そのとき恋人は「寝言」を言った
その夜、私・積田悠有子はゴキゲンだった。恋人の選んでくれたデートコースは夕景がとても美しかった。その後やって来たこのお店は雰囲気も味も極上。それに、なんてったって目の前には恋人の上野宏哉がいる。この店だって宏哉が選んでくれたんだしね。
「ねぇ、宏哉、よくこんなお店知ってたね」
私がそう言うと、
「ああ、うん、まあね……」
今夜の宏哉はなんだかクチが重い。いつもなら自慢げに話すはずなのに……不思議に思いながら宏哉を見ていたら、
「悠有子、僕の寝言を聞いてくれないか?」
そう言った。
「ん? ナニよそれは」
「ほら、僕とキミが一緒に寝ていてさ、朝、起きたらキミが『アナタ、寝言を言っていたわよ』って、くすくす笑うの。そんなの素敵だなぁ、って思ってね」
宏哉のその話を聞いて、私は想像してしまった。彼が他の女性の名前を寝言で言うのを……コイツは浮気者だからなぁ。
「ナニ言ってるの? わけわからないよ」
不機嫌になった私がそう言うと、宏哉は宝箱のようなケースを取り出し、
「悠有子、僕の寝言を、ずっと……一生、聞いて欲しい」
そう言って、ケースを開く。中には指輪。開いたまま私の前に置いた。
……ああ、これプロポーズかぁ。まあ、交際期間を考えたらそろそろかなとは思ってた。でも、プロボーズの言葉が「僕の寝言を聞いて欲しい」って……「俺の朝飯を作って欲しい」みたいなカンジなんだろうけど……考え過ぎだよ、宏哉。
「私、アナタの寝言を聞く気はないわ」
私は、そう言った。
「えっ? あの……それはどういう意味?」
宏哉が驚いた顔で聞いた。
「『寝言は寝て言え』って話よ。なによ『僕の寝言を聞いて欲しい』って。私はね、もっとストレートに言って欲しかったの!」
そう言って、指輪のケースを手元に寄せる。
「プロボースは嬉しいわ。喜んでお受けします。でもね、私、アナタの寝言は一生聞きませんからね」
宏哉は呆然としていたが、少しすると、私の前にあった指輪のケースを手に取り、パチンと蓋を閉めた。
あら、怒った? 即婚約解消? 上等よ、私だって引く気はないんだからね。そう思っていたら、
「積田悠有子さん、上野宏哉はあなたのことを愛しています。どうか結婚してください」
宏哉はそう言うと、ケースを私の目の前に差し出し蓋を開けた。照明に照らされて指輪が光った。
……ああ、私、やっぱり宏哉のことが好きだ。
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、精一杯笑った。