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帝都へ

 ベネットさんに帝都へ行くよう説得を受け続け、先代様もピザを焼く窯の様子を見に来たついでに、「わしも帝都へ行くから、ギルバードと一緒に婚前旅行はどうかね」と誘われ、断り切れずに、うなずいた。

 ギルさんとの、初めての旅行!

 ちなみにその日、ワイナリーでは仕事を休み、ご近所の農家の人も誘って、ピザ祭りとなった。ワインとエールが振舞われ、おいしかったわー。食事会の一件以後、私は適量を守っていたから、ちょっと物足りなかったけど。

 このときルドもやってきて、ヨハンナさんのつわりを和らげる薬をくれた。

 そんな便利なものがあるなら、はよ持ってこんかーい、と突っ込みを入れたかったが、とっても高いお薬なんだそうな。むむっ。

 でも、それを飲んで具合が良くなったヨハンナさんが現場復帰。私が帝都に行っている十五日の間、お手伝いにピアさんが来てくれることになった。

 こんなふうに外堀をみんなが埋めてしまったので、私とギルさんは、先代様と現公爵夫妻と共に帝都へ出かけることになった。

「こちらでサイズを測って知らせておけば、帝都のブティックでドレスを作っておいてくれますのよ」

 と、ギルママが言うので、宮城へ赴くときの衣装その他はおまかせした。TPOがわかんないので、丸投げである。この世界では、手紙・電話という通信手段があるらしい。もっとも、使えるのはお金持ちの高位貴族か商会・銀行だけ。庶民には一生縁がないみたい。

 そして、この場にいない先代様の奥方様は、先々代皇帝の第五皇女で、現皇帝の叔母にあたる。絵本で読んだ海賊に憧れ、勇者のオマケとして召喚された先代様に降嫁したあと、海運業に携わっている。先代様は公爵を引退しているけど、奥方様は現役の商会長だ。帝都で会う予定になっていた。

 ライアル公国から帝都までは馬車で五日かかる。道は整備され、馬車のスプリングもきいていたけれど、この揺れには慣れなかった。

 最初はしゃいでいた私がしだいに車酔いで元気がなくなっていくと、ギルさんが言う。

「横になる? その方が楽だよ」

 と、自分の膝をぽんぽんする。

 お言葉に甘えて、膝枕させてもらった。反対じゃね?

「マリーさんにも、苦手なものがあったんだね」

 ギルさんの機嫌がいい。

 馬車は先代様、公爵夫妻、私たちと三台に分かれていたので、盛大にギルさんに甘えさせてもらった。

 宿は貴族とお金持ちが泊るホテルだった。前の世界と変わりないその様子、サービスに、召喚者たちの経験がいかされているなあ、としみじみ思った。私の場合、何を貢献してるかな。

 そのことをギルさんに話したら、「マリーさんは、そのままでいいんだよ」と恋人フィルターがかかった言葉をもらった。

 ま、いっか。

 ギルさんがいいなら、気にしない。と、そのことはすぐに忘れて、私はギルさんと公爵夫妻が語る帝都の食事について興味深々。召喚者たちが自分の故郷の味を再現したものが集まっていて、フレンチ、中華、そしてなんと日本料理、カレーもあるそうな。料理人が作る高級品じゃなく、日本料理なら芋の煮っ転がしみたいな自分たちが食べていた庶民的なものばかりのようだけど、カレー、これは食堂でも出したい!

 車酔いしながらも帝都に着いた。ヨーロッパ近世の都市といった感じだ。さすが都、さまざまな服装の人が行きかい、あらゆる階層・商売、地域の人が集まっていて賑やかだった。

 私たちは帝都にあるライアル公国のお屋敷に泊まる予定だ。馬車が敷地に入り、車寄せに停まる。ずらりと並んだ使用人に迎えられ、「ドラマの一場面みたいね」と場違いな感想を持った。通された部屋も、天蓋付きのベッドがあるお姫様が住んでいるようなところだった。何度、頬をつねったことか。実際、お姫様扱いだったし。

 そのあとは夢の中にいるみたいに、あれよあれよと物事が進んでいく。

 公国にいるとき連絡して五日で出来上がっていたドレスその他の試着。商人たちが持ってくる装身具の選定。

 ギルママは楽しんでいたけれど、私はぐるぐると目が回っていた。値段の高さに。

 どうせ、私は根っからの庶民ですよ。早くうちに帰りたい。

 ギルさんは貴族の暮らしに慣れない私を、気分転換に外へ連れ出してくれた。そこで帝都の食品の豊富さに驚き、カレーを作るための香辛料を買い込み、食堂で出す料理のレシピを考えた。

