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はぴはぴ

 朝起きて、ベネットさんへの連絡はギルさんにお願いし、私はヨハンナさんの食堂へ急いだ。職人さんたちの朝ごはんを作るためだ。

 鍵を開けて中へ入り、魔石を動力とする暖房のスイッチを入れ、テーブルを拭いてから支度に取り掛かる。野菜たっぷりのスープを作り、固ゆで卵、厚切りベーコン。果物はオレンジ。昨日、シャトーのコックのサムエルさんに焼いてもらっておいた丸パンを籠に山盛りにし、取り分け用のお皿と器とカトラリーを用意して、朝はバイキング形式だ。

 そのうち、職人さんたちがどかどかやってきて、一斉に食べて畑へ出て行く。ジャン親方もやってきて、昨日の夕食の食器を返し、二人分の朝食を持っていく。ギルさんは朝食だけはシャトーで摂る。

 みんなの朝食が終わってから、自分のごはん。後片づけののちに、二階へ上がって掃除をする。冬場のこの時期、泊り客がいなくても、きれいにしておくためだ。

「さあ、やるぞ」

 と、自分に発破をかけ、箒とモップと雑巾とバケツを持って階段を二階に上がったら、見たことのない生物が大量にいる!

 客室のドアが全部、開いていた。そこへ、「はぴはぴ」とかわいく言いながら、三頭身で全身白タイツ姿、おっさん顔の小鬼が何十匹もぞろぞろと入っていく。キモッ。

「あんたたち、なによ!」

 ガランとバケツを手放して、手前の部屋へ入ったら、連中、カーテンは引っ張って落とすわ、タンスを全開にするわ、ベッドのシーツをしわくちゃにして、足跡をつけている。カーペットは泥だらけ。

「出て行きなさーい!」

 私は箒を振り回した。

「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」

「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」「はぴはぴ」

 箒の先をするりとうまくかすめて連中は逃げ惑い、さらに泥の足跡をつけて行き、来た時と同じように、去っていった。

「何だったの」

 めちゃくちゃになった客室を前にして、私はがっくりと床にへたり込んだ。

「どこから掃除しよか」

 脱力していると、外から男性の悲鳴がした。

「わああああっ。なんだ、これは!」

 ベネットさんだった。

 窓から覗くと、白いニワトリの群れの中にいるように見える。でもそいつらは、全部「はぴはぴ」なのだった。

「消去!」

 魔法で次々とやつらを消している。

 私が一階の食堂に降りていくと、ベネットさんも中へ入って来るところだった。

「結界を張ります。どれくらい保つか分かりませんが」

「ひどい嫌がらせだわ。こんなことするのは……」

 ベルゼは、マオちゃんが忙しそうと言っていた。モルスは飛ばされたし、アンゲルスは昨夜、火傷しているはず。性格的に、あの三人はこんなことしないだろう。やったのは、多分。

「……イブリース」

 あんにゃろ、おぼえてろ。今度会ったら、グーで殴る。

 私が決意したとき、しゅるんと音がして前に人が立っていた。

「やあやあ、子猫ちゃん。待ってたかい?」

 誰がだ。厨二病男。

「ルードヴィヒ様、お願いした御守りを持って来てくださったのですか?」

「そうだよ。大事な再従兄弟殿のためだからね」

「それは、ありがとうございます。お茶を淹れますね。どうぞ、座ってください」

 私は二人に椅子を勧めた。

「マリー様。改めてお礼を申し上げます。魔族と接点を持てるなんて、奇跡のようです。これを機に魔王と魔族の暴挙を封じることができます」

 ベネットさんが嬉しそうだ。

「まさか、殺す? とか」

「後顧の憂いを無くすためには、そうしたいのが山々ですが、我々の魔力では無理なので、互いに魔法誓約をして縛るのです」

「協定とか、条約とか、そんな感じ?」

 お湯を沸かしながら、私はカウンターの中から訊いた。

「そうですね。だから今、その文言の調整をしています。人間の代表として皇帝陛下が調印されますが、その場にぜひ、マリー様もおいで願いたい」

「は? わたし? なぜ?」

 二人の前に、クッキーを載せたお皿を出して、私が尋ねた。よーわからん。

「我々にとって、魔族は謎の存在でした。分かっていたのは、『魔王は召喚した勇者が倒してくれる』ということだけです。しかし今、交渉のためベルゼ殿と話しているうちに、少しずつ魔族について分かってきました。彼らの順位を決めるのは、魔力と腕力。魔王は最高位で、先日会った四人がそれに次ぎます。ただの人間では彼らに到底かないません」

「そう、大魔術師の吾輩でもな」

 と、クッキーを二枚ほおばりながら、厨二病男のルドが偉そうに言った。

 あ、実際、偉いんだった。帝国の魔法師団長で皇子様だからね。

「そこで、あなたに睨みをきかせていただきたいのです。聖女マリー様」

 ひどっ。話の流れ的に、とっても失礼なことを言ってないかい? ベネットさん。私があの四人組に対抗できる、魔力はともかく腕力があるってェ?

