジールの体へと突き立てていく。
「よし、次はその男――おい! トカゲだ! そのトカゲを先に切れ!」
「ぴんく!?」
男の声に自分の胸元を見る。
いつのまにかぴんくがポケットから半身を乗り出している。
ここでこいつがぶっ放すと街が――、いやそんなことを言っている場合では……だが、領主館や斡旋所の向きは……市場にはクロやシロも……ギゼラとオスカーの工房は……。
血だまりに倒れ伏すアジールから目が離せず、頭がうまく回らない。
「くそっ、囲まれて……向きがっ――」
考える間もなく、何者かに襟首をつかまれ、凄まじい力で後方へと引っ張られる。
体が瞬間移動したように後ろへ下がり、首がもげそうになる。
そうして、慣性に取り残されたぴんくが中空に取り残される。
まるで泳いでいるかのように小さな手足をばたつかせている。
「ぴ、ぴんく――――」
すかさずボロ装束の男が滑り込む。
俺とピンクの間へ、そして……一瞬にしてぴんくの小さな腹を刺し貫いた。
アジールの胸を突いた細剣だ。
小さなぴんくは剣の根元まで刺さり、そして動かなくなる。
「ああ……、ああ……、やめてくれ……」
男はぴんくを振り払うように剣を引き抜く。
さらにひと振り。
今度は真っすぐに振り下ろす。
狙いは逸れることなく、細剣は吸い込まれるようにぴんくを断つ。
「たのむ……やめてくれ……、ああ……もう……見たくない」
まるで俺のその声に従うかのように、頭から麻袋のようなものをかぶせられる。
袋越しに感じるのは、ほんのわずかな光、男たちが慌ただしく動き回る音、そして自らのうめき声。
袋の上から何重にも縄で縛り上げられる。
そのままかつぎあげられ――、どこかへ運ばれていくようだ。
この男たちは何なんだろうか……事前にすべての行動を取り決めていたのだろうか。
あれ以来一切の会話が無い。
俺はこれからどこへ――いや……、もういい。
アジールが死に、ぴんくが死んだ。
ぴんくが死んでしまった……。
終わりだ。
もう、何もかも終わりだ。
ああ――。
ぴんくを死なせてしまった。
頭に熱した鉄でも流し込まれているような心地だ。
俺が先に死ぬ予定だった。
あいつだけは最後まで一緒で、何時かあの間抜けで太々しいトカゲ面を見ながら死ねると思っていたのに。
俺のおまけの人生なんか俺の死だけで十分なんだ。
仲間を奪わないで欲しい。
めまいがする。
気持ちが悪い。
胃が強く締め付けられ、気が付くと――嘔吐していた。
麻袋の中はもう滅茶苦茶だ。
だがもうそんなこともどうでもいい。
クロ、シロ、ギゼラ、ザムザ、ミル、オスカー、ラウラ……何故だか皆の姿が遠く、果てしなく遠くに感じる。
あの横断歩道の前で、俺は未だ延々と信号待ちをしているかのような、そんな絶望的な気持ちになってくる。
気が付くと再び嘔吐していた。
そうして何度も嘔吐を繰り返し、もう吐くこともできなくなり、胃がただ痙攣を繰り返すばかりになったころ、麻袋が取り外され、口に布を噛まされる。
先ほどのボロ装束の男だ。
目元しか見えないが、俺の姿に顔をしかめているのはわかる。
まぁ、それは酷い有様だろうさ。
だがそれも全部お前らのせいだ、知ったこっちゃない。
俺の状況に一瞬迷っている様子だったが、結局また麻袋をかぶせられ、どこかへ運ばれていく。
麻袋を外されたわずかな間、 目の前に広がっていたのは荒野の景色だった。
間違いなく街の外だ。
そして星空……夜だった。
時間の感覚がおかしい。
頭がうまく働いていないのだろうな。
結局、俺は殺されるのだろうか。
いや、それにしては回りくどい。
わざわざ町の外へ運ぶ意図は……。
だめだ、今はうまく考えられない。
あまりにも……つらい。
いいさ――、もう。
殺すなり拷問するなり好きにすればいい。
俺のポケットは空っぽだ。
もう小さなぴんくはいない。
俺の大切な、とっておきの秘密は、なくなってしまった。
アジトは……いや、アジトだって仲間とラウラに任せれば……きっと大丈夫なはずだ。
今度はラクダの背中に乗せられたようだ。
メナス達に乗せてもらったことがあるのでわかる。
あの時と同じ揺れだ。
尻が痛む。
依然として頭は溶岩でも詰まっているかのように熱く重い。
だが……視界を閉ざされ、ラクダに揺られていると、次第に意識がぼんやりとしてくる。
心身ともに限界が近いのかもしれない。
これなら意識を手放せそうだ。
いまはもう、なにも考えたくはない……。
そうして、いつのまにか眠りに落ちた俺は、妙な夢を見た――。