 先代様の奥方様、ヘルミーネ様には帝都に着いた二日目、夕食の後にお会いすることができた。

 銀髪、金色の瞳をした年齢不詳のすらりとした美魔女だった。

「そなたが、マリーか。ギルバードをよろしくな」

 初対面で、にっこりと笑みを向けられたけど、女豹をイメージしてしまったのは、どうしてだろう。ウエルカムの雰囲気で、気さくな方だったので、私は聞かれるままに日本での生活などを語った。

「初々しいカップルじゃな。のう、フィリップ。我らの若い頃にそっくりだと思わぬか」

「ミーネは今でもかわいい。出会った頃を思い出すね」

 ラブラブやん、このシニアカップル。息子の公爵様は苦笑していた。ギルママは、にこにこ。ギルさんは見慣れているのか、変わらず。

 その後、居間をギルさんと二人で辞去したあと、私を部屋まで送ってくれたギルさんが、部屋の中へ入ってから、こっそり話してくれたヘルミーネ様のこと。

 魔力を持つ者同士が結婚することが多い貴族・王族の中で膨大な魔力を持つ者が帝国の祖となった。歴代の皇帝は人間の中で一番魔力量が多く、その一族も平均よりも上の者ばかり。権力に興味がなく、研究に没頭する者は魔術師になる。そう、ルードヴィヒのように。

 第五皇女のヘルミーネ様は生まれたときから父の皇帝、兄で跡継ぎの皇太子よりも魔力量が多かった。しかし幼い頃から海賊に憧れていたヘルミーネ様は政略結婚に見向きもせず、むしろぶち壊す勢い。かといって男勝りの性格から、おとなしく修道院に入ることもしない。させない。

 皇帝一家が持て余していたとき、勇者のオマケで召喚され、宮城で保護されていたフィリップ様が求婚し――要はナンパし――それならと、皇帝はフィリップ様を公爵として港を含む今のライアル公国の土地を与え、二人を結婚させたのだった。土地は貧しく、領地経営を頑張るフィリップ様。ヘルミーネ様は交易をしつつ、ときに仲間と一緒に海賊もした。そのため〝青海の魔女〟との二つ名を持つに至る。今は海賊してないけどね。

 破天荒なカップルだなあ。私ら平凡カップルです。似てないよ。

 でも、気に入られたようで良かった、とギルさんと別れ、部屋の隅で待機していたメイドさんたちの手を借りてお風呂に入り、寝支度をした。

 メイドさんたちが退出し、ベッドに入って寝ようとしたとき、ぎいいとベランダのガラス戸が開く。

 銀色の月の光に照らされて、よたよたと平べったい何かが入って来た。

 このとき、悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。

「ごめんなちゃい……」

 それは、つぶれたアンパンみたいになったイブリースだった。

 磨られなかったけど、潰されたみたいね。マオちゃんに。

 イブリースの後から、角男姿のベルゼもやってきた。

「あるじ様の仰せである。『これは言いつけを破った。消すのはたやすいが、後で知ったとき、ヒト族のマリーには目覚めが悪かろう』と。マリー殿に許されなかった場合、これは塵に返す。いかがなさるか」

 イブリースの悪戯には腹が立っていたし、会ったら、グーで殴ると決めていた。でも、消えてほしいわけではない。マオちゃん、私の気持ちも考えてくれたんだ……。

「もういいよ。二度としないでくれれば」

「かたじけない」

 ベルゼが礼を言い、イブリースが平伏した。マオちゃんは子どもで、でも魔王、魔族の頂点に立つ。それでも、人間が思っているほど冷血でもないみたい。

 とそのとき、バンとドアが開いた。

「怪しき魔動がした。貴様らかっ」

 剣を片手に、ヘルミーネ様が飛び込んで来た。

「用は済んだ。行くぞ」

 イブリースが元の姿に戻って、鳥になって飛び立つ。ベルゼも霧となって消えた。

「待て、逃げるな!」

 叫ぶヘルミーネ様の後ろに、騎士たちが集まって来た。

「おばあさま、人払いを」

 ギルさんがやってきて言うと、ヘルミーネ様はそうしてくれた。

「さて、何がどうなっているのか聞こうではないか」

 圧を以ってヘルミーネ様が私に迫る。

 絨毯の上に正座させられた私は、魔族たちとの関りを、洗いざらい吐かされた。

 あれえ? 立ち位置がいつもと逆じゃない?






 


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