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引きの強さ

「はぁ……、最近忙しいですね。何なんですか、あの会議の量は」


「繁忙期らしくなってきたよな」


「あーあ、仕事なんてしないで一日中パチンコ打ってたいなぁ」


 電子タバコを咥えながら、高橋と仕事帰りにパチンコを打ち愚痴を溢し合う。

 喫煙所の変わりにパチンコに入ったら仕事帰りの高橋に出会い、それからムシャクシャした時にたまに一緒に遊ぶようになった。

 せいぜい一時間程度しかないのでのめり込むという程ではなく、ちょっとした息抜きとしては楽しめる。


「これ熱そうじゃない?」


「ダメです。このメーカーはこれぐらいじゃ当たりませんよ」


 横で高橋に色々とご教授いただくものの、何が何やらよくわからない。

 何かが赤ければ当たりかもしれないし、青だとダメらしい。


「うおっ、びっくりしたぁ……」


「佐藤さん! それ確定っすよ、あっつ!!」


 パチンコ台がけたたましく振動し、素人の俺でもわかる程にピカピカと光って派手な演出がする。

 しかし、パチンコというのはただ当たればいい訳じゃないらしい。


「ここからですよ。この後は七十七回転の間に六十七分の一を当ててください。継続率は七十%です。で、その当たりの0・五%でラッキートリガー入るんでそこからは継続率が八十九%になります!」


「ごめん、全然わからん」


「とにかく当てまくってください!」


 虹色に光続ける液晶パネル、周りへの気遣いなど一切感じられない騒音、隣ではしゃぐ高橋、何が起こってるか分からないが射倖心は刺激され、ハンドルを握る腕に力が入ってしまう。

 仕事終わりに何をやっているんだ、と馬鹿らしくなってしまうが馬鹿になってしまった方がどれだけ楽か。

 あの日、鈴木さんの顔が中村さんと瓜二つになったのは幻でも見ていたのかと思うほど跡形もない。

 休み明けに高橋と田中に話を聞いたが、その日は終電で解散となったらしく、俺と中村さんがどうなったかを二人は知る由もなかったがLINEに送られたメッセージの時刻から、程なくして解散しているだろうことは予想できた。

 周りも茶化していたらしいが俺が本格的に寝そうになっていたことと、おじさんのお守りで終電を逃すのはコスパが悪過ぎるということで中村さんに全てを委ねて見なかったことにしたようだ。

 聞けば聞くほど中村さんに合わせる顔がない。

 それどころか勝手に盛り上がって自己嫌悪に陥って気持ちの悪い妄想に出演させてしまう。

 トラブルになるような事実はなかったものの、俺はあの日から家にいるのが少しだけ辛くなった。

 鈴木さんへの愛が冷めた、なんてことはない。相変わらず彼女は気遣いが出来るし、趣味も笑いのツボも合うし、一緒にいて楽しい。

 夫婦でいるのにこれ以上の女性はいないと頭では理解しているが、それを理解すればする程に中村さんへの劣情に身を任せそうになった自分が情けなくなる。

 あれから仕事も忙しく、俺の気まずさ等とは関係のない都合から飲み会は催されていない。

 このまま自然消滅してくれるのが自分の平穏の為になるのだが、時間で消えた炎はちょっとした風で再び燃え上がってしまう。芯でくすぶる火種から消さなければ。

 一ヶ月ほど経過してみれば、あの日の暴走はなんだったのかと笑い話にもなるが、それでも佐藤翔太がどういう人間なのかを露見するには十分過ぎた。

 誇れるものなど優しい、面倒見がいいと人に言われるぐらいのものなのに。本の帯ぐらいの添え物程度の長所では、その人そのものの人間性、信用が無くては価値もなくなる。本があって初めて帯に存在意義が生まれるように、優しさはそれ単体では意味をなさない。

 派手な液晶が偏差値を下げそうな光と音を放った。数秒、数分で金が稼げてしまうのであれば、ビギナーズラックに味を占めてしまう気持ちもわかる。


「佐藤さん! これラッキートリガーですよ!!」


「え、終わりじゃないの?」


 規定回数のうちに当たりが引けなかったから終わりだと思っていたが、まだ残りがあったらしい。

 高橋曰く、終わってからも数回分はチャンスがあるらしくそこで当たればもっと良いステージに移行するようだ。興奮気味に教えてくれたが俺には何が何やら理解は出来なかった。

 とにかく、かなり運が良いらしい。


「まじでやばいですよ! 閉店までは時間ありますから十万ぐらい勝っちゃいましょう!」


 隣ではしゃぎ持ち上げてくれる後輩に格好良いところが見せられたか、と得意気になってしまう。

 パチンコは嫌いじゃないと思っていたが、どうやら当たった時に盛り上げてくれる高橋のガヤがあるからこそ楽しんでいるのかもしれない。その証拠に一人で行ったこともあるがイマイチ気が乗らなかった。

 良い気分になってハンドルを捻っていたが、俺にも分かる嫌な気配がした。

 すごい当たりを引いて、さあこれからという矢先に駆け抜けるようにボーナスステージが終わりを告げた。

 一切当たる気配のないまま、派手な画面は通常のものに戻ってしまう。


「嘘だろ……。なんでラッキートリガー引いてそのままスルーするんですか……。佐藤さん引きが強過ぎていきなり十一%引いたんですよ」


「まじで? 十一%なんていきなり引かないだろ」


 数秒前の騒ぎが嘘のように静まり、お互いに愚痴を溢しながら帰路につく。


「引き強の引き弱ってヤツですね。勝てると思ったんだけどなぁ……」


「まぁ、面白かったしいいじゃん。お疲れ」


 何事も確率通りにはいかない。

 これで賭け事にのめり込んでしまうのも不健全だ。

 遊びで麻雀を楽しむぐらいが性に合っているとつくづく思う。

 相手の川を読み、気配を感じて一喜一憂するのが楽しいのだ。あの独特のスリルはパチンコでは感じられなかった。

 ちょっと遅くなってしまったな、と帰りに駅前のコンビニで夕飯を買って帰ると鈴木さんがミッシェルと共に出迎えてくれる。


「あれ? 今日は起きてたんだ。明日在宅勤務なの?」


「そう。もうすぐ寝るけどね」


 俺が帰ってきたこと、二人が起きてることを喜ぶようにミッシェルが尻を突き上げるようにして足元に擦り寄ってきた。

 電子レンジでコンビニ弁当を温めていると鈴木さんがキッチンの対面式カウンターに寄りかかる。


「妊娠してた。する時はするんだね」


「ええっ、まじで!? すげぇ!!」


 思わず鈴木さんを優しく抱きしめる。

 まだ安定期までの道のりは長く、どうなるか分からないので期待をし過ぎないようにしたいが、なかなか授からなかったものが来ればどうしても喜んでしまう。

 心の底から喜び、何かに感謝をする。神なのか仏なのか鈴木さんへの感謝なのか。

 その気持ちに嘘はない。

 しかし、それと同時に別の感情が吹き出している。


 これはあの夜に出来たのだ。

 中村さんの顔に見えたあの日に。

 何かに、懺悔をしたい。

 神なのか仏なのか鈴木さんになのか。

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