「でも、私は召喚されたラーデン国で、『聖女じゃない』って認定されたんですよ?」

 やんわりと断りを入れた。腕力なんて、ねえよ。か弱い乙女に何を言うんだか。

「事実の誤認がありますね。聖女は二人だったかもしれない」

 ベネットさんが魔族のやつらとおんなじことを言う。

「ラーデンには、帝国の魔法師団から査察が入る。その前に、王宮は我が暁の帝国の軍によって制圧されているであろう」

 とんでもないことを、さらっと厨二病男が言った。

「大切に扱うべき召喚者を雑に扱ったこと。必要もなく召喚を行ったことで、ラーデンの召喚は以後、禁止される。なに、我が帝国の属国になったといっても、王はそのままお飾りで、人びとの暮らしも変わりないけどな」

 と、ルドが衝撃の事実を告げた。

「ちょっと、ルド。私たちが『呼ばれる必要がなかった』ですって? どういうことよ」

「聖女がいれば、国は豊かになる。それは確かだ。しかし、ラーデンの状況は、そこまで酷くなかった。『国のため』というのは建前で、本音は王太子のベルファンが『聖女を妻にして箔をつけたかった』というものらしい。そんな理由で魔術師をせかして召喚術を行ったのだ」

「バッカみたい」

 呆れて腹が立った。そんなつまらない理由で私は自分の生活と大吟醸を残して、こっちへ呼ばれたってわけね。

 怒りで、むかむかした。でも、それが治まると、考え直した。ギルさんと出会ったことで、結果オーライじゃない? と思った。人生、『塞翁が馬』ね。

「ともかく、私は聖女じゃない。ただのマリーさん。だから、帝都なんて行かない。畏れ多いもの」

 私は二人に紅茶を出して、答えた。

「えー」という顔をベネットさんとルドはしたけれど、私は知らん顔だ。

 それでも二人は、畑に出ているギルさんがランチにやってくるまでの間、二階の部屋を魔法できれいにしてくれた。

 便利だな、魔法。うちで働いてくれないかな。繫忙期だけでもいいから。

 やがてお昼になり、ギルさんと職人さんたちがやってくると、ルドは羽根や牙のついたネックレス、見た目どこかのお土産品のような御守りをギルさんに渡した。

 ギルさんは微妙な顔をして受け取り、職人さんたちは笑いをこらえ、ジャン親方はランチを二人分持って別棟へ行く。

 二人の魔術師は、みんなが食べている唐揚げ定食を自分たちのお昼ごはんにし、空を飛んで帰っていった。

 ギルさんと職人のみんなも一服したあと、再び畑へ出て行く。

 私は自分のお昼を済ませてから洗い物と片づけをした後、別棟のヨハンナさんの許へ行き、これまでの食堂の様子を報告し、世間話をして戻った。

 ドアを開けるか開けないか、というところで二階の物音に気づき、階段を駆け上がると、またもや「はぴはぴ」たちが部屋をめちゃくちゃにしている。

「あんたたち、出て行きなさい!」

 叫んで、午前のままにしてあった箒を手にして振り回すと、「はぴはぴ」は逃げていく。

 やつらがいなくなってから、私はまたもや脱力して床に座り込んだ。

「ベネットさん、結界、全然効いてないじゃない……」

 部屋をきれいにするために、いちいち魔術師を呼ぶわけにもいかないので、二階の掃除は空いた時間に少しずつすることにした。

 一階に降りていくと、「はぴはぴ」が三匹、目の前を走っていく。

「食料品!」

 調理場に行って冷蔵庫を開けてみると、無事だった。燻製や野菜類が置いてある食料保管庫、保存食の置いてある地下室も無事。

 その日、私はなるべく一階から動かないようにし、夕食を摂るために食堂にやってきたギルさんに「はぴはぴ」のことを相談した。すると、その場にいた騎士団長のギデオンさんが騎士たちを交代で泊まらせると申し出てくれた。

「協定には、『人に害をなさない』という一文を入れるそうだから、協定締結までの辛抱だよ」

 ありがたくって、深く頭を下げてお礼を言った。

 昼間はジャン親方がヨハンナさんの様子を見がてら、この辺りを見回ってくれることになった。

 翌日にはベネットさんがやってきて、結界が効かなかったことを謝ってくれ、冷蔵庫と食料保管庫に補助鍵をつけてくれた。

 お泊りの二人の騎士たちは、朝ごはんを食べて帰っていく。そして、ギルさんと職人さんたちがいなくなって見回りのためジャン親方が遠くへ行き、私一人になると、大量の「はぴはぴ」たちが姿を現して、洗濯物を汚したり、部屋を荒らしたり、ゴミを散らかしたりの悪戯をしていく。

「まけるかあっ」

 と、気合を入れ、イブリースの地味な嫌がらせに耐えて、三日が過ぎた。

 マオちゃんが来るかな、と思い、私は毎日、ハンバーグの用意をし、ゼリーか、カスタードプリンを冷蔵庫に入れて迎える準備をしていた。

 その日の午後、かたんと音がし、マオちゃんが一人で姿を現した。

 仕込みをしていた私は振り返り、調理場を出て、出迎えた。

「今日もハンバーグ? プリンも作ってあるから、食べる?」

 と、席に連れていったら、調理場に白い影が!

「『はぴはぴ』、あんたら、泥棒猫か!」

 猫には悪いが、やつらいつものように「はぴはぴ」とは言わずにこっそり入ってきて冷蔵庫を開け、中を漁っていた。それも四匹。

「しっしっ。出ておいき」

 追っ払って冷蔵庫の中を見れば、ハンバーグの種を生で食べ、プリンはなくなっていて、他の下ごしらえした食材も、ぐっちゃぐちゃ。

「ああ……」

 私は盛大に溜め息をついた。そして、後ろについてきたマオちゃんを振り返った。

「ごめんね、マオちゃん。ハンバーグとプリン、やつらに食べられちゃった」

 それを聞いたマオちゃんは、大きく目を見開いたあと、唇を震わせ、両目からは涙が。

「うわーん」

 と大声で泣き出したとたん、地面が大きく揺れた。地震だ。大きい。

 ガチャン、ガチャン。パリン。

 私は流し台に掴まり、食器棚からお皿やボウルが飛び出てくるのを、為す術もなく見ているだけだった。

「イブリースのばかーっ」

 マオちゃんが叫ぶ。

 ドーン、バキバキと雷が落ち、外ではざあっと大雨が降り出した。

「ま、マオちゃん。落ち着こう。オムライスなら出来るよ。ケチャップで絵を描こう」

「ケチャップ?」

「うん、そうそう。赤いやつ」

 マオちゃんの意識が逸れると、地震と雷と雨が収まった。

「では、マオちゃんはお客様をしていてください」

 と、私は席へ導き、椅子に座らせてから、モップで食器棚の前の破片を一か所に集め、手を洗ってから、コップにミルクを注いで出した。そして、オムライスを作って持っていき、瓶入りのケチャップをスプーンですくって、マオちゃんがお絵描きできるようにし――こっちの世界に、アノ容器はなかったのよ――マオちゃんが満足して食べ終わる頃、爺や姿のベルゼがお迎えに来た。

 マオちゃんはご機嫌で、ベルゼは疲れた顔をして帰って行った。

 入れ替わるようにして、びしょ濡れのギルさんが食堂に入って来る。

「マリーさん、無事だった?」

 聞けば、葡萄畑で剪定中に地震と大雨に遭い、職人たちと一緒に大急ぎで帰って来たという。職人たちは宿舎へ戻り、ギルさんは食堂に、ジャン親方は別棟に、それぞれ私とヨハンナさんの様子を見にやって来たのだった。愛よね♡

 そこで私は、「はぴはぴ」の盗み食いとマオちゃんが泣いた話をした。その途中で、ベネットさんがお城の方から飛んで来た。

「巨大な魔力が感じられ、この大陸全体で地震と大雨があったのです」

 お城でも突然の天変地異で大騒ぎだったらしい。

 ベネットさんにも先ほどの話をしたら、溜め息をついて、「無事でよかった」と言われた。

 そうかな。私は全然、危険だと思わなかったのだけど。

 ベネットさんは壊れた物と荒らされた二階を魔法で元通りにしてくれてから帰っていった。

「魔族のお子様の癇癪かんしゃくって大変ねー」

 私は大急ぎで夕飯の支度を始めたのだけど、ギルさんに、「そういう問題?」って、呆れ返られた。

 その後、「はぴはぴ」は二度と出てこなかった。平和だ。

 それにしても、元凶のイブリース。あいつ、どんなお仕置きを受けたんだろう。魔王様を泣かせたんだよ?








